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27 感謝されない裏方仕事

 パイクリートの評判は、村を訪れていた商人たちに大好評だった。

 中にはパイクリートの箱だけが欲しいという商人も現れ、村の一時的な特産品になっていた。

 一時的というのは、パイクリートをおがくず氷と言う名前とともに製造法を商人達に教えたからだ。

 もともと、氷が溶けたら材料は知れ渡るものだし、バイクリートが世界中に広がれば、それだけ流通の幅が広がる。

 さらに思わぬ特産品となったのは、ただの氷だ。

 パイクリートの箱にいれた氷が高く売れた。

 もともと、氷というのは氷魔法を使える魔法使いのいる町でしか食べることのできない。

 よしんば使えるものが町にいたとしても、そういう人間は、国へと行って国王に仕えて金を稼ぐので、氷が一般家庭にまで出回っていないのが現状らしい。

 飲み物を冷やすのも、井戸水などで冷やすのが限界だ。

 その素晴らしさに触れた人は全員口を揃えて言う。

「本当に素晴らしいものを作ったもんだ」

 絶賛、称賛、感謝。俺のアイデアは金を稼げるだけでなく、多くの人の生活を豊かにする素晴らしいものだ。


「本当に凄いよな、マリンちゃんは」


 注目の的となっているマリンは、その日の夕方、酒場でゴメスからジュースや食事を奢ってもらっていた。なんでも、酒場の麦酒の売り上げが氷冷蔵庫を導入する前の3倍になったらしい。

 あぁ、わかってる。いくらアイデアを出して元手を出したのは俺でも、氷魔法を使ってるのはマリンだもんな。

 俺が脚本家だとしたら、マリンは女優(子役)みたいなものだ。

 マスターが厨房の奥に入ったとき、マリンが自分のおなかをさすって、

「ふぅ……マリンはもうお腹いっぱいです」

 と満足そうにつぶやいた。見ると、結構肉とか残っている。パンなど全く手をつけていない。

 しめた――と思って俺は恥ずかしくなった。

 子供の残した食べ物を貰おうとしていた自分が恥ずかしい。

「でも、残したらもったいないよな。うん。もったいない、日本人の心だ」

「残ったものは持って帰りますのでご心配なく」

「ちっ、でもどうやって持って帰るんだ?」

「え? もちろんこうするんですよ」

 マリンはそういうと、料理の乗ったお皿の上に手をかざした。

 次の瞬間、

 料理が皿ごと消え、一枚のカードが現れた。

 何がおこったんだ? と思ってカードを見ると、【肉炒め】と書かれていた。そう、さっきの料理がカードに変わったのだ。

「カード化……」

 確か、ボーナス特典の一つにあった。

 消費ポイント70と、初期ボーナスポイントの7割も消費する特典だ。

「おま、そんなの使えたのか」

「え? スグルさんは使えないんですか?」

「使えるかっ!」

 叫んでから俺はあたりをみまわす。

 が、誰もこちらを見ていない。

「誰かにその能力のことを教えてか?」

「いいえ、てっきり誰もが使えるものだと思っていましたから」

「その能力は俺の知る限りマリンしか使えない」

「なるほど、やはりマリンは選ばれし大魔法使いのようですね」

 マリンが、平らな胸を張って言った。

 カード化を利用すれば、例えば竜の干し肉をカードにすることで、低コストで輸送できる。

 だが、それをどう説明する? マジルカ村の秘術ですとでも言うのか?

 言えるわけない。それほどまでのこのカード化という技術はこの世界の常識から逸脱している。

「いいか、カード化のことは誰にもいうな。あと、俺がいいと言うとき以外は使うな」

「そんな、せっかくマリンのみが持つ能力だというのにですか」

「使い方は考える」

 俺はそう言った。カード化の主な使い方は三つ。

 輸送と収納と保存だ。

 重いものを運ぶときに便利なことと、かさばるものをカード化してスペースを増やすこと、そしてカード化することで劣化を防ぐ。

 特に輸送に関しては、密輸などにも使える。都市同盟間ではないが、大陸間だと関税が存在し、マジルカ村の木綿もその例外ではない。北大陸に運ばれるときは25%の関税を課せられている。

 だが、カード化すれば、関税をすり抜けて運ぶことができることが容易となる。

 もちろん、そんなことができると知られたら、世界は黙って見逃さないだろう。

 かといって、使わずにいるのももったいないよな。

 と考えていたら、店に客が訪れた。

「おぉ、スグル殿にマリン殿もここにいたでござるか」

 ハンゾウが俺の横に座ると、反対側にいたマリンが俺の陰に隠れた。ハンゾウへの苦手意識があるようだ。

 まぁ、女性にとって共通の敵みたいな属性を持っているからな。

 ミコトやビルキッタがそのあたりにかんしては流してくれているのでついつい忘れてしまうが。

 いい奴なんだが。

「よぉ、お疲れ。今日の成果はどうだった?」

「うむ、上々でござるよ。ただ、冒険者の皆も力をつけてきておられるが、まだあの迷宮の魔物をソロで倒すには至っておらぬでござるよ」

「そうか、まぁあそこの迷宮は上級クラスだから仕方ないよ」

「スグル殿、ところで公共浴場の建設計画のほうはどうでござるか?」

 ハンゾウが浴場というと、欲情と勘違いしてしまいそうになるのは仕方ないとして。

「あぁ、建設設計図を見た限りだとビルキッタの鍛冶屋の隣に作れる。建設はもう開始するつもりだだが、水の確保などを考えると、水道管ができるまでは雨季限定の利用になると思うぞ」

「そうでござるか」

 ハンゾウは少し残念そうに肩を落とした後、ゴメスにスープとパンを注文した。

「あいよ、スープとパンお待ちどう。ところで、村長よぉ、夏祭りのことなんだが」

「夏祭り? そんなのあるのか?」

「10年ほど前まであったんだよ。簡単な料理を振る舞って、豊作を祈る祭りだ。前の村長が金の無駄遣いだといって取りやめたんだが」

 シルヴァーか。確かにあいつなら、そういうものに金は使わないよな。

「お祭りですか! マリン、見てみたいです!」

「拙者もでござる。浴衣から見えるうなじ、足の裾の隙間から見える生足、辛抱ならんでござるな」

 ハンゾウが目を細めて嬉しそうに言うと、マリンがかなりドン引きしていた。

 記憶を失っていても、夏祭りから浴衣の女性を想像できるのはある意味凄い。

 ハンゾウが言うには、「記憶を失っていても漢の魂が残っているのでござる」とのこと。

 漢を勘違いさせる発言だ。

「まぁ、建設費で村の借金がかさんでいるとはいえ、儲けはかなり出ているからな。どうせなら、村をアピールする目的で、村の外からの観光客も集めたいが」

「そんな大したもんじゃねぇよ。前にやった慰労会みたいなもんで十分だぜ?」

「それは酒場しか儲けがでないだろ。屋台とかも出したいよな。たこ焼きとか串焼きとか」

 ハンゾウの作ったたこ焼きは絶品だからな、今度はぜひハヅキちゃんにも食べさせてあげたい。

 ほかにも、かき氷もしたいな。かき氷器ならビルキッタの鍛冶工房で作れそうだし、蜜は砂糖水を使えばいい。

 さすがに綿菓子は無理か。作り方がわからん。

「奉納の舞いをミコト殿に舞ってもらってはいかがでござるか?」

「あぁ、そういえばミコトって本当はそっちが本職っぽいからな」

「ミコトの嬢ちゃんの舞いなら、確かに神様も喜ぶだろうよ」

 ゴメスが少し微妙な表情でそう言った。

 話が思っている以上に大事になっているので驚いているのだろうか。

「とりあえず、パスカルとも相談して、祭りを開く日とか宣伝方法とか考えるよ」

「あぁ、任せたよ」

 ゴメスはそう言うと、サービスだと言って肉野菜炒めを出してくれた。

 それを感謝して食べながら、頭の中ではどうやって村に儲けをもたらすかでいっぱいだった。

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