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桜の木の下で眠る金茶の猫  作者: 竹野きひめ
第一話 魔法使いと使い魔
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1-4 魔法使いと協会

サクラ。


いつもの声で呼ばれた気がしてふと目を覚ますといつの間にか自室のベッドの上で窓の外はすっかり暗くなっていた。


一日の中でこの時間が一番嫌いだ。


両親は健在なのに親に捨てられたような気持ちになり、寂しくて切なくて心がスカスカする。

たまらなく孤独なる中、起き上がり辺りを見ればいつも側に居る筈の影は無い。


「リンクス?」


か細く呟くような小さな声で呼ぶ。

それは思っていたより静かな部屋に響く。

ひんやりと湿った空気が漂うくらい部屋。


「リンクス?」


もう一度今度は少し大きく。

秋も深まった季節、暖房を点けていない部屋は寒く、けれど、寒いと感じるのはそれだけが原因じゃない。


「リンクス!」


今度はきちんと呼ぶ。

けれどその姿は見えない。

ぎゅっと胸が締め付けられ、何で、何で来ないんだと怒りが込み上げる。

無意識にそれを使おう右手が光り、あの時に残ってしまった傷から光が漏れる。


あれは私の使い魔なのだから、側に、いつも側に居ないとダメなのに。


知らない内に大きく息を吸いこんで目を一度閉じる。

こういう時に自分の弱さを痛感する。

使い魔なんてただの下僕しもべで奴隷で使用人みたいなもので、それは決して自分の為に本気になる事など無いのに。それでも、求めてしまう。


「……我、主として、汝を求め――」


そっと口に手を宛がわれる。優しくただ言葉を止めるために。


「サクラ?」


背後から頭上越しに逆さになった顔が私を覗き込む姿に目が揺れてしまう。

金色の髪がさらさら流れて下を向き、心配そうに眉が下がっている。


「どうした?」


耳に優しく甘ったるい声音が私の為だけに届く。

綺麗な音の楽器の演奏のように、心が溶けて解けて満たされていく。


「サクラ、大丈夫か。悪夢でも見たのか」


くるりと何にも掴まらず一回転してりんくすが私の前に座るり、それに、お前が言うなと思わず突っ込みたくなり笑う。

さっきまであんなに寒いと思っていたそれはすっかりと消えうせ、そっとリンクスの頬に手を伸ばした。


「なんでもない」


飼い犬を撫でるようにそっと撫でると、リンクスは安心したのか自分の手を私の手に重ね、私の中にそこを介してリンクスの今日の記憶がふっと流れてきて溜息をついた。


「悪かったな」


命令もせずにリンクスを働かせてしまった事に罪悪感を抱き伝えるとリンクスは目を開け笑う。


「良いんだ、サクラの」


甘い香りを瞬時に濃くしたリンクスの言葉は残念ながら最後まで聞くことが出来なかった。

ベッドの下からの突風が拭き白い羊皮紙が飛び上がり天井に当たりひらひらと落ちてくる。

私もリンクスも同じようにそれを目で追いリンクスの頬から手を離しそれを取ろうと伸ばせば、吸い寄せられるようにそれは手中に収まり一瞬光ると銀の文字が浮かび上がる。

リンクスの表情が一変しげんなりしながら甘い香りを薄めて、ベッドを大きく揺らしながら飛び降りる。


「なんだよ、今日も仕事か」


髪をかきあげため息をつくのに、私だって同じ気持ちだよ、とため息を返した。


「リンクス、ローブを。お呼びがかかったようだ」


羊皮紙を丸めて宙に投げ指先から出した炎で燃やす

黄金の灰がきらきら輝きながら消えて行きベッドのサイドテーブルの引き出しから小瓶に入った清らかなる『精霊の涙』を出して頭から被る。

頭と顔を少し濡らす程度のそれで身を一応清めていれば、リンクスはクローゼットから白いローブを取り出し、私の制服に手をかけた。

ブレザーを脱がせブラウスの上からローブを着せられ、次に伸びたフードを被せようとする手を止める。立ち上がりベッドから降りるとリンクスは部屋の片隅に立てかけられた杖を取りに行き、彼がそれを手に戻り恭しく頭を下げて差し出す。


それを受け取りベッドに向かって数歩離れた所に立ち、右手をかざす。


「我はサクラ。我の道は何処か。我の道を行くために開け」


ベッドがガタガタ音を立てながら持ち上がり床がへこんで行く。

ベッドがあった床には大きな四角い穴が開きそこから階段が見えている。

多くの魔法使いが所属する団体、白の魔法協会の本部がその先にはある。

魔法使いごとの部屋からこうして繋がっている地球の隅っこにあるそこは毎度毎度こんな風にして扉を開けないと行けない。


「お前も来い」


そこに行くのは正直気が重い。

大嫌いな場所だ。


一人難を逃れられるとニコニコしていたリンクスはその言葉に肩を落とした。




オレの嫌いな面倒くさい場所に向かう階段を降りるのはもう何度目だろう。

行く度に嫌な気分になるそこ。

前を歩くサクラの身体もどこと無く堅くなっており、それもそのはずで、オレよりサクラの方がずっと嫌に決まってる。

そうこうしている内に俺たちは階段を降り終えた。

白い大きな扉が目の前で閉ざされている。

扉は様々な動植物が彫られ頭上の遥か上まで続いている。扉から左右に伸びる同じく高い壁、侵入者をそれらが全力で拒む。

不意にサクラがこっちを向いて杖を持っていない手を伸ばし俺の手を掴み、小さな手が手の平を包み込み、俺もそれに倣う。

小さなサクラの手はオレの中にしっかりとすっぽりと収まった。


「お前が迷子になると面倒だからな」


サクラが顔を背け独り言のように言い、杖を脇に抱えて扉に付いている呼び鈴を鳴らした。

リンドンリンドンと大きな音が遥か頭上で鳴り響き、目の前の扉の長方形の細い覗き窓が開く。

その先に見えた一双の紫色の目が現れギョロギョロとオレたちを見比べる。


「何だ、お前か。何の用だ、このハミダシモノ」


扉の奥から心底嫌悪感を帯びた声が言う。

サクラの手に力が入りオレの手を強く握る。


「偉大なる父上に呼ばれた。通して頂きたい」


サクラはそれでも凛とした声で告げる。

目しか見えないのにどうしてもオレたちを見下しているのが分かってしまい、サクラに迷惑を掛けたくなくて下を向く。


「はぁ?本当か。父上がお前などを呼ばれる事なんて有り得ないぞ」


クスクスと馬鹿にしたような笑い声が厚い扉の向こうから聞こえ、血が沸く。

牙が勝手に伸びて唇の両端からはみ出る。

サクラと手を繋いでいない方の手の爪が伸びるのをまるで止めるように、サクラがオレの手を引く。


「本当だ。書状が届き、急ぎ参った。開けてくれ」


手から消えたはずの金色の灰を開いた手の平に乗せサクラが言いフッと息を吹きかけ覗き窓へ送る。

それは磁石に吸われるよう、一筋の糸のように中へ入っていった。


「うえっ、何だこれは。お前の汚い息がかかった魔法なんて気持ち悪くてお断りだ。あー、気持ち悪い気持ち悪い」


金色の灰が飲み込まれれば、すぐに言葉と共に覗き窓の向こうから目が消え一瞬小さく光る。

送ったはずの灰がぶわっと吹き返されてきてオレたちを包む。

慌てて目を閉じながらサクラを包みこむように抱きしめて庇い背に灰を浴びるが、目に少し入ってしまった様でチクチク痛む。

オレの胸ほどしか背丈の無いサクラにはそれは掛からなかったようで安心する。それが無害なのは知っているが、そうだとしても嫌なのだ。


「おぉ嫌だ嫌だ。半端者同士で抱き合っている。お前もお前の親のようになればいい」


サクラの顔が耐えるという明らかな意思を以って、俺の胸に力強く埋まる。

サクラのその様子と門の先に居る奴のリミッターが外れていく。

オレはサクラが辛い思いをしているって事だけが許せない。


サクラを突き放し扉を殴ろうと身体を返す。

床を蹴り手を握り締めもう少しというところでサクラがオレの前に出た。

その小さな姿が目に入った事で、無理矢理、軌道を変え横の壁に肩からぶつかりそのまま床に落ち、サクラの方を顔を上げて見る。


「リンクス!ダメだ!!……いつもの事だろうっ」


見下ろすサクラの瞳には怒りが滲み出ていて何も言えず立ち上がってその場で俯くしか出来なかった。

門番が言っている事は戯言でサクラがここに呼ばれているのはしょっちゅうだ。

協会の外にいる魔法使いの中でも一番呼ばれている筈なのに。


「ふん、まぁ、良い。お前らとこんな事をしていても時間も魔力も無駄だ。馬鹿が移る」


履き捨てるように言われようやく扉は土埃を上げながら開気、ぱっと目の前が明るくなり土の道が先に伸びている。

自然が豊富な広々とした景色が広がり、少し先の道の両端には古い煉瓦や木で出来た背の低い建物がずっと先まで並んでいる。

その遥か先に小さく見える白い大きな高い塔のある建物が見える。

茶色のローブを着た人間が道を行き交い建物からは威勢の良い声が飛び交い、走り回る小さな子供までローブを着て背の低い杖を振り回している。

動物も大小様々な大きさで、二足歩行をし人間の後を追い、その脇では咲き誇る花の上で色とりどりの精霊達が羽を休めている。

サクラがまたオレの手を取り歩き始める。


街に近づくと大人達がオレ達を見て動きが止まり、さっと道の真ん中を開け両端に退く。

何人かで固まり、子供達をその中に壁となって隠すし、見ようとする子供に首を振る。



アラ、ヤダ、何の騒ぎですの?


ほら、アノ魔法使いの恥晒しが来たんですよ


え?マサカ、あの魔法使い?


そうそうツカイマなんかと結ばれた挙句ウマレタ……



たくさんの好奇心と嫌悪を含んだ冷たい目がこちらを睨む。ひそひそと囁き合い笑い合いあからさまにオレ達を避ける。

サクラが片手でフードをより深く被り、視線を落とす。



あれはモシカシテ使い魔な訳ないよな


アンナヤツさっさと消えてしまえばヨカッタのに、馬鹿な奴



急に手が引かれ、サクラが走り出し街の景色が流れていく。

周りの声が遠ざかり随分人通りが少なくなった所で不意にその足が止まる。

息を切らすことなく、サクラを見れば、その小さな肩を震わせている。


泣いている?


身体を屈ませてそれを覗き込めば、首を振りそれを避けられ意地になって肩を掴んでこちらを向かせる。

勢いでフードが外れ涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔が出てくる。

逃げてきただけでまだ人間は居る。

さっきと同じようにまたひそひそと声が聞こえてくる。


「サクラ、命じろ」


あいつら全部殺してやりたいのを抑えて唸る。

サクラが顔を拭く事もせず頷き口を開き、幾重にも重なる聞きたくない言葉と声を抜けて、それは、ただ、サクラのいつもよりずっと低い声は俺の耳に確実に届く。


「……跳べっ!」


それだけで充分でオレはサクラを抱き上げ地面を蹴った。






偉大なる父上は私を良く思っていない。

私を信じていない。

ただ、便利に動かせる駒にしているだけだ。


宙へ一蹴りで飛び上がったリンクスに連れられて協会の建物の端のバルコニーへと降り立った。

白い煉瓦の壁に嵌る飴色のガラス越しの窓の向こうにたくさんの職員が働いている様子が伺える。

彼らは皆白地に裾に太い二重の黒い線が入ったローブを着ている。

私と同じそれを協会に属するものなら誰もが一度は憧れる。

しかしそれを着るには結果が不可欠になってくる。


「もう良い」


バルコニーに降り立ったというのに、動かないままのリンクスに小さく呟くと、抱きしめられていた力が緩みそっと私を降ろした。

そのまま、細い指が私の頬に残った涙をふき取る。

その表情は重く肩も下がっている。


「お前のせいじゃない」


「だけど……」


「お前と契約したのは私の意志だ。いつもの事だ。お前のせいじゃない」


抱かせたせいで崩れたローブと髪をさっと直し、溜息を吐く。

本当はだから連れてきたくなかった。


こんな思いをするのは私だけで良いのだ。


それでも今回は父上からの手紙が緊急性を要していてそう言う時は決まって話が長くなる。

あまりリンクスを一人にして置きたくなかった。

バルコニーの脇にあるドアに向かって歩き始めれば、リンクスがそれを追ってくる。



「早く用を終えて帰ろう」


ドアノブに手を掛けてそう言い回す。

ドアが開き埃の湿った匂いが流れてくる。

中は静かだが、その静寂を壊さない程度に、鳥の囀る声が響いている。

ガラス張りの天井は高い位置に有りその四方からは枝が伸び至る所で鳥が羽を休めまた飛び交う。

枝は下へ下へその手を伸ばし何重にも絡まり合い葉を茂らせている。

天井から木が生えているようなその隙間を、水が滴り落ち、下に向かうにつれ水量を増し滝になって落ちる。

流れ落ちた先には大きな池が有りたくさんの色鮮やかな魚達がゆうゆうと泳ぎまわる。

その岸には苔と背の低い草花が鮮やかに広がり水に足をつけた人魚たちが黒い長い髪を梳いている。

ホタルブクロの中には昼寝をしている精霊がいるだろう。

その中庭を囲うように柵の付いた廊下がぐるりと壁沿いにありその壁にはたくさんのドアがある。

中庭から何フロアもあるそれは天井近くまで続いている。


柵に引っ付きぽかんと眺めているリンクスに声を掛ける。

何度連れてきても、リンクスはこの光景を見て立ち止まる。


「放っておけば石に成るまで見てそうだよ、お前は」


追ってくるだろうと歩き出しすぐ側の階段を目指す。

すれ違う職員はやはりこちらへ一瞥をくれるも何も言わないのは、格という物なのだろう。

階段は一フロアに二つずつ向かい合うように設置されている。後ろからリンクスの足音が聞こえ階段の入り口に着く頃に合流し上り始める。


木で出来た階段を黙々と上がり、一番上の階へ着くと廊下の雰囲気ががらりと変わる。


ここは選ばれた者しか受け入れない、そんな雰囲気がひしひしとする空気の中、奥へ奥へ進めばそれは一層強くなるが、それもいつもの事で、構わず廊下の奥を目指す。

他の階と違いここには部屋はひとつしかない。

他は全部ただの壁だ。

一番奥に位置するその部屋は扉からして他と違っている。

材質は同じ木材なのだが嵌め込まれた石といい彫られた紋章といい格段に立派だ。

大きな紋章は左右から伸びた葉と花の中央に杖が二本交差して、その上には五芒星がある。


立ち止まりひとつ深呼吸をし、そっと手を握りノックをした。

こつこつと良い音で響き中から声が掛かる。

名を告げ、ドアを開け、一礼をしてから私は中へ入った。

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