22 オチとはいえない村物語
永遠に続くと思われる闇へと潜っていく。
本当に底があるのか? と不安になりながらも、俺は慎重に縄梯子を降りていった。
少し体勢を変えただけで縄梯子は大きく横に揺れて、両手両足の指に大きく力を加えた。
靴を履くとすべるからと俺は地上にそれを置いてきた。
今思えば、穴の前に置いた靴は、自殺する前に並べておかれるものと似た感じで不吉だ。
このまま地上へとあがりたいという衝動にかられながらも、自分で降りると言い出した手前、引き返せない。
右足をおろし、右手をおろし、左足をおろし、左手をおろし、と脳でいちいち命令しながら確実に下へ、下へと進んでいく。
もう自分がどのくらい降りたのかわからないが、上を見上げたらもう光は差し込んでこない。もともと蝋燭の光しかない部屋に作られた穴なので仕方がないのだが。
そして、もう一歩降りようとしたとき、固い感触が足のつま先にぶつかった。
どうやら、ようやく底にたどり着いたらしい。だが、なんだろう? 土の感触というよりも石の感触に近い。石床などあるはずもないのだが。
それに、何か動いているような……。いや、縄梯子の揺れのせいで身体の感覚がおかしくなったんだな。
俺は背中に背負っていた鞄から、手探りでランプとマッチを取り出し、ランプに火を灯し――気付いた。
「うわぁぁぁっ!」
思わず大声を叫ぶと、足元が大きく揺れ、俺は土の地面へと落とされた。
そして、目の前に――巨大な蟻がいた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
高さ1メートル、全長4メートルはあろうかという巨大な蟻。鋭い顎をならし、真っ黒な瞳は何を考えているのか全くわからない。
だ、大丈夫だ。たかが蟻だ。
そういえば、蟻って自分よりも大きな昆虫でも平気で殺す獰猛な昆虫だっけ? 蟻酸とかいう毒をもってるし、力も強い。
あ、これ、俺、死んだんじゃね?
そう思ったとき、
「スグルさぁぁぁん! 大丈夫ですかぁぁぁっ!」
空から光が落ちてきた。
いや、輝いているハヅキちゃんだ。光ってるのは人魂の原理だ。
本来なら蟻よりも幽霊のほうが怖い対象のはずなのだが、俺はハヅキちゃんの登場に安堵した。
「ごめん、ちょっと驚いただけで、さっそく例のやつが出迎えてくれただけだよ」
本当は死を覚悟してしまうくらい驚いたのだが。
そして、ハヅキちゃんの光が地下を明るく照らす。
そこには広い空間があった。
「これが……村の地下にあるのか」
ここはマジルカ村の地下50メートルにある空間だ。
俺はここの調査のためにやってきた。
先にミコトの粘土人形が調査し、その後にハンゾウが調査して問題ないとなった。
最後に、俺もこの目でみるために来たのだが、いきなり蟻の魔物に出迎えられた。
「この子があの魔物さんなんですね。カードでは見ましたが、実物を見るのははじめてです」
ハヅキちゃんはまるで子犬に接するような仕草でイートアントの触覚付近をなでようとした。もちろん、実際に触れることはできないが。
虫型の魔物、イートアント。その名の通り何でも食べることで有名な蟻。凶暴で人間も襲う。
ただ、魔物というのは倒されるとカードを落とし、その時極稀に魔物の名前と絵が描かれたカードを落とす。
そのカードを具現化すると、具現化した人の言うことを素直に聞く従順なペットになるという。
このイートアントもそうした魔物で、特定の餌しか食べないように命令されている。
そして、このイートアントの特性によって穴と地下空間を作り上げたというわけだ。
イートアントが作る地下空間はとても丈夫であり、ちょっとやそっとじゃ崩れない。一説によると世界中にある迷宮もイートアントの亜種が作り上げたものではないかと言われている。
俺はランプを持って、柱を少し触ってみた。
土でできているはずなのに、岩みたいに硬い。その柱があちこちに作られており、空間をささえている。天井の高さは180センチほど。俺が手を少し上げたら届く高さであり、さわってみるとこちらもとても頑丈にできている。
ちなみに、今後柱や天井に亀裂が走るような事態になっても、イートアントが自分の粘液を使って土を繋ぎ合わせるそうだ。粘液は3日ほどで消えるが、その後は亀裂はきれいにふさがるという。
実際、一部の国ではここよりもはるかに広い地下空間が存在するが、事故があったことは一度もないそうだ。
村と同じくらいの広さの空間を見て回り、安全性を再確認した。
あちこちに存在する地上への穴のうち、縄梯子のある一か所から地上へと向かった。
登りは、ハヅキちゃんが自らの体で俺の手元を照らしてくれたので、それほど苦労せずにあがることができた。
そして、俺はようやく――自分の家に戻ることができた。
俺は部屋から外へ出た。村人全員が俺のことを待っていたらしい。
「耐久性は確認したが問題ない。各自、穴を使ってくれてかまわない」
そして、俺は宣言した。
すると、何人かが俺の話の続きを聞かずに自分の家へと向かった。よほど我慢していたのだろう。
「イートアントも元気そうだし、他の都市でもすでに使われているから安心してくれ。大丈夫、イートアントが穴を登ってくることはない」
俺は残った村人に言った。
「だから、安心して、トイレを使ってくれ」
その宣言に、村人達、特にミコトから盛大な拍手が起きた。
つまりは、イートアントはこれから人間の排泄物を地下50メートルで食べていくことになるというわけだ。
魔物には寿命がない。番にはならない。子孫は残さない。ただ、魔力をためて自分の分身を作るという。
イートアントの場合、分身を作るにはかなりの生物を食べないといけないが、生きていくだけなら排泄物処理だけでも十分だという。
こうして、地下の下水工事ならぬ下蟻工事は終了した。
問題があるとすれば、イートアントの値段だ。
「まさか……イートアント一匹で村が借金をするハメになるとは……」
帳簿を見て俺は嘆息をもらした。
その価格、100万ドルグ。日本円にして1000万~1500万。
他にも、建設用の石材やら木材やらで計400万ドルグの借金がある。
税金が156万ドルグだったので、税金の時の2倍以上の借金になるわけだ。
「借金ではなく、あくまでもツケ。400万ドルグのツケを認めているのは村のことを認めているということですから、自信を持っていいと思いますよ」
パスカルが言った。400万ドルグのツケを認めてくれたガルハラン商会の一族の娘のパスカルが。
借金ではなくツケだとパスカルが言い切るのは、ガルハラン商会が、金融ギルドに加盟していないからだろう。
ギルドに入っていないのに金貸しをしていると思われたらいけないようだ。
だが、借金ではないと言い切っているのに、なぜか400万ドルグのツケに、連帯保証人があって、その名前が俺個人になっている。
「全く……やっと春期も今日で終わりだっていうのに、最後の仕事がトイレと借金って、どんなオチだよ……まぁ、地下に穴をほったし、どん底生活というんだから、オチといえばオチなんだけど」
そう思いながら、俺は今まで村長としてやってきたことを思い出す。
竜を退治してもらい、ダンジョンで鎧をめったうちにし、幽霊と同棲して、たこ焼きを食べて、村長リストラされて、村長に再び就任した。
日本では一生かかってもできないような経験ばかりだ。たこ焼きは日本でも食べられそうだが、あの味の再現は無理だろう。
「スグルさん、仕事終わりましたか? お迎えにきました」
黒猫ぬいぐるみ姿のハヅキちゃんが開いていた扉から入ってきた。
「ああ、今終わったよ。パスカルも上がってくれ」
俺はパスカルに指示をだし、ハヅキちゃんを肩に乗せた。
すぐ後に、ハンゾウとミコトがやってきた。
「スグル殿、拙者、今度はお好み焼きとかいう料理に挑戦してみたでござる。ぜひ一緒にご賞味を」
「私も味見したけど、とってもおいしかったわよ」
「お、まじか。食べたい食べたい。てか、ハンゾウ、お前、関西出身じゃないのか?」
「私も食べたいです。スグルさん、あとで家に帰ったら身体を貸してください」
「ああ、わかった。でも食べすぎないでくれよ。翌日胃がもたれるから」
「はい、わかりました」
「私もご一緒してよろしいですか?」
「うむ、パスカルさんもぜひご一緒に。姫もあとでいらっしゃるゆえ」
そんな会話をしながら、俺は役場の看板を外出中に切り替えて、鍵を閉めた。
外出中の文字の横に描かれた猫の足跡が、今日も空へと向かって伸びていた。
第一章 終
~ただのあとがき 読まない人は飛ばしてOK~
異世界にみんなでトリップしたら俺だけノーチートで村長として村おこしをすることになりました(タイトル長ぇよ)
の第一章を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
この物語は、もともと別作品
「チートコードで俺TUEEEな異世界旅」の6年前を舞台にした外伝として書く予定でしたが、あまりにもハンゾウやミコトやハヅキちゃんが強すぎて、お前らの方がチートだろということになり、外伝ではなく別作品として投稿することになりました。
主人公はノーチートで、ヒロインが幽霊&ぬいぐるみで、ハンゾウがスケベすぎる作品なんて誰得? と思っていましたが、多くの方がご覧になっているようで、意外でもあり、本当に感謝しています。おかげで、予定よりもかなり早く第一章を終えることができました。最初は本当に作者の自己満足作品で終わる予定だったので。
本当なら作品そのものもここで終わる予定だったのですが、
ハヅキちゃんの記憶、ハンゾウの素顔、ミコトの使命などまだまだ書きたいことがいっぱいあって、もう少し続けられそうです。
スグルくんは第二章から借金スタートということですね。
彼は不幸だと思うかもしれませんが、幽霊とはいえあんな美少女と同棲生活をしてるんですから、当然の仕打ちかな。でも、触ることができないということは蛇の生殺し状態でさらに不幸かも。
最後に改めて、
・楽しい、つまらないといった感想を書いてくれる読者様
・誤字をいつもおしえてくださっている読者様
・感想はなくても読んでくださっている読者様
・そして、私にこの作品の発表の機会をくださった「小説家になろう」運営様
本当にありがとうございました。
私もノーチートでのんびり頑張らせてもらいます。