ショートストーリー03【食事文化】
二章に入るまでのショートストーリーです。
少しキャラの性格がギャグよりになりますがご容赦ください。
たまにはカウンターに座って酒場で飯を食う。ハヅキちゃんやパスカルが料理を作ってくれたり、自炊をしたりする日も多い。だが、村の顔役でもあるゴメスと話をするため、週に一度は酒場で食事をすることに決めていた。
酒は全く飲めないので、周りの客からはだいぶと浮いているが、俺に威厳がないのか、年齢が若すぎるせいか、周りの客は俺に全く気を使う気配がない。むしろ、書き仕事をしていても、遠慮なしに俺に酒を飲めと言いよる始末だ。
ゴメスが言うには、みんなに慕われているいい村長だそうだが、実際のところガキ扱いされてるだけじゃないかと思う。
だが、今日は俺の横にパスカルがいた。買い置きしていた食料が底をついたのを忘れていたからということで酒場で食事をすることにしたらしい。
そのため、俺の仕事の邪魔をしようとする冒険者たちも今日はよりつかないでいてくれた。邪魔しようものなら、パスカルがピンッと狐耳を立てて怒鳴りつけることを彼らはすでに理解していたから。
おかげで仕事も思っていたより早く終わった。
「全く、仕事ばかりしてないで少しは注文しろよ。商売あがったりだぞ」
「あぁ、悪かった。とりあえず、一番安いあの硬いパンといつもの葡萄ジュースで」
「はいよ」
ゴメスは俺が注文するであろうものを予想していたようで、すぐに注文したものを出してくれた。
「私は玉子スープをお願いします」
パスカルがそう注文した。ゴメスは笑顔で「はいよっ」と答える。
この酒場のスープは、出汁として竜の干し肉を少量使っており、それだけでも十分に美味しい一品だ。
「玉子スープって、贅沢だな」
「今日は少し仕事が多くて疲れましたから」
「たこ焼きを作ってもらったときも思ったけど、本当に卵って高いだろ」
卵は一個50ドルグ。日本円で500円~1000円分くらいの価値がある。
具の入っていないスープだと30ドルグなのに、玉子スープだと100ドルグも取るものだから、最初はぼったくりかと思った。
「卵は魔物のドロップアイテムで、取れる量も多くはありませんから仕方ありませんわ」
「魔物は子供を産まないもんな」
俺はそう呟いた。
それを最初に聞いたときは驚いた。
魔物というのは、子供を産まない。魔物は死んだら魔物を構成する魔力が分散し、世界に漂い、再びどこかに集まって魔物として再度生まれる。
人が多い場所は魔力が分散しやすいため、人の近寄らない森や洞窟で魔物が湧きやすい。あと、迷宮の中には魔力鉱という、魔物の魔力を集めやすい鉱石が存在し、魔物が湧きやすいポイントとなっているそうだ。
だから、当然、鳥の魔物も卵は産まないし、牛のような魔物も子供を産まないためミルクが出ない。村に家畜がないのはそのためだ。
俺がうんうんと一人で納得していると、
「卵と子供に何の関係があるんですか?」
パスカルが首を傾げて言った。
「は? 卵は鳥の魔物の子供だから」
「卵が子供?」
パスカルが再度首をかしげる。
そうか、卵を産む魔物がいないから、卵が何なのかを理解していないのか。
なら、なんと説明したらいいのか。
「そうだ、竜だ。ドラゴンはどうやって産まれてくる?」
「ドラゴンですか? 私達と同じでお腹から子供を産みますが……」
「え? マジか?」
パスカルがコクリと頷く。ドラゴン、爬虫類や恐竜みたいな姿をしてるくせいに胎生なのか。そのあたりは俺の常識と大きくかけ離れているな。
「あぁ……なら……説明が……ちょっと下品な……いや、下品じゃないな、保健体育的な知識になるがいいか?」
「ぜひ後学のためにお聞かせください」
パスカルがそう言ったので、俺は人間における排卵や卵子の話をした。男子が女子にそういう話を真顔でするのは少し恥ずかしいが、彼女は黙って聞いてくれた。
そして、この卵というのが、鳥の卵子にあたるものだと教えたところで、パスカルの白い顔からさらに血の気が引く。
「卵って……そんなものだったのですか」
「おいおい、店の中でそういう話はやめてくれよ。玉子スープお待ち」
ゴメスがそう言いながら溶き卵の入った黄金色のスープを出す。
「マスターもご存知だったんですか?」
「昔の古い伝承だよ。本当かどうかなんて誰もわからないさ」
「そうなんですか……」
パスカルはじっと出されたスープを見つめたかと思うと、目をそらし、
「村長、よかったら玉子スープお召し上がりください」
とスープを俺の前に滑らせる。
「……なぁ、あまり気にするなよ? 俺の故郷じゃ常識だったけどさ、誰も気にしないで食べてたから」
「すみません、頭では理解しているんですが、今日は体が受け付けないと思います」
パスカルがカウンターに倒れこむ。
ちょっと悪いことをしたかな、と思いながらも、玉子スープをいただくことにした。本当なら俺が金を払わなければと思ったが、玉子スープ代を出すほどの余裕は俺にはない。
一口スープを飲む。
うん、うまい。竜の干し肉の良い出汁が出ていて、日本で飲んだどのスープよりもうまい。
硬いパンをスープに浸してから食べると、安物のパンが最高級の料理に生まれ変わる。
そうしているうちに、後ろにいた冒険者たちが勘定を払って帰っていき、俺とパスカルだけが残された。
暫くして、今度はハンゾウが入ってきて、俺の横に座った。
「拙者にも同じものを一杯いただけぬでござるか?」
ハンゾウが注文すると、マスターが「あいよ」と言って厨房に行く。
「あれ? ハンゾウ、お前、今日はビルキッタのために料理を振る舞うってはりきってなかったっけ?」
「……スグル殿、それを言わないでほしいでござる」
ハンゾウが肩を落とした。
「失敗したのか?」
そう尋ねると、彼は黙って頷く。
珍しい話だ。ハンゾウは今日のためにスキルを料理技術に変更していた。ただでさえ最高の料理の技術を持つハンゾウなのに、料理で失敗するとは。
「どうも、姫はこれがお好きでない様子で」
そういって取り出したのは、一本のキノコだった。
日本人なら誰もが見たことのある、だが、いつも食べられるかというとそうではないキノコ……
「おま、それ、マツタケか?」
「さよう。南の樹海で見つけたでござる。そうだ、ゴメス殿、このマツタケを切って焼いてはくださらぬか?」
「おう、なんだ?」
ゴメスが玉子スープを出しながら、ハンゾウの持っているマツタケを見て血相を変えたように叫んだ。
「おい、それ、蟻食わずじゃないかっ! そんなもん店に持ち込むな」
「蟻食わず?」
俺が尋ねると、ハンゾウの反対側でうな垂れていたパスカルが顔を上げて説明してくれた。
「その匂いで、なんでも食べるイートアントですら食べずに捨てるといわれるキノコです。ビルキッタさんが嫌うのも無理ありませんわ」
「……そうなのか? あぁ、そういえばどこかの国だと猿も食べないキノコだって言われてたっけ」
ところ変わればというが、ここまで食文化が異なるんだな。
「全く……旅人の食べるものはよくわからん」
ゴメスが言いながら、最後にできたばかりの料理を俺の前に置いた。
「マスター、これは?」
「旅人のあんたならわかるだろ? ミコトの嬢ちゃんに頼まれたんだ。持って行ってくれないか?」
俺にはわかると言われても、その料理には全く見覚えがない。
「マスター、俺にはパンの間に煮魚と果物と砂糖菓子が挟まった奇妙な食べ物に見えるんだが」
「そうだよ。全く、妙なものばかり頼みやがる。あんたたちも食べるのかい?」
マスターが怪訝な顔で尋ねる。それに俺とハンゾウは、
『そんなの頼むのはミコト(殿)だけだ(でござる)!』
そう叫んだ。
完全無欠と思われていたミコトの意外な弱点(?)が見えた瞬間だった。




