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17 筋の通らない復讐者 -その5-

 酒と料理が運ばれていく。当然、粘土人形はいないので、運んでいるのはゴメスと夫婦だ。

 広い酒場だが、今はシルヴァー一家(総勢30名)と俺の貸し切りで、満員御礼状態となっている。

 ジークスは後から来るということで今はこの場にはいない。

「おぉ、前の村長、これ最高だぜ!」

「あぁ、俺たちの親父様はケチだから竜の干し肉なんて食べさせてもらえなかったからな」

「ダブル村長に乾杯だ!」

 シルヴァーの息子たちにはこの歓迎会は好評のようで、笑い声が聞こえる。

「あぁ、今日は倒れるまで飲んでくれ、俺のおごりだ」

 俺はそう言いながらも、ひきつった笑みを浮かべた。この食事の代金はすべてミコトに借りたものなので、できれば食事は控えてもらえたら助かるんだけどな。

「悪いのぉ、息子がごちそうになって」

「いえ、村長とは一度じっくり話をしたかったので」

 俺は村長に麦酒を勧めながら、そう言った。

「回りくどいことはいらん。言いたいことを言ったらどうじゃ?」

「では率直に言います。ハンゾウのことですが、解放してもらえませんか?」

「……ふむ、かまわんぞ」

「いいんですか?」

 予想外の返答に、俺は思わず聞き返した。

「あぁ、この村から出て行ってもらえるのなら釈放も考えよう」

 言い方を変えれば村外追放か。

 それは決して甘い罰ではない。各村や町が自治権を主張している都市同盟の形態でいうと、国外追放処分と同じ意味合いを持つ。

「…………あなたはこの村を潰すつもりなんですか?」

「どうしてそう思う?」

「村の財は潤ってきたとはいえ、今の段階では竜の干し肉が名産であることには変わりない。なのに、ハンゾウが村を出たら飛竜を狩ることのできるものがいなくなる」

「それなら、干し肉以外の特産品に頼ればいいだけのことじゃ」

「その干し肉以外の特産品――木綿の価値を下げたのは貴方でしょうが」

「何故、わしが村を潰さねばならん。そんなことをして何になる?」

「ジークスさんと繋がってるとしたら、狙いはこの村から自治権を奪い、従属都市とすること。村長はその見返りに金を貰う。そうじゃないんですか?」

 言葉は丁寧だが、その中に怒気を含んでいると自分でも思う。

 周りのシルヴァーの息子たちは本当にこちらに興味がないのか、笑いながら酒を飲んでいた。

「金か……ふん、くだらん」

 シルヴァーはそういって麦酒を飲む。

「金などには興味ない。わしが欲しいのは地位だけじゃ」

「地位? 村長の席が目的なのか?」

「ははは、スグルくんはまだ都市同盟の会議に参加したことがないのじゃな」

 都市同盟の会議。

 各都市の領主が集まる会議だ。確か、シルヴァーはそこで税金を二倍払うと言ったという。

「都市同盟に所属する都市の数は72、そのうち村と呼ばれるのはマジルカを含めて3ヶ所しかない。あとは町か国になる」

 それは知っている。都市同盟のうち、国と認められる基準としては、人口、功績、軍備貢献など様々な条件があり、それらを全て満たした後、領主会議で全都市の三分の二以上の賛成を以って国と認められる。

 そこに至らないのが町で、町と呼ぶにも至らない場所が村となる。

 都市同盟に所属するうち、12都市が国、57都市が町、3都市が村という名目になっている。一つの都市なのに国という名前は妙な感じがするが。

 国になると領主会議において都市同盟間の立法提案ができるほか、独自の軍を持つことも許されるらしい。

 だが、その分都市同盟に納める税金も上がり、たしか、三年ほど前に税金が納められず自治権を奪われた国があった。

 そして、町と村の違いだが……それはあまりない。ただ、人口が足りなかったり、辺鄙な場所にあったりするだけで村と呼ばれているだけらしい。

 これも、領主会議で三分の二以上の賛成があれば町に変わることができるらしい。

「村長という肩書を持つ人間も3人しかいない、当然、皆はワシを見下す。たかが村の分際でと。それがどれだけの屈辱か」

「もしも、仮にわしがジークス殿と密約をかわしているとしたら、わしはきっと金ではなく、都市同盟が従属化した国の国王の座を譲り受けたいの」

 シルヴァーはとても嬉しそうにほくそ笑んだ。

「国王になりたいんじゃ。三日でも四日でもいい、短い任期でいいから。それがわしを見下した町長どもへの復讐になる」

「あんた……そんなことのために、そんな見栄のために村を売るのか。そんなことをしても村を破滅させた村長として侮蔑されるぞ! 明智光秀の三日天下じゃあるまいし」

「あけち? ふん、そんな侮蔑など、わしが村長として受けてきた惨めさを思えば痛くもない」

 シルヴァーは俺を睨み付けると、ふっと笑い、

「それに例えばの話だ。本気にとるな」

 そう言った。全ては冗談。そう言いたいのだろう。本当に冗談であるのならいいのだが、本気だ。

 狂ってる……。

「そうです、本気でとってはいけませんよ」

 突如、声が後ろから聞こえた。

 シルクハットをかぶった背の低い執政官のジークスだ。

「ジークスさん……どうも、よく、おいでくださいました」

 俺は椅子から降りてお辞儀をする。

 それにジークスも帽子をぬいで頭を下げ返した。

「お招きに頂きありがとうございます」

「マスター、ジークスさんたちに例のものを」

「あいよ」

 例にものとは何か? とか聞かずにジークスさんは俺の横に座った。

「夢を語り合うのは結構です。私もありましたよ、いろんな夢が」

「へぇ、ぜひお聞きしたいですね」

 できれば、こんな小さい村を乗っ取る理由を知りたい。

 俺が期待してジークスの答えを待つと、ジークスはふっと笑って、

「そうですねぇ。子供のころの夢で恥ずかしいんですが……私は、国を守る兵隊になりたかったんですよ」

「兵隊……ですか?」

「ええ、兵隊です。槍を持って、国の外から攻めてきた敵から守る兵隊にね」

「それは、良い夢ですね」

「自分でもそう思います。まぁ、背が伸びなかったので諦めましたが」

 それは自虐ネタととってもいいのだろうか?

 村の自治権を奪う話とは関係のない話のようで、少し落胆していたら、マスターがカップに入った、少し濁った酒を出してきた。

「これは?」

「北の米の酒です。竜のヒレを使って特製のヒレ酒にしてあります」

「竜のヒレ酒? ほぅ、この村の新しい特産品になりそうだわい」

 村長は快活に笑い、酒を一口飲んだ。

「おう、これはうまい。だが、少し辛いの……すぐに酔いが回りそうじゃ」

「えぇ、本当に豊かな風味が出ています。スグルさんも一杯どうですか?」

「すみません、俺は下戸なもので」

 俺は愛想笑いをして返答する。

 そうしている間に、ヒレ酒はシルヴァーの息子たちにも振る舞われた。

 こうして、歓迎会は俺以外の全員が酔いつぶれるまで続いた。

 


 あくる朝。



 それは、起こるべきして起こった。

「クソ村長、出てきやがれ!」

 そう叫んだのは木こりのバランだ。彼を含め、本来のこのマジルカ村の村人全員が酒場を取り囲んでいる。

「ダメ村長! 出てこないならこっちから行くぞ!」

 その怒声により、酒場からシルヴァーが現れる。

「なんじゃうるさい……くぅ、頭に響く」

 頭をおさえながら事態を確認するシルヴァー。村人全員に囲まれているというのに、不安の表情はまるでない。

 おそらく、それは同じ二日酔いながらも冒険者くずれの男29人が酒場から出てきたからだろう。

 ハンゾウやミコトがいない今なら暴力で訴えられても対抗できる。

「暴動とは穏やかではありませんね、村長」

「いやはや、お恥ずかしいところをお見せしました」

「もしかして、あなたの仕業ですか? スグルさん」

 ジークスがそう言って、暴動の中心に立っている俺を見つめる。

「俺はただ、村長に不正の可能性があることを村人全員に伝えただけですよ」

「不正? 帳簿等の書類は私が全て調べていますが、不正と呼べるものはなにも――」

「これですよ」

 俺が出したのは、俺の村長不信任署名の束だ。

 シルヴァーをはじめ、村長の息子たちの名前が書かれている。

「それに何の不正があるというのです? 彼らは正式にシルヴァー殿の息子であり、村民ですよ」

「俺はそれを確認していないんですよね。本当にこの名前の人物がここにいる息子さん達なのかってね」

 本当はそんな人物はいないんじゃないんですか? と俺は笑って言った。

 それに、ジークスは呆れた口調で言う。

「……はぁ……私が明言します。彼らは正真正銘署名の人物と同一人物ですよ。何なら調べてみたらいい」

「言われなくても……ええと、ウォルゴンさんはいますか?」

「俺だ……まずは水をくれ」

 二日酔いに悩まされている、頭のはげた髭ずらの男。その太い腕で首を締められたら、俺なら瞬殺されるだろうな。

 他のシルヴァーの息子から水をもらい、一気に飲むと前に出た。

 ウォルゴンの前にたつと、身長差も浮き彫りになり、ますますかなわないと思う。2メートルを超えてるんじゃないか?

 俺はそう思いながら、現在唯一使うことのできる魔法を唱えた。

「サーチ!」

 淡い光がウォルゴンを名乗る男を包み込み、その名前等が脳裏に浮かぶ。

「……確かに、ウォルゴンさんに間違いないようですね」

「当たり前だ。とんだ茶番だぜ」

 ウォルゴンはそう言って立ち去ろうとした。だが、俺はその肘を持ち――力の差で引きずられて倒れた。

 それに驚いたのはウォルゴンのほうだった。俺を立ち上がらせてくれた。

「っつぅ、すみません、でも、おかしいんですよ」

 俺はすりむいた鼻を抑えながらそう言った。

「やはり署名は無効のようですね」

 そして、決めポーズとばかりに俺はウォルゴンを指さして言った。

「だって、ウォルゴンさんの身分は奴隷になっていますから」

 俺の言葉に――その場にいた誰もが声を失った。

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