14 筋の通らない復讐者 -その2-
酒場で村人全員が集まっていた。正確には、新しく加わった前村長のシルヴァー一家を除く全員が。
事態は思っていたよりも悪かった。
「まさか……ここまで手が回っているとは予想外でしたわ」
最初にとりかかったのは、シルヴァーが村の財を持ち逃げしたことにより、彼を犯罪者として囚人にしようというものだった。
実際、すでに被害届は出しているので問題はないと思われた。署名活動に参加できる条件には、奴隷や囚人を除くとあるから。
ただ、問題となるのは、たとえ村長を囚人にできても、他の29人の署名は有効なままだということ。
そして――
「こんな物まで用意されているとは思いませんでしたわ」
パスカルが数枚の紙を見る。先ほどジークスから届けられた書類。それは収支報告書と交易許可書だった。
その書類によると、シルヴァーが持ち出した村の財は全て交易に使われたものであり、それは村の意志によって行われたというものだった。
夜逃げする前日に用意したものだろう。万が一捕まったときの言い訳になるものであり、しかも悔しいことにきっちりと利益を出している。
「くそっ、こうなったらまた全員で村を抜けるしかないのか」
バランがテーブルを叩いてそう叫んだ。テーブルに置かれた空のグラスが小さく跳ねてテーブルの上に転がった。
「一度は俺たち全員村を捨てる覚悟だったんだ」
「だがよ……せっかくここまで頑張ったんだぞ」
ゴメスがバランのテーブルのグラスを戻して言う。目を細めて、とても悔しそうに歯を噛みしめていた。
「そうだ……あの時とは状況が違う。少なくとも、みんなはすでに税金を払い終わってる」
俺は皆にそう言った。
「思えば、全部元に戻るだけじゃないのか? むしろ、村の財政は潤ってるし、訪れる冒険者の数も増えている。来年になっても税金が払えなくて困るようなことはもうないと思うぞ」
「しかしよ、村長」
ゴメスが何を言おうとしたが、俺は首を振って告げた。
「もともと、俺って成り行きで村長になっただけのガキだしな」
俺は両手を上げて、自嘲気味に口をゆがめた。
「それに、村長って給料が少ないわりには仕事が多すぎるし、正直疲れてたんだわ」
「スグルさんはそれでいいんですか?」
椅子に座っていたハヅキちゃんが尋ねてくる。
俺はそれに、笑顔で黙って頷いた。
「スグル殿、拙者の手にかかれば全員即座に暗殺できるでござるが」
「……ハンゾウ、物騒なことを言うな」
くないを構える忍者のハンゾウを、俺は呆れて制した。
「それは犯罪だ。俺は仲間を犯罪者にしたくない」
「しかし――」
「俺をリーダーだと言って信じてくれていたなら、今も俺を信じてくれ。絶対に悪いようにはしない」
「……わかったでござる」
ハンゾウはそう言い、クナイを懐へとしまい、席についた。
「……ありがとうな」
あぁ、絶対悪いようにはならない。
絶対だ。
そして、俺は全員を解散させ、パスカルとともに引継ぎ用の書類作成を行った。
次の日。村に久しぶりに本格的な雨が降っていた。
そのため、引き継ぎは広場ではなく、役場の中で行われることになった。
俺、パスカル、ハンゾウ、ミコト、ゴメス、バラン、シルヴァー、ジークス、シスターの9人がいるため、狭い村長室がさらに狭く感じる。
「これはよく纏められています。引継ぎ用の書類の見本にしたいくらいですよ」
ジークスは俺が渡した書類の束を見ると、そう言ってほくそ笑んだ。
ただ、彼が喜んでいるのはおそらくその引継ぎ用書類のできがいいからではなく、俺が素直に村長の座を譲る意思を見せたことに、ということだろう。
ジークスはその書類を読み終えると、それをシルヴァーに渡した。
「では、スグルさん。今よりあなたの村長の身分を解除します。いいですね――」
「えぇ……」
「ちなみに、村長の身分をはく奪したら、“隷属”“隷属解除”“スキルサーチ”“スキルチェンジ”の魔法は使えなくなります。ただし“サーチ”の魔法はそのまま使えますので悪用などしないように」
「“サーチ”は検問でも使われてる魔法だからですね……」
それは聞いていたことだ。
システム魔法を使うには条件が必要なものが多い。
例えば、就任魔法に関しては、「信仰(神)レベルが15以上」もしくは「執政官」等の身分が必要になる。
俺の答えに、ジークスは笑顔で頷き、魔法を唱えた。
「“剥奪”!」
同時に、俺を光が包み込み、数秒後に光は消え去った。
身体に変化は見られないが、おそらくはもう村長ではないのだろう。
「これであなたの身分は“村長”から“なし”になりました。不信任がなされた場合、前村長が再び村長になるということになります」
「ふむ、まぁわしは村長を辞めたつもりなど全くなかったから、村長の役職はまだ剥奪されておらん。このままで問題ないの」
シルヴァーは引継ぎの書類をパラパラとめくりながら読んで、テーブルの上に置いた。
「わかりました。それで、これからのことですが、この役場で雇ってもらうことは可能でしょうか?」
俺はそう言って、シルヴァーを見る。
シルヴァーは自分のあごひげを触りながら、
「それは難しいのぉ。なにしろ、君は元とはいえ村長だ。村長が二人いたら、それは村の方針を決めるのに困難になる」
シルヴァーの言っていることはわかる。船頭多くして船山に上るということだ。
もちろん、その答えはあらかじめわかっていたことだ。
「それなら、私を秘書として雇っていただけませんか? 商会の仕事に余裕があるときだけですが――」
「それは……」
シルヴァーが何かを言おうとしたとき、パスカルが木彫りの人形を前に出した。
パスカルが冒険者から買い取ったという魅了の効果のある人形だ。
「お給料はいただきません。引継書があるとはいえ、村長が村を留守にしている間、この村には大きな変化がありました。もし、二週間だけでも雇っていただけるのでしたら、この人形を村長に差し上げます」
「…………よしわかった。二週間だけじゃ」
「ありがとうございます」
シルヴァーはパスカルから木彫りの人形を受け取ると、首を傾げながらもそれを部屋の棚へと置いた。
「なぁ、そんちょ……じゃない、スグルさん、あんたこれからどうするんだ? もしよかったら、俺の酒場で一緒に――」
「あぁ、実は昨日の夜にミコトとハヅキちゃんと話してたんだけど、村を出ることにするわ」
俺がそう言うと、ゴメスもバランもシスターも寂しそうに頷いた。
シルヴァーとジークスも残念そうな顔をしているがどこか満足そうだ。
「……スグル殿、すまぬでござる」
ハンゾウがそう言って頭を下げた。ハンゾウは俺たちとは別行動になる。彼は一人村に残る決意をした。
「わかってる、ビルキッタさんを大事にしてやれ。俺はお前の恋を応援してるって言っただろ?」
俺がそういうと、ハンゾウは本当につらそうに顔を伏せた。
本当に……本当にこいつはいい奴だ。忍者がこんなに感情を露わにしたらダメだろうが。
「では……村長、最後にお願いします」
俺はシルヴァーに向かって最後のお願いを述べた。
「村人を頼みます。絶対に、村人たちを困らせるようなことはしないでください」
「あぁ、わかっている。ワシの息子たちも含め、全員大事な家族だからの」
「その言葉……忘れないで下さいよ」
俺はそういうと、ミコト、ハヅキちゃんと三人で役場を後にした。
村を出るまでの間、多くの村人に声をかけられ、俺は全てに笑顔で返した。
そして、村を出たとき、俺の村長の生活は本当の意味で終わりを告げたのだった。
雨はまだやみそうにない。