12 疲れ知らずの慰労会 -後編-
料理や酒を運ぶ粘土人形達が、テーブルの間を走り抜けていく。
厨房では忍び装束のハンゾウが追加の料理を調理をしていた。
豹肉と野菜の炒め物を食べながら、俺は村の奥様方と話をしていた。一番の話題は俺の結婚相手のことだ。
16歳だから結婚は早いと言ったのだが、この世界では16歳でも結婚はできるらしい。まぁ、日本でも女性は16歳で結婚できるからな。
それを助けてくれたのはハヅキちゃんだった。ハヅキちゃんが俺のことを溺愛しているということはもう村中の誰もが知っていることなので、ハヅキちゃんがテーブルに飛び乗ると、奥様方はそそくそと退散してくれた。
「私は浮気には寛容ですよ」
唐突にそんなことをいうハヅキちゃん。自分が本妻になることは彼女の中ではすでに確定しているようだ。
「だって、私じゃ子供は残せませんから……」
その黒いビーズの瞳はどこか寂しそうだ。
「それより、スグルさん、食べてください! 今日はスグルさんのための慰労会なんですから」
「俺じゃなくてみんな頑張ったことを労う会なんだけど」
「一番頑張ってるのはスグルさんじゃないですか、私はちゃんと見てるんですからね」
右前足をこちらに向け、デフォルメされた肉球が俺の目に飛び込んできた。
思わず、俺はその肉球をつついてしまう。
「ひゃん、何をするんですか、スグルさん」
「いや……なんとなく……」
肉球だもんな。つつきたいよな。
「俺、猫派だから」
「え、それって愛の告白ですか!」
「違う」
そう言いながら、スープをさらに口に運ぶ。旨みがだいぶ抜けたはずの竜の干し肉のかけらが口に入った。なのに広がるは、宇宙の広さを思わせる深いコクと旨み。
「あ、おいしいですか? それ、私が作ったんですよ?」
「え? ハヅキちゃんが?」
「はい」
後ろ足でたちあがり、自分の胸に前足をあてて嬉しそうに言うハヅキちゃん。
「花嫁修業です」
その料理の光景を思い浮かべると、花嫁修業というよりはア○ルーキッチンだ。
「本当においしいよ」
「ええ、本当においしいわね」
そう言って、彼女が俺のスプーンを取り上げ、一口飲む。
「ミコト、自分の分を頼んで飲めよ」
いつもと変わらず赤と白の巫女装束をその身に纏ったミコトが笑顔で俺の皿にスプーンを戻し、
「スグルくんを支えているお給料ということでいいかしら?」
「そう言われたら、安い気もする。てか、村の経費だから実際無料だしな」
と、テーブルの上にドラゴンソースが少し入った皿と料理が置かれた。
「って、これ、餃子じゃないか」
出された皿の上には餃子が円形状にならべられ、真ん中にもやしが置かれている。
浜松餃子のような形だ。
「懐かしい匂いがするわね。これも私の国の料理だったの?」
ミコトが餃子を見て不思議そうに尋ねた。ハヅキちゃんもその匂いを嗅ごうとするが、ぬいぐるみの体では匂いを感知できないらしく残念そうだ。
「あぁ、ニホンの料理というか、俺のいた国の隣の大きな国の料理だと思う。でも、ニホンでも好きな人が多い料理だ」
そういいながら、俺は餃子を自作箸でつまんで醤油をつけて食べた。
この肉はドラゴンの肉か……その旨みと肉汁が最初に口の中に広がり、葱とキャベツの触感が伝わる。ニンニクは入っていないようだ。
うまい。たこ焼きほどではないが、かなりうまい料理だ。
「本当においしいわ。ハンゾウったら、料理人になればいいのに」
ミコトが振り返ると、ハンゾウはビルキッタのいるテーブルで料理の説明をしていた。
確かに、あいつなら料理人でも専業主夫でもやっていけそうだ。怪しい格好なので料理人としてよその町で店を開くには時間はかかるだろうが。
ミコトはカップに入った麦酒を飲みながら、餃子をもう一つ食べ、頬を赤らめて俺を見つめていた。
「支えられてるのは私やハンゾウ、この子も同じよ」
ミコトはハヅキの頭をなでてそう言った。
「自分たちがどこの誰かもわからない状況で、あなたの存在は私たちにとっての道標だったから」
「それは……俺だけ記憶が残ってたってだけだよ」
俺はそう呟き、粘土人形が持ってきたおかわりのジュースを一杯口に運ぶ。やけに苦い。
その理由も今では憶測ではあるがわかっている。
ゲーム開始前に選んだボーナス特典「記憶継承」。前世の能力とかを引き継ぐものだと思っていたが、そんなものではない。
ただ、日本での記憶をもったままこの世界にやってこれるというだけの特典なのだろう。
「それだけじゃないわ。少なくとも、貴方が村長としてここで働いてくれていることで、私達のような異端者の居心地がよくなるのよ? たぶん、ハンゾウもそれを解っていてあなたを村長にしようとしたのよ」
「…………そうか」
「ええ、といってももちろん賭けに近いけどね。あなたの働きが村人の期待を裏切るものならきっと私達は今頃村を出ていたわ。貴方も連れてね」
「俺も連れて行ってくれたのか?」
「もちろんよ。少なくとも私達の記憶の鍵はあなたが握っているから、手放すわけにはいかないわ」
鍵、という言葉に俺はこの世界へ行くきっかけとなったゲームを思い出した。
アナザーキー。もう一つの鍵。
その意味は分からない。
わかるのは、そのゲームが俺をこの世界へと導いてくれたってことだ。
「俺は、ハンゾウやミコトやハヅキちゃんがうらやましいと思っていた」
「私達を……ですか?」
ハヅキちゃんが首を傾げた。ミコトは黙って俺を見ている。
「チートみたいな能力で魔物や竜を倒して、それを当然みたいに振る舞って、まるでファンタジーゲームの、俺のなりたかった誰かのように思えてさ」
誰かといったとき、一瞬ではあるが、今は亡き両親の姿が脳裏をよぎる。
「でもさ、同時に自分の愚かさを悟ったんだ。少なくとも三人の能力は、この世界に来る前から備わっていた能力だと思う。それは俺が漫画を読んだりゲームをしたりしている間の鍛錬で身に付けた能力だ。だからさ――」
俺の気持ちに呼応するように俺の気持ちがあがっていく。
「俺は誰かになりたかった。変わりたかった。今でも変わりたいと思っている」
「スグルさんは、それで村長になることを受け入れたんですか?」
俺は黙って頷いた。
自分の気持ちを吐露したことで、俺の緊張の糸が切れた。とともに鈍い痛みが頭に響く。
「スグルくん、それ、お酒よ?」
「あぁ……そうか……それで……」
意識が朦朧としてきた。
お酒を飲むと気持ちがいいなんて嘘じゃないか、気持ち悪い。
そういえば、この世界に来る前もこんな風に気持ち悪かった。
「……この世界に来る前にミコトが言ってたっけ。ただのゲームじゃないって……」
「ただのゲームじゃない?」
「あぁ……その後、何か言葉が聞こえたような気がするんだが……」
俺は朦朧とする意識のなかで、それを探っていく。
「……この子供?」
そうだ、そう言ったんだ。
子供って……一体なんなんだ?
そう思いながら、俺の意識はさらに奥へと吸い込まれていき、気が付けば朝を迎えていた。
「うぅ……頭が痛い」
生まれて初めての二日酔いに悩まされながら、俺はぬるい水を口に含み、役場の椅子に座っていた。
誰が部屋に運んでくれたのかというと、酔っぱらって眠った俺にハヅキちゃんが乗り移り連れて行ってくれたらしい。
その時に、俺の身体を通して餃子を食べて満足そうに笑っていたという。
それを聞いたときは、そんな裏技があったのか……それならたこ焼きのときも身体を貸してあげたらよかったなと思った。
昨日の慰労会でかかった費用の内訳がすでに提出されている。パスカルが昨日の夜の間に仕上げたのだろう。
なんとも仕事熱心な少女だ。
俺も頑張らないといけない、そう思ったときだった。
「村長! 大変です!」
そのパスカルが、役場に入ってきた。
「どうしたんだ?」
「村長の不信任署名が提出されました!」
パスカルの持ってきた数十枚の書類を見て、俺は言葉を失った。
住民の過半数を超えなければ提出されることのないという不信任署名。
その意味が俺の胸を締め付けてきた。