30 プランのない完全犯罪 ー前編ー
計画始動
男達の熱い戦いがここに始まる。
俺はハンゾウ、マリンと一緒に山の湖に来ていた。
マジルカ村とオセオン村の間にある山。憩いの山と名付けられたその山は、なるほど、湖を見ているととても心が落ち着く。
とても広い湖で、琵琶湖ほどではないが、それでも向こう岸がかすんで見える。
釣りでもしてのんびり休めたら最高だろうな。まぁ、釣れる魚も魔物なので一人で釣りをしたら俺は確実にお陀仏だろうが。
いや、その前に山に一人で登った時点でお陀仏か。
マリンの氷魔法によって氷の彫刻と化した猪の魔物がカードへと姿を変えた。
【ボタン肉】のカード2枚と【猪の皮】のカード、そして【90ドルグ】のカードの計4枚だ。
マリンの手には、ビルキッタが作ったアダマンタイト鋼の杖が握られている。お子様サイズなので少し小さい。
「ふふん、マリンの力を見ましたか」
「あぁ、ハンゾウの金縛りの術で動けなくなったところを見事にトドメだけもっていったな」
「金縛りの術をかけているにもかかわらず、イノブータの鼻息で飛ばされたスグルよりはマシです」
「うるせぇ」
ただの鼻息じゃないだろうが。あの鼻息、近くにあった岩も一緒に飛ばしてたからな。
まぁ、その鼻息をもろともせずに狙いを定めて飛んでいったマリンのアイスニードルの威力には恐れ入るが。
「スグル殿、それより例のものをお願いするでござる」
「ん? あぁ、わかったよ」
ハンゾウに急かされて、俺は湖の岸に持ってきたカードを並べていく。
その数、ざっと200枚。
そして、それらを具現化。
現れたのは、200個の大きな木製の箱だった。
「じゃあ、ハンゾウ、頼む」
「その役目、承ったでござる」
ハンゾウはそう言うと、印を結び、
「忍法・水遁の術!」
そう叫んだと思ったら、湖の水面が大きく揺れて渦を巻き起こした。
直径50メートルはあろうかという渦の中央から水が吹き上がり、置いた箱の上へと集まっていく。
よく見ると、その水の中に魚や亀のような魔物がいくつか見えたが――
「秘技・クナイ乱舞!」
ハンゾウがそう言って放ったクナイが集まっていた魔物全てに突き刺さり、クナイだけが水から落ちて来た。カードは水の中に残ったままだ。
すると、今度は水がゆっくりと箱へと落ちてくる。そして、水全体が箱を飲み込むと、箱に入っていない水が湖へと戻っていった。
「マリン殿、頼むでござる」
「任せなさい」
マリンはそういうと、箱を一つずつ触っていく。箱はカードへと変わった。
中には水と一緒にカードも入っている箱があったが、そういう場合は、箱をカードに変えると、中に入っていたカードも重なって出てくる。
「イワナ……ヤマメ……お、ウナギもあるぞ。今夜はウナギの白焼きもいいな」
俺はカードを拾いながら今夜の夕食の献立を考える。
そういえば、魔物を倒して出てくる魚のカード、この魚は魔物じゃない。
ならば、イワナやヤマメといった魚は、この世界には本来存在しないはずなのだが、なんでカードは存在するんだ? もしかしたら、これがこの世界の謎を解く鍵に……なるわけないか。
そして、もちろん目的のカードを拾うのも忘れない。
【水入り木箱】
その名の通り、水の入った木箱のカードだ。
本来、運ぶのが大変な水もこうすればとても簡単に運ぶことができる。
水だけをカード化できないかと試してもらったが、カード化のボーナス特典は、一定以上大きなものはカード化できないらしく、湖の水は箱などに入れないと一定以上の大きさとみなされてカード化できないことがわかった。
そのため、まずは箱だけを大量に用意してもらい、そこに水を入れて運ぶことになった。
これは俺のアイデアではなく、ハンゾウのアイデアだ。箱の代金もマリンの時給もハンゾウが自腹で出してくれた。
俺は村長としての仕事なので時給はでないが、こうして夕食代が浮いただけでも儲けものだ。採れた魚はもらえる約束だった。
別に村は水不足、というほどの危機ではない。日本にいたころほどではないが、雨も適度に降るし、井戸の水もまだまだ豊潤だ。
だが、水不足になったときのことを考えると、水のストックはあって困るものではない。カード化していたら腐ることもない。
そして、なによりハンゾウの目的は――
「これで、風呂に入れるでござるな」
西大陸で、お風呂に入る文化はあまり知られていない。国の中の特権階級の人間が稀に入るくらいなものだ。
もちろん、清潔保持を一切していないというわけではなく、お湯をわかして清拭している。
だが、その文化に待ったを唱える男がいた。
その名は、ハンゾウ。
彼は私財を村に投資して公衆浴場の建設に協力。
その結果、他の優先事業よりも先に公衆浴場の建設が終了した。
ビルキッタの鍛冶工房の炉から出る熱を利用しているため、燃料代もかからない。問題だった水もマリンのカード化能力とハンゾウの水遁の術の合わせ技により一気に解決。
そして、とうとう公衆浴場は完成した。
料金は20ドルグ。ただし村人は無料。5日に1日だけ利用できる(流石に毎日だと水のストックがすぐに切れてしまう)。
それほど広い風呂ではないので、男女各5人の交代制。
捨てられるお湯はハンゾウによって作られた下水管を通じ、村はずれのため池へと流れる。
番頭は村のお婆ちゃん、トメさん(本名:トイメールさん)が担当。
脱衣所には氷冷蔵庫が置かれ、冷えた水やジュース、酒の販売も行っている。
有料で貸しタオルや貸しナイフ(ひげそり用)なども用意された。
こうして、(ハンゾウの)夢の公衆浴場は完成した。
最初の利用は村人全員の抽選で行われた。
俺は3回目の入浴となった。その3回目に選ばれた男は、
【スグル、ハンゾウ、サイケ、ベル・マーク(ドラゴンレンジャーズの一人)、バッカス】
そして、女性で選ばれたのは、
【ミコト、ハヅキちゃん&マリン、ビルキッタ、パスカル、ミシェル(シスター)】
の計10人だった。ハヅキちゃんは幽霊なので一人にカウントされていない。
だが、おかしい、抽選は厳正に行われたはずだったが……なんだ、この偏りは。
特に女性は全員若い女性に限定されている。女性は他にも村の元祖奥様や、ドラゴンレンジャーズの冒険者が故郷からつれてきた奥様、他にもファナのような女の子もいるはずなのに。
どうも、俺と関わりの深い人に限定されているような気がする。
確か、抽選を行ったのは、サイケのやつだったよな。
とチラリとサイケを見たら――ハンゾウと握手をしていた。
俺は気付いた。いや、まぁ、気付く前から予想はしていたけどな。
ハンゾウが何か企んでいる。いや、覗くつもりなのは明白だ。
女風呂を。
しかし、どうやって?
浴室の男湯と女湯を阻む壁にはのぞき穴の類は一切ない。天井と壁の間には隙間はあり、ハンゾウなら忍法とか適当なことを言って壁を匍匐前進してゴキブリのように登っていくことは可能だろう。だが、アニメじゃないんだし、そんなところから覗けば絶対に気付かれる。
俺が悩んでいる中、一組目の利用者が公衆浴場の中へと入っていった。
そんな中、ハンゾウが俺のよこに近づいてきて、
「スグル殿に一つお願いがあるのでござる」
ハンゾウがそんなことを言ってきた。
わかってる、女湯を覗く行為を黙認しろと言うつもりだろう。
「拙者は女湯を覗きたいのでござるが……」
「俺に黙ってろというのか?」
「どうやって覗けばいいのか皆目見当がつかないのでござる。どうかお知恵を!」
ハンゾウがそう言ったとき、俺はため息をもらした。
入浴開始まで約1時間。
計画実行の時が迫っていたが、計画はどうやら存在しないようだ。




