15 筋の通らない復讐者 -その3-
俺たちは村を出た後、竜の住む谷にある洞窟に身を寄せていた。
ミコトの粘土人形が近くから山菜をとってきてくれてた。
それを見ると、ミコトが途中で倒した猪のような魔物が落とした「豚肉」のカードを取り出し、「具現化!」と唱える。
カードは400グラムくらいありそうな豚肉のスライスへと姿を変えた。
俺の持ってきた調理器具と岩塩で、粘土人形が火を起こして調理を始めた。
ついでに、泉からすくってきた水を煮沸させて飲み水や食器を洗うための水にしている。
さらに粘土人形は必要な時には何体かで重なり合って、テーブル、ベッドやソファー、洞窟の入り口の壁へと姿を変えるため、何不自由のない生活が送れそうだ。
「なんか、村長をやっていた時よりも豊かな生活をしている気がするな」
豚山菜炒めを食べながら俺が呟く。
ハンゾウの作った料理ほどではないが、そこそこ美味しい。
「それにしても、竜の巣の真ん中に住むことになったときは驚いたが、本当に誰も来ないんだな」
俺は洞窟の外を見つめていった。この谷には多くのランニングドラゴンだけでなく飛竜までもが生息している。
魔物でも一度この谷に足を踏み入れたら、彼らの餌になるのは必至だ。
なのに、俺たちはそんな竜に出くわすことなく、洞窟に住みはじめた。
俺の呟きに、横で同じく豚山菜炒めを食べていたミコトが答える。
「ここは私の縄張りだって主張してるからね。飛竜もよってこないわ」
「……竜にどんだけ恐れられてるんだよ」
この谷の食物連鎖システムでいえば、ミコトを頂点とし、竜、魔物、俺の順番に落ちていくのだろう。ハヅキちゃんは食物連鎖の枠組みには入っていない。
そんな危険な谷だが、俺たちがわざわざここに身を潜めているには理由があった。
見張りをしているのだ。絶対、シルヴァーには村長になる以外に、何か企みがあるはずだ。
最初におかしいと思ったのは、シルヴァーが酔っぱらって税金を2倍払うといったというところだった。
村のこれまでの帳簿を見ていたが、シルヴァーは小ズルい人間だ。小物であり、そしてドけち。
必要なところには金は使うが、それ以外には一切お金を使わない。
帳簿からも、その性格がこびりついて離れないように思える。
そんな男が酔っぱらったとはいえ税金を2倍払うというだろうか?
それに、木綿の価格が下がったのも、シルヴァーが村長になってからだ。
「それって、村長がわざと村を破綻させようとしているってこと?」
俺が考えを述べたら、ミコトが少し意外そうに言った。
「証拠はないけどな、それなら、いろいろと納得できることもある」
シルヴァーが村から逃げ出すタイミングもそうだ。
あの男なら、村人全員が村を抜けたときにすぐ、一人で財産を持って逃げてもおかしくはないはずだ。
誰もいない村にシスターと子供と残っても意味はない。むしろ、自分の私財を奪われるのを待つだけだ。
仮に俺たちが村を訪れず、村長の私財が全て奪われていたら村はどうなっていたか?
当然、村として機能できず、税金など払うこともできず自治権は奪われていた。
それをあの男が理解していないはずはない。
そして、村の自治権を奪わせるのが目的だとしたら、あの男は動くはずだ。
少なくとも、村に貯蓄ができるのを許すはずがない。
「ハヅキちゃん、村の様子はどうだ?」
俺は洞窟の入り口近くで虚空を見上げている黒猫のぬいぐるみ、ハヅキちゃんに尋ねた。
「パスカルさんが言うには、今のところそれほど大きな問題は起こっていないみたいです。ジークスさんも村の宿に滞在しているようですね。一週間分前払いしているみたいです」
「そうか……負担をかけるが、引き続き頼む」
「はい」
ハヅキちゃんは頷くと再び虚空を見上げる。あのように意識を集中しないと、二体目の人形を操れないらしい。
ハヅキちゃんがこの世界に来るときに手に入れたボーナス特典【人形二体まで使用可能】。
本来なら人形使いが人形を二体操る特典のはずだが、ハヅキちゃんはそれを、二体の人形に憑りついて同時に操るという離れ業をやってのけた。
そして、その二体目の人形というのが、パスカルがシルヴァーに渡した、魅了の魔法のかかった木彫りの人形だ。
猫のぬいぐるみが本体で、木彫りの人形は分身ということになるらしい。木製のため動きにくいというが、中に入ったルビーのおかげで憑依しやすいために選ばれた。
パスカルにはこの人形による連絡方法はすでに話している。
また、パスカルがいない時の役場でのシルヴァーの動きもわかるので一石二鳥だ。
本当なら、シルヴァーの私室に運んでもらった方が裏の行動がわかったのだが贅沢は言っていられない。
「ねぇ、スグルくん、どうして君はそこまで頑張るの?」
空になったお皿を粘土人形に渡すと、ミコトはそう尋ねた。
お皿を受け取った粘土人形は、その皿を洗うために洞窟から出ていった。
「どうして……? あぁ、きっと俺の父さんのせいだな」
「お父さん?」
「うん、父さんさ、市議会議員だったんだよ。元は結構儲かってた弁護士だったんだけどさ」
法学部時代の友人に話を持ち掛けられて無所属で出馬。最初は落選したが、その後二期連続の当選。
弁護士時代からしたら収入は落ちたけど、市のために頑張っていたらしい。
そんなある日、父は市長の不正の証拠を掴んだ。父はそれを議会にたたきつけて糾弾した。
だが、父は弁護士だったとはいえ、政治の世界ではまだまだ素人だった。
すぐに証拠はもみ消され、マスコミの力を使われ、市長の不正は全て父へと擦り付けられた。
父はその後も新しい証拠や証言を得るために走り回った。母もまた父を献身的に支えた。
そして、ようやく有力な証言が得られたと言い、父と母はその人のところに車で走らせ――事故で亡くなった。
過労による運転ミス、警察はそう判断し、結果、全てはうやむやのまま終わってしまった。
「それで、スグルくんはお父さんのような正義の政治家になりたいと思ったの?」
「逆だよ。正義なんてくだらないもののために死んだ父さんが不思議で仕方なかった」
俺は正直に告白した。
俺の子供のころになりたいとおもったのは父のような政治家だった。幼いながらもちょっとは勉強もした。
だが、父が死んでからは、そんな大人にはなりたくないと思った。
力のない正義は正義ではない。それからかな、ゲームにはまったのも。
両親が死んでからは未成年後継人となった叔父に引き取られ、高校生になってからは叔父の管理するマンションの一室に住ませてもらった。
「でもさ、今ならわかるんだ。父さんは、本当はそんな正義とかくだらないもののために戦ったんじゃないって」
俺は父を懐かしむように笑って言った。
「父さん、いつも言ってたしさ。市民の暮らしをまもるのが政治家なんだってさ」
だから、俺は言った。
もしもあの村長が、本当に村人の暮らしを守るために頑張るのなら、俺は喜んでその座を譲ろう。
もっとも、その淡い期待はやはり簡単に打ち砕かれた。
「大変です、スグルさん!」
その報告はパスカルからハヅキちゃんを通じて告げられた。
「ハンゾウさんが……ハンゾウさんが公務執行妨害の罪で捕まったそうです!」
パスカルが言うには、シルヴァーの息子の一人が急にビルキッタの鍛冶屋の利益の6割を村に納めるようにと言ってきたのだ。
当然ビルキッタは反発したが、村の決定だから従うようにと言われた。
それに怒ったハンゾウがそのシルヴァーの息子の一人にクナイを突き付け、撤回するように言った。
だが、男はそれを見ると笑みを浮かべ、「これは立派な公務執行妨害だ。お前には牢に入ってもらう。従わない場合はビルキッタも共犯者として扱う」と言ったそうだ。
そう言われたらハンゾウは従うしかなかった。村の貯蔵庫の一室を牢に改造され、そこに閉じ込められた。
「ハンゾウさんが言うには安全に脱出する手段は考えているから気にしないようにとのことですが」
「……許せないな」
俺は立ち上がった。
あいつらが法律に従うのなら、こっちも法律に従ってやるさ。
俺は洞窟を出て、断崖ともいえる谷から空を仰いだ。
――ただし、全ての法律がお前らの味方をするとは思うなよ。
すぐに後悔させてやる。
そう心に決めて、俺はミコトに言った。
「……この谷、ちょっと俺の足じゃ登れそうにない。また、粘土人形に運んでもらっていいか?」