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桜の木の下で眠る金茶の猫  作者: 竹野きひめ
第一話 魔法使いと使い魔
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1-2 魔法使いと使い魔の出会い

サクラはそのまま眠りに就いてしまった。


「サクラ」


小さく声を掛けて何度か呼びかけるがオレに引っ付いたまま主は目覚めない。

そっとお姫様抱っこをし近くなった顔に自分の顔を近づける。

瞼の下に潜む俺を見下ろし求める緑色の瞳を思い浮かべる。


「オレ、命令ないと何もしないよ」


腰まで伸びる栗色の髪が風に揺れる。

サクラは学業に専念出来ない事情がある。

だから単位だか出席日数だかがヤバイらしい。自分でそう言っていた。


「しょうがねーな」


顔を上げ立ち上がり軽く地面を蹴る。

木の枝をいくつも飛び越えて大きな軌道を描いて山の外へ飛び出し、その勢いで風がオレとサクラの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。

途中、電信柱をいくつか経由してサクラの家の屋根にゆっくり下り、彼女の部屋の窓を開けて薄暗い中へ入る。

綺麗に整えられたベッドにサクラをそっと寝かせてから一度伸びをし、目と閉じて、んーっと頭の中に像を浮かべる。

毎日見ているからソレはものすごく簡単に浮かんだ。


オレの姿は段々と足元から皮膚が溶けてまた形を作っていく。

少し汚れたローファー、身に丈のチェックのグレーのスカート、白いブラウスに茶色のブレザーに赤いリボン。

目線が普段の位置よりぐんぐん下がり、髪は長いまま栗色に変わる。

最後に、フワンと全身が風に揺れたように動く。


「お、上出来上出来」


声さえもすっかり変わっている。

全身が映る鏡の前で、にまっと笑いながら最も本人はこんな風に笑ったりはしないなと思った。


鏡の中に映るのはオレの主の姿そのもの。


「さて」


窓に手を掛け軽く地面を蹴ってスカートが捲れない様に手で押さえて同じ道を戻る。

俺の体はいつも通りに風に乗りあっという間に学校へ戻る。



人間の勉強って言うのはぜんぜん面白くなくて、でも、サクラの為にとにかく座って授業を受ける。


普通の使い魔ならこんな事絶対しない、とニヤニヤ笑いたくなるのを我慢する。オレはサクラの命令を忠実に守っているだけなんだ。

よく分かんない話をボーっと聞いているとすぐこうして他の事を考え始めてしまう。それも八割はサクラの事ばかり。


オレとサクラは、主と従者、魔法使いと使い魔の関係だ。契約で繋がっている。普通契約って言うのは「オレに仕えろ」とか「オレの手足になれ」とかが一般的で主流なんだが。


サクラは違っていた。

手足になり彼女の役に立っている事はその通りなんだけど。


オレはとにかくあの時はヤンチャで、人間を殺しまくってて色んな所からマークされてた。


黒板のミミズみたいな白い文字をノートに模写しながらゆっくり思い出す。



何人もの人間がオレに戦いを挑んで負けていく。

もうそんな生活にも飽き飽きして、それでも俺は人間の身体を求めて日が昇っていようが沈んでいようが関係なく好みだけで若い人間を襲っていた。


その時もそうやってしていた時に、サクラが来た。月が綺麗な夜だった。


日本の中心地の広い公園でここに居る奴らみたいな若造を馬乗りになって爪で切り裂いていた。

日本に居る人間は無警戒で武器も持っていないから絶好の狩場だった。

そいつは恐怖でガクガク震えて血だらけになって、小便漏らして、もう少しで殺せるって時に、後ろから髪の毛を引っ張られた振り返るとチンチクリンの小さなガキが立ってた。

夜風に白いフードからはみ出た栗色の長いストレートの髪が舞っててすごい綺麗だと見惚れてしまった。

だから途中で邪魔されたことも忘れて手を止め、立ち上がりガキに向き直った。





チャイムが突然鳴り現実に引き戻される。

周りのやつらが思い思いに口を開き立ち上がる。

サクラと比較的仲の良い女が近寄ってきてニコニコ笑いながら今までのと違う本を持ち立っている。

少しかんが手机の中から同じものを探して取り出した。

他の奴らも次々に教室から出て行き、多分これは移動教室ってやつだと思う。

女と他の奴らに着いて教室を後にし、廊下を歩きながら女が何か話してて適当に相槌を打つ。

廊下に並ぶいくつかの部屋を過ぎて、そのひとつに女が入ったからオレも入る。

適当に座り周りを見回せば、テーブルに水道が付いていて周りの戸棚には趣味の良い死体やら何やらがガラス瓶に入っていた。

またチャイムが鳴り部屋中が静かになった。

白い服を着た男が入ってきてなにやら説明を始めるが頭の中はさっきの続きがふつふつと浮かんでくる。





月が雲から出てガキを照らす。良く見るとそいつは長いローブを着て木の杖を持っていた。


「魔法使い、か?」


唸るように低い声で尋ねれば、ソイツはひとつ頷きハンカチを取り出した。


「すごい血が付いてるから拭いたらどうだ?死に顔がそれはあんまりだろう」


表情は見えないがその声はまだ若い女の物。

御馳走が自分からノコノコ歩いて来やがった、と挑発された事も相まって笑みを浮かべる。

舌を伸ばして顔を舐めれば新鮮な若い男の血液はワインのように甘い香りがする。

ガキはそんなオレを見て何も言わずハンカチをしまい、杖を構える。

小さい背丈、すぐぶっ壊れそうな身体に、何度か準備体操代わりにジャンプする。

そして、ブツブツとガキが言葉を吐き杖や両手が光始め周囲の空気がビリビリ音を立てた。


その範囲がオレの予想より遥かに広かった。


ヤバイと思ったときには既に遅い。

続けざまに何度も攻撃を受ける。

青白い光が矢となりあるいは剣となり槍となって稲妻が俺の身体をどんどん焼き切っていく。

肉が裂けて血が吹き出る。

避けながら地面を蹴り上げ落下するスピードに身を乗せ力任せに反撃する。

爪を立て相手の肉をローブと共に抉れば、小さな身体はその度によろめくが何度も何度も立ち上がり杖を構えてくる。


何なんだよ、一体。


髪が焦げ、炎を避けたと思ったら氷の粒が降り注ぐ。

今までだってこうやって狙われた。

その度に相手を殺してきた。

絶対に負けないという強い自信があったんだ。

それなのに、今は背筋がゾクゾクする。

快感とはまったく正反対の感情が湧く


今までの奴らと格が違う。


冷や汗が流れ、自分が消滅する事を、久しぶりに意識する。

朝がどんどん近づき、空が白くなり始める。

もうどれくらいこうしてたんだろう。

尽きる事の無い相手からの攻撃に身体が言う事を聞かなくなる。

それらを避けながら転がるように相手の前に出た。

涙を流して、ソイツの、ガキの前に、オレは跪いていた。

しかし相手はそんなオレに目もくれずブツブツと言葉を呟く。光がまた集まり始める。


「オレっ」


慌てて声を掛ける。

ガキの目を見ながら必死に。

しかし光は止まらずに風が吹き荒れ始め、耳元で風切り音が強くなり二人の髪が揺れる。


「何でも、何でもする。何も要らないからっ」


そう言えば相手が油断するって知っていた。

踵を上げいつでも飛びかかれるようにする。

ガキの動きが止まり、ローブがすごい勢いで捲れはためている。


その時フードも外れて初めて顔を見た。

子供のようなオレが付けた傷から出た血で汚れた顔。

魔法使いは自信家ばかりなのにソイツの目はそんな事微塵も感じさせない目をしていた。

その奥に寂しさと孤独が混じっていて惹き付けられる。

そのガラス玉のような緑色の瞳はそれでもオレをしっかり捉えていた。

肌は白い陶器のように滑らかで小さな赤い唇も形が整っていた。

なんだ、アレ。

風を両腕を交差させて顔を守りながら見つめながらあんなキレイな人間、見た事が無いと確信する。


ドクンドクンと心が躍る。


もっとアイツが知りたい。

もっと見ていたい。

どんな風に泣くのか、どんな風に笑うのか、どんな風に怒り、喜び、眠るんだろう。


風はもう両腕で防ぎきれない程に強くなり腕はボロボロで骨まで見えている。

どうせこのまま消えるのならと口を開きながら腕をどかし目を開いた。



「だから、オレを―――!」



最後の言葉は風の唸り声にかき消された。

固められたコンクリートの地面が物凄い勢いでオレとそいつを中心にめくれいき、木の枝がバキバキ音を立てて吹っ飛んでいく。

強風が鋭利な刃となってオレの全身を襲い、身体が宙に浮く。

ありとあらゆる所の肉が削がれ辺りに飛び散る中、目も開けてられなくなり脱力して風に弄ばれたまま飛ばされる。

けれど何かに引っ張られそれ以上後ろに行くことは無かった。

弱まっていく風の中、目を開けるとローブから伸びた細い腕と小さな手が血だらけになりながらオレを掴んでいた。


風は次第に弱くなり、やがて消え、二人で縺れる様にその場に落とされる。

オレの黒い血とサクラの赤い血が土が剥き出しになった地面に水溜りを作っていく。

サクラの腕は細く弱々しく、傷だらけで血が溢れて居たがオレを決して離さなかった。

ローブもボロボロになり、うつ伏せのまま倒れこんだサクラが顔だけ上げる。



「聞こえた、ぞ。お前も半分は悪魔なのだから、分かっているな。言った事は取り消せない、年貢の納め時だな。……汝の名を示せ。汝の力を与えよ。汝は我の言葉を父の言葉と思え。汝の母はここに居る。我は、サクラ。汝の名を示せ」



口を開く度に血を吐き出しながら告げた言葉は確実にそれを動かした。


混じり合った二人の黒と赤の血液がオレとサクラを中心に魔法陣を形成していく。

ピンク色の光の鎖がサクラの下から現れて、オレの手足と身体を縛る。

それに軽々と宙に持ち上げられ鎖の反対側はサクラのボロボロになった右手の傷へと続いていた。

血が零れ落ちるほど鎖はキツくオレを縛り上げ傷だらけの身体にそれがギチギチと食い込み咳き込む。

ゴホゴホと咳と共に吐血し黒い血を撒き散らしサクラの顔を染めていく。


「今一度、問う。汝の名を示せ」


強い口調とは裏腹にサクラの顔がどんどん青白くなる。

けれど、サクラが倒れるよりも、オレが消える方が早いのは明確だった。

それくらいに体中が悲鳴を上げており、鎖はなおも力を強めていてそれに耐えられそうになかった。

オレが名を白状しなければ今度こそ本当に、オレは、消えてしまう。


人間で言う所の死だ。


「オレの名は、リンクル・リンクル。お前の……汝の忠実なる下僕しもべである」


叫ぶように黒い血を撒き散らしながら告げれば、鎖がするすると抜け落ち金色だったオレの瞳は鮮やかな緑色に変わる。

瞬間、サクラの確かな存在と記憶の断片がオレの中に流れ込み、気持ちが穏やかになっていき長く伸びていた爪は短く収まっていった。

やがて鎖が緩みオレはサクラの前にゆっくりと下ろされる。


「リンクル・リンクルか。お前に最初に命を下す。……私の事を」





周りのガヤガヤする音にはっとする。

どうやら実験の最中らしく男子生徒が話しかけてくる。

昔の事を思い出していたなんて言えなくて、適当に誤魔化して意外と面白いその実験にオレは夢中になっていた。


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