9 レシピ通りの創作料理 -前編-
役場の仕事もひと段落がつき、俺は厨房で料理を作っていた。
酒場で作ってもらってばかりだったが、たまには自分で作るのもいいものだ。
異世界転生ものだと魔法などを使って火をおこすものだが、俺にはそんなチートみたいな能力はない。薪で鍋に湯を沸かすのがこんなにめんどくさいものだとは思わなかった。
幸い、マッチはこの世界にもあり、木の棒をこすって火をおこすような原始人の仕事をせずに済んだのは助かっている。
ちなみに、ハンゾウとミコトは今はそれぞれ自分の家の建設を終えてそちらに住んでいる。ちなみに、ハンゾウの家はビルキッタの家の横に建設され、そこまでいったらストーカーだろうと思ったのだが、ビルキッタは特に気にしていない様子だ。
そのため、今はハヅキちゃんと二人暮らし(一人と一匹暮らし)の状態だ。
今は居間でパスカルとハヅキちゃんが木彫りの人形を間にはさんで話していた。
「この置物なんだけど、冒険者からなぜか買い取っちゃったのよ」
「これ、魅了の魔法がかけられていますよ。そのせいで買っちゃったんですね」
「それは失敗したわ……1500ドルグも払っちゃったのに」
「得しましたね。これ、人形の中に魔法を込めるためのルビーが入ってますよ。それだけでもその10倍の価格になります。冒険者の方は知らなかったみたいですね」
「本当? ちなみに人形の状態だといくら?」
「15000ドルグ、一緒です。魔力も効果が薄いですし、人形の造りも悪いですから。一度宝石を取り出して、魔法を入れなおしたほうがいいです」
とまぁ、こんな具合に時折、よくわからないアイテムを持ってきてはハヅキちゃんのボーナス特典「鑑定」の恩恵を受けていた。
狐耳少女と猫のぬいぐるみが会話するという姿はなかなか趣がある。
俺の脳内会議で、「趣」の言葉の意味について再度検討しなくてはいけない気もするが。
「ハヅキさんの鑑定眼には驚かされるわ……ねぇ、うちで働かない? 待遇は応相談で」
「うちのマスコットを勧誘するのは飯を食ってからにしてほしいな」
「……なにこれ?」
「うどん。本当はかつお出汁とかコンブ出汁で作りたかったんだけど、キノコ出汁だ。まぁ、まずくはないと思うが」
出汁は干したキノコ(毒に関してはハヅキちゃんに頼んで鑑定してもらっているので問題なし)を使用し、岩塩を使用。
うどんは小麦粉と塩と水のみのシンプルなものだ。
醤油やカツオ出汁がないのが残念だ。うどん出汁のうまみの一割も引き出せていない。
「ふぅん、変わった麺ね……味はまぁまぁだけど食べにくいわ」
パスタよりも太いうどん麺はパスカルには少し不評のようだ。
実際、俺が食べてみても格別にうまいというわけではない。
「それにしても、よくそんな二本の棒で食べられるわね」
「まぁ、慣れたら楽なんだよ」
俺は箸を使ってうどんを食べていた。箸といっても二本の枝をナイフで加工しただけだ。
「他にも変わった料理ってあるのかしら?」
「変わった料理? あぁ、一応自炊はしていたが、作れるといってもなぁ……」
日本におけるカップラーメンや冷凍食品、レトルト食品の恩恵がここで仇となった。
「カレーもカレールーがなかったら作れないし……ごはんはこっちの世界にもあるし……」
そういえば、と思い出すことがあった。
確か、友達とパーティーをしたときに作ったことがある。
大阪出身の友達が、それを作ることのできるホットプレートを用意してくれて、レシピを教わった。
「たこ焼き……か」
本来はたこ焼きはソースが必要になるが、一部では塩で食べる人もいるという。
ただ、問題は専用の焼く機材が必要なことと、材料の調達だ。
タコはもちろんのこと、卵に天かす、ネギ、調味料も必要になるはずだ。
さらにいえば鰹節や青のりもほしい。
「タコ……って、『タコ足』のこと? まさか海の悪魔を焼くの?」
パスカルはとても信じられないことを聞いたって顔だ。
ファンタジーものの鉄板だな、タコに対するイメージは最悪のようだ。
「『タコ足』っていえば、海の怪物クラーケンのドロップカードよ」
「そうなのか?」
ドラ○エだとイカの魔物だった気もするが、ネ○アトラスだとでっかいタコだったっけ? ファイ○ルフ○ンタジーだとエリ○を殺した化け物だ。
「ええ、一匹倒すと100枚は出るけど、ゲテモノ好きしか食べないから安いのよ」
「そんなに出るのか……」
「仕入れてみましょうか?」
「タコ焼きか、食べてみたいけど……俺には料理チートはないからなぁ」
異世界で日本料理を作って大儲け、みたいなことを考えはしたが、そもそも本当にうまいものを作ろうとしたら、まずは材料をそろえないといけない。
特に日本料理は野菜と魚がメインなのに、野菜は質がいいとはいえず、海からも遠いということでこの村おこしの案は諦めていた。
「でも、普通に焼くだけでもうまいしな。いくらくらいするんだ?」
パスカルが言うその値段は、確かに他の魚や肉と比べると安いものだった。
「料理の話はつまらないです……」
食事を必要としないハヅキちゃんは、少し寂しそうだった。
別の日。俺は鍛冶屋に訪れていた。
炉にむかって槌を振っている褐色肌のロリ巨乳お姉さん、ビルキッタの鍛冶の視察に来た。
素材はハンゾウがダンジョンから大量に持ち帰ったものを使っている。
アダマンタイトなど珍しい鉱石も集まったが、自分にはまだ早いと鉄で剣を作っていた。
ちなみに、鍛冶と並行して作っている竜のお守りは好評のようで、つい最近、北の大陸の魔法学園からも大量注文が決まった。
もちろん、彼女の腕があってこそだが、それ以上にガルハラン商会の交易網の恩恵ともいえる。
一通り話をした後、俺は彼女にあるものを相談した。
「ていうものが欲しいんだけど、作れるかな?」
「うぅん、作れないことはないけど、高くつくよ?」
「あぁ、いくらくらいかな?」
残念なことに村長の給料は薄給だ。かといって、村の財を私的な用事で使うわけにはいかないからな。そんなことしたらパスカルに殺される。
そして、ビルキッタの言った値段は、俺の予想通り、手がでないわけではないが、買ってしまえばしばらくは水団(小麦粉団子汁)生活になってしまうこと間違いない価格だった。
諦めるか、そう思ったとき。
「ふむ、それなら拙者が金を出すでござる」
ハンゾウがそう言った。
「って、お前、どこから現れた!」
さっきまで俺とビルキッタの二人しかいなかったはずだ。
「姫がスグル殿に襲われぬよう見張って居たでござる」
「ははは、ハンゾウくん、村長にはハヅキちゃんがいるんだからそういうことはしないわよ」
「確かに、二人はすでに同棲の身、失礼したでござる」
同棲の身って、まぁそうなんだけどな。
「で、なんでハンゾウが出してくれるんだ? そりゃ、お前は金なら持ってるだろうが」
一応彼は村に所属している冒険者なので、魔物を狩ったときの報酬は一部は村の財としてもらっているが、ほとんどはハンゾウ個人の取り分として扱っている。
ちなみに、村の個人資産の割合は、
ミコト≒ハンゾウ>ビルキッタ>ハヅキ>パスカル>俺 の順番である。
パスカルの個人資産が少ない気もするかもしれないが、あいつも俺と一緒で今はやとわれ店長の身。
対してビルキッタは契約変更して個人経営に変わったので、それなりに資産を増やしている。
ハヅキちゃんは魔物狩りにはあまり出なくなったから資産はあまり持っていない。
「いや、そのスグル殿が作ろうとしている料理、拙者、作ったことがある気がするのでござる」
「ん? たこ焼きをか?」
そう、俺が頼んだのはタコ焼き用のプレートだった。ついでにタコ焼き用の返しのついた錐も頼んだ。
ハンゾウはそのプレートの特徴から、俺がタコ焼きを作ろうとしていることに気付いたのか。
「おそらく……」
ハンゾウはなんともあいまいな返答をした。
ただ、ミコトにしてもハンゾウにしてもハヅキちゃんにしても、記憶喪失ではあるが、一部の常識については記憶は残っている。
そうでなければ日本語もまともに話すことはできないし、忍術みたいなものを使うこともできないだろう。
普通の人間はどんな記憶を持っていても忍術を使うことができないとは思うが。
「うーん、それだと悪いから半額は俺が出すよ」
半額出してもらえたら、水団に魚肉を入れるくらいの贅沢はできるはずだ。
「では、姫、お願い申す」
「ああ、あたいに任せておきな。最高のタコヤキを作るプレートを作ってやるよ」
こうして、軽い気持ちでたこ焼きパーティーの準備がはじまった。