10 レシピ通りの創作料理 -後編-
たこ焼きを作る上で、最も重要なものが、出汁だ。
大阪人の友人は語った。大阪の文化はダシと薄口醤油だと。
こてこてソースも愛するはずなのに、うどんやそばには上品さを求めているのが大阪人だ。
「たこ焼きのことで頭がいっぱいになっていたが、書類は俺を待ってくれない。なぜなら、俺は村長だから」
「そういうセリフは書類をきっちり書いて言うものですわよ」
パスカルにそう言われてはぐうの音も出ない。彼女には商会の仕事もあるのにこうして手伝ってもらっているのだからなおさらだ。
宿屋の売り上げは伸び悩んでいる。宿屋だけでの売り上げをみると赤字なのだが、それでも村に滞在する行商人や、迷宮目当てに来る冒険者が増え、酒場や商会の売り上げは僅かではあるが伸びている。
宿屋を建設したのは成功と言ってもいいが、村営から民営に委託するにはまだ時間がかかりそうだ。
「本来なら議案書を提出した私が責任をもって経営したいのですが、ガルハラン商会は都市同盟間宿屋広域ギルドに加盟していませんから」
商売には縄張りというものがあるのはどこの世界も共通だ。
ビルキッタもきっちりと鍛冶ギルドに登録を済ませてある。飲食店などは広域ギルドが存在しないので、酒場はギルドには加盟していないそうだ。
「まぁ、売上げが伸びたら宿屋ギルドから人材を派遣してもらうように頼むしかないな」
ということで、今は村営状態。もちろんその責任者は村長である俺で、宿屋経営の書類で仕事の量はさらに増えている。
宿屋といったらゲームの定番でどんな大けがでも一晩で回復してくれるミラクル施設だ。
だが、現実は「ゆうべはおたのしみでしたね」という店員はいないし、おさげ髪の幼馴染少女もいない、普通の宿泊施設だ。
「まぁ、名物料理ができたら、それだけ観光客も増えて宿屋の売り上げも伸びると思うんだがな――」
「村長、さすがに名物料理だけで観光にくる物好きは少ないと思われますが」
じと目でパスカルが言う。そうか、ここは日本じゃないもんな。激から料理をウリにした商店街の観光客がぐんっと伸びたっていう話も、日本の交通網があってこそ実現できる話だ。
道の整備もきっちりできていないし、魔物もうろつく世界なら、危険を冒してまで、ちょっと変わったものを食べにいこうと思う旅人は少ないだろう。
そんな雑談まじりの会話をしながら、俺たちは書類の山を片付けていく。
「村長、いるでござるか?」
ハンゾウが訪れたのは夕刻前、そろそろ仕事を終えようか、残業しようか悩んでいた時のことだった。
「どうした? ハンゾウがここに来るなんて珍しいな」
「たこ焼きのいい材料を考えたので来てほしいでござる」
「……いい材料?」
なんだろうか? 紅ショウガでも自作したのか?
訝しくも思いながらも自信満々にいうハンゾウに、俺とパスカルは従っていった。
案内されたのは村の貯蔵庫だった。
「これでござる」
「これって……竜の内臓じゃないか、どうして樽に入れてあるんだ?」
竜の内臓は肉と違い苦味が強く、とてもじゃないが食べるには適していない。
そのため、全て捨てるように頼んでいたはずなんだが。
竜の内臓は少し溶けてどろどろになっている。
「試しにやってみたでござる。そして、これこそがいい材料なのでござる」
ハンゾウはその内臓を一つとりだし、木綿の布にくるんで強く絞る。すると、そこから黒い液体が現れ、ハンゾウはそれをスプーンで受け止める。
食べても大丈夫なものか不安だ。だが、なぜだろう、この匂いを拒絶することが俺にはできなかった。
「まずは一口……」
「あ、あぁ」
俺はその水を一口舐めて……驚愕した。
俺の知っているそれとはわずかに異なるが、豊かなコクとうまみが凝縮されている。とても懐かしい調味料だ。
「醤油か」
「いかにも……」
そういえば、聞いたことがあるな。日本の醤油は大豆から作るが、それとは違い、魚から作る魚醤というものがあると。
でも、それを作るのには何か月も時間がかかるはずだ。
最初の飛竜を倒してからまだ一か月と少し。とてもではないが醤油になるには時間がかかると思われる。
「おそらくは竜の持つ魔力によって酵素が活性化し、発行する時間が短縮されたのでござろう」
ハンゾウがすらすらと己の持論を述べていく。
「ハンゾウ……お前……」
俺はとても信じられないような目でハンゾウを見つめた。
「記憶喪失なのに料理チートまで隠し持ってたのか」
ますます俺はノーチートだと思い知らされた。
出汁はこのドラゴン醤油と干しキノコの煮汁を合わせたもので完成した。
プレートもビルキッタが見事に作りあげてくれた。
材料としては、ネギ、小麦粉、卵も用意されている。
そして、パスカルが仕入れてくれたタコ足のカード。俺はそのカードを皿の上に置き、
「具現化!」
そう唱えたら、カードが一瞬のうちにタコ足へと姿を変えた。まだゆでていないので薄い茶色のタコ足が現れた。ぬめりも強い。
材料はそろった。あとは調理するだけだ。
調理場には俺、ミコト、ハンゾウ、パスカル、ビルキッタがいた。
他の人は店の中でたこ焼きができあがるのを待ってくれている。
塩もみをしてぬめりをとると、ハンゾウが前に出た。
本当は俺が料理を作るつもりだったのだが、ハンゾウが姫――ビルキッタに最高のたこ焼きを食べさせてあげたいと料理人をかってでた。
「では、まずは――」
ハンゾウは包丁を構え、タコ足をを放り投げた。
一瞬すぎてよく見えなかったが、ハンゾウの手が一瞬動いたかと思うと、皿の上に着地したタコがきれいにスライスされていた。
断面が白く輝いている。
「たこ焼きの前にまずはこれを食べたいでござる」
「え? このまま?」
パスカルはとても意外そうな声をあげたが、俺もミコトも調理したハンゾウも躊躇せずに、小皿に乗せた醤油をつけて食べてみた。
「あぁ、とてもおいしいわ……あと懐かしい気持ちになるわね」
ミコトが満足そうに喜んだ。記憶がないとはいえ日本の味に喜んでいるようだ。
パスカルもならってフォークで刺して――非常に挿しにくそうだ――タコを食べたが、
「うぅん、へんな触感……」
狐耳が垂れてしまうほどいやなようだ。
「私は嫌いじゃないけどね……お酒に合いそうだわ」
ビルキッタはよろこんで食べていた。
その後、たこ焼きの調理にとりかかる。
すでにたこ焼きの元となる生地造りは終わっていた。出汁と小麦粉と卵を混ぜているらしい。
「忍法、火遁の術(小)!」
竈に炎があがった。
ご家庭では弱火で作っているたこ焼きだが、強い火力ですることにより、外がカリっ、中がフワっというおいしいたこ焼きになるんだという。
そこに生地をいっきに流し込み、小さくぶつ切りにされた茹ダコとネギをまぶしていき、たこ焼きピックと呼ばれる錐のようなものでひっくりかえす。
手際がすごい、まるでプロのような鮮やかさで、
「すごい、どうやったらあんなにきれいな球状になるの?」
「あぁ、おいしそうな匂いがするね……」
「早く食べたいわ」
パスカル、ビルキッタ、ミコトの三人が驚きの声をあげる。
そして、ハンゾウは出来上がったタコヤキを笹ににた植物の葉で作った舟に乗せた。
「たこ焼き、完成でござる!」
すごい……見た目は完全にたこ焼きだ。
これだけの完成度なので、マヨネーズやソース、青のりに鰹節がないのがむしろ不思議でしかたない気がしてくる。
一度にできたのは60個、2玉ずつ舟にのせ、待っていた村人達の前に置いた。
「これがタコヤキなの……?」
「なんだ、この不思議な香りは」
「涎がでて止まらないぜ」
期待度マックスの村人と俺たち。
「中はとても熱くなってるでござるから、ゆっくり食べるでござるよ! では――」
そして、全員で手を合わせ、
「いただきます!」
そう言うと同時に全員がたこ焼きを一口。うち半分があまりのタコヤキの熱さに様々なリアクションを起こすが、その難関をクリアした半数を待っていたのは――
たこ焼き革命だった。
かりかりに焼かれた生地の中に詰まった旨み。それはドラゴン醤油の旨みがタコの持つ旨みと見事な化学反応をおこしたもので口の中に広がった。
海を生きるクラーケン、空を舞う飛竜、それらの旨みが広がるたこ焼きは、海と空の境を生きる人間にとっての至高の品といってもいい。
2玉などあっという間に無くなってしまい、
「ハンゾウ! もっと焼いて!」
「姫のためならば!」
ビルキッタの命令にハンゾウが生地を次々と足して焼いていく。
こうして、たこ焼きパーティーはなんの問題もなく過ぎていった。
本当に幸せな何もない一日だが、たまにはこういう日があってもいいよな。
ただ、一つ問題が。あまりのたこ焼きのうまさに、すぐにこの村の名物にしようとした。
だが、パスカルが「ドラゴン醤油」を「ドラゴンソース」と改名して販売したほうが村の利益になると却下。
ドラゴンソースは大陸中に口コミで広がり、一本3万ドルグもする貴族のみが口にできるものになってしまった。
また、ハンゾウ以外の人間が焼くと火力不足でうまく焼けないという問題もあり、たこ焼きが世界に広まることはなさそうだ。