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11 疲れ知らずの慰労会 -前編-

 とある日の昼下がり。

 書類整理をしているパスカルの小さな背中を、俺はじっと見つめていた。

 高いところにあるファイルが取れないため、ぴょんぴょんと跳ねると、小さなお尻といっしょに、縦巻きロールの金色の髪から生えた狐耳が小さく揺れている。

 それは普段の俺が見たら、「これでいいのか?」と書類を取って、パルカルが「一人で取れましたのに」と強がりを言うだけのシーンのはずだ。

 だけど、今日の俺は違った。

 人間には三つの欲望があるという。食欲、性欲、睡眠欲。

 そのどれか一つでも極限に高まったとき、人はその欲望を己の理性を抑えることができなくなってしまう。

 俺はゆらりと立ち上がり、頭ではわかっているのに、頭ではわかっているのに、幻覚が見えてしまう。

 そもそも、俺は育ちざかりの16歳、こんな待遇に耐えられるはずがなかったのだ。

 自分の年齢をいいわけにして、俺はパスカルへと近づいていき、

「そ……村長?」

 俺の存在に気付き恐怖で振り返ったパスカルに対し、俺は自分の欲望をさらけ出した。

 小柄なパスカルは抗おうとするが、体格差で勝る俺の力には到底かなわない。

 俺は口の端を大きく歪め、獲物を捕らえた狼のように口を開いた。

「いただきます!」


「ふみゃぁぁぁぁぁ」


 パスカルの悲鳴と、乾いた張り手の音が役場に響き渡った。



「全く信じられませんわ、ハーフとはいえワン狼族の耳にかみつくなんて」

 己の耳に傷薬を塗りながら、パスカルが小言を続ける。

 ワン狼族にとって、耳は己の種族の誇りであると聞かされていただけに申し訳ない気持ちがさらに強くなる。

「すまない……」

 俺はパスカルに渡された砂糖菓子を咀嚼しながら、何十度目かになる謝罪を述べた。

 赤く腫れた頬がじんじんと口の中にまで響く。

「全く、どうしてこうなったのか教えていただきませんこと?」

「あぁ……ちょっと財政難でな」

「財政難? 村人の税金は2倍もの額を全て払い終えましたのに? まぁ、建物の石材費等で使った費用の支払いがまだ残っておりますが」

「そっちじゃなくて、個人的な……な」

 全てはあのたこ焼きパーティーが原因だ。

 プレートの代金は半額ハンゾウが出してくれたのだが、材料費のほうが問題だった。

 あまりのうまさに俺は自分用に買いだめしていた小麦粉を全て使い果たし、さらにネギや卵などの材料を買い足した。

 そのため、金は底をつき、家には水団を作る材料すらない。

 村長の給料は一人で生活をするには十分だが、村全体でパーティーをするには少なすぎた。

 最近は家では干したキノコと水を、役場ではお茶を飲むだけの生活をしていた。

 そして、いよいよというところで、パスカルの耳が「油揚げ」に見えて襲い掛かってしまった、というわけだ。

「ハヅキさんにお金を借りたらどうですの?」

 ハヅキちゃんは魔物狩りを手伝っていることもあり、資産の面では俺よりもはるかに持っているし、食費もかからないから支出も少ない。

 彼女が必要とするお金といえば、ぬいぐるみ用の洗剤と、詰め替えるための綿の費用くらいなものだ。

 まぁ、それを幸福だとは思わない。たこ焼きパーティーの時も、つらくなるからと一人で家でお留守番してたしな。

「ハヅキちゃんは確かに貸してくれると思うから、そうしたいんだけどなぁ。彼女に頼んだら、返さなくてもいいって言いそうだろ? さすがに申し訳なくて」

「……まぁ、その光景は典型的な“ヒモ”を通り越していますからね」

 パスカルが想像した光景は俺の目にも浮かぶ。

 猫のぬいぐるみに養ってもらっている村長の絵面はシュールすぎる。

 だから、無理をしてこれまで普段通りに振る舞ってきた。少しでも弱ったところを見られたらきっとハヅキちゃんやみんなの世話になってしまうから。

「あと、ハヅキちゃんが貯金を頑張ってるのも知ってるしな」

「貯金って、なんのためですの?」

「わからないが、何か目的があるそうだ。老後の不安とかでもあるものなのかな」

「幽霊に老後の不安はないと思われますが。とにかく、このままでは仕事にも支障が出ます。しっかり食事は食べていただかないと」

「そうなんだけどさ……」

「そこで村人からこういう希望が出されています。ちょうどいいので可決しましょう」

「希望?」

 俺はパスカルから渡されたその紙を見た。

 それは、税金を完済したことを祝って、酒場で慰労会を開こうというものだった。

 その下には必要な材料費が書かれている。決して高くはない金額だが――

「村の財制ってこういうのに使っていいもんなのか?」

 慰労会や忘年会って、村の財政でするものじゃなくて、会費制とかでするものだと思っていた。

「村の財制は村と村民のために使うものですから、当然ですわ」

 と、当然のようにパスカルが言う。福利厚生費として経費で落ちると教えてくれた。

 パスカルが調べたところ、前の村長は福利厚生費にほとんど村の財を使わず、その代わり他の都市の役人などへの接待で使う交際費が高かったらしい。

 身勝手な村長だと本当に思う。もちろん、接待も仕事だとういうのは理解しているが。

 一生懸命働く村人達の姿を思い浮かべ、俺は前村長に僅かに同調した気持ちを振り払った。

「そうか……じゃあ可決で」

 そういい、俺は書類の承認欄に村長の承認印を押した。


 それからの村の行動は早かった。

 パスカルから酒場のマスターへと伝わった話は村中に広がり、その日のうちに慰労会が開かれる流れとなった。

 食材のほとんどはガルハラン商会から購入、このあたりはパスカルの仕業だろう。

 そして、今では村人もあまり食べることの少なくなった竜の干し肉なども用意され、村人全員が酒場に集まった。

 まぁ、村人全員集まれるのはこの酒場だけなのだが。

 ちなみに、今日の酒場は貸し切りになっており、村を訪れて宿屋に宿泊している冒険者や商人には無料で夕食と飲み物を提供した。

 パスカル以外のガルハラン商会の他の従業員はそれぞれ仕事があるからと欠席し、パスカルだけが代表として出席していた。

「では、村長から一言お願いします」

 酒場のマスター、ゴメスに促され、俺はカウンターの前に立ち、頭を下げた。

「もう1ヵ月以上前のことになるが、そのときみんなが村に残る決意をしたことが間違ってなかったことが証明された。まぁ、その時俺を村長に選んだのは間違いじゃないかと思っているが」

 冗談だと思ったんだろう、村人の中から笑い声が聞こえる。まぁ、半分以上本気なんだが。

「俺のわがままにもだいぶつきあってくれて、とくにマスターと、バランさん、サイケさんにはミコトの無茶な戦いに巻き込ませて悪いと思ってる」

「気にするな、そのおかげで俺の斧レベルはもう28だぜ? この間まで15だったのによ。おかげで本業もすこぶる好調だ!」

 キコリのバランがそういって豪快に笑った。サイケもマスターも同様のようで笑顔で頷き返した。

「あまり話が長くなると――」

 と言ったところで、俺の腹が盛大になった。村人がそれを聞いて楽しそうに笑う。

「こんな風に俺の腹も怒り出すし、せっかくの料理が冷めてしまうから短く済ませる。

 ハンゾウ、ミコト、ハヅキちゃん、それにみんな、こんな俺を村長だと言ってくれて、ここまで支えてくれてありがとう」

 俺は頭を下げると、葡萄ジュースの入ったグラスを持ち、

「では、慰労会をはじめるぞ! 乾杯!」

 大きく腕を斜め上方向に伸ばすと、

『乾杯!』

 村人全員がそれにあわせて各々のグラスやカップを上に掲げた。

 

 こうして、マジルカ村の慰労会は幕を開けた。

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