29 想定外です、冒険者ギルド -後編-
光が存在しない、真の暗闇の中、俺は声を上げた。
「おい、みんな、動くな! ハヅキちゃん、球から手を離すんだ」
「は、はい!」
ハヅキちゃんがそう言うと同時に手を離したのだろう。
再び世界に光が戻った。その明かりに目が眩む。
「な……なんなんですか、今のは。魔力耐性の高いドラゴンが触ってもこんなことにはなりませんよ」
「あぁ、すまん。まさかこんなことになるとわ。ハヅキちゃんは魔法を完全に無効化するスキルを持ってるから、そのせいだと思う」
「魔法完全無効? そんなスキル、聞いたこともありません」
バッカスがまたもや信じられないという表情をしたが、実際、あの深い闇を経験したから信じざるを得ないだろう。
とりあえず、バッカスを落ち着かせるためにゴメスが水を一杯出した。
「あぁ、それにしても驚いたな……なぁ、マリ――ん?」
横にいたはずのマリンを見たら――椅子に座ったままぐったりとしていた。
「おい、マリン、しっかりしろっ!」
俺がマリンの身体を慌てて揺さぶると、彼女はばっと身体を起こして、
「はっ、暗いの怖いです暗いの怖いです暗いの怖いです」
顔を真っ青にしてブルブル震えだした。
「落ち着け、もう明るいから、大丈夫だ」
「マリンちゃん、暗所恐怖症ですから……夜もマリンちゃんが寝付くまでランプつけてますし」
「マスター、こっちに目が覚めるようなジュースを一杯頼む」
「あぁ、待ってな」
ゴメスがそう言って、奥の倉庫へと入っていく。
「村長! 今、村全体が闇に覆われて――」
パスカルが酒場に駆け込んで来た。
「あぁ、外も闇に覆われていたのか。悪い、パスカル、実は――」
俺は今起こったことを簡単にパスカルに説明した。
「そうなんですか、わかりました、とりあえず村に訪れている人達にはうちの商会の魔道具の不具合ということで報告させていただきますね」
「いいのか?」
「冒険者ギルドの魔道具の効果だと説明したら、バッカスさんが詳細な説明を本部にしなくてはいけなくなりますから」
パスカルはそう言って酒場を後にした。
そして、ゴメスが戻ってきたときて黄色いジュースが入っていた。
「サマーオレンジのジュースだ」
カップの中に氷を入れてマスターが出してくれた。
マリンは震える手でカップを持ち、ジュースを口に含む。
「酸っぱい……あ、でもおいしいです」
ようやく落ち着きを取り戻した。
「よし、じゃあもう一度ハヅキちゃんの魔力耐性を調べようか」
「怒りますよっ!」
そう言って、俺の脛を蹴ってきた。
本気で怒っているのか、かなり痛い。
「バッカスさん、他の二つの球は何を調べるものなんだ?」
「あぁ、これは冒険者の強さを総合的にランク付けするアイテムで、こっちは魔法使いの魔法属性を調べるものですよ」
「あ、私やってみたいです」
「これは魔法特性のスキルがないと使えないんですよ」
「マリン、魔法特性持ってますよ」
「そうなんですか? ではどうぞ」
「ちょっと待ってくれ、属性はどうやってわかるんだ?」
「魔法特性を持ってる人が触ると、色がつくんですよ。その色によって判断できます」
火は赤色、氷は水色、雷は黄色、地は茶色、風は緑色、光は白色、闇は紫色、治癒は青色、補助は橙色になるそうだ。
二つの属性を持つ人は半分に分かれるらしい。
「へぇ、全部の属性を持ってる人が触ったらどうなるんだろ?」
「ははは、そんな人いませんよ。でも、いるとしたらきっと虹のように綺麗になるんでしょうね」
「あぁ、本当です。まるで虹みたいです」
マリンが笑顔で球を見つめた。
あぁ、球の中は本当にカラフルに煌いていた。
氷属性を一発で覚えられたことと、黒魔術、白魔術という謎のスキルの存在でもしやと思ったが、本当に全部の魔法属性を使えるらしい。
「そんな……全部の属性がある……なんて、ギルドの長い歴史でも初めてですよ、こんなこと」
「あたりまえです、マリンは天才大魔法使いですからね」
「あぁ、お前は本当に天才だよ。だから椅子の上に立つな、パンツが見えるぞ」
「ふみゃ……スグルのエッチ!」
マリンが椅子の上から降りて再度俺の脛を蹴ってきた。
「だから、痛いって。俺はガキの猫さんパンツには欲情しない、っていうか猫さんパンツなんてどこに売ってるんだ?」
「これはハヅキがパスカルさんから――って何言わせるんですかぁぁ」
「拙者参上でござる!」
突如ハンゾウが現れた。
「お前、パンツの話をしてるからって急に現れるなよ」
「いや、拙者は村全体を闇が覆ったから急ぎ駆けつけたのでござる」
村全体を覆うくらいの闇だったのか。まぁ、最悪、ド○ゴンボール7個集めて○龍を呼び出した時のように世界全体が闇に覆われた可能性も考えていたから、村の中だけでよかったというべきか。
「そうか……そのことだが」
「パスカル殿から魔道具の誤作動であることは伺った。そこにパンツの話が聞こえたので急ぎ酒場に訪れたのでござる」
「結局パンツじゃねぇか」
俺が怒鳴りつけた。
ドラ○ンボールで神○を呼び出したらギャルのパンティーを貰うやつだ、絶対。
「ハンゾウの兄貴、先に行かないでください」
「スグルくん、何か面白いことやってるみたいね」
遅れて、ドラゴンレンジャーズの皆とミコトも訪れ、酒場は一気ににぎわった。
「マスター、とりあえず葡萄酒貰えるかしら? 皆にも同じもの、あ、スグルくんとマリンちゃんにはジュースね」
「さすがミコト姉さん、一生ついていきます」
「一生は困るわよ」
ミコトは微笑を浮かべて、出てきた葡萄酒を一口飲んだ。
「ところで、そちらのお兄さんが冒険者ギルドのバッカスさんでよろしいかしら?」
「はい、本日よりこのマジルカ村で冒険者ギルド運営をさせていただきます、バッカスと申します。本日は皆様のランクの調査をさせていただきます」
バッカスが営業スマイルで応対する。
すると、さっきまで大はしゃぎだったドラゴンレンジャーズの皆が静まり返った。
「どうしたんだ?」
「いや、村長さんよぉ、俺達がもともと冒険者を目指していて挫折したってのは聞いたよな」
ドラゴンレンジャーズの一人、ゲンガーが言った。
「ん? ああ」
「そもそも、挫折の原因は、そのランクなんだ。冒険者ギルドに登録できるのはGランクより上で、俺達もぎりぎり通過できたんだがよ」
ドラゴンレンジャーズのメンバーは高くてEランクだという。
そして、ランクは、ギルドから斡旋される仕事にも影響があり、Eランク以下だと、できる仕事といったら町の中の清掃活動や警備員の活動、魔物の少ない廃坑で採掘作業など、彼らが夢見た冒険者稼業とは大きくかけ離れたものだった。
しかも、魔物退治の仕事が斡旋されないからスキルが成長しない。スキルが成長しないからランクが上がらない。
その悪循環だったという。
「でも、あんたたちはもうランニングドラゴンを倒せるくらいには成長しているから、今更怯えることもないだろ」
「頭では理解してるんだがよ、やっぱりなぁ」
ゲンガーがみんなに同意を求めたら、彼らは頷いて答えた。
心的外傷。【心の傷は回復魔法でも治せない】とこの世界では言われている。
「じゃあ、スグルが先にランクを調べたら? スグルのヘボなランクを見たら皆さんやる気になると思いますよ」
マリンが「イヒヒ」と嫌な笑いを浮かべてこちらを見て来た。
「待て、俺のランクがへぼへぼだと誰が決めた? 俺だって、きっと……Gランクはあるぞ」
「ぎりぎり冒険者になれるレベルですね……」
「うるせぇ」
俺もさすがに自分が強くはないのはわかってる。しかも魔法防御はないときたもんだ。
「村長、言っておきますが、冒険者でなくてもこの球に触れた場合、公式に記録として残さなくてはいけません」
「そ……そうなのか?」
「はい、そういう決まりですので」
「……わかった。やってやる」
大丈夫だ。俺だって、なんだかんだいって、異世界からやってきたんだ。
こういう場合、隠れたパワーとかそういうものがある……といいんだけど。
俺は恐る恐る手を球へと近付けた。そして、恐怖のあまり瞼を閉じてしまう。
「…………どうだ?」
俺は尋ねた。
「これ、本当に人間のランク?」
「私もここまでは見たことがありません」
「村長、あんた凄いよ!」
マリン、バッカス、ゲンガーがそれぞれ口にする。
だが、どっちなんだ?
いいのか、悪いのか?
ゆっくり目を開ける。
すると、そこに浮かんでいた文字は――
【S-】
――え?
俺は目を疑った。
だが――
【S-】
何度見ても、ランクは【S-】だった。
「エスマイナス……まさか、これが俺の隠れた才能が――」
「健康な若い方でここまで低いランクははじめてです」
「だよな。わかってたよ」
くそ、ランクSって、普通にA、B、Cと数えていって19番目のSってことか。しかも【-】だからSより低い。
「ま、まぁ、冒険者ギルドに訪れる方は皆様力自慢の方ばかりですから。あと、ランクM以下の方は全員、ランク圏外という記録になるので御安心ください」
「村長、俺達、自分のランクを見てみるよ!」
ゲンガーが立ち上がる。
「あぁ、俺もだ!」「村長を見ていたら勇気がわいてきた」「ランクSでも堂々と生きているんだもんな」
どうやら、全員自分のランクを測定する気になったようだ。
あぁ、そうですか。
うん、まぁ、お前たちがそれでいいというのなら俺は道化を演じてやるよ。
「よし、まずは俺からだ――」
「ゲンガーさん……以前のランクはFですね」
「おうよ」
ゲンガーはそう言って、袖をまくって球を触った。
【C】
その表示が出た瞬間、周囲がどよめいた。
ランクCは冒険者ギルドの中で、平均よりいいレベル。
中級のダンジョンにソロで潜れるくらいらしい。
ゲンガーのそのランクを見て、全員が自分のランクを見た。
ドラゴンレンジャーズの最低ランクは【D+】、最高で【B-】。【B-】というと、一般的なギルド支部で1、2を争うレベルだという。
そして、残るは二人になった。
「次は拙者でござるな」
「あぁ……【ランクA+】なのは見え見えだけどな」
「ははは、村長、【A+】というのは世界でもトップレベルの冒険者の称号ですよ……あ、ありえませんよね?」
バッカスは、ハヅキちゃんの魔法防御とマリンの魔法属性を見ているせいか、少し不安そうな顔をして言った。
バッカスの思いなどどこ吹く顔と、ハンゾウが手を近づける。
そして、ハンゾウのランクが浮かび上がった。
【♂】
『オス!?』
誰もがその表示に驚いた。
いや、もっとも一番ハンゾウを示すのに相応しい文字だと思うが。
「ちょっと待ってください、そんなはずありません。もう一度、もう一度お願いします」
バッカスがハンゾウにもう一度測定をするように促す。
すると、今度は――
【H】
そう浮かんだ。
「よかった、今度は正常だ」
バッカスがほっと一安心する。
「これは、ハンゾウのイニシャルかしら?」
「ヘンタイのHだろ」
ミコトと俺は思ったことをそのまま言った。
まぁ、ハンゾウの能力を考えると、純粋にHランクだとは考えられないしな。
そう思ったら、【H】の文字が消え、
【□】
四角? またもやアルファベットじゃない文字が……
「□……やっぱり故障なのかな」
「いや、待て、これはHでも□でもない。横だ!」
「横?」
バッカスが首をかしげるとともに、そこにいた誰もが納得した。
「Hじゃなくてエ、□じゃなくてロ、エロだと言いたいんだよ。凄いな、この測定器」
「えっと、ハンゾウさんのランクはどう報告すれば」
「……ミコトと一緒でいいんじゃないか? ミコトならさすがにエロは出ないだろうし」
「じゃあ、私もやってみるわね」
ミコトが笑顔で透明の球にふれた。
文字が浮かび上がる。
【O】
ランクO? そんなに低いとは思えないが、
「おっぱいのOでござるかな」
「お前は黙ってろ」
ハンゾウを黙らせて、きっと続きがあるのだろうと球を見続ける。
すると、案の定文字は消え次の文字が浮かんだ。
【T】
ランクT? さっきより下がった。どっちもカタカナには直せそうにないし、何かの略字か?
すると、また文字が消えて、新たな文字が浮かび上がった。
【L】
これが最後らしく、文字はそれ以上浮かび上がらない。
「OとTとL、一体、これは」
「あぁ……これは」
俺はジュースを指につけ、テーブルにジュースで文字を書いた。
「【OTL】ほら、こうして並べてみると、頭を垂れている人に見えるだろ?」
「えっと、つまりどういうことです?」
「つまり、あの球が負けを認めたということだ」
俺がそう言った瞬間、ガラス球にヒビが入った。
「一体……私はどうギルドに報告したらいいものか?」
「そうだな、とりあえずさ――」
ハンゾウ:ランクS
ミコト:ランクS
以後、ギルドで測定できないほどの力を持つもののランクをSランクと呼ぶことになった。それがスーパーの略字か、スペシャルの略字かシークレットの略字はわからないが。
冒険者ギルドで公式にランクSの冒険者は今のところこの二人しかいない。
だが、村の人だけは知っている。この村にはもう一人、ランクSの称号を持つものがいることを。




