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13 筋の通らない復讐者 -その1-

 村長は村民(15歳未満・奴隷・囚人を除く)の過半数の署名を都市同盟間の本部に提出。

 その場で議論され、議会出席者の過半数の賛成を以って村長の辞職となる。

 俺は集められた署名の数を呆然と眺めた。

 その厚みのある書類は、もしかしたら村人全員分かもしれないと思えるほどの厚みがあった。

 そして、俺は最初の名前を見て……

【身分:なし 名前:ガーリィ】

 その聞いたことも見たこともない名前に首を傾げた。

 誰だ、これ?

 その後も書類を捲っていく。

【身分:なし 名前:ウォルゴン】

【身分:なし 名前:アックソン】

【身分:なし 名前:ゲンガー】

【身分:なし 名前:ベル・マーク】

 ベルマークって一度聞いたら絶対忘れない名前だ。その後も知らない名前の羅列に、何の冗談かと思った。

 だが、一番最後、30人目、この不信任署名の提起人であると記された名前だけは……見覚えがあった。

【身分:なし 名前:シルヴァー】

 何度か見たその名前に、俺はため息をついた。

「パスカル、この書類はどこから?」

「都市同盟の領主会議に持ち込まれたそうです」

「持ち込まれた? こんなでたらめの署名が?」

 最後の一人、シルヴァーはこの村民で間違いではない。

 だが、他の人間は少なくともこの村の人間ではないのは間違いないはずだ。

「とりあえず、都市同盟にこの署名は無効であることを報告しないといけないな」

「それが……」

 パスカルは俯いて、とても言いにくそうに、だが彼女の知る全てを告げた。

「この署名は都市同盟において有効と判断され、今日にでも都市同盟における執政官の一人がこの村に訪れるそうです」

「…………ウソだろ?」

 こんなデタラメな書類が通じるとは思えない。

 村のことを少しでも調べたらわかるはずだ。

 そもそも、署名の人数、30人というのは、村の人口そのものを超えているのだから。

「村長、大変だ!」

 バランが愛用の斧を持ったまま役場へと駈け込んで来た。

「どうした?」

「都市同盟の執政官を名乗る奴が来た! 村長を辞職させるって言ってやがる」

「もう来たのか」

「あぁ、全員広場に集まるように言ってある! 村長も早く来てくれ!」

 俺はパスカルからもらった書類を脇に抱えて走っていった。



 酒場の前の広場には、すでに大勢の村人と、ハンゾウ、ミコトがいた。

 ハヅキちゃんは酒場の前に置かれている箱の上でじっとしていた。

 そして、村人に囲まれるようにいたのが、見知らぬ男。

 高い帽子と高そうなスーツを着た背の低い男。子供のような身長だが、その顔に刻まれた皺の深さが、彼の年齢が高いと俺に伝える。

「都市同盟所属のジークスです。あなたがスグルさん、でよろしいでしょうか?」

「はい。マジルカ村、現村長のスグルです」

「書類通りお若いですな」

 ジークスは書類を捲ってそう言った。おそらく俺のことが書かれているんだろう。

「スグルさんは我々が送った書類にはすでに目を通しましたか?」

「この書類のことでしょうか?」

 俺は30枚にも及ぶ署名の束を前に出す。

「ええ、それは複写したものですが」

「村長、ちょっと見せてくれるか?」

 酒場のマスターのゴメスは俺から書類を受け取ると、一枚一枚めくっていく。

 めくっていくたびにその顔色がみるみる赤く変わっていき、とうとう激昂した。

「おい、なんだこれ、俺は生まれてからずっとこの村にいるが、知らない奴の名前ばっかりじゃないか」

「そうだ、最後の一人は確かにこの村の人で間違いないですが、他の人間は村人ではありません」

「ん? 最後の一人?」

 ゴメスは最後の一人を見て、首を傾げた。

「誰だ? こんなやつ村にはいないと思うが。おい、お前ら、シルヴァーって知ってるか?」

 ゴメスが最後の一枚の署名をひらめかせて尋ねた。

「知らないなぁ」「知らないぞ」「聞いたこともない」と全員が騒ぎ出す。

「銀のことじゃないよね。銀細工は一度作ってみたかったんだけど」とビルキッタ。

「シルヴァー? シルバーなら俺が昔飼ってた犬の名前だが」とバラン。

「お亡くなりになられた村人の名前にもそのような方はいらっしゃいません」とシスター。

 口々に知らないと言いあう村人達。

 おいおい、本当に知らないのか? それとも忘れたいほど嫌だったのか?

 もう知らないのなら知らないままでもいいような気がしてきた。

「お前ら、黙って聞いておればワシの名前を、知らぬだの犬の名前だのダサい名前だのと言いおって!」

 しわがれた声が広場に響いた。

 そして、現れたその老人の姿を見て――村人のだれもが睨み付ける。

「いてかませぇぇっ!」

 ゴメスの一声が引き金となり、シスターや子供たち以外の村人全員がその老人へと殴りかかった。

「や、やめろっ!」

 老人は慌てて逃げ出す。だが、その声がさらに村人達の怒気を強くする。

「あぁ……みんな、止まってくれ。で、話を聞かせてもらおうか?」

 俺はその老人に対して尋ねた。

「前村長のシルヴァーさん」

 そう、その老人は、酔っぱらって税金を二倍払うといって村人の怒りをかい、自分の財産を全て持って逃げ出した前村長だった。

「久しぶりだな、スグルくん。君も村長としてそれなりにがんばってくれたようだが、これまでじゃ」

 俺はシルヴァーを睨みつけ、執政官のジークスへと視線移す。

「……ジークスさん。一つ言っておきます。さっきも村の人が言った通り、シルヴァーさん以外の署名は全員無効です」

「いえ、都市同盟において、これは正式に受理されました。詳しくは彼らに聞いてください」

 そう言うと、ジークスは村の入り口のほうを見た。

 それを合図にしたかのように、人影が一人、二人と現れ――二十九人が集まった。

 全員柄の悪い男で、村人というよりは山賊のようだ。

 下品な笑いを浮かべてこちらを見ている。

「だから、こいつらは村人じゃないんだって」

「それについてはワシから説明してしんぜよう」

 シルヴァーが前に出て言う。

「基本、村の外の者が村に移住する場合、村長が許可を出さないと村人になることはできない。だが、基本ということは例外がある。わかるか?」

 俺は頷いた。

 まずは、村の外の人間が村の人間と結婚して嫁いできた場合。

 そして、子供ができた場合。

 その二つだけのはずだ。

 俺がそう説明すると、

「まさか……前村長、お主……」

 ハンゾウが驚愕の声をあげる。何かに気付いたようだ。

「ふん、最初に気付いたのはその男か」

「シルヴァー殿、お主、その男達全員と結婚をしたというでござるかっ! 男同士で、そんなことをして許されると思ってるでござるか!」

「そんなわけなかろう!」

 うん、そんなわけあってほしくない。

「シルヴァーさん、あんた、二十九人の男を……自分の養子にしたのか」

「いかにも。全員わしの息子。村人の息子は移転届を出さない限り村人。そうじゃな?」

「ええ、シルヴァー殿。養子縁組の書類はすでに都市同盟に提出されて受理されていますからね」

 つまりはそういうことかよ。

 俺は毒づき、全てを理解した。

 前村長のシルヴァーは都市同盟の執政官のジークスと手を組んでいた、ということだ。

「村長解任は明日行います。それまでに引き継ぎの準備を済ませておいてください」

 そう言い、ジークスが去っていく。シルヴァー大家族もまた彼に続き、本来の村人達だけが残された。

 前村長のことなんて考えても仕方がない、勝手に別の町から村に移民するだろうと思っていた。

 まさか、村に籍を残したまま、こんな裏ワザで仕掛けてくるなんて。

 一体、どうしたらいいのか?

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