24 酒場にも出入り自由な未成年
午前中に済ませていた役場への挨拶を、再度行う破目となった。
その結果、わかったのは、この町には「オズ・マリン」という名前の少女は住んでいないとのことだ。
そして、オズ・マリンという名前が偽名でないことは“サーチ”の魔法を唱えることで確認済み。
彼女が日本人であると仮定してもいいと思われた。
マリンをこのまま放って帰るわけにもいかないため、ガルハラン商会の馬車に一緒にのって、村まで連れていくことになった。
村へと運ぶ石材や木材に挟まれているのでかなり狭いが、マリンは文句は言わない。狭いと言っても箱の中よりは広いからだろうか。
「まさか、村長さんとは。あなたが役場に出入りしていることを確認して、後をつけて正解でした」
マリンが、俺の買ってやったサンドイッチを食べながら、自画自賛をはじめた。
「そんなところからつけていたのか」
「はい、拾ってもらうなら身元のはっきりした人がいいと思っていたので。マリンの聡明さに、スグルさんは驚きが隠せないようですね」
「いや、そんなところから後をつけられていたのに気付かなかった俺が情けないと思っただけだ」
とんがり帽子に樫の杖、そして黒いマントに黒いワンピース。
典型的な魔法使いコスチュームで、魔法の存在するはずのこの世界でもその存在は浮いている。
役場から乗合馬車ギルドへ、乗合馬車ギルドから共同墓地へ移動する間、全く気付かなかったとは我ながら情けない。
「それにしても、マリンが異世界からの召喚者だったなんて、これはまさに運命に弄ばれた可憐な美少女ですね」
「だから、美少女とか自分で言うな。ったく、うちの美少女とは大違いだ」
「え? うちの美少女って、スグルさん、彼女さんとかいるんですか?」
マリンが興味深げに尋ねたが、俺は返事を濁しながら呟いた。
「オズね……」
「なんですか? マリンの名字を呼び捨てにして」
「オズって俺の世界の有名な魔法使いの名前だからな」
「なるほど、つまりマリンがその大魔法使いじゃないか? って言いたいんですね」
「オズっていうのは架空の人物だ。しかも俺らとは別の国のな」
どうやら、彼女はどうやらかなり魔法かぶれのようだ。しかも、日本にいたときから。まぁ、俺もこの世界にきて一人で「ファイヤーボール! ベギ○マ! ビビデバビ○ブー」などと叫びまくった経験があるからあまり人の事は言えないが。
そして、俺はマリンの持っていた携帯電話を見て再び考えた。
圏外なのは最初から予想していた。だが、問題はその日付。
携帯電話に書かれた日付は、三月の末日。具体的に言えば、俺が異世界に飛ばされた翌日だ。
マリンは、今朝、気付いたら町にいたという。そこで、自分が名前以外全てを忘れていることに気付き愕然とした。
お昼まで町でいろいろと話を聞いて歩き、役場の場所を見つけ、そこの職員に拾ってもらおうとしたらしい。愕然としてから行動するまでの頭の切り替えの早さは本当に尊敬に値する。
とにかく、その話と携帯電話の日付からわかったことは、この世界と地球とでは、おそらく時間の流れが違うという点だ。
正確にはわからないが、こっちの世界での一年間が、地球での一日くらいになるのかもしれないだろう。
「架空の人物ということは……そうですか、つまり誰かがマリンの素晴らしい魔法を見て、マリンに捧げる歌を作ったということですね」
「オズの魔法使いの話ができたのは100年以上前だ。お前が生まれる前だよ」
「つまりはマリンが生まれることを予言していたということですね」
どれだけポジティブシンキングなんだよ。
「で、その大魔法使い様はやっぱり思い出せないのか?」
「はい、全く思い出せませんね」
携帯電話で日付と電波状況は理解できたが、それ以上は何もわからない。
ロックがかかっていて、彼女の本名もわからない。九つのマスを正しい押し順で押さないとロックが解除できないのだが、記憶喪失のマリンにロックを解除しろというのは無理な話だったようだ。
そして、電池の残量も残りわずか。電池が切れたら、電源のないこの世界では二度と使えないアイテムになるだろう。
「日本の技術もここまでだな……」
そう言って、俺は携帯電話を彼女の袋に戻した。
そして、別のものを取り出す。
本は黒魔術入門書。この世界の魔法書かと思ったが、最後のページに出版社の住所が書かれていて、その所在地は東京都だった。ぺらぺらと読んでみたが、この世界の魔法体系とは全く異なるなんちゃって魔法書だった。
文房具はボールペンとシャーペンと油性ペン。板に書いてあった文字は油性ペンで書いたものらしい。
そして、電卓、しかもソーラー充電機能付き。
この世界で売れば一財産築けそうな伝説アイテムと言ってもいいな。
「マリンの隠れた才能、一体なんなんでしょうね」
「隠れた才能って言うな。ボーナス特典だ、ボーナス特典」
マリンが俺達と同じ経緯でこの世界に来たかどうかはわからない。
だが、俺と同じで、ゲームをはじめてこの世界に来たのなら、彼女も持っているはずだ。
俺の記憶継承、ミコトの経験値2倍、ハンゾウの命中大UP・回避大UP、ハヅキちゃんの鑑定・人形二体まで使用可能のようなボーナス特典が。
ただ、ステータスアップ系のボーナスだとしたら、どうやって調べたらいいか。せめてステータスが目に見えたらわかりやすいのだが。
その後は、あれこれ日本の話やマジルカ村、この世界についての話をした。そして、村についた時には夜になっていた。
「うぅ……お尻が痛いです」
マリンがお尻をさすりながら馬車から降りる。俺ももちろんマリン同様尻がかなり痛い。乗合馬車を運営することになったら、真っ先に座布団を導入しよう。
綿はこの村の名産だからいけるだろうな。
「ここがマジルカ村ですか?」
「あぁ、とりあえず、酒場に行くか……この時間なら人も多いだろう。マリンのことも紹介しないとな」
「酒場? お酒ですか?」
「言っておくが、未成年は問答無用でジュースだぞ」
「わかってますよ」
マリンが少し恨みがましい目で言う。酒を飲みたい子供の気持ちはわかるが、あんなもん、飲んでも頭痛くなるだけだぞ。
美味しいと思うのは俺にはまだ先の話だ。
酒場の前にいくと、中から多くの人の声が聞こえてきた。
ドラゴンレンジャーズの面々のようだ。最近稼ぎもよくなったからな。ゴメスも売り上げが倍になったって言っていた。
「こんばんはー」
そう声をかけて入ると、ドラゴンレンジャーズの面々に加え、ハンゾウ、ミコト、ハヅキちゃんもいた。
「お、村長! 乗合馬車はどうだった?」
「あぁ、今週中に会議にかけられて、早ければ今月中にも乗合馬車が走り始めることができそうだ」
マスターにそう答えていると、ハンゾウが立ち上がって近付いてきた。
気付いたなエロ忍者。
「スグル殿、そちらの少女は?」
「あぁ……オズ・マリンって言って。町で拾ったんだ。変なことするなよ」
「拾った……でござるか」
ハンゾウは俺の肩に手を置き、
「スグル殿。いますぐ出頭しようでござる。ロリ趣味はいいが、誘拐は犯罪でござる」
「ちげぇよ、ていうかお前に言われたくない」
「拙者は合法ロリは好きでござるがロリ好きではござらんゆえ」
「ビルキッタのことを合法ロリと呼ぶな」
ビルキッタは19歳という年齢には似つかわしくもない低身長の童顔だ。身長はドワーフ特有のものらしい。
ハンゾウがロリ対象外というのは意外だった。てっきり女なら誰でもOKかと思ってたんだが。
「当たり前でござる。マリン殿のような年齢の子供に悪戯をしようものなら世間的に終わりでござるからな」
「世間的に終わりじゃなければ悪戯するようなセリフだな」
肩を落とすハンゾウを、俺が半眼で睨み付ける。
「あぁ、こいつはハンゾウという忍者だ。ものすごい強いし、ものすごいスケベで、歩く性犯罪者かもしれないけど、悪いやつじゃない」
「人の価値観って善悪だけじゃ判断できないとマリンはこの時悟りました。そして、マリンが12歳でよかったと、遅く産んでくれた顔も知らない両親に感謝します」
「あそこにいるのはミコト。巫女だ。今、料理を運んでいる粘土人形を操ってるのも彼女だ」
「わぁ……とてもきれいな人ですね。スグルさんの言っていた美人の彼女さんですか?」
「いいえ、スグルくんのことは尊敬はしているけどそういう仲じゃないわ。スグルくんにはすでに心に決めた人がいるもの」
ミコトが柔和な笑みでマリンにそう言った。
「ところで、それ、ゴーレムですか? それともホムンクルスですか? ミコトさんってもしかして魔法使いなんですか?」
「あぁ、これね……」
ミコトは料理を運び終えて帰ろうとする粘土人形を一体持ち上げる。
すると、粘土人形はぽんっと音をたてて、1平方センチメートル程度の紙切れへと姿を変えた。
「何かは私にもわからないの。便利だから使っているんだけどね」
そして、ミコトはその紙きれを再度床に落とした。床に落ちた紙は膨れ上がり、元の粘土人形の形に成り、厨房へと向かった。
「俺の予想だと式神の部類だと思うんだけどな。ちなみに、ミコトの粘土人形はここにいる3体だけじゃなくて、村の建築作業をしているのが97体いる」
「あと1匹いたら101匹になりますね」
「100体のほうがきりがいいだろ……」
どうして101体にしたがる?
尋ねたいと思ったが、すでにマリンの興味はすでに移っていたようだ。むしろいままで興味を持たなかった方がおかしいとさえ思える。
「黒猫のぬいぐるみ、これ、誰のですか?」
マリンが、テーブルの上に座っていた猫のぬいぐるみを見て尋ねた。
そして、その猫のぬいぐるみ――つまりはハヅキちゃんは前足を上げて、
「初めまして、ハヅキです」
「きゃっ……」
マリンが驚きの声をあげた。もともと動いていた粘土人形と違い、ぬいぐるみと思っていたハヅキちゃんがしゃべったらそれは驚くだろう。
「……黒猫のぬいぐるみが……しゃべった……」
「あぁ、マリン、その子は……」
説明しようとして言葉をつまらせた。
幽霊だから安心しろと言って、安心できるものなのだろうか? いや、安心できるわけない。下手したら怖くて夜も眠れなくて、一人でトイレに行けなくなっておもらしするぞ。それでハンゾウが喜ぶぞ。
ならば、ハヅキちゃんもミコトの式神ということにしようか? でも、いつまでもごまかせる話でもないしな。
マリンは肩をぷるぷると震わせていた。
「あなた、マリンの使い魔になりませんか?」
「え? あの……」
「魔女といえば黒猫! しかもしゃべれる黒猫、最高です! ぬいぐるみならご飯代もかかりませんし」
「えっと……どうしたらいいですか?」
ハヅキちゃんが困った顔をして俺を見つめた。
どうやら、マリンはこの村でうまくやっていく資質がありそうだと俺は思った。
その後、ハヅキちゃんをマリンから引き離し、マリンを中心として歓迎会という名前の食事会がはじまった。
その日の晩。
流石に疲れがでたらしく、俺はベッドに倒れこんだ。
座っていただけとはいえ、往復140キロメートル。
夜明け前に村を出て、町に着いたのが昼前。役場に挨拶して昼飯を軽く食べて、乗合馬車ギルドに挨拶をして、墓参り、子供を拾って、サンドイッチを買ってやり、だいたい昼の三時くらいに町を出て村に着いたのが夜。
その後二時間ほど食事会をして、解放されたのがついさっきだ。
マリンは宿屋に一晩泊まることになった。
明日からどうするかは話し合って決めることになる。まぁ、ミコトの家で預かるのが妥当な線だろうな。
パスカルあたりは、俺より年齢が近いから良い友達になってくれるかもしれない。
「ハヅキちゃんも今日はお疲れ様」
俺がハヅキちゃんに声をかける。
ハヅキちゃんもさすがに疲れたのか、今日は猫のぬいぐるみから出てきていない。
「いえ、少し困っただけですよ……私のことをすぐに受け入れてくれるのはうれしいですし」
「あぁ、そうだな。俺もハヅキちゃんが最初に喋った時は驚いたもんな。パスカルといい、マリンといい、あの肝の据わりようは、本当に俺より年下なのかって思うよ」
そんなことを話していたら、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「村長、起きていらっしゃいますか?」
男の声。
パスカル紹介の従業員で、宿屋の仮主人の男の声だ。
彼が家に訪ねてくることは初めてのことだ。一体どうしたんだ? と思いながら扉を開けると――
宿屋の仮主人と一緒に、頬と目を赤くして半べそをかいているマリンがいた。
「あの、一人で眠れないって、村長の家に連れていってほしいと」
「……そうか……悪かった……今夜はうちで預かるよ」
俺はマリンを家の中に入れて、男には帰ってもらった。
そして、ハヅキちゃんにアイコンタクトを送った。
彼女は察したようで、ハヅキちゃんは小さく頷く。
「あぁ……マリン、今夜はハヅキちゃんと一緒に寝るか?」
「……うん、ハヅキと寝る」
そう言って、彼女はハヅキちゃんを抱きかかえ、ハヅキちゃんの部屋へと入っていった。
困ったことになったなと思いながら、どこか少し安心している俺が一人残された。
一つ気がかりなことがある。
それは、夜に一人で眠れないマリンが、一緒に寝ているのが幽霊だと知ったときどういう反応をするのだろう? ということだった。




