16 筋の通らない復讐者 -その4-
曇り空の下、俺は再びマジルカ村へと帰ってきた。
綿花畑の手入れをしている村人達が俺を見つけると手をふってくれたが、その笑顔の奥に疲れが見える。
パスカルから聞いた話では、彼らには今のところ無茶な要求はしていないが、ビルキッタのこともあり落ち着かないのだろう。
とりあえず、ハンゾウについてはビルキッタから直接話を聞いた方がよさそうだと思い、俺は鍛冶工房へと向かった。
村の入り口にある鍛冶工房の前にいっても、いつも響いている鉄を打つ音が聞こえてこなかった。
「ビルキッタ、いるか?」
扉を開けても、いつも炉から出ている熱気がまるで伝わってこない。
誰もいないのか? そう思ったが、褐色肌の背の低い少女、ビルキッタが部屋の端で椅子に座っていた。
俺が「休憩中か?」と尋ねると、ビルキッタは「今日は休みだよ」と沈んだ声で答えた。
「元気ないな」
「あたいのせいで……ハンゾウくんが捕まっちゃったのは知ってる?」
ビルキッタの質問に俺は「ああ」と頷いて、
「ビルキッタのせいじゃないだろ」
と付け加えた。
「ハンゾウくん、あたいのことを庇ったんだよ」
ビルキッタは言った。本当なら捕まっていたのは自分だったと。
店の収入の6割を税金として納めろと言われたとき、ビルキッタはそれでは生活ができないと断固として拒否したようだ。
すると店に来ていた村長の息子は、店に飾ってあった剣を見て言ったそうだ。
「こんなうさぎでも切れないようななまくらを打ってるようじゃ、確かに生活は難しいよな」
その言葉で頭に来たビルキッタは、持っていたハンマーを投げつけてやろうとしたのだが、そこにハンゾウが現れて言ったそうだ。
「姫への侮辱、すぐに撤回するでござる」
クナイを首に押しつけ、本気の目で言った。
そこからはハヅキちゃんから聞いた通りだ。
ハンゾウの行為は公務執行妨害であり、素直に言うことを聞くのなら、ビルキッタが共犯として扱うことはしない。
ビルキッタは言う。
「もしも、あの時ハンマーを投げていたら……きっと捕まっていたのはあたいのほうだった」
その通りなんだろう。
シルヴァーの目的は、実際にビルキッタに税金を納めさせることではなく、彼女を村から追い出すこと。
そのための無茶な要求だったとしたら合点がいく。
ならば、次に狙われるのは、ガルハラン商会か、宿屋か。
どちらにせよ、シルヴァーが次の手を打つ前にこちらから動かないといけない。
俺は酒場へと向かった。
村の事情など知る由もない冒険者や、知っていても影響が今のところない行商人の客が先にいて、それぞれ昼食を食べていた。
「おぉ、村長。戻ってきてたのか」
そういいながら、ゴメスは俺がいつも飲んでいた果実ジュースを出してくれる。
いつもと言っても、慰労会までは金がなくてほとんど自炊生活をしていたから、客として酒場にくるのは久しぶりだ。
「マスター、今はもう村長じゃないよ」
俺は苦笑しながらジュースを少し口に含んだ。果汁のほのかな甘みと酸味が口に広がり、微かにえぐみも残っている。
そのジュースを飲んで、「懐かしい」と思ってしまう自分が不思議だ。
「シルヴァーたちの様子はどうだ?」
俺は周囲に気を配りながらゴメスに尋ねた。
「ビルキッタとハンゾウの話は聞いたか?」
俺が頷くと、マスターは少し辛そうに語った。
「あれに関しては最初はパスカルの嬢ちゃんもあのジジイを説得してくれていたらしいが、嬢ちゃんが商会の用事で留守にしている間に単独で行ったらしい」
それもハヅキちゃんが木彫り人形を通じて見ていたので知っている。
「じじいの自称息子たちはほとんど働くこともなく好き勝手にやってるさ。さっきもそこで飲んでいやがった」
ゴメスが目線をずらす。その先には魚の骨やパンのカスなどの残った皿が置かれていた。
「まぁ、あいつらも冒険者崩れで仕事がないのはわかるがよ、なんであんなジジイの息子になるのかね」
「冒険者崩れ?」
「そう聞いてるぜ。このあたりは凶暴な魔物やドラゴンみたいな怪物もでるからな、冒険者として一からスキルを鍛えるのは骨が折れるんだよ、この大陸は」
もっとも、魔族が住む南の大陸で冒険者なんてやっていたら命がいくつあっても足りないが、とゴメスは付け加えた。
「まぁ、今のオレならランニングドラゴン一匹相手ならなんとかなるぜ」
俺が村長だったころに見たマスターの戦闘時のスキルは【竜戦闘25・片手剣8・身体防御9・索敵12】だった。今は全て外して商売用のスキルにしているだろう。
竜戦闘スキルは竜族の怪物に対して特効攻撃が行えるスキルだ。それが25となれば十分戦力になるだろう。飛竜相手だと厳しいらしいが。
また、竜戦闘スキルは竜相手以外にも攻撃力上昇や空を飛ぶ敵への特効攻撃などの要素もあり、おそらくバランの次に村の戦力になっているはずだ。
その分、店を留守にさせることも多かったため、奥さんにはだいぶと苦労をさせてしまったが。
「マスターもミコト達にだいぶ鍛えられたからな」
相手にとどめをささないと経験値の増えない武器スキルとは違い、相手に特効攻撃ができるスキルはパーティーの誰かが対象を倒すことで成長する。
そのため、ミコトやハンゾウが倒した飛竜などの経験値もマスターへと入っているというわけだ。しかもミコトのおかげで、パーティー全員が経験値2倍の恩恵を得られている。
「ミコトさんやハヅキちゃんは今日はいないのかい?」
「ああ、ミコトには村の外で待機してもらっている。下手にシルヴァーを警戒させるのはやばいしな」
ミコトは強さを除いてもあの美貌と巫女服で目立ちすぎるからな。
先に来ていた客が、ゴメスに料理の代金を払って店を出ていく。
店には俺とゴメスの二人きりになった。マスターは俺を見つめ、
「何か企んでやがるな?」
と小声で尋ねた。やっぱりわかるよな。警戒されて困るということは、俺が何か企んでいると言っているのと同義だ。
「まぁな。絶対に村のためになることだ」
俺はニヤリと笑うと、計画を伝えた。
ゴメスは最初は嫌な顔をしたが、もう一つのお願い事をすると、快く了解してくれた。
最後とばかりに、俺は役場へと歩いて向かった。
おそらく、俺が村に入ったことはすでにシルヴァーの耳に入っているだろう。
シルヴァーもミコトに対してほどではないが、俺にも警戒はしているはずだ。
俺が役場の村長室に行くと、かつて俺が座っていた椅子にシルヴァーが腰をかけて出迎えてくれた。
「これはこれは、スグルくん。今日はどういったごようでワシのマジルカ村へ?」
セリフと言い、今は自分が村長であることを誇示しているようだ。
俺は三歩ほど前にでて、テーブルに手を置き、宣言した。
「俺は前村長として、やり残したことがある。それをするために俺は来た」
不敵な笑みを浮かべ、シルヴァーへと詰め寄る。
「それは、何かな?」
シルヴァーは顔色一つ変えずに尋ねた。
俺が何をしても今の自分の地位は揺るがない、そう確信しているように。
だから、俺は言ってやった。
俺がやり残したのは――
「歓迎会だ! 新しい村民の歓迎会を俺はしていなかった!」
俺が宣言すると、シルヴァーは予想外だったらしく、目が点になった。
ここぞとばかりに俺がシルヴァーに言う。
「飲み物と食事はマスターに言って用意してもらっている。だから、一緒に飯でも食べましょう、息子さん達やジークスさんも誘って」
そう、これがマスターに言った一つ目のお願い。
かなり嫌そうな顔をしていたが、了解してくれた事項だ。
「酒の席でしか話せないこともあるでしょうから。もちろん代金は全て俺が持ちますよ」
おかげでミコトにかなりの借金をしてしまったが、背に腹は代えられない。
覚悟しておけ、この歓迎会こそが勝負の舞台だ。