1 観光できない村案内
気が付いたら……おれは草原の真ん中に横になっていた。眠っていたようだ。
風が吹くたびに頬に草がふれる。それはまるで母親が自分の子供をなでる手のように優しい感触だ。
しばらくゲームばっかりでこんな感覚忘れてたな。
どうせ春休みだし、このままもう少し横になっていてもいいだろう、と思ったが――
「え? ここどこだよ」
俺は正気に戻って起き上がる。
大草原が広がっていた。 見たこともない大草原だ。
北海道だろうか? もしくはモンゴルの草原?
「あら、気が付いたのね。もう大丈夫なの?」
そう言って色っぽい声をかけてくれたお姉さん。
彼女は銀色の髪と、白と赤の巫女装束をその身に纏っていた。ついさっき見た女性だ。
「……ミコトさんか?」
「……あなた、私の名前を知ってるの?」
怪しい人を見るような目で俺を見つめてくる。
そうか、ハヅキちゃんと同じパターンか。名前が表示されているのに気付かなかったようだ。でもどうやって説明したらいいか、
「あとで詳しく聞かせてもらうわ。もうすぐ彼が戻ってくるの」
「今戻った」
そう言って現れたのは……顔をも隠す黒い衣装を身に纏った男。
年齢不詳のその男だが、声には聞き覚えがある。
「お疲れ様。様子はどうだった?」
「東に人の住んでいる気配のする村があったでござる。西のほうには遠くに町影が……大きな町でござるが距離が遠い」
「上出来よ」
ミコトさんが男の頭をなでると、その男はとても満足そうにしていた。
やっぱり間違いない、忍び装束のような服装に、口調、声質、エロっぷり。
「ハンゾウだよな? どこから現れたんだ?」
「む、なぜ拙者の名を知っておる」
「いやいや、あんたはそういうのはいいから。てかよくできてるな、その服。じゃあ、ハヅキちゃんもいるのか?」
「はい、ここにいますよ」
声が聞こえた。
だが、その方向には黒猫のぬいぐるみがあるだけ。
ボイスレコーダーでも仕込んであるんじゃないか? と思ったときだった。
「あ、もうちょっと待ってください」
再度声が聞こえ、ゆっくりと、だがはっきりと彼女の姿が浮かび上がる。
ポニーテール&セーラー服の美少女だ。ただし、半透明。
「えっと、幽霊のハヅキです。初めまして……でいいんですよね? 私の名前を知っているようでしたが」
「……幽霊? マジで?」
とても信じられない。だが、事実なのだろうということは理解できた。
そう言えば、カメラに映っていた猫のぬいぐるみが自然に落ちたように見えたけど、コントローラーのボタンを押すために視界から消えたわけか。
ハンゾウがハヅキちゃんをガン見して「服だけ半透明にならないものか」とかゲスなことをほざいている。
「はい……本当に幽霊ですよ?」
いや、当然のように出てこられて驚くタイミングを失った。他の二人の様子を見る限り、彼女が幽霊であることはすでに知っていたようだ。
はて、ハヅキちゃんまで自分の名前を知られていることに気付いていない? さっき教えたはずなのに……と、あぁ、そういうことか。
「ごめんごめん、そうだよね。あの時はアバターだったから。ほら、スグルだよ、一緒にアナザーキーでゲームを始めた」
そうだよな。同じアバターのハンゾウが見た目だけでも判断できる衣装すぎて気が付かなかった。
俺のことをスグルとして理解していなかった、それだけ……であってほしいのに。
「アバター? それはいかなるものでござるか?」
「スグル……聞いたことのない名前ね」
「アナザーキー、ちょっとわかりません」
三人は首をかしげる。
え? そこから知らないの?
もしかして――
俺がたどりつこうとした答えに、ミコトさんが先回りする。
「そもそも、私達はどうしてここにいるのか……そもそも自分が誰かすら、名前以外全く覚えていないの。だから、あなたの知っていることがあったら教えてちょうだい」
つまり、三人そろって記憶喪失というやつですか?
この、ここがどこかもわからない草原のど真ん中で……俺はどうしたものか本当に悩んだ。
説明をするといっても、自分でも何がどうなったのかわからない。
まず、一番苦労したのが、テレビゲームというものの話だった。
ゲームどころかテレビも知らないのだ。そのため、役を演じて遊ぶゲーム、と俺は教え、その役を決めて遊ぼうかというときに、気が付いたら草原にいた、と説明。
「そんなこと、本当にあるんですね」
猫のぬいぐるみが言う。まぁ、幽霊もいるくらいの世の中だ。ゲームの中に入っちゃっても不思議じゃないよね。
ぬいぐるみの中に入っているのはハヅキちゃんだ。そうしていたほうが霊力が安定するらしい。
「とりあえず、これからどうするか、あなたに決めてもらいたいわ」
「え? 俺が?」
「拙者もそれがよいかと」
ミコトさんのほうがしっかりしてそうだし、ハンゾーは忍者オタクには違いないが村の場所を調べる能力は強そうだし、適任者はほかにはいる気がするが。
ハヅキちゃんは……今はネコのぬいぐるみなのであまり向いていないか。
「とりあえず、その東の村に行くことにはなる。ただし、小さな村ほどよそ者への敵対心は強いことが多い。
何があってもいいように、万全の態勢で臨みたい。そのために、各々の持ち物をチェックしたいのだが」
「ふむ、脱げばいいのでござるな……ではまずはミコト殿から」
「私は何ももってないわ。武器どころか靴も履いてないもの……」
そういうミコトさん。確かに赤い袴から白い足袋が見えているが、草履は履いていない。
「だよな、俺も靴を履いてない。靴下だけだ。なんでハンゾウは履いてるんだ?」
「それはわからぬが、このようなものがあった」
そういい、彼はクナイを四本取り出す。
立派な武器だ。しかも質感は本物のそれにかなり近い。
「じゃあ、俺とミコトさんが1本ずつ、ハンゾウが2本装備する。それでどうですか?」
「そうね、何もないよりはマシね。あと、スグルくん? 今はあなたがリーダーなんだから、私達には敬語は不要よ」
「拙者も異存ござらん。敬語は不要でござる」
お前には最初から敬語は使っていない。
「あの……私は?」
「さすがに猫はクナイを装備できないだろ」
「……そうですね」
ちょっとハヅキちゃんは寂しそうだった。肩を落とす猫のぬいぐるみ。
東に歩いていく。巫女と忍者と猫と普段着の俺。もしかしたら浮いてるのは俺じゃないだろうか? なんて自分の常識を疑ってもみたが、やっぱりおかしいのは三人(二人と一匹)のほうだよな。
「もう少しで見えるでござる」とハンゾウが言ったら、その通り、小高い丘を越えたところで、村が見えた。
ただし、日本の村ではあきらかにない。
石造りの家が20ほどあるだけの小さな村だ。
その村の周りは畑らしく、きれいに耕されていた。もう種まきは終わったのだろうか?
さらに奥には木々がきれいに並べられており、おそらくあそこは果樹園であろうことが見てとれる。
農業を主軸とした村であることは間違いない。
酪農はしていないようだ。
「日本語が通じたらいいんだが……ハヅキちゃんは俺の肩に乗って、村の中では動かないでね」
「は……はい」
猫のぬいぐるみが俺の脚にとびつくと、するすると登っていき肩に乗った。
その動きは本物の猫のようで、どこか愛くるしい。
もう完全に幽霊に驚くタイミングは逃したようだ。
丘を下り、畑の間をのびた道を進むと、目的の村があった。
ただし――人の気配がない。
「誰もいないのか?」
歩いていっても、誰もいる様子はない。
どこかで集まっているのだろうか? それともみんなでどこかに出かけたのだろうか?
「ミコト殿、これは――」
「ええ、見られているわね」
後ろでハンゾウとミコトがそんなことを言う。
おいおい、ドラマの見すぎじゃないか? 気配とか視線とか感じることができるわけない。
そう振り向いた時、
「来るでござる!」
ハンゾウがそういい、俺の前に飛び出る。
直後、一番大きなレンガ造りの家の扉が開き、爺さんがクワを持って襲い掛かってきた。
金属と金属がぶつかる音が俺の耳の穴の中に響き渡る。
直後――爺さんのクワの金属部分が粉々に砕け散った。
「秘技・武器破壊……とかあった気がするでござる」
そう言い、左手人差し指を立てる忍者によくありそうな結印のポーズをとる。
あった気がするって、実際に壊してるじゃないか、あんた。
ただのエロ忍者じゃなかったのか。
「で、あなたはどうして私達を襲ったの? 事と次第によってはただじゃおかないわよ」
ミコトが爺さんを睨み付ける。笑顔の中の瞳の奥は決して笑ってはいない。
ただ、爺さんは口を開いて何かを言おうとするが、緊張と恐怖で何もしゃべれない。
「そう、話すつもりはないのね。じゃあ――」
「ミコト、ちょっと待ってくれ。こういう状況にはいくつか心当たりがある」
主にゲームの中でだが。
「爺さん、俺がいくつか質問する。頷くか首をふるかくらいしてほしい」
爺さんは首を縦にふった。よし、話はできる。
「俺たちを襲ったのは村を守るためか?」
爺さんは首を縦にふる。
「旅人は殺すという村の掟はあるか?」
爺さんは首を横にふる。
「俺たちのことを盗賊だと思ったのか?」
少し間をおいて、爺さんは首を縦に振った。
よし、話はわかった。
「つまり、爺さんは俺たちが盗賊か何かだと勘違いして襲ってきた。たぶんだけど、この村は盗賊に襲われる状況にあって、この建物の中には避難してる村人がいる。そんなところだろう」
「おぉ、流石は拙者たちのリーダー、よくこれだけの情報で理解できたでござるな」
「ええ、見直したわ」
物語ではよくある光景ですから。実際にあるとは思わなかったけど。
「爺さん、安心してくれ、俺たちは盗賊じゃない。道に迷って来ただけだ」
「…………はぁ……ふぅ……はぁ」
爺さんは息を大きく吐きだし、吸って、吐きだした。
「……旅の方とは思わず、大変申し訳ありませんでした。わしはこのマジルカ村の村長をしているゼワンと申す。てっきり、あの山賊たちが変装してきたものかと――。おい、お前たち、大丈夫だ! 彼らは山賊じゃない!」
爺さんが建物の奥に向かって声を出した。
しばらくして、女性が顔半分をのぞかせ、その後姿を現した。
修道服を身に纏った18歳くらいの女性だ。
その後に、15歳程度の三つ編みおさげの女の子と、その弟と思われる少年が現れた。
「だから僕は言ったじゃん。絶対ただの旅人だって――服装は変な人が多かったけどさ」
少年はそういうと、俺の目の前を通り過ぎると、梯子で建物の屋根の上に登っていった。
山賊が襲ってこないか見張っているのだろう。俺たちを見つけたのもあの少年らしい。
「えっと、四人だけなのか? てっきりもっといるものかと思ったんだけど」
「……本当は村には働き盛りの若い衆が10人はいたのですが……全員が山賊に……」
爺さんはとても悔しそうに涙を流した。
俺はズボンに入っていたハンカチを爺さんに渡す。
「村長さん、村長さんは悪くないわ。」
「いや……全てはわしが悪いんじゃ。わしが、きっちり村長としての役割を果たしていれば」
「村長さん、それは言わない約束でしょ」
まるで時代劇みたいなセリフだ。
ただし、状況はわかった。
つまり、この村は山賊に襲われ、村人の大半を殺されたということか。
そして、さらに山賊に襲われる危機に陥っているということだ。
助けてあげたい、という衝動にかられる。だが、ただの高校生の俺にできることなんて何もないのではないか?
俺が悩んでいると、
「もしよろしければ拙者が手を貸すでござる」
意外にもハンゾウがそう提案してきた。
「しかし、村にはもう人を雇うお金が――」
「金など必要ないでござる」
ハンゾウが言い切る。
どうやら俺は勘違いしていたようだ。こいつ、ただのエロ忍者じゃなかった。
熱い魂をもつラストサムライ。
俺はその生きざまを確かに見たぜ。
ハンゾウはさらに続ける。
「なぜなら、この村には金には代えがたい大切なものがあるでござる」
村人の命は金にはかえられない。そして、村を救ったときの感謝の言葉こそが大切な宝になる。
そう言うのかと思ったら――
「そう、大切なもの、拙者がいただきたいものとは修道女殿のていそ――がふ……」
ミコトの拳がハンゾウの後頭部に直撃していた。
うん、やっぱりエロ忍者だ。
「報酬は今夜の御夕食でどうかしら?」
ミコトの提案にシスターは爺さんと顔を合わせ、
「山賊は生かしたまま捕まえることは可能でしょうか?」
「ハンゾウの武器破壊は使えそうだし、いけると思うわ」
シスターの質問に、ミコトが簡単に答えをだす。
ゲーム開始前もそうだったが、本当に大胆な人だ。
生け捕りにするって、かなり難易度が高そうなんだが。
ただ、ミコトの言葉に喜びあう二人を見て、差し挟む言葉なんて見つかるわけがなかった。