23 拾いたくならない捨て犬捨て猫捨て少女
二章開始です。
「商売で最も重要なのは、いかに儲けるか、と同時に、いかにリスクを回避するか。リスクの高い商売というのは、それはもはやギャンブルです」
俺は大げさに両腕を伸ばして、張りのある声で言った。
それでもなお、俺と机越しに座る二人の男は眉間にしわをよせて難しそうな顔をつくっている。
ここは、マジルカ村の西、サンドカライの町にある乗合馬車ギルド。
俺はいま、ここで乗合馬車をサンドカライの町からマジルカ村、そしてマジルカ村からさらに東、オセオン村を経由してミーシピア港国まで走らせるための提案をしにやってきた。
「馬車運営についての一つ目のリスクは事故リスクです。特に魔物による事故はお二人もよくおわかりでしょう」
現在、サンドカライからミーシピア港国までの乗合馬車は、マジルカ村の北の、竜の谷のさらに北にあるゴゴズの町を経由している。
その理由は、マジルカ村の東にある山道だ。そこにある湖の周辺に魔物が集まり、山を越えようとする旅人を襲うからだ。
「我々の村に所属するドラゴンレンジャーズの実績をご覧ください」
俺はすでに二人に渡してあるドラゴンレンジャーズのメンバーのスキルレベルと実績の書かれた紙を捲った。
もともとは冒険者崩れであった彼らだが、ミコトとハンゾウによる寄生レベリングのおかげでかなりの成長を遂げている。
ミコトと同じパーティーなら経験値2倍の恩恵があるし、ハンゾウとともに行く南の樹海の迷宮は上級者用の迷宮、経験値も高いらしい。
五人一組であればランニングドラゴンの群れを退ける程度にまで成長しており、冒険者として独り立ちできるレベルといえるだろう。
「マジルカ村から山向こうのオセオン村までの間の距離を彼らに御者をしてもらうことで、山の魔物に出くわしても問題はありません」
これはすでに彼らに許可をとっている。馬型の魔物を操るのに必要な“魔物使い”というスキルを持っているメンバーが4人いたので、乗合馬車が決まれば交代で御者をしてもらうことになるだろう。
「二つ目のリスクは、やはりお金の問題でしょう」
俺は右手の二本の指を立てて言った。
「そのため、売り上げが安定するまでは村営乗合馬車として村で経営し、赤字が出た場合でも補填できるようにします」
実際、最初は赤字が続くだろう。いまでこそ飛竜の来襲により北にある竜の谷の話題がにぎわっているが、東の山の魔物の話もまたこのあたりでは有名だ。
だが、無事故で往来できる日が続けば、それは信用になり、必ず馬車を利用する客は増え、黒字へと転換するだろう。
「売上が安定したら民営化しなくてはいけませんが、その場合はお二人の協力が必要になります」
俺は不敵な笑みを浮かべて、前に座る二人の前に一歩近づいた。
うち一人が「というと?」と聞き返す。俺はそれを待っていたとばかりに説明を続けた。
「この計画では、私達のマジルカ村は中継地点に過ぎません。なので、始発地点であるこの町からマジルカ村までの馬車運営を、皆さんにお任せしたいと思っています。宣伝などでもこちらのほうがしやすいでしょう」
俺が頼んだ内容の本当の意味を、二人は即座に察したようだ。
「村長殿は、将来、魔物が少なく利益が見込めると確信できる路線の経営を我々に譲るから、馬車を走る許可を出してほしいというんだね」
「身も蓋もない言い方をすればそうなりますね」
「オセオン村にはすでに話は済ませてあるのかね?」
「ええ、小さな村同士、助け合わなくてはいけませんから。オセオン村の村長もとても乗り気でしたよ」
そこはガルハラン商会経由で話を済ませてある。
パスカルが聞いた話だと、オセオン村の村長もこれを機会に村から町になるための策略を練っているらしい。
ギルドの男は俺の書類に再度目を通し、
「前向きに検討させてもらおう」
そう言って書類を置いた。
「ありがとうございます。前向きということで、馬車の運賃などについても話し合いたいのですが」
「検討段階だというのに話が早すぎやしないか?」
「具体的な話としてまとまったほうが検討しやすいと思いますので」
そう言って、俺は二人の貴重な時間とやらを使って、いかにこの話が二人にとって得になることかを話し続けた。
パスカルと話し合って作った原稿の通り。
俺、剣埼傑は普通の高校生だった。ある日、「ユートピアンMMO」というゲーム会社が作った最新ゲーム「アナザーキー」のテストユーザーとして選ばれ、ハンゾウ、ミコト、ハヅキちゃんとパーティーを組んでゲームを開始。
すると、いきなり異世界にいた。しかも、ハンゾウは忍法や秘技といった謎の技を使いまくる忍者で、ミコトは式神のような粘土人形100体を操る武道家のような巫女で、ハヅキちゃんは絶対無敵スキルを持った幽霊だった。
その上、三人とも記憶を失っており、唯一日本での記憶を持っていた俺が三人を率いるリーダーとなったわけだが、近くの村で事件に巻き込まれ、今度は俺は村長になってしまった。
そんな現実感などまるでない話だが、まぁ、それなりに村長として頑張っていると思う。
一度はリストラされた村長だけど、こうして他の町で交渉の真似事までさせてもらってるしな。
この世界は地球ではない。電車も車もバスもない、あるのは馬によく似た魔物が牽く馬車くらいなものだ。だから、一般人が都市と都市とを結ぶためには、馬車道の整備は必須。
パスカルにも助言をもらい、乗合馬車ギルドとの交渉をするため、サンドカライの町にやってきた。
あと、本当についでだが、俺は墓場で一番大きな墓の前で手を合わせた。
――爺さん、生まれ変わると国王になれたらいいな。でも、もしそうなれたのなら、いい国王になるんだぞ。
墓石に刻まれた無数の名前の中にある、シルヴァーの名前を見て、黙祷を捧げた。彼はこの町の留置所の中で服毒自殺したことになっているが、その事実関係については俺にはわからない。
敵対関係だったともいえる相手だが、仏教で言えば、死ねば仏だ。安らかに眠ってほしいと心から思う。
「さてと……そろそろ帰るか」
そう思って振り返ったときだ。
俺はそれを見つけてしまった。木箱に板が立てかけられていて、その板には文字が書かれていた。
『名前はオズ・マリンです。女の子です。かわいがってください』
そうかぁ、女の子かぁ……でもうちはすでに黒猫飼ってるからなぁ。いや、飼われているのは俺のほうか。
彼女にはいつもご飯を作ってもらってるし。
俺が回れ右して目を瞑る。
すると、後ろから物音がしたと思ったら、歩く音が聞こえ、木箱を置く音が聞こえ、その木箱に何かが入る音が聞こえた。
恐る恐る目をあけると、俺と墓石の間に木箱があり、そしてその中に――
小学生高学年から中学生くらいの女の子がちょこんと座っていた。
『名前はオズ・マリンです。女の子です。かわいがってください』
そう書かれた板を、俺に見えるように両手で持っている。
やばい、なんだこれ、なんかやばいものに出くわした。
黒いとんがり帽子をかぶった黒いおかっぱ髪の女の子。黒いマントで体を覆っており、顔以外は全て黒い。
どこの魔法使いなんだ? と聞きたくなるような格好をしていた。
これはやばいと思い、再度回れ右をする。
なんだ、あれで、自分は捨て子だから拾えというのか?
ここは町の警官を呼んで保護してもらわないといけないのか?
と思っていたら、頭に大きな衝撃を受けた。ばきっ、という大きな音とともに。
それが板が割れた音だとすぐに気付いた。
「何しやがる!」
「なんでマリンのことを無視するんですかっ!」
「無視したんじゃない、しっかりと認識して回避しただけだ!」
「こんなかわいい女の子が路頭に迷っていたら助けるものでしょ」
「自分で可愛いという女にろくな奴はいない。ていうか、家に帰れ、家出少女」
「マリンの家がどこにあるのかわからないから困ってるんじゃないですかっ!」
「……迷子かよ」
まぁ、汚れのないマントや帽子を被っているから、孤児とかではないと思ったが、迷子少女か。
この町に来たばかりで、警官の場所なんて知らないぞ。
「とりあえず、お母さんの名前かお父さんの名前言ってみろ。警官のところまで連れていってあげるから」
「マリンのことをバカにしていますね。迷子になんてなるわけないじゃないですか」
「迷子は全員そういう。そりゃ、大きくなってから迷子になるなんて恥ずかしいかもしれないが、俺だって人生という大きな道の途中で迷子になってるんだ」
「言ってる意味がわかりませんが、マリンは本当に迷子ではありません」
少女は小さな胸を張り、自慢げに告げた。
「マリンはただ何も覚えていないだけです。ここがどこかもわかりませんし、正直、自分の名前以外なにもわかりません! 記憶喪失です」
「記憶喪失って……まじなのか? あぁ、何か手がかりになるものはないか?」
「手がかりですか? マリンが持っているのはこれだけですよ」
そう言ってマリンは黒い袋を取り出す。体操服でも入っていそうな巾着袋だ。
「見ていいのか?」
「はい、そして、マリンの家を探しなさい!」
本当に見捨てて帰ってやろうかと思いながら、巾着袋を開いて中を見た。
「おい、これって……」
その中に入っていたのは本と文房具
そして――
「お前、まさか――」
何に驚いているのかわからないだろう、マリンが首をかしげていた。
でも、驚くに決まってるだろ。
なぜなら、その中にあったのは――ペットボトルと携帯電話だった。
「日本人……なのか」
二章の章題は「魔法少女を拾いますか?【はい・いいえ】」だけど、
「異世界にみんなでトリップしたら俺だけノーチートで村長として魔法少女を育てることになりました」が正しい章題。




