19 筋の通らない復讐者 -その7-
シルヴァーの息子達はこの世の終わりのように右往左往していた。
一頭でも危険な飛竜が十頭くらいきているのだからその気持ちはわかるが。
徐々に飛竜の影が大きくなってきて、そろそろ危険だといったところで、旋風が巻き起こり、
「ハンゾウ参上つかまつったでござる」
いつもと同じ忍び装束のハンゾウが風とともに現れた。
丸一日、村の貯蔵庫に監禁されていたのにテンション高いやつだ。
「飛竜が現れたと聞いたでござるが、拙者が来たからにはもう安心。退治する報酬として拙者の釈放を要求……おや? スグル殿、どうしてここに?」
ハンゾウはようやく俺に気付いたらしい。
「いろいろとあって、そこの爺さんを村長の座から引きずり下ろしたところなんだけどさ」
お前も元気そうでよかったよ。
そう言おうと思ったのだが、ハンゾウのさっきのセリフの中のおかしな点に気付いた。
ハンゾウは安全に脱出する手段があると言っていたが。
「あぁ……なぁ、ハンゾウ。お前の脱出手段ってもしかして、あれのことか?」
俺は南の空を指さして尋ねた。
あの飛竜を追い払う条件として釈放を要求するつもりだったのか。
「……秘技・竜笛でござる」
ハンゾウが己の失敗に気付いたらしく、申し訳なさそうに言った。
「お前な……そんなこともできたのか」
「犬笛という秘技があったような気がするでござるが、それを改良したのでござる」
記憶は失っても技術は覚えてるってことか。
同じ術で谷に戻るように命令できないかと聞いたが、それはできないらしい。特定の動物を引き寄せるだけで操る術じゃないようだ。
「とりあえず、追い払ってくれ、あんまり殺すなよ」
「御意」
そう言うと、ハンゾウはまた風とともに消え去った。
飛竜の群れへと向かったようだ。
遅れて来たのは巫女装束姿のミコトだ。
粘土人形が積み重なってできた椅子に座り、粘土人形に運ばれてきた。
その後ろを三十体くらいの粘土人形が、まるでかるがもの子供みたいについてきた。
「スグルくん、あれどうしたらいいかしら?」
「あぁ……追い払ってくれ。あんまり殺さないでくれたら助かる」
「わかったわ。じゃあ、脅しの装備にするわね」
そう言うと、ミコトは椅子から降りて、その椅子となっていた粘土人形を持ち上げた。
粘土人形はみるみる姿を変え、巨大な刀へと姿を変えた。
「これだけ迫力があれば十分よね」
「あぁ……重くないのか?」
「大丈夫よ、50キログラムくらいだけど、持ち方を工夫したら空気みたいなものよ」
そう言うと、ミコトは南へ駆け出した。
ハンゾウほどのスピードはないが、俺の全速力の3倍のスピードはありそうだ。とてもではないが50キログラムもの刀を持っているとは思えない。
とりあえずは、これでなんとかなりそうだ。
服の下で何かが動いたが、俺はそれを優しく撫でた。大丈夫だ、二人で十分対処できる。
「あんた、なんでそんなに落ち着いてるんだ! 相手は飛竜だ! 勝てるわけない」
そう言ったのは、シルヴァーの息子の一人、ゲンガーだ。
「昨日食べた竜の干し肉の材料はなんだと思う?」
「そりゃ、竜の干し肉っていうんだから、ランニングドラゴンなんだろ? いいか、飛竜ってのはランニングドラゴンとは次元が――」
「お前達が昨日食べたのは、飛竜の干し肉だ。あいつらが殺した……な」
「飛竜の干し肉だって? しかも、殺した?」
そうか、こいつらは知らなかったのか。
まぁ、飛竜の恐ろしさを知っているからこそ、飛竜を食べるなんて思いもしないのだろうな。
「まぁ、行くか。面白いものが見られるぞ」
俺がそう言うと、村長の息子達は顔を見合わせ、覚悟を決めたのか全員が頷いた。
村人たちも全員ついてくることを決めたらしい。
とりあえず、シルヴァーはゴメスに頼んで貯蔵庫にでも閉じ込めておいてもらおう。
南へ行くと、そこはすでに戦場と化していた。
「忍法! 風遁の術!」
ここまで聞こえる大声により、ハンゾウの目の前に竜巻が現れ、空を舞う飛竜をまき散らしていった。
そこにミコトが刀を地上から大きくふるう。
もちろん、空を舞う飛竜には届かないと思われたが、大きく振るわれた大きな刀はバラバラに粘土人形へと分解されて飛竜へと飛んでいった。
六十もの粘土人形の体当たりに、飛竜は力尽きて大地へと落ちていく。だが、先に飛竜から落りた粘土人形が合わさり、その姿をトランポリンへと変えて飛竜への衝撃をやわらげた。
そして、ミコトは竜を蹴り落とすと、そのトランポリンに乗って宙へと飛んだ。
その方向は飛竜を飲み込んでいた、ハンゾウによって作り出された竜巻の方角だ。
このままではミコトも竜巻に飲み込まれて無事では済まない。後ろにいるシルヴァーの息子たちは「あぶねぇ」などと叫んでいるが。
ミコトがそう叫んで体と拳に回転を加えた。
「合体奥義、風遁分裂の術!」
すると、ミコトと衝突した竜巻は四つに分裂して、それぞれ別の飛竜を飲み込んでいった。
いや、合体奥義ってなんだよ!
俺の心のツッコミには誰も答えない。
ミコトは大地へと着地したとき、さらにハンゾウが動いた。
トランポリンのほうに走っていく。ハンゾウも飛ぶのか? そう思ったら、ハンゾウはトランポリンを持ち上げた。
同時に、粘土人形が姿を変えていく。
「合体奥義、巨大手裏剣の術!」
今度はハンゾウが合体奥義を繰り出した。だから、合体奥義っていつの間に作ったんだよ。
本当に巨大な手裏剣へと姿をかえた粘土人形を、ハンゾウが軽々と飛ばした。
綺麗な孤を描くように飛んでいった巨大手裏剣は、一番奥にいた一番大きな飛竜の翼に当たった。血飛沫が舞い散るが、致命傷にはならない。
いや、わざと致命傷をさけたのだろう。
それを証拠に、一番大きな飛竜が鳴き声をあげると飛竜の群れは反転し、南へと飛び去って行った。
残ったのはミコトに蹴り飛ばされた飛竜一匹だけだ。たぶん死んでるな、あれ。
大地へと突き刺さった粘土人形はまたバラバラになって、ハンゾウとミコトの元に集結して、椅子へと姿を変えた。
二人はそれに乗ってゆっくりとこちらに戻ってきている。
それは僅か数分の戦いだったのだろう。
「す……すげぇ」
「あいつら、あんなに凄いやつらだったのか」
「俺達、何てやつに喧嘩をうっちまったんだよ」
シルヴァーの息子達は恐怖でその場に崩れ落ちた。
「なぁ、お前たち……」
俺は笑顔で彼らに向き直った。
彼らは「ひぃ」と悲鳴をあげて後ずさる。
本当に怖かったんだな。特にハンゾウにクナイを突き付けられ、そのハンゾウを保管庫へとぶち込んだ奴なんて生きた心地はしないだろう。
怯える彼らに俺は優しく声をかけた。
「うちの村で冒険者をもう一度目指してみないか?」
「へ?」
「迷宮や竜やらで稼ぐ方法はたくさんあるぞ。お前たちが一人前になるまではハンゾウとミコトが交代で経験値稼ぎに協力してもらうからさ」
俺の提案に、彼らは顔を見合わせ、
「あっしらのことは許してくださるんですか?」
「あぁ、許すのは俺じゃないだろ?」
そう言い、俺は視線を横へとずらした。
そこには村人達、そして視線の先にはビルキッタがいた。
ビルキッタは無表情で一人の男に近づいていくと、ハンマーを振り上げ、彼のつま先一つ手前に打ち付けた。
「もしも村に悪さしたら、あたいのハンマーが今度はあんたらの脳天を打ち砕くから、覚悟しな」
「は……はい! 覚悟します!」
彼らは立ち上がると背筋を伸ばして大きく返事した。
その中の一人、ゲンガーを俺は見つめた。
ゲンガーは不敵な笑みを浮かべ、親指を立ててきた。
飛竜の襲撃は予想外だったが、それ以外は全て予定通りだ。
俺の作戦において、昨日、酒場で俺以外の全員が酔いつぶれたときの行動が要だった。
「みんな酔いつぶれたのか……このままだと風邪ひいちまうぞ」
俺が呟いた、それが合言葉だった。
すると、俺の腹の中からハヅキちゃんの入った猫のぬいぐるみが顔を出す。
ハヅキちゃんは少し恥ずかしそうに俺を見つめてきた。あぁ、ずっと俺の服の間に隠れていたから恥ずかしかったのか。
俺が頷くと、ハヅキちゃんの入っていたぬいぐるみが倒れた。ハヅキちゃんが抜け出したのだ。
そのすぐあと、
「う、腰がいたいですよ……」
そう言ったのはシルヴァーだった。いや、正確にはシルヴァーに乗り移ったハヅキちゃんだ。爺さんの姿で女の子の口調はかなり気持ち悪い。
酔い潰れた俺を部屋まで運んでくれたハヅキちゃん。実際には眠っていなくても憑りつくことはできるのだが、それだと本人に気付かれてしまうから、全員に眠ってもらうことにした。
マスターには頼んで、酒の中に遅効性の睡眠薬を入れてもらっていた。
独特な風味のある薬草らしいが、竜ヒレの強い風味のせいで誰も気付かなかったようだ。
そして、ハヅキちゃんはシルヴァーの身体を操ると、眠っていたシルヴァーの息子達に向かって、
「隷属」
と魔法を唱えた。淡い光が対象となっている男を包み込む。あっちは問題ないようだ。
「あとは……」
俺はあたりを見回した。
「むにゃぁ……」
寝言が聞こえた。後ろで寝ている男からだ。
寝言を言うってことは眠りが浅いってことでいいよな。
「おい、あんた……起きてくれ」
俺はそういいながら、眠り覚ましの薬入りの水をその男の口に流し込む。
「ぶっ、なんだ、一体」
男は水を噴きだして俺を睨みつけてきた。
「いいから、あれを見ろ」
俺はそう言って男に見せたのは、シルヴァーが男の仲間に隷属魔法を使っている光景だ。
男はその意味がわからなかったらしく、ぼぉっとそれを見ていた。
「ここは危険だ。外に出るぞ」
「え? あ、あぁ、危険?」
男は俺に言われるがままに一緒に外に出た。寝起きで頭がはっきりと働いていないらしい。
酒場の前の壁にもたれかかり、俺は男にいった。
「村長の酒癖の悪さは知っていたが、あそこまでひどいとはな」
「おい、何があったんだ?」
「隷属の魔法だよ。村長、酔っぱらってお前の仲間を奴隷にしたんだ」
「……なんだって、マジかよ」
「お前も見ただろ、マジだよ」
俺は酒場から持ち出していた水を一杯、男に渡した。
男はその水を飲みながら、
「止めなくていいのか?」
「止めてもいいが、いつ同じことを繰り返すかわからないからな……なぁ、あんた、なんであんな男の息子になったんだ?」
俺が尋ねると、男は自分が冒険者として旅立ったことから語りだした。
冒険者を夢見るも挫折し、金が無くなった。冒険者なんて仕事をしていたせいで信用もないから借金もできない。
あとは身売りをするしかないってところでシルヴァーに声をかけられた。
「そっか。なぁ、あんた、冒険者もう一度やってみないか?」
「はは、バカいえ。この大陸は俺みたいな素人が冒険者をできるような大陸じゃないんだ」
そう笑う男に、俺は語った。
この村のドラゴンの肉は、ミコトとハンゾウとハヅキちゃんという三人で狩っていたこと。
それについていったゴメスやバラン、サイケたちはレベルがあがり、ランニングドラゴン程度なら一人で余裕で倒せるようになったこと。
「つまり、あんたも同じことをすれば凄腕の冒険者になれるってわけだ」
「本当か? 本当に俺が凄腕の冒険者に?」
「あぁ、俺の言うことを聞いてくれたらな。考えてもみろ、息子と言うお前たちを酔っぱらって奴隷にするような村長についていくか、凄腕の冒険者として成長するか、どっちが得なのかをな」
「凄腕の冒険者……俺が」
どうやら男は自分が楽々とランニングドラゴンを倒す姿を想像していたようだ。
そうして、俺はその男――ゲンガーと密約を交わしたのだ。
結果、俺は村に必要な働き手を29人もGETすることができた。
マスターも本職が忙しくなってドラゴン狩りを手伝えないって言ってたしちょうどいいよな。
さて、俺の出番はこれまで。あとは新しく決まる村長さんに頑張ってもらおう。
俺もこいつらと一緒に冒険者でもやってみたいしな。
そして、次の日。
全員の一致で俺の村長再任が決まった。
長かったシルヴァー来襲編も終了です。
が、まだまだ事後処理は残っています。




