1-4 使い魔と女
サクラが中に入ってしまうと、オレは閉められたドアの前を離れた。
この先は魔法使いだけが入れる空間とやらで、ただの使い魔でしかないオレは入れない。
ドアの正面の柵に寄り添うように置かれた皮のソファにドスンと身体を沈める。
さすがに最上階だけあって行き交う人も少なく、それが逆にとんでもなく場違いな雰囲気に途端に居心地が悪くなる。
勝手に眉間に深く皺が寄っていくのを感じながら柵の向こうの中庭をぼんやり眺めれば、さっきの階よりもずっと上にあるため、池の様子は分からず代わりに近くなった飛び交う小鳥を目で追った。
途端にむずむずと心が躍る。
ダメだ、これはヤバイ。
オレの本能が本格的に目を覚ます前に軽く目を閉じ、視線を逸らしまたドアを見る。
やることも見ることも何もなく、つまらなくって、ぷすぷすとまるで湯気を出しているかのような俺に線が一本のローブを着た女がクスクス笑いながら近づいてくる。
「こんにちは」
女が笑うのを止めオレに会釈してくる。
面倒くせぇなぁ、と思いながらも頭を下げる。
これはサクラに教えて貰った事のひとつで、頭を下げられたらとりあえず下げろと。
「お隣、いいかしら」
目の前まで来られなんと言うかオーラみたいに魔力が伝わってくる。
この建物の中では大掛かりな魔法は使えない。
小さな魔法は彼らにとって切り離せない物でそれは許されている。
けれど、大きな魔法、例えば炎やら氷やらを使った戦いや喧嘩は全面的に禁止されている。
だから、オレに女が危害を加える事は有り得ないのだが、身構える。
「あら、やだ。取って食おうなんて思ってないわ」
今度はケタケタと楽しそうに笑う。
「……何か用か」
目を細め、相手を観察しながら尋ねると女は笑うのを止め、手を上に向けてもっとオレへ差し出す。
何もない手の平と女の顔を見比べれば、女はふっと笑みを浮かべ、聞こえない声で呟くと黄色の光が弱く集いピンクと白のストライプの包み紙のキャンディーが数個現れる。
どうぞと言わんばかりにその手はオレにもっと差し出され、渋々それを受け取る。
指先でそっと持ち上げ、鼻に近づけ匂いを嗅いで見るも薄らと甘い香りしかしない。
「毒なんて入ってないわ」
オレの態度を見てそう言い笑みを浮かべた女が、それをひとつ包み紙から出して口に放り込む。
仕方なく包み紙の左右のねじれを解きオレも白いそれを口に入れれば、ミルクのような甘い香りと味が口の中に広がる。
「……美味い」
「それはよかったわ」
彼女はそう言ってオレの手に残りのキャンディーを落とし、それからサクラが入ったドアを見つめた。
「父上はあなたの主にとても大切なお話をしてます。あたしはあなたの暇を少しでも解消するようにと命じられたの。レイチェと申します。少しの間ですがよろしくお願いしますね。今のはお近づきの印です」
レイチェと名乗った女が笑い頭を下げた。
ふわりとバラの香りがする。
ただ、オレはその意外な話に眉をしかめ、何か気に食わなねぇ、と思いながらキャンディーを口の中で転がした。