31 プランのない完全犯罪 ー中編ー
男達は動いた。
魂に従い。
これは四人の男が紡ぐ、男のための幻想物語。
公衆浴場の横にビルキッタの住居兼鍛冶工房があり、その横にハンゾウの家がある。
俺、サイケ、バッカス、ベル・マーク、そしてハンゾウはそこにいた。
「それにしても、本当に生活感のない家だよなぁ」
ベッドも椅子もテーブルもない部屋。
あるのは棚と水瓶のみ。
ハンゾウとは一時期一緒の部屋で過ごしていたので、こいつがベッドに横にならないことは知っていた。
だが、机も椅子もないとは。
水瓶が部屋の隅にあり、柄杓がある。手先の器用なハンゾウの手造りだそうだ。
そして、一番妙な点は、床が畳であることだ。六畳一間、石床となっているのは入口のみ。
「草の床ってはじめてっすが、気持ちいいっすよね」
ベル・マークがそういって畳の上に座った。ベル・マークはドラゴンレンジャーズの一人で、サイケと同じ20歳の男だ。よく二人でつるんでいるところを目にしていた。
サイケも畳の上に座って寛いでいる。
「粗茶でござる」
ハンゾウが盆にのせた湯呑を5つ置いた。
湯呑も手造りらしい。ビルキッタの炉を借りて、焼かせてもらったそうだ。
俺も一つもらって、家で使っている。
「変わった風味だな」
少し妙な味だが、飲んでみると癖になりそうなものだ。茶葉を使っているわけではなさそうだ。
「毒消し草でござる」
ハンゾウはそういって、乾燥した草を取り出した。
「あぁ、道具屋で10ゴールドで売ってるやつか」
俺が呟くと、ベル・マークとサイケが、頭に疑問符を浮かべた。
バッカスが説明をする。
「毒消し草はこのあたりだと南の森でとれる草ですね。解毒効果があって、冒険者ギルドでも取扱いしていますよ。複数の種類の毒消し草を合わせて使うことで、解毒率をあげます」
「どんな毒でも治せるわけじゃないのか」
そのあたりはゲームとは違うんだな。
「それより、スグル殿、ぜひお知恵を」
「拝借させないぞ。俺はのぞきに加担するつもりはないぞ」
「スグル殿は拙者に力を貸すはずでござる」
貸さないって。
「なぜなら、スグル殿は、誰よりも溜まっているはずでござるから!」
「は?」
「ハヅキ殿と同棲しておきながら、ハヅキ殿はあの美貌がありながら幽体の身ゆえ、触れることも脱がすこともできず、しかもマリン殿という目もあり、常に蛇の生殺し状態。それで溜まっていないのは男では……いや、雄ではないでござる」
「ぐっ、それを言うな」
知ってるか? ハヅキちゃんって幽霊なのに睡眠はきっちりとるんだぞ。しかも寝ぼけて、猫のぬいぐるみから幽体が飛び出して、となりの部屋から壁をすりぬけて俺の部屋に飛んでくるんだ。
その時の寝顔と寝息がとても可愛いんだ。
「だが、俺は――」
「女子に誠実であろうとするのはスグル殿の美徳でもあるが、全く興味を示さないのは失礼でござるよ。ハヅキ殿に求愛され、パスカル殿と二人で仕事をし、ミコト殿には敬愛されているにも関わらず、スグル殿は何をしたでござる?」
ハンゾウが俺に尋ねた。だが、俺は何も答えられない。何もしていないから。
「スグル殿の誠実さに、きっと女子たちは皆、自分に魅力がないのかと不安で仕方ないのでござる」
なんだ、この迫力は。
これが、ハンゾウの……漢の魂の叫びだとでもいうのか。
「待て、だが、バッカスはなぜここにいるんだ? 見るからに真面目そうなこいつがいたら――」
「あ、僕のことは気にしないでください。ハンゾウさんに動いてもらうことで、彼の力の秘密を見たいだけですから」
さわやかな笑顔でバッカスが言った。
あの日から、バッカスはハンゾウとミコトのファンになったからな。くそっ、つまり周囲は完全に固められているのか。
ならば――
「紙と書く物はあるか?」
「こちらに――」
ハンゾウが出したのは、半紙と硯と文鎮と筆と墨汁、そして木の板だ。
どこに置いてあった? というかよくこんなもん造れたな?
小学校の書道の時間以来の筆の感触を懐かしく思いながら、俺は紙に図面を書いていく。
「これは――公衆浴場の見取り図でござるな」
男湯と女湯。
左右対称の形をもつ。
番頭の座る位置、狭い脱衣所、カゴの置かれた棚。
そして、洗い場と浴槽。壁。
「まず、この壁は、高さ4メートル、上に五十センチの隙間がある。覗ける場所といえば、まずはここだ。だが、木の壁は湯気でしめり、とても滑りやすい。台となるものが必要だ」
「拙者は壁を歩いて登れるでござるよ」
「お前は論外だ」
「鉤付きの縄があるから、それで登るのはどうっすか?」
ベル・マークが四本の鉤爪のついたロープを取り出した。
このために用意したのだろう。
「この壁だが、とても音が伝わりやすい。壁を登ったりしていたら、確実にその音が女湯に伝わる」
「ぐっ、まさか壁に鴬張りの工夫がなされているとは……」
「では、肩車で見るというのはどうだ?」
サイケが提案する。
「肩車だと、せいぜい3メートル、肩の上に立っても4メートルには届かない。なにより、首に例のものを押し当てられるのは嫌だ」
「なんでこんな高い場所なんでござるか」
「お前みたいなやつが覗くからだろうよ」
俺はため息をつき、次に浴槽のところに丸印をつけた。
「ここの上に天窓がある」
「天窓!?」
俺がいうと、ハンゾウ、サイケ、ベル・マークが目を輝かせた。
「あぁ、中に湯気をこもらせないためにな。ただし、男湯にしかない」
「なぜでござるか!」
「お前みたいなやつが屋根の上から覗くからだろうよ」
「それなら、どうすればよいと」
「いいか? 天窓は少し開いている。ここに鉤付きロープを投げて、登れるようにする」
「しかし、ここでいくら登っても女湯にはたどり着けぬのでは――」
「あぁ、だが、登ってから、もう一本の鉤付きロープを投げ、天窓と仕切りの壁の上とをロープを繋げる」
俺は丸印をした場所から、壁へと一本の線を書く。
そして、壁の少し手前に丸印をつけ、
「ここで三本目のロープを結びつける。これなら壁にふれずに登ることができる。全てのロープは女湯からは死角だ」
「これは――」
ハンゾウ、サイケ、ベル・マークの3人は俺の案に希望を見出した。
「ただ、一つ、天窓から仕切りの壁に鉤爪のロープを投げているからな、この鉤爪が女湯から丸見えだ。ここに注目されたら終わる」
「確かに……これは賭けでござるな」
ハンゾウが、腕を組んで考えた。
「だな、とりあえず、鉤爪をあてる瞬間の音を消す工夫が必要だな」
サイケもまた腕を組んで考えた。
「それと、鉤爪そのものを保護色にする必要があるっすね。いっそのこと木製に変えてみるっすか」
ベル・マークは持っていたロープの鉤爪を見て考える。
「一番の問題は、覗く瞬間だ。壁から顔を出すわけだから、相手から見られる危険がある。特に、ミコトは強敵だ」
仲間なら頼もしいが、敵にしたらあそこまでの強敵はいない。
ラスボス、変身後のラスボスを超えて、裏ボスのような強敵だ。
「ミコトはハンゾウに一度寝室を覗かれた経験があるからな、警戒していても不思議はない」
「ぐっ、ハンゾウの旦那、余計なことをしてくれましたね」
サイケがうめき声をあげた。
サイケもベル・マークも、ミコトとともに竜や魔物を狩った経験があるから、彼女の強さは知っている。
「どうする? 今ならまだ引き返せるぞ」
俺は三人に問うた。
「ふ、愚問っすね、村長。男として、いや、漢として生まれたからにはやるときはやるっすよ」
ベル・マークが不敵な笑みで答える。
「あぁ、俺もあの時から、飛竜から一人で逃げたあの日から、もう逃げないって決めたんだ。やりますよ」
サイケが震える足を押さえて言った。
「拙者の心はすでに決まっているでござる」
ハンゾウが決意をこめて言った。
こいつら、何てやつだ。
「くそっ、乗り掛かった舟だ。だが、バレたら全員で土下座だぞ!」
「「「押忍!」」」
こうして、四人の心は一つになった。
「あぁ、お茶がおいしいですね」
ただ一人、バッカスだけは冷めた表情で俺達を見ていた。
まさかの3本立てです。
サービス回を期待した皆様、むさい男だけの話ですみません。
あと、ノリがショートストーリーのノリですね。




