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26 生産ラインに乗せられた魔法少女

 西大陸で一番の商会、ガルハラン商会。扱う商品は、砂利一粒から、木造帆船まで幅広い。

 現在大陸の三割以上の都市にその支部を構えていた。ちなみに、パスカルのフルネームが、パスカル・ガルハランであることからもわかるように、ただの支部長ではない。

 一代でガルハラン商会を築き上げた爺さんの孫娘で、現在の商会長の姪にあたる。

 その幅広い商品の取り扱いと交易網の広さは、マジルカ村にも恩恵がある。

 建築用の資材はほとんどがガルハラン商会から卸してもらっているし、逆にビルキッタの作っている竜のお守りなどはガルハラン商会に卸している。

「スグル様、今日はどのようなものをお求めで?」

 出迎えてくれたのは、40歳くらいの、おしゃれな口髭を生やした男だった。

 ガルハラン商会マジルカ支部での次期責任者とも言われている男だ。

「あぁ……パスカルはいないのか?」

「お嬢様は奥の執務室です。呼んでまいりますね」

「いや、仕事中ならいいんだ。今日はちょっと見たいものがあるんだけど、魔法書って扱っているか?」

「ガルハラン商会で扱うことが許可されているのは、火、氷、雷、回復の魔法書です。今、手元にあるのは火と氷の魔法書でございます。どちらも第三写本です」

 風の魔法書はエルフが、地の魔法書はノームが、補助の魔法書は教会が、闇の魔法書は魔族が管理していて、写本はなかなか出回らない 。もちろん、零というわけではないが。

原典の行方のわからない他の魔法書のほうが世間に広まっているというのは皮肉なものだ。

「値段は?」

「第三写本で1000ドルグになります。取り寄せになりますが、第二写本なら3000ドルグです」

「第三写本の基になっている第二写本はガルハラン商会が管理しているのか?」

 その基となった第二写本が何らかの理由により消滅すると、それを基として作られた第三写本も使えなくなる。

「いえ、西大陸中央教会の金庫で保管しております」

「……1000ドルグか」

 高くはないが、買えば食費に響く。

「マリン、魔法書が欲しいです。買ってください」

 マリンが目をうるうるさせて俺を見上げてきた。

「なんでもしますから」

「……いいか、絶対それはハンゾウには言ったらダメだぞ」

 買ってやりたい。だが、1000ドルグ。

 その元を取る方法が……待てよ?

 そういえば、魔法が使えたらやりたいことをいろいろ妄想していたことがある。

 瞬間移動が使えたら交易チートをしたいとか、風魔法が使えたらスカートめくりに利用したいとか、召喚魔法が使えたら召喚獣ハーレムを作りたいとか、そういうたわいもないものから始めた妄想だったが。

 中には本格的に使える話もあった。ゲーマーなら誰もが通る黒歴史だ。

 その中に、あったはずだ。金を稼ぐ方法が。

「氷魔法なら買ってやってもいいぞ。その代わり、元手の分は働いてもらうが」

「ありがとうございます!」

「言っておくが、魔法っていうのは使える属性ってのは決まっているから、基本一人一種類の属性の魔法しか覚えられない。もしもマリンが氷魔法を使えないのなら、買わないからな」

 俺がそう言うと、「マリンは天才だから全ての属性魔法を覚えられるはずです」などと自信満々に根拠のないことを言った。

「では、こちらをどうぞ」

 出されたのは一冊の青い本だった。

「最後のページに名前をお書きください。それで契約は完了です。もしも属性を持たない人が名前を書いた場合は名前が自動的に消えますので御安心ください」

「その場合、お金は払わなくていいんだっけ?」

「はい、当商会自慢の安心システムです」

 ならばよし、と俺はペンをマリンに持たせた。

 マリンは一瞬の躊躇いも、緊張の顔も見せずに「オズ・マリン」と書き込む。

 そして、

「名前が消えませんね。契約終了です」

「え? もう終わりですか?」

「あぁ、そういえば俺も契約は一瞬で終わってたな」

 システム魔法を覚えたときも、特に覚えたという実感はなかった。

 それにしても、一発で自分の使える魔法属性を見つけるとは。

 もしかしたら、本当に全部の属性を使えるんじゃないか?

 ボーナス特典にも魔法を全属性使えるボーナスがあったが、あれは100ポイントでは覚えられない種類のボーナスだったはずだ。

「じゃあ、使ってみましょう! スグルさん、試し打ちしていいですか?」

「おい、待て! ここだと危ないから外でするぞ」

「……指一本凍らせるくらいダメですか?」

「ダメだ! ていうか俺を狙う気満々なのか」

「え、でも初めてだから信頼できる人に――」

「信頼できる人を攻撃しようとするな」

 俺のことを信頼できると言ってもらえたことは素直にうれしいが。

「あ、そうだ。ついでに、欲しいものがあるんだが、入荷しておいてもらえないか?」

「はい。何でしょうか?」

 尋ねられたので、俺は欲しい商品を告げた。

「食用ですか?」

「食用って、食べられるものなのか?」

「一部の町で食べられております」

「食用じゃなくていい。とりあえず、試しに50キログラムほど欲しいんだが」

「50キログラムでしたら、200ドルグになります」

「結構高いんだな」

「ほぼ輸送費ですね。ですので、今商会にあるものでしたら無料でお譲りしますよ」

「いいのか?」

「はい、保管はしていますが、輸送費なども考えると割に合わないので、いずれ捨てるものですから」

「そうか、助かるよ」

 そして、俺はその物質を30キロほど受け取った。

 運ぼうとしたら、重すぎるので断念。10キロだけ先にもらっていくことにした。



「そんなものもらって、スグルさんはネズミに生まれ変わるのですか?」

 俺が肩に担いでいる10キロの袋を見て、マリンが怪訝な顔を浮かべた。

「そういうんじゃないよ。まぁ、ここならいいだろ」

 村のはずれにやってきた俺は、荷物を肩から下して、魔法書を読む。

 試し打ちにするにはもってこいだ。

 氷の初級魔法、アイスニードル。

 氷の中級魔法、アイスブリザード。

 氷の上級魔法、ダイヤモンドダスト。

 今現在、マリンが契約した氷魔法はこの三つだ。

「じゃあ、まずはダイヤモンドダストから」

「やめい!」

 俺はマリンのとんがり帽子にチョップをした。てっぺんから大きくへこみ、マリンの脳天に直撃する。

「何するんですかぁ、これは立派な虐待ですよ」

「ダイヤモンドダストは広範囲の攻撃だ。まずはアイスニードルからにしろ。ほら、あの石を狙え」

 俺は手ごろな大きさの石を見つけ、そこを狙うように言った。

 マリンは残念そうな顔をしたが、岩を見つめる。

「では、いきます! アイスニードル!」

 マリンがそう叫ぶと、角の形にも見える氷柱が現れ、石めがけて飛んだ。

 だが、氷柱は石をそれて、奥の地面に刺さる。すると、その周辺の草を一瞬で凍らせて、草はガラスのように砕け散った。

「おぉ、凄いな」

 これが魔法か。

 植物系の魔物なら凍らせたら楽に倒せそうだ。

 だが、マリンは石に命中しなかったのが嫌だったようで、

「アイスニードル!」

 もう一度魔法を唱えた。だが、魔法は発動されない。

「あぁ、クールタイムだ。魔法は一度使えば、もう一度使うのにある程度時間が必要になる」

「そうなんですか……ふぅ、少し疲れました」

 マリンが後ろにあった岩に座ってそう呟く。

「MPを消費したんだな。まだできそうか?」

「あと5発、いえ、10発は撃てますよ。なんならやってみましょうか?」

「いや、まずはそれを使って稼がないとな」

「お金? あ、わかりました、氷魔法をもとに天然水を作るんですね」

 魔法で作った水を天然水と呼んでいいとは思えないが。

「魔力の氷は、水が凍ったものではなく、冷気というエネルギーが具現化したものだ。溶けても水にはならない。草の周りが少し湿っているのは、ただ空気中の水がついただけだしな」

 そもそも今の段階では村は水不足ではないからな。水が高値で売れることはない。

「じゃあ、果物を凍らせて売るんですか?」

「そういうのはもう誰かがやってるだろ。二番煎じ三番煎じのネタだな」

「じゃあ、どうするんですか?」

「これを使うのさ」

 俺はそう言って、さっき商会からもらった麻袋を叩いた。




 夕方になり、俺とマリンは、氷魔法によって作り出されたものを持って酒場に訪れた。

「おい、凄いな、この簡易氷室」

 マスターのゴメスは茶色い箱を見て興味深げに言った。

 中に入れていた麦酒がギンギンに冷えていて、客にも好評のようだ。

「氷冷蔵庫だよ。氷はなかなか溶けないと思うけど、なくなったらマリンが作ってくれるからさ」

「しかしよ、この容器も氷でできてるんだろ? 溶けないのか?」

「すぐには溶けないよ」

 俺が作ったのは、おがくずと水を混ぜたものを凍らせた箱だ。こうして作られた氷はとても溶けにくい性質をもつ。

「俺の知ってる話だと、これを海に浮かべて船として海を渡っていたくらいだからさ」

 地球だとパイクリートと呼ばれ、これを材料に空母を作ろうという計画があった。その計画は実現こそしなかったが、第二次世界大戦を舞台としたゲームの中にはしっかりと登場する。しかも海水でダメージを回復するという機能付き。

 こうした知識をもとに作られた氷の箱の中身をくりぬき、昭和時代にあった氷冷蔵庫を再現したわけだ。

 氷の船の話にゴメスが驚いているが、このパイクリートの使い道は氷冷蔵庫だけではない。

 竜の干し肉だ。干し肉とはいえ、夏を迎えた西大陸。これから気温を上がることを考えると、どうしても日持ちが悪くなると思われる。

 そこで、この箱を使って干し肉を運べば日持ちすること間違いなしな冷蔵配送も可能だ。

 横でゴメス特性のぶどうジュースを飲むマリンを見て、俺は微笑んだ。

 どうやら、1000ドルグは思ったよりもすぐに手元に戻りそうだ。

「どうしたんですか? マリンに惚れましたか?」

「そうだな、少し見直したよ」

「当たり前です、マリンは優秀ですからね。スグルさんも困ったことがあったらすぐにマリンを頼るんですよ」

「わかったよ」

 俺はそう笑い、スープを一口飲んだ。



 その日の夜、困ったことになった。

 パスカルにしておくように言われた仕事がほとんど手つかずで残っていることを思い出したのだ。俺は役場に戻って一晩過ごすはめになる。

 当然、マリンはそんなこと関係なく、お子様らしくハヅキちゃんと家で熟睡していた。

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