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桜の木の下で眠る金茶の猫  作者: 竹野きひめ
第一話 魔法使いと使い魔
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1-7 魔法使いと使い魔とバスタイム

サクラを抱えたまま洗面所の木製のドアを開け中に入り、そっと床に立たせるとオレをサクラは黙ったまま見上げる。

その視線には早くしろという意思がありありと込められており、オレはサクラの身体に着いてる面積の少ない下着手をかける。

サクラの腕の下から抱きつくように背のほうに手を回しホックを外すし、腕から抜き取り脱衣籠へと放り込む。

屈んで腰に引っかかってるレースが付いた布地を引き下ろしそれも放り込んだ。

およそ欲情出来ないような小さな胸と細い腰が露わになるが、一応サクラもオンナノコなのだからと目を背け、長い栗色の髪を戸棚から取ったゴムでまとめてやり、オレも身体を覆う服を消して下着姿になり再度サクラを抱き上げた。

濡れるのが嫌なので腕の毛を仕舞って風呂場のドアを開けると湯気がむわっと顔に当たり、しばらく待って視界が晴れてから中へ入る。

お湯が満々に張られた浴槽へサクラを静かに降ろし目線を合わせてしゃがむ。

水面がサクラの分だけ上がり、ゆらりゆらりと揺れているのを見つめながら、こんなに水が一杯溜まっている所はオレはごめんだと思いながら。


ふあっと緊張していた顔を崩し、サクラが手足を伸ばし目を閉じる。


オレの主は本当にワガママだ。

ただの使い魔にこんな事までやらせる。

それこそ身の回りの世話を全部だ。

嫌ならしなくて構わないとサクラは言うだろうが、でもオレはやってしまう。

それにはきちんと理由があって、サクラが一番最初にした命令がオレをそうさせている。


目を瞑ったまま目の前のサクラとその時のサクラが重なる。

今と同じように小さくて細くて弱々しくてすぐに殺せそうだった。

ただ、オレを殺そうとしていたサクラは今ここには居なかった。


サクラの頭が上下に小さく動き始め、こくんこくんと舟を漕ぎ始める。

水面に顔が沈まないように押さえようと手を伸ばすが、それはサクラの肩を捉える前にサクラの手に捕まり引っ張られた。

倒れそうになり浴槽のヘリに掴むと、サクラが顔を上げてオレを睨む。


「私が眠れるようにするにはどうしたら良いのかも分からないのか」


その言葉にげんなりと心底落ち込みながらオレは諦めて立ち上がり下着を消した。

縁を跨ぎながら溜息を吐き、サクラの背後にそっと爪先から足を入れる。

びりびりっと湯の感触に鳥肌を立てながらそれでも静かに両足を入れれば、サクラが少し前に動きその隙間に移動する。

そのまま浴槽の中に沈み腰を下ろすとサクラはオレにすぐに寄りかかってくる。

ゆっくりとお湯の中で手を動かしサクラの腹にそれを回す。

柔らかいサクラの身体。

渾身の力を込めたりしなくても、すぐにつぶせそうな細い線。

すぐに頭がこくんこくんと小さく動く。

蛇口から漏れる水滴の音だけが響く。


どれくらいそうしていたのか額から汗が流れて水面に落ちる。


「どんな夢を見た」


不意にサクラが俯いたまま聞いてくる。

その表情は見えず、オレは夢を思い出して目を閉じた。

あれは夢だけれど夢ではない。記憶だ。

思い出したくない古い記憶。


「嫌な夢か、それとも記憶か」


サクラは言いオレの腕にその手を重ねた。

オレは嘘が吐けない。

契約した使い魔はそういう風になる事になっている。


それは無条件で絶対的に。


でも、自分の口でアレを語るのは嫌で黙っていた。


「お前と私はよく似てる。私も半端者で異端児で、お前と一緒だよ。立場が逆だったら私がそうなって居たかも知れない。だから、私だけはお前を貶めたりしない」


サクラの言葉に目頭が熱くなる。忘れたいあの記憶、人間達の言葉が脳裏に浮かぶ。


「居た、あそこだ。根絶やしにしてやる。忌々しい化け猫と悪魔の合いの子め」


一人で生きてきた間にも色んな奴に言われた。


半端者。

異端児。

なんて気持ち悪い。

こっちに来るな。

こっちを見るな。

生まれてこなければ良かったのに。

お前なんか死ねば良い。

早く死んでしまえ。

消えてしまえ。


何もしなくても違うというだけで虐げられてきた。母さんも兄さんも弟も姉さんも妹も、みんな、殺されただろう。

生き残ったのはきっとオレだけだ。


サクラが言葉を紡ぐと水面が波立ちふつふつと湧く。

オレの無理矢理呼び起こされた嫌な記憶がサクラの言葉と声と共に湯に溶けて薄くなっていく。

完全に消えるわけではないけれどそれは確実にオレに安心を与えてくれた。





ものすごくどうしても使い魔が欲しかった訳では無い。

どちらかといえば一人の方が楽だ。

それに私の使い魔になんてなったらきっと私と一緒に嫌な思いをするのは分かっていた。

だからずっと一人だった。

あの時協会から回ってきた任務というなの仕事は暴れまわってる化け物をどうにかしろと来た、それだけ。


そいつはもう何十年もの間誰も倒せずに人間を殺しまわっていた。

とりあえずと調べ始めてすぐに興味が湧いた。

私に良く似ている。

生まれながらに周りから迫害される対象、気付かぬうちに孤独に抱きしめられている事。

任務なのに心から逢ってみたいと思った。


まるで恋焦がれる相手を想うように。

結果、一番卑怯な手を使って私はリンクスを手に入れ、一番卑怯な言葉を用いて彼を従えている。



あの時、契約を追え地面に二人で倒れこみ肩で息をしていた。

リンクスはこちらを私と同じ色に変わった瞳で見つめていた。

咳き込むと口から赤い地がぼたぼた垂れてリンクスの整った綺麗な顔に掛かる。

手を伸ばしリンクスの額に触れようとするが、どうやらちょっと無理をしすぎたらしく腕を上げるのも辛い。

爪に裂かれた傷がじくじくと痛む。

それでも手を伸ばしリンクスの額にそっと指先を当て、ひとつ呼吸をして口を開く。

周りの木々や草花の力を借りれば手の平がだんだんと光りを宿していく。

それは確実に熱を帯び、薄い緑色のまま、額からリンクスの身体に広がり包む。

光が伸びた側から裂かれた傷が徐々に塞いでいきやがて消えていく。


リンクスの目が大きく広がった。


「お前は……私……の、つか……いま、だか……ら」


笑って言うつもりだったのに、喋る度に血が出る。

力を使いすぎた代償は小さくない。

戸惑いながらリンクスが私を抱き起こし、その心配そうな目をぼんやり見つめて口を開く。

あぁ、そうだ、このままじゃ、彼は何も出来ないんだったのだとようやく思い当って。


「リンクル・リンクルに命じる。汝は我を幸せにする責務を負った。我が消え大気に同化し木々に抱かれて星となるまで我の側で仕えよ。我の全ての手足となれ」


強くはっきりと、しかし、ゆっくりと告げる。

言葉は光に代わり鎖の形を象ってリンクスの体の中へ入っていきリンクスの魂をぐるぐるときつく縛り上げる。

私から決してずっと離れていかないように、その狂気を閉じ込めるように、私が押さえ込めるように、私が死ぬまでそれは外れない。


私達だけの特別な、絆。


ただ、まだまだ未熟でしかなかった私は、リンクスの返事を聞く前に意識を失った。


次に目が覚めると私は自室で眠っていた。体中に下手糞な巻き方で包帯が巻かれ頭には冷たいタオルが乗っていた。


「えっと……」


すっかり大人しい顔をしたリンクスが戸惑った様子でオロオロし始める。

体を起こそうとすると傷口が激痛を引き起こす。

無数の針で全身を突かれているようで顔をしかめ体を小さく縮めれば、リンクスが手を伸ばして恐る恐る私の体を支えた。


「なぜ、ここが」


リンクスが私を運んできた事は間違い無さそうでその腕に体重をかけた。

こうしているといくらか楽なようで大きく息を吐き出しながら短く問いかける。


「えっと……桜が教えてくれた」


その遠慮がちな小さな返答に、あぁ、そうかと俯けば、リンクスも下を向いた。

リンクスの動きに合わせ、鼻腔に甘い香りが辺りに漂う。

独特の香りに自分の鼻をひくひくさせ、吸い込むと頭が一瞬くらっとし、心臓がドキドキする。

これは……世で言う悪魔の魅了という力、なんだろう。


「お前、無意識なのか?そんな物使わなくても良いのに」


文句を言うようでなく、ただ、自然に問いかければ、リンクスが顔を上げ訝しげに私を見た。

その顔を見ながら、嗚呼、これは厄介だと、思う。

こんな風にずっとされたらますます私はリンクスを惹きつけたくなるに違いない。

私がリンクスに惹きつけられてしまったように。

ただ、もう、今さらなのだ、と、考えるのを止めサイドテーブルの目覚まし時計を見ると夜の七時くらいを指していた。


「半日くらい寝てたのか」


額からずり落ちたタオルをリンクスに渡しながら笑顔を見せる。

久しぶりにぐっすりと寝た気がする。


「えっと……」


リンクスがおどおどしたまま声を掛けてくる。

顔を上げると長い方の髪を弄りながらきょろきょろ左右上下に視線を動かす。それはまるではにかんでいるようで、じっと見つめ待っていれば、リンクスの視線が意を決したように定まる。


「オレ、えっとサクラ様の使い魔になったんだよ…ですよね。オレの事必要としてくれてるんだ……ですよね」


それは子供のようだった。

聞き方も表情も。

頬が緩みそっと柔らかい壊れやすい物を触れるようにリンクスに向けて手を伸ばす。

リンクスが目を閉じて怯えた様に身構える。

それを見て私より重症だと、ずっと肉体的にも酷い目に遭ってきたのが分かる。

だから頭をそっと撫でてやると目を開け体の力が抜け、リンクスが嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

魅了なんて使わなくても、お前、そんな風に笑えるんじゃないかと心の中でくつくつと笑いながら、それでも何でも無い風を装ってそっと口を開いた。


「そうだな。お前が一緒に居たら心強いよ。……無理に敬語を使う必要もない、サクラで構わないよ」

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