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桜の木の下で眠る金茶の猫  作者: 竹野きひめ
第二話 新しい任務
9/19

2-2 魔法使いと転校生もどき

ムスッとしているリンクスを連れ職員室へ向かう。

馬鹿ではないだろうから私と共に居られるように教員を騙すはずでドアの前で立ち止まりそっと視線を送れば、すぐにふわりと甘い香りが充満し始める。

よし、大丈夫。

スライド式のドアをノックしガラガラと開けて中を覗き、たくさんの机が並べられごちゃごちゃと物が散乱している。

その中から担任を探し、部屋の一番奥の机で一生懸命にプリントに対峙する姿を見つけた。

リンクスの方を向き頷いてみせ連れて彼の所まで歩く。

その間には、見知った教師に挨拶をされ、それぞれににこやかに挨拶を返せば、協会の中と同じようにリンクスは私の背後で会釈をしている。


「先生、おはようございます」


一心不乱に俯いている担任へと声を掛けるとプリントから顔が上がる。

ずれた眼鏡、少し薄くなった頭皮、どっぷりと出た太鼓腹。

ぴったりとは寄らないのか、机と彼の腹の間にはすき間が出来ている。


「お、来た来た。重役出勤ご苦労さん、沢渡」


それに困った顔をして見せながら、すみませんとただ頭を下げれば、リンクスが艶やかに仕上げた髪がさらりと肩へ流れた。

背後に立つリンクスも同じように頭を下げ、それを担任はリンクスを改めて見上げ満足そうに笑った。


「君が沢渡リン君だね」


下から上まで見終われば、さっと立ち上がり、リンクスと握手を交わす。

けれど、私は、担任が同じ苗字でリンクスを呼んだ事に驚き頭をフル回転させる。


「はい、私の従兄です、母方の」


リンクスが口を開きこれ以上面倒な事態になる前に慌てて、私からそう言いながらにこにこと笑顔を作り、後ろに立つリンクスに右手を回してこそっと親指を下にして向ける。

担任が、そうかそうかと立ち上がりプリントの束を手に歩き出し、それに二人で続く。


「リン君は海外に居たんだって?どこに居たんだい?」


リンクスが立ち止まり私の方を振り返る。

前を歩く担任はそれに気づかず、一歩二歩と先へ進み、見られた私は自分で蒔いた種なのだから、どうにかしてくれと思いながら、リンクスを担任の方へ押しながら答える。


「イギリスです。祖母はそっちの出でして」


これは嘘じゃないのに心臓がバクバク音を立て始める。

いや、リンクスはイギリスに行っていないが、祖母は確かにイギリスに居た。

イギリスに居た母は魔女狩りに似た物、ようは迫害を受けて逃げてきた先が日本でそこで生まれた母から私は生まれた。

だから、嘘ではないのだ、半分は。


「空港までサクラに迎えに来て貰ったので、遅くなりました」


ぺらぺらの日本語を話せるはずなのにリンクスはあえて片言でそう言う。

話を合わせてくれるのには感謝するがやはりこいつは馬鹿だと背中越しに睨み付ける。

私の使い魔はまったく本当に手がかかる。


やがて階段を上り教室まで辿り着き、ガラッと担任がドアを開けるとクラスメイトは慌てて席に着いた。


「こら、チャイムはとっくに鳴ってるだろう」


形だけの注意をしながら担任が中へ入っていくのを見ながら、リンクスを教室の前方のドアに残しそそくさと後方のドアから中へ入り自席へと着く。

美香が振り返り軽く手を振ってくれ、それに小さく振り返す。

座って机の横のフックに鞄を掛けるとハガネが斜め前の席から手を振ってくるが、それを無視して机の中から教科書とノートとペンケースを取り出した。

俯いたまま机にそれらを置くと同時にクラスがざわめく。

きゃぁとか、わっとか。

顔を上げれば、黒板の前にリンクスが立たされ、担任に当然のように紹介され、当然のように自己紹介をしていた。




チョロイぜ。

にやりと笑いたくなるのを我慢し、タンニンとかセンセイとか言うおっさんに指示された唯一空いている一番後ろの机に向かう。

何の力も無い人間たちを騙すなんて俺にとってはサクラの頭を洗うより簡単だ。

少し力を入れたら壊れそうな簡単な作りの椅子を引き腰を下ろせば、やっぱり硬い座面が尻に痛い。

こんなとこに長時間座ってるなんて拷問だな、と何度か座りなおし良い位置を探していると前の席の奴が振り返って小さな声でヨロシクと声を掛け、また前を向いた。

たったそれだけの事なのに、何だか妙に嬉しくてニヤニヤしてしまいそうなのを必死に我慢する。

前を向けばセンセイが授業を始める。

黒板にチョークが当たる音、ノートに走らせるペンの音、そして、遠くに見えるサクラの後姿。

サクラは他の生徒と同じようにノートを取っているようだ。

オレも真似してから生み出した真新しいノートを開く。

同じようにシャーペンを出してカチカチやる。


何かすげー楽しい。

いつもは鞄の中だったしサクラの替わりだったし、でも、今はここに一人の人物として居る。

オレがサクラの世界に存在してる。

今まで退屈だと思ってた授業も楽しくて始終笑みを浮かべて過ごした。


その授業が終わるとすぐ昼休みでオレの机の周りには人だかりが出来る。

当然ながらその人だかりの輪にサクラは居ない。

次から次へと降りかかる質問に答えていく。

昼飯を持って来てないと答えるとその内の名人かが売店に行こうと無理矢理に連行された。

その自由にならない行動に次第にイライラしていく。

サクラの側に居られないというたったそれだけなのに、全員ぶっ飛ばしたくなる。

けれどそんな事をしたらサクラの迷惑になるのだと、それを抑えて廊下に向かう。

途中、教室中を見回すもそこにはいつも通りサクラの姿は見つからなかった。




紙パックの野菜ジュースとおにぎりをひとつ売店で買い屋上へ向かう。

よく晴れた日差しが少し開けたドアの隙間から漏れている。

少なくともリンクスが居ない事は少し残念なのだが、外が晴れている事は少なくとも嬉しくて、金属の重いそれを両手で力いっぱい開けると、閉鎖された空間が開いた圧力からか風が吹き込んできた。

それに負けずに外へ明るい日差しを求めて出る。


外は良い天気でこれでもかと太陽が光っている。

お昼はいつもリンクスと一緒だった。

美香は放送部でいつも居なかったし、二人が居ないと、一人になってしまう。

私はどうしても皆と仲良く出来なかった。

別にかつてのように嫌いなわけでも嫌われてるわけでもないけれど、部活もやっておらず学校も休みがち、授業中も寝てばかりの私とはあまり仲良くしたくないのだろう。


屋上の端のフェンスに寄りかかりおにぎりのフィルムを剥がし海苔の部分を持って一口齧る。

ぱりっと良い音がして口の中に米がはいってくる。

もぐもぐと咀嚼し飲み込めば、ほのかに香る磯のそれと程よい塩味が丁度良い風味を生む。


私はおにぎりが好きだ。

ママはハーフで祖母から教わらなかったらしく一度も作ってくれたことは無かった。

洋食中心の食事を壊したのはあの浅黒い肌の少年がママの代わりに食事を作ってくれた時だった。

もちろん今でもママはご飯を作ってくれるけれど、少年の方が圧倒的に回数は多い。

ママは私が大きくなれば成るほど不安定になる日が増えていった。

そんな中、少年が初めて作ってくれたのがおにぎりだった。

三角形のなりそこないの白い米の塊に黒い海苔がついていた。

海苔も米も小学生の時の給食や外食で食べたことはあったけれど、それは衝撃的だった。

美味しくて美味しくて虜になった。

おにぎりは日本人を象徴していると思う。

地味で目立たず同じ形で皆一緒。でも芯には強いそれぞれ違う物をしっかりと抱えそれが個々を引き立てている。

固そうに見える米は口に入れればポロポロと崩れ食べる人に対して思いやりに満ちている。

それが人の手で握られた物でも工場で機械に作られた物でも一緒なのだ。


はぁっと溜息をつく。

自ら望んだことなのに、一緒に居すぎたのかもしれない。

ハガネを守るのに今回ばかりは表立って一人では少しきつい。

だからこそリンクスを周囲に認知させ、牽制させたかった。

いざという時にもその方が良いと判断したために。

それなのに隣にリンクスが居ないだけでおにぎりも味気ない。

他人が白米のおにぎりなら、私にとってリンクスは炊き込みのおにぎりのような存在なのだと思う。


「馬鹿はどっちだ」


一人呟き食べかけのおにぎりを無理矢理口に突っこみ、眉間に皺を寄せながらよく噛まない内に飲み込む。

空を仰ぎ野菜ジュースにストローを刺してちゅるちゅると飲む。

太陽が眩しすぎる程に光っている空を見ながら、まだまだ昼休みは終わらないのだと、太陽へ向かってため息を吐いた。


「あ、ここに居た」


不意に声が掛けられ弾むように視線をドアの方へ向ける。

けれど……、そこには、密かに待ち焦がれている相手ではなく。


「……ハガネ」


一番会いたくない人物が顔を出していた。

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