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桜の木の下で眠る金茶の猫  作者: 竹野きひめ
第二話 新しい任務
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2-1 魔法使いと使い魔と新しい任務

ブォーブォーうるさいドライヤーは電気で動いている。

リンクスに体と髪を洗って貰い、もう一度嫌がるリンクスを無理矢理半ば強制的にバスタブへ連れ込み、たっぷり沈んでから上がって、髪を乾かして貰っている所だ。

どういう風に最初の私の命令をリンクスが解釈したのか知らないが、私の世話をリンクスは率先して行う。

それを止めるのも、変に生き生きとしているのを見ていたら出来なくて済し崩し的にこうなった。

少し背の高い丸椅子に座った私はする事も無く、昔を思い出しながらボーっと洗面台の大きな鏡を見つめていた。

リンクスの白く長い綺麗な指が私の髪を掻き分けドライヤーの熱風が当たる。

鏡越しに見えるリンクスは驚くほどに綺麗な顔をしている。

半分とは言え悪魔が入っているせいなのだろう。

その顔や目、浮かぶ薄らとした穏やかな笑みを見ていると、とても人間を襲いその血肉を喰っていたとは思えない。

一生懸命に私の髪を乾かしている手を、目配せで九割方乾いたところで静止させる。

するとぱちりとスイッチを切る音がした途端に静かになった。


「ボーっとしてたな、何考えてたんだ」


にやりと笑ったリンクスが鏡越しの私に笑いかけ、ドライヤーのコードを柄の部分に巻き付けて戸棚へ戻しその横から楕円型の木のブラシを出して私の髪を梳いていく。

先が丸く加工されたブラシの先端が頭皮に当たりくつくつと頭が揺れた。


「何も、ただボーっとしてた、だけだ」


話す必要も無いのでそれだけ答えるとふーんとリンクスがそれに返してくる。

毛先を持ち上げ丁寧に丁寧にしつこいくらいにブラシを当てる反動で、リンクスが着せてくれた白い絹の膝丈のキャミソールがひらひら動く。


「さて、学校へ行こうか」


しばらくそうされて、髪につやが十分に出たところで、鏡越しにそう言うとリンクスの目が一度大きく開いた。

このままサボると思っていたのだろう。

けれど、リンクスはすぐにブラシを棚に戻し私を抱き上げた。





サクラは普通という事にすごく拘る。

それはオレから見たら異常な程に。

だから空を飛び回る箒も持っているのに滅多に使わない。

オレからするとそれはすごく勿体無い事に感じる。

でもサクラはそれがベストだと考えている。

それほどまでに普通の人間で普通の高校生で普通の女の子で居たがる。

俺の今までの記憶だと魔法使いってのは全員といっても過言で無いほど力を使いたがり誇示したがり傲慢で自信過剰で頭にくる嫌な奴等だった。

制服を着せながらサクラを観察すれば、物凄く眠そうでさっきから欠伸ばかりしている。

それに大丈夫かと心配になり、赤い太いスカーフみたいなリボンをブラウスの襟の下に通す手が止まれば、サクラが不思議そうにそれを見て慌てて、視線をわざと外し、首の後ろでホックを止める。

机に立てかけたままの鞄を手渡し、さて、オレも準備するかと目を閉じる。


その、形を思い浮かべる。

四角くて薄くて、えっと、ボタンがたくさんついていて。


浮かべれば浮かべるほどに、体からどんどんと煙のような蒸気のような靄が溢れ出す。

ピコンと形が定まって血が急速にぐるぐると体を巡り着ていた服が消え始め身体が震え思い浮かべた形に変わろうと縮み始めるたその瞬間に腕をサクラに掴まれた。

身体的と感情的な衝撃に気を取られ瞬くうちに靄が消える。

逆立っていた髪が重力に従い落ち、無意識に舌打ちをしてサクラを睨む。


「なんだよっ」


サクラの目が細まり呆れたように手を離し、その顔を再度睨み返す。


「その態度は何だ。私は何も命じていない。お前が勝手に早とちりして化けようとした、違うか」


学校に行くって言ったじゃねーか、と口まで出掛かったが苦いそれを飲み込む。

オレの中では学校に行くって言ったじゃねーかがぐるぐる回る。

サクラはずっと俺を睨んだままでいつの間にか腕組みまでし、そのうちに苛立ったようダンと床を乱暴に踏みつけた。


「謝罪ひとつ出来ないのか」


何だよ、何怒ってんだよ。

いつもと違うサクラに身体がびくりと震えて一歩後ろに下がる。

何だか知らないがサクラは機嫌が悪い。

本当にいつもと違う、穏やかをどこかに忘れてきたらしいその姿に押し黙り俯き、ピリピリした空気が流れる。


「お前も一緒に来い。出来るだろう?制服を着て紛れるくらい」


沈黙の後にあったのはサクラの挑発的な視線。

馬鹿にしたように見て取れてオレはもう一度最初からやり直した。

心の中で舌打ちをしながら、出来るに決まってるだろ、オレは何にだって化けれるんだと、秘かに思いながら。





私の後を歩くリンクスは普通の高校生に上手く化けてくれた。

制服を着せて貰っている間中、この後の事を考えていた。

それは今も同じで、父上から言われた任務の内容を思い返してはやっぱり頭痛が起き、街路樹から落ちたしわくちゃの茶色の葉を思い切り蹴り上げる。

それらは宙を舞いまた地面へとゆっくり落ちる。

通学路には私達以外居ない。

皆真面目に学校で授業を受けているのだろう。

少し遅れていたリンクスが私に追いつき背後で足音が止まる。


「今回の任務の話をする、一度しか言わないからちゃんと聞け」


深呼吸をしリンクスの方を見ないまま右手を空にかざせば、手がぼんやりとピンク色に光、風が私達の間をすり抜けていく。

周囲の枯葉がぐるぐるとダンスを踊りながら辺りを漂い、まるでカーテンを引いたように私たちを隠し始める。


「我と偉大なる父の名において命ずる。風に宿りし者と木々の子らよ、我らを他から守り隔てる壁となれ」


小さく呟けば、よりいっそう風が強く吹きぬけ葉がひらひらと高い位置からとめどなく次から次へと落ちてくる。これで誰かに盗み聞きされるようなことは無い。

そのまま歩き始め、リンクスが追ってくる音を聞きながら、坂をゆっくりと上る。


「今回は」


頭痛が復活する。

面倒なだけでなく危険なのだ。

それなのにちっともやる気も出ないし、状況が分からない。

出来る事なら他の誰か、レイチェ辺りに押し付けたい。

リンクスが次の言葉を待っている様子が見なくとも手に取るようにわかる。

どことなくワクワクしている様子に腹が立つ。

惚れ薬やら毒薬だのを私が煎じていたり、そこらへんの低級な悪魔を封じるのとは訳が違うのを分かった上で、彼には魅力的に思えるんだろう。


「森川ハガネを守ることだ」


その名を口にするのも嫌なほど私はハガネが嫌いで、その言葉には確実にため息が混じってしまった。

それはリンクスもよく分かっており、息を飲む音が聞こえた。




何だよ、勿体つけて言うからどんな大変なことかと思ったら、と、俺は正直がっかりした。

確かにサクラからすれば森川ハガネを正規の任務として守るのは本意じゃないだろう。

家の向かいに住んでいる少年で歳はサクラと一緒、小さい頃から見知った仲だったらしい。

らしい、というのは実際に見たわけではないからオレの推測に過ぎないし、サクラも話さないからそれ以上は何も知らない。

その上あまり興味が無かったというのが本音で、けれど今それが変わった。


森川ハガネを守る?何から?


いつもならその後にサクラはもっと詳しく話すのにただ歩き続けている。


「なー、サクラ、誰から何から守るんだ?」


それが分からないと守りようがないと尋ねるとサクラが立ち止まり二人の間に沈黙が流れる。

一歩分離れた先に居るサクラの腰まである美しい髪が枯れ葉が舞う風に遊ばれている。


「……分からない」


だいぶ待った後、ようやく出てきた言葉に心を攻撃された。

びくんっと何かが心を突き刺すような感覚に驚きながら、そんなはずねーじゃん、協会のクソジジイだってそんな愚かじゃないと、思う。

敵が分からないのに守らせたりしない、それも、よりによってサクラだ。

替わりが居ないのはよく分かっているはず。

オレ、何か、スゴイ傷ついた。

心の中がひゅうひゅうするのにそれなのにピンクの鎖がオレを離すまいとぎゅうぎゅう締め付けてくる。

ずりーよ、オレの大事なとこそうやって締め付けるのに、こんな扱いして。

サクラが上手く隠してるつもりだって、サクラの気持ちはそれで簡単分かってしまうのに、そんな風に鎖を強くして離れないようにするなら、嘘なんかつかなきゃいいのに。


もう何も言わずサクラを早足で追い抜き、校門へ向かって地面を力強く蹴った。

軽々と弧を描いて宙から校門の中へと入るとそこで立ち止まる。

サクラが来るまでのわずかな時間でもいいから、頭を冷やす時間が欲しかった。

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