プロローグ
季節は三月。高校一年生の俺にとっては待ちに待った春休みの始まりだ。
ゲームはやり放題だし、宿題はない。まさにパラダイス。
そんな最高の一日を送っていた俺をさらに喜ばせることが起きた。
ワンルームマンションの俺の部屋に荷物が届いた。
受け取りの判を押して、家の中に持って入る。
直方体の段ボール箱で、差出人は
【(株)ユートピアンMMO】
今、新たなゲーム機種本体とゲームソフトを製作している話題の会社だ。
来たか――!
俺は段ボールを置くと、爪を立ててガムテープをはがしにかかる。が、しっかりと張り付いたテープに俺の爪ではダメージを与えることができなかったようで、剥がれる気配がない。
次にはさみを探すが、このゴミ屋敷一歩手前の部屋から一本のはさみを見つけるなんて困難極まりない。
それならば――と俺は台所に行き、包丁を持ってきた。それを逆手に持ち、中身を傷つけないように慎重にテープに切込みを入れ、そこから爪をいれて一気に引きはがす。
(段ボールを倒した、経験値3獲得、宝箱を手に入れた)
とゲーマー丸出しのセリフを脳内メッセージで流した。レベルが上がった。
そして――やはりそれがあった。
発売日前のゲーム機本体と、ゲームソフト。
【アナザーキー】
インターネットに対応したゲーム機本体は今では珍しくもなんともない。
だが、もう機種本体と同名のゲームソフト、アナザーキーには誰もが知らない秘密が隠されているという。
その秘密が何なのか、製作スタッフは伝えることを拒否してきた。
これ以上の宣伝は自分たちでは行わない。
ただし、1000名のテストユーザーを募集し、彼らに宣伝活動を行ってもらう。
テストユーザーにはその報酬としてゲーム機本体とゲームソフトをそのままプレゼントする、というものだった。
それだけの自信を持っている、と彼らは言ってきた。
なんという男気溢れる話だ。
俺はそれに涙したね。そうさ、どれだけゲーム雑誌の紹介画像やスタッフからの一押し情報に騙されてきたことか。
全てはユーザーが伝える、ユーザーがつまらないと判断すればそれは宣伝どころか悪評になるというのにそれを全く恐れない姿勢。
もう、これは応募するしかないと思った。
テストユーザーは抽選ではなく、審査を通して行われる。
俺はゲーマー歴=年齢、赤ん坊の時からゲームをしていたと自負している(多少脚色あり)。
完全クリアしたゲームは数知れず、基本プレイ料無料のMMORPGでは正式開始の一ヶ月後、無課金にして唯一の戦闘力10位以内のレジェンドユーザーになったほどだ。本格的に課金ユーザーと無課金ユーザーとの差別化が始まったときに一気にランキングが落ちたが。
つまり、俺にはゲーマーとしての誇りがある。
俺は自分のアピールポイントを原稿用紙300枚にしたためてゲーム会社に郵送した。
インターネットでも応募できるのだが、アピールしたいことが多すぎて文字数を大幅にオーバーしてしまったからだ。
そして――少しやりすぎたかもしれないという思いもあったが、見事にテストユーザー合格のメールがあった。
差出人は当然(株)ユートピアンMMO。
【このたびは当社の行いましたテストユーザーへの応募、まことにありがとうございました】
の一文から始まる文章が。
【厳選な審査の結果、剣埼傑様をテストユーザーの候補として選出させていただきました】
この時の俺の絶叫は計測不能だったに違いない。
部屋が防音対策されていなかったら間違いなく部屋から追い出されて、敷金が返却されないくらいの騒音だっただろう。
さらにメールを読み進めていく。
【さて、剣埼傑様のテストプレイに関して、一つお願いがございます】
はて、何だろうか?
【このアナザーキーでは最大6人でパーティーを組んで遊べます。
基本はゲーム内で知り合った他のユーザー、もしくはゲーム中のNPCとパーティーを組むのが基本スタイルですが、
ゲーム開始前にパーティー登録をすることも可能な設定になっております。
まずは、一度、当社指定のプレイヤーとパーティーを組んでからゲームを開始していただきたい所存でございます。
剣崎様におかれましては、当社が指定するいくつかの時間から、ゲームプレイが可能な時間を選択していただき――】
と文章が続いていき、最後に【(用語説明に関してはリンク先参照)】。
テストユーザーなのだから、この程度の縛りプレイは仕方ない。むしろ、これを断って、じゃあテストユーザー当選資格無し、とか言われたら困る。
文章を見ると、テストユーザー「候補」とあるのだ。
俺は選択肢の中から、学校から帰宅して一番遊べる時間を選んだ。
そして――
(すぐるは宝箱を開けた。中から発売日前のゲーム機本体とゲームソフトが現れた)
ついに、ついにやってきた。
届いたのも指定の時間ぴったりだ。
だが、パーティーの集合時間まで残り3時間もある。
ここは仕方なく、先に食事を済ませ、風呂に入り、部屋着で待機することにした。
俺はすぐにゲーム機本体をセッティングし、大スクリーンのテレビにさしこむ。
ワンルームマンションには似つかわしくない50インチの4Kテレビ。
ゲーマーとしての意地がここにもある。
「最高のゲームは最高の環境で楽しみたい」
というのがモットーの俺、もちろんオーディオにもこだわりがあり、そのためにこの防音完璧なマンションを選んだと言っても過言ではない。
そういうわけで、ゲームを起動させる。
(株)ユートピアンMMOのロゴマークが浮かんで消え、次にアナザーキーのマークが浮かんで消えた。
次にユーザー登録設定を行う画面に移行、さらにwifi設定を行い、自分の代わりとなるキャラ、アバターを設定する。
そして、ようやくゲームを起動させる。
オープニングは広大な平野に、牛のような動物の群れが走り去り、大海原から鮫のような魔物が現れ、きれいな泉にユニコーンが佇み、
【この多くの生命が住む世界で――】
王都のような町を行きかう人々、剣と斧とをもって戦うエルフとドワーフ、人形を使って何かを実験している学生――
【この多くの人々が暮らす世界で――】
鍛冶屋が剣を叩き、麦わら帽子をかぶったおじさんが釣りをし、突如現れた飛竜が鋭い爪を振り下ろしてくる。
【待ち構えているのは壮大な自由世界!】
暗い部屋の中で本を読む老人、商店で野菜を売るおばちゃん、馬に乗って世界を駆け回る吟遊詩人。
二本の角を持つ悪魔に対し、ロリエルフが風の弓矢を放ち、男が巨大な炎の弾を放つ、その後ろから美少女の剣士と双刀使いの美少女が切りかかる。
そういう世界を見て――
(うわ、金かかってるなぁ)
と思った。高画質テレビの性能を余すことなく使い切ってる映像シーンが続いた。
そして、オープニングが終わると、
スタートとパーティー設定の選択肢が現れる。
スタートを押したい衝動にかられるが、俺はパーティー設定を選択。
「パーティーコードを入力する」か「公開募集しているパーティーを探す」か「パーティーを公開募集する」を選択できるらしい。
今回はテストプレイの指示通り、パーティーコードを入力。
「今度はあなたの容姿を選択してください」と出る。
「カメラを起動する」か「アバターを使用する」
俺は少し迷ったが、「アバターを使用する」を選択した。
まぁ、慣れてきたら顔見せしたらいいか、という気分だった。
そして、ロビーに案内されたとき、すでに一人待っていた。
左上が俺のアバター、右上が待っていた人(?)のカメラ映像。
カメラで映像を送られてきているが、黒猫のぬいぐるみが映されていて顔が見えない。そういうカメラの使い方をするユーザーもいるから俺は気にしないが。
「こんにちは」
俺は据え置き式のマイクに向かって声をかける。
『すごい、声が聞こえます。あ、こんにちは、すみません、私、こういうゲームはじめてで』
声は女の子のものだった。当たり前のことに驚いている彼女の反応は俺からしたらとてもかわいらしく思える。
「そうなんだ。他には誰も来てないみたいですね」
俺は無難なところから話を進めることにした。
『はい、ちょっと早かったみたいですね』
「確かにそうだな。えっと、ハズキちゃんでいいのかな?」
『え、なんでわかったんですか?』
「いや、名前が書いてあるから」
猫のぬいぐるみの映像の下に、[hazuki]と書かれている。
本名だろうか? でも、葉月なら[haduki]なんだけどな……
『気付きませんでした。そちらはスグルさんでいいんですか?』
「うん、そうだよ」
そういいボタンを操作する。
俺のアバターが指でOKマークを作り、「その通り」と吹き出しを出していた。
その時だった。
[hanzouさんが入室しました]
とメッセージが流れる。
左下に、アバターが表示される。忍者のアバターだ。
『拙者、ハンゾウと申す』
すごい、キャラになりきってる。
『ところで、このゲームは……パンチラは覗けるでござるか?』
そして、あっという間にキャラ崩壊した。
こいつ、ダメ忍者だ。
「あぁ、どうだろうな? でも、女の子もいるんだから自重しろよ」
『なに、おなごとな、それはいづこに』
『えっと……よろしくお願いしますね、ハンゾーさん』
『おぉ、その黒猫でござったか。これは失礼。して、なぜ顔を見せぬのでござるか?』
口に出しては言わぬが、それはあんたみたいなエロ忍者がいるからだろう。
だが、ハンゾウは忍者アバターはぽんっと手を叩き、
『まぁ、声だけというのもそれはそれで……』
だめだ、こいつ、本当にダメ忍者だ。
まぁ、ネットゲームの中だとこういうことを言ってくる奴は一人や二人ではない。ハズキちゃんには悪いが、少し耐性を作っておいてもらおう。
そして、三人は雑談をしていると、ハンゾウが、
『これだけ待たせるとは……時間にルーズなものでござるな』
「ルーズって英語使って、あんたのキャラ設定は大丈夫か?」
『忍者とはその時代に溶け込む技能を持っているでござる。英語を使っても問題ない。むしろパツキン美女を口説くには英語は必須!』
などと当たり前のように言ってくる。忍者の名を語るなら、まずはそのスケベ心を忍ばせてほしい。それにしても、パツキン美女って表現古いな。
一応、ゲーム会社からは集合時間から10分経過したらゲームを開始していいと通達が来ている。
いまは9分が経過していた。どうやらこのまま3人でゲームを始めることになりそうだ、と思ったとき、
[mikotoさんが入室しました]
右下のカメラに登場したのは、銀髪美人のお姉さんだった。20歳くらいだろうか?
しかも巫女装束を着ている。
『悪霊退治に手間取ってたのよ。待たせてしまったわね』
このお姉さん、別のMMOでボス狩りしてやがった!
くそっ、これは怒ることはできない。
俺だってMMOのボス狩りをしていたら学校なんて平気で遅刻するからな。
ちなみに、エロ忍者はというと、
『……なんと素晴らしい日本の文化! 我が人生に一片の悔いなし』
もう朽ち果てていた。確かに、美女の巫女装束ほど萌えるものはないな。
「じゃあ、始めようか。みんな、他のゲームの経験は?」
俺は尋ねた。
『いえ、私はこれがはじめてです』とハヅキちゃん。さっきもそう言ってたな。
『○○○と○○○○なら経験が』とハンゾウ。どっちもエロゲーのタイトルじゃねぇか。もちろん俺はやったことないが。
『テ○リスなら永遠にやり続けられるわよ』とミコトさん。いや、そういうゲームじゃないから。でも凄いな。
「じゃあ、とりあえず協力して頑張るか。ハヅキちゃん、ゲーム開始ボタンを押してくれ」
こういうゲームは最初に部屋を作った人が開始ボタンを押さないといけない。
今回の場合は最初に部屋にいたハヅキちゃんだ。
と、右上の画面の猫のぬいぐるみがぽとりと落ちた。風でも吹いたのかな
『はい、これですね』
すると、今度は名前を入力する画面が現れる。
項目は三つあり、一つ目は必須、二つ目、三つ目は任意だった。
『あれ? 名前ってさっき書いてませんでしたっけ?』
ハズキちゃんが疑問をなげかけてきた。あぁ、これはゲーム初心者にはありそうな質問だ。
「あれはゲームユーザーのIDみたいなものだから、こっちはこのゲーム専用の名前みたいなもの」
『まぁ、これはそのままでよいでござるな。自分の名前を呼ばれないゲームなどゲームではないでござる』
だから、あんたのその意見はエロゲー意見だろ?
まぁ、そんなハンゾウの意見に、全員が従う。
「こんどは、いろんな項目が出たわね……何かしら?」
ミコトさんの言う通り、項目と現在のボーナスポイントという数値が。数値は100だった。
これは、100ポイントで好きなものを選べるということらしい。経験値1.2倍やアイテムドロップ率上昇などさまざまな特典がある。
すべて同じ消費ポイントではなく、効果の大きい特典ほど、消費ポイントも大きくなる仕組みだ。
(テイ○ズシリーズの2周目特典みたいだな)
さすがに一周目からこんな特典が設けられているとは……これは選択肢を間違えたら苦労しそうだ。
『瞬間移動なんていいんじゃないですか? 100ポイント全部使うけど面白そうです』
ハヅキちゃんがそういう。(hazukiはやっぱりスペルミスだったらしい)。
瞬間移動か。確かに見た目は便利そうなスキルだ。
「あぁ、確かに便利な技だけど、そういうのってたいてい戦闘中には使えないんだ。交易とか馬車代わりの仕事をしたいなら取ってもいいけど、純粋にゲームを楽しむなら他のにしたほうがいいと思うよ?」
『なるほど……一理あるでござるな……む、これは、ハーレム……拙者、これに決めたでござる!』
来ると思ったぜ、エロ忍者。消費ポイント50ポイントとこれも消費の高いポイントだ。
だが、俺はとっさにこいつを止める理論を思いつく。
俺は個別ボイスチャットに切り替え、ハンゾウにだけ声をかける。
「落ち着け! ハンゾウ、お前はあっち系のゲームに詳しいだろ? ハーレムへの道は険しいのは理解しているはずだ。少なくとも一周目からハーレムルートを目指したものの末路はわかってるはずだ!」
『ま……まさか』
「そう、男友達エンドだ」
ヒロインと誰とも結ばれることがなく、男友達と楽しく過ごす、年齢規制ゲームのBADエンディングだ。
え? なんで俺がそんなことを知ってるかって?
いや、偶然だよ、偶然。
とにかく、俺はハンゾウに続けて言う。
「あぁ、機会はいずれ訪れる。今はお前に合った、そうだな、忍者なら回避UP(大)と命中UP(大)でもつけたらどうだ?」
『いや、ここにある女運UP(大)を……』
「そこは大丈夫だ、忍者なんて女の子の夢中になる職業No1だ。さらに回避UPと命中UPをつけてみろ、きっと女の子のハートを鷲掴みだぞ」
俺がそういうと、ハンゾウは決心したらしく、
『拙者は命中UPと回避UPに決めたでござる。ちょうど100ポイントになるでござるな』
『私は人形二体まで使用可能にしようかと思います。あと、残ったポイントで鑑定を覚えますね』
『私はボーナス特典はいらないわ』
最後にミコトが言った。巫女姿で現れただけではなく、発言も大胆なお姉さんだ。
「なら、せめて経験値2倍でもとってください。こういうのってたいてい仲間全員に効果ありますから、絶対に役に立ちますよ」
『…………わかったわ、そうするわ』
さすがは大人のお姉さん、若者の俺の意見を尊重してくれる。
さて、残ったのは俺か。
アイテムドロップ率UPあたりが無難だとは思う。少なくとも俺以外の3人はあまりこういうゲームをしなさそうだしな。
ボーナス項目を眺めると、ふと、妙なものに気付いた。
「じゃあ、俺はこの記憶継承にするわ」
それは瞬間移動と同じ100ポイントを消費する項目だった。
『記憶継承? なんですか?』
ゲームには説明などなにもない。効果ははっきりとはわからない。
「んー、たぶんだけど前世からの力とか得られるんじゃないかな? 使いにくそうなボーナス特典だと思うけど、大器晩成型のスキルってところだと思う」
『ふむ……いち早く女子にモテたい拙者には関係のないボーナスでござるな』
『いいと思うわ』
『皆さんがそうおっしゃるのならそうなんでしょうね。じゃあ』
「あぁ、ゲーム開始と行きますか」
俺たちが終了にカーソルを合わせ、決定ボタンを押す。
【ゲームを開始します。準備はいいですか?】
それに俺たち全員が「はい」を押した、その時だった。
『みんな、大変! これはただのゲームじゃない――』
ミコトさんの声が突然聞こえなくなる。機械の故障か?
ていうか、ただのゲームじゃないってどういうことだ?
いろいろと考えたが、頭に直接語り掛けるようにメッセージが流れる。
【ようこそ、アナザーキーの世界へ。あなたを今から異世界『アナザーキー』に転送いたします】
その声とともに、俺の意識は、ゆっくりと意識を手放していき……あ……吐きそう。