21 先延ばしにするのも大決断
金属をハンマーで打つ音が響いてきた。
ビルキッタの鍛冶屋は今日も忙しそうだ。ドラゴンレンジャーズ29人が村に加わったことで、彼らの武器の注文が入ったからだろう。
ちなみに、代金は村からの貸し出しということになっている。いわゆる出世払いだ。
と、今度は足元で石材を運ぶ粘土人形の集団に出くわした。どうやら、ミコトも村に帰ったらしい。
粘土人形は毎晩建物作りに取り掛かっている。今は宿屋を仮住まいとしているドラゴンレンジャーズだが、村に住むと決めた以上は住居が必要だ。
これからのことも考え、50軒の建設を目標にこいつらは毎晩がんばってくれている。
あと、現在は3日に1日しか冒険者として活動をしていないドラゴンレンジャーズの冒険者のために、村から仕事を発注している。
その冒険者の残り2日はというと、村の公共事業のために働いていた。もちろん、給料はしっかりと払っている。
現在とりかかっているのは、このマジルカ村から、西のサンドカライの町までの馬車道の整備を依頼している。
本来ならそんな財政の余裕はなかったのだが、シルヴァーが持ち逃げしていた村の財が金利付で帰ってきたから、そこから金を捻出させた。
村は、確実にこれから大きくなる。
だが、インフラ整備は道だけではすまない。
ミコトからの依頼はトイレの整備だ。今のトイレは簡易のもので、トイレの下においてある桶の下にする。
それを週に一度自分で回収し、村のはずれの肥溜めに持っていかなければならない。
日本での記憶がないとはいえミコトには苦痛のようだ。特に匂いが。
そのあたりに関してはパスカルが一部の国で使っている解決法があるからと言ってくれたので、準備をしている。
ハンゾウからの依頼は風呂の建設。
風呂にはいる習慣がこの大陸にはないが、確かに俺も風呂はあったほうがうれしいしな。
このあたりはビルキッタに相談したら、水さえ用意できたら炉で使っている熱を利用した湯沸しはできると言ってくれた。
北の大陸のドワーフの地では実際にそうした風呂の建設技術があり、特別な日には風呂に入るらしい。
建設用の書類をつくっていたら、ハンゾウが混浴を希望したが却下した。今度は番頭になりたいといったが却下した。のぞき穴を作ってほしいと頼まれたが却下した。
最後に、せめて天井から数十センチのあたりに隙間を作って欲しいと頼まれたので、そこだけは受け入れた。
水が大量に必要になるので、毎日の風呂の利用は今は難しいが、最終的には水道管の設置もとりかからないといけないな。
幸い、そう遠くない東の山にそこそこ大きな水源があるからそこから水を引いたらいけるだろう。
水道管といったら近代文明な気もするが、地球においては古代ローマから存在した技術だし、この世界においても東大陸の一部では作られているらしい。できないことはないだろう。
問題があるとしたら予算くらいなもので、それをなんとかするのが村長の役割だ。
などと考えていたら、村を一回りし終えて、自分の家の前までたどり着いていた。
「あ、おかえりなさい……スグルさん。お疲れ様でした」
出迎えてくれたのは猫のぬいぐるみ……ではなくセーラー服&ポニーテールの美少女の姿をしたハヅキちゃんだった。半透明なのは御愛嬌。
最近、三日に一度くらいはこうして人間の姿で出迎えてくれる。
「ハヅキちゃんもお疲れ様。商会の仕事はどう?」
「みなさん優しい方でよくしてくれていますよ」
彼女は笑顔で答えてくれた。
とりあえず、ドラゴンレンジャーズの冒険者が村に慣れるまではハヅキちゃんの憑依能力は隠しておいたほうがいいだろうということで、冒険者家業は少しお休み。
今はガルハラン商会で鑑定能力を活かしたアルバイトをしている。
「えっと、スグルさん……御夕飯にしましょうか?」
「う……うん」
「今日は商会で買ってきたキャベツとお肉の炒め物と、パンとスープです」
「へぇ、そりゃ豪華だ」
そういいながら、俺はテーブルに腰掛けた。
料理をするときは、ハヅキちゃんは猫のぬいぐるみ姿で行っている。
まず、火をおこすにしても息を吹くことができないのだから普通の数倍の労力がかかるだろう。
完全防御スキルのおかげでぬいぐるみに火が燃え移ることはないが。
水を用意するにも水瓶に落ちてしまわないか心配だ。落ちたとしても、酒に溺れて死んだ有名な猫みたいな溺死の心配はないだろうが。
それだけの苦労をして料理を作ってくれてるんだよな。
俺はそう思いながら、箸でキャベツと肉を摘んで口に運ぶ。
一噛み、一噛みに感謝をこめてる。
「うん、おいしいよ」
「よかったです」
ハヅキちゃんが手を合わせて喜んでくれた。
これって青春なのかな。
「なんとなく昔作ったことがある気がするんですよね」
「昔……か」
俺はそういって彼女の昔については何も知らないなぁと思った。
一人暮らしであることは、まずありえない。
ゲームが届けられたということは、誰かの家に住んでいたということだ。
幽霊に宅配便は届けられないし、ゲームのテストプレイの申し込みもできない。彼女の代わりにゲームのテストプレイを申し込んだ人がどこかにいるはずだ。
その相手とは誰なのか。お母さんとかならいいんだけど。もしも男だったら嫌だな。
「……嫉妬してるのかな」
「嫉妬ですか?」
「あ、いや、ハヅキちゃんの料理の腕に嫉妬しちゃうなって思ってさ」
やばい、つい口に出ちゃった。
俺はまだ彼女に告白もしてないのに、嫉妬する権利なんてないだろうに。
そもそも、自分の気持ちにもはっきり整理がついていない。
塩スープを飲みながら、俺は自分がどうしたいのか考えていた。
「なぁ、ハヅキちゃん」
「なんですか?」
「ハヅキちゃんは記憶を取り戻したい?」
俺がそう尋ねると、ハヅキちゃんは少し寂しそうな表情になった。
「私、こっちに来る前にもいろんな人のお世話になっていたと思うんですよ」
彼女はそう呟く。こっちの世界で出会ったいろんな人の心の暖かさに触れたから、というだけでなく、記憶は失っていても心が残っているのだろう。
「だから、その人たちのことを忘れているのは少しつらいですね」
「そっか……。じゃあ、がんばって記憶を取り戻す方法を探さないとな。ハンゾウやミコトも記憶がないのは辛いだろうし」
「はい。あ、でも私は皆さんより長生きできるんで、いつでもいいですよ」
ハヅキちゃんは笑って、「あ、長生きじゃなくて長死にですね」と冗談のように言った。
記憶を取り戻す方法なんて全く分からないけど、もしもハヅキちゃんの記憶が戻った時、俺は決断しなくてはいけない。
はっきりと、決断を先延ばしすることに決めた俺に、ハヅキちゃんは優しくおかわりをすすめてくれた。
ダメな村長で悪いなと思いながら、俺は自分でスープをよそった。