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桜の木の下で眠る金茶の猫  作者: 竹野きひめ
第一話 魔法使いと使い魔
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1-1 魔法使いと使い魔の朝

「サークラ、サークーラー」


耳障りな大声で目が覚める。

ベッドの側には背の高い男が立っていて、私の体を揺すっている。彼が動くたびに甘い香りが辺りを包む。


「うーん……」


掛け布団をぐいぐい引っ張り何とか頭の上までそれを持ってくるが、あっという間にそれも剥がされた。

ヒュッと身体が寒くなり薄目を開けて彼を見る。

白い肌、金色の髪は右側は肩まで左側は腰までの長さの変な形。

黒いシャツに黒地のジーパンを履いて、緑色の瞳でじっと私を見つめているて、カーテンが閉まっている室内で、彼の瞳はよく光っていた。

蓄光塗料で書かれた文字盤のごくごく普通の目覚まし時計を枕元のサイドテーブルから引き寄せて時刻を確認する。


午前五時。


もうこの季節なら外は暗い。というか、昨晩も遅くまで仕事をしていて取れた睡眠時間は僅か二時間程度。

小さく息を吐いてもう一度寝ようと目を瞑るがまた体を揺すられた。


「サクラってば」


その時、イライラは頂点に達した。

彼の腕を思いっきり跳ね除け、起き上がり、右手を相手に向けてかざす。

彼の只でさえ大きなアーモンド形の瞳が大きく見開いた。


「えっ、ちょっと、待っ」


あわててベッドを離れようとするがそんなの今更で口を開き右手に集中する。

大きく深呼吸をして、一度目を閉じ、そのまま眠ってしまいそうな瞳を頑張って開いて俯き右手を見つめる。


「汝、我が契約者。汝、我の意思に背くことなかれ。猫の王とラベンダーの女王の名の下に、ここに命令する。汝の名はリンクス。リンクスにしばしの休息を与える」


言葉を紡ぐと右手には紫色の光が集まり、手を覆うようにぼんやりと光る。

それは彼、リンクスを求めるように煙のように体をまとい始め、私が顔を上げると同時にドスンという音を立てながら床に倒れこんだ。

それを見届けてからやれやれと欠伸を一つしてから布団を手繰り寄せる。


「まったく、お前と違って眠いんだ。人間は」


ぶつぶつと呟いて目を閉じる。

七時には起きないと確実に遅刻だろう。

きちんと名前を呼んでいないからリンクスも七時くらいには目が覚めるだろう、と、そんな事をぼんやり考えながら夢食いのバクが迎えに来るのを待った。



ピピピピ……といつもの目覚ましの音に重たくそうするのを拒む目を無理矢理に開ける。

リンクスはいつの間にかベッドの上に来たようで、私の足元で丸くなっている。

上半身だけを起こして大きく伸びをしながらまだぜんぜん眠れると思う。

只でさえ少ない睡眠時間を削られたことにまたムカムカしてきて足元のそれを思い切り蹴飛ばした。

別に誰かの力を借りた訳でもないのに、彼が壁まで跳んだのは無警戒なのか私の怒りがそれほど大きかったのか、とにかく彼は思い切り頭をぶつけたらしくようやく目を覚ました。


「イッテ」


頭を抱えたまま私を睨んでくる。

それを見下ろすように睨み返し肩を竦めてからベッドを降りようと体の向きを変えた。

ギョッとした顔をしてリンクスの姿がそこに無かったようにたちまちに消え次の瞬間、彼はベッドの下、私の爪先の下で跪いた。

落ち着きを取り戻した彼の頭をそっと撫でれば金色の髪の間を指が通っていく。

それは本当にとても柔らかい。


「おはよう、リンクス」


「おはよう、サクラ」


彼が顔を上げる綺麗な顔立ちの緑色の目には私だけが映っている。

そっと手を伸ばすと彼は立ち上がり小さい子を抱くように私を抱き上げそのまま部屋を出て階段を降りていく。

一階の廊下に出た所で廊下の向こうから浅黒い肌の少年が歩いてきて、私に頭を下げた。


「おはようございます、サクラ様」


こちらもペコリと頭を下げる。リンクスも同じように、ただ、私より深々と頭を下げた。


「おはよう。ママはまだ寝てるの?」


「はい、昨晩も遅くまで、私とカードをしておられましたので、お目覚めになるのはお昼頃では無いでしょうか」


笑顔でそう言う彼にほんの少しだけ同情的な視線を送る。

ママは負けず嫌いだからきっと彼女が勝つまでやっていたのだろう。

ただママがどんなにこの浅黒い肌の少年を使ったところで、それは当然で、私には彼に何をして上げる事も出来ず、彼もまたそれを望んでいない。

それが分かっているからそっとリンクスを促すと彼らはまた頭を下げ合う。リンクスが私をリビングまで運びテーブルの椅子にそっと降ろした。

テーブルには湯気が立つスープと適度な焦げ目の付いたトーストが用意されていて、それをもそもそと食べ始めれば、リンクスがいつものようにテレビを点けニュースに合わせてくれる。


「本当は」


横に立つリンクスの顔を見ないで声を掛ければ彼は私を覗きこみ長い方の髪が揺れる。


「お前の作ったご飯が食べたい、のだ」


これはあの浅黒い少年が作った物で、本意ではない。

家に二人も使い魔が居るとどちらかが楽をしているような気がする。

本当はそれはリンクスでは無いのだけれど。


「仕方無いな」


空になった器にスプーンを入れリンクスを見る。彼は何も言わずただ一つ頷き、また私を抱き上げた。





「おはよー」


同じ制服を着た同年代の子達が私の横を楽しそうに通り抜けていく。

とりあえず、まだ見知った顔は無く、もくもくと緩やかだけれども長い上り坂を歩いていく。


「サクラ!」


背後から声を掛けられその主に眉を顰め、その主、幼馴染のハガネが私より頭二つ分抜けた身長で横に並んでくる。

歩幅がそもそも違いすぎてあっという間に追いつかれた。


「何だよ、無視すんなよ」


本当に鬱陶しい。

ハガネの事は正直嫌いだ。

けれど朝から不毛なやり取りをしたく無く、何も答えずに歩く。

他の子達がハガネにどんどん声を掛け通り過ぎた。

男女関係無くハガネは人気があり、いつも輪の中心に居る。


「サクラ、今日、遊びに行こうよ」


ある程度他の子が居なくなるのを待ってハガネにそう言われ思いっきり睨む。

さっきまで向いていたもうすぐ着く校舎からはチャイムが聞こえてくる。


「お前と遊ぶ位ならトイレ掃除を一人でやった方が良い」


立ち止まりそう答えてからハガネを振り切るようにまた歩き始めそのまま校門へ向かって走り出した。

教室の前のに着くころには肩が上がっていて大きく何度も呼吸をする。

制服の下には汗もかいており、今日は朝から運が悪い、本当に。

運が悪いのは継続しているようで廊下の端に担任を見つけて慌てて教室に滑り込む。

所々に固まって話しているクラスメイトを避けながら自分の席へと座る。

ピロリンと機械的なメロディが小さく流れてポケットからピンクの携帯を取り出した。

メールを現すライトがテカテカ点滅していてうんざりしながら画面を開く。



To サクラ

From リンクス


オレあいつ嫌い。ただの人間の癖してサクラに纏わり過ぎ。サクラと契約して無かったらヤッてる。



文面を見て思わず画面を殴る。ピロリンと音が鳴り勝手にメールの画面が開いた。



To サクラ

From リンクス


サクラ、痛いよー。ヤメテー(;\ )オレ壊れちゃう。



ご丁寧に絵文字まで入っているそれをみてまた殴りマナーモードにしてから鞄の奥に突っ込んだ。


何度か睡魔の誘いを受け流せず机とディープキスをしながら何とか午前中の授業が終えようやく昼休みになる。

机を動かすクラスメイトを横目に携帯とお弁当を持ちながら教室を出た。

昔から騒がしいのは苦手だ。

小中は眉を顰めながら過ごしたが高校に入ってからは人目を避け裏山へと逃げている。

北校舎の後ろのフェンスは人ひとり通れる位に穴が開けられていて、いつものようにそこから出る。

木々が生い茂るその中を歩きづらいローファーで進まないといけない。

靴の下にある茶色に変色した葉に遮られた地面は湿気を帯びてとても滑りやすい。

気を付けて歩いているはずなのに足を取られて体が中を浮く。


「ひあっ」


情けない声を出して目を閉じ衝撃を予想して身構えるが、予想に反して甘い香りが私を包む。

目を開けるとリンクスが私を抱き上げている。

その姿にホッとするがそれを見られたくなくて彼の首に手を回し胸へと顔を埋めた。


「いつもの所で良いんだな?」


そう彼は呟くと少しだけ地面に近づいた気がしてそれから風が吹き荒れる。そっと目を開けると木々の葉を私とリンクスが揺らしている。

彼が太い枝に着地し膝を曲げる。

枝を蹴り飛ばしみるみる内に裏山の上空へと移動し、小さくなった裏山がまたどんどん近づき、山の麓から一気に中腹あたりにすとんと綺麗に着地する。


少し開けたその場所は学校がよく見える。

やんわりと私の事をリンクスが降ろし地に足が着くとリンクスを頭を一度下げた。


「いつでもオレを呼んで使ってくれていいのに」


その声は寂しそうで、でも、何も言いたくなくて無視して大木の根元に腰を下ろした。

持ってきたお弁当に包みを開き不恰好な形のおにぎりを取り出す。

それは何にでも長けている浅黒い少年の作ったものではなくてリンクスをちらりと見た。


「サクラー」


リンクスが泣きそうな顔をして私の前に膝を着き、私の顔を覗き込んでくる。


「分かってる」


白い三角形の頂点の一つに齧りつきながらそれに答える。


使い魔は主人に必要とされないと、力が弱くなるのだ。

リンクスはそれを恐れているのだろう。


「なら、何で。何でオレを必要としないんだ?オレを必要としないなんて今更出来ない筈じゃ、ねーの?」


リンクスの表情が一変する。

知っているはずなのだ。それなにこうして私に言わせたいのだ。本当に意地悪だ。


だから、一人の方が良かった。


「何度も言わせるな。お前と契約したのはお前が命乞いをしたから。魔法使いになったのはそうしなくちゃいけない理由があったから。……そんなのが無かったら、とっくに、普通の人間として生きてる」


今日のおにぎりはすごくしょっぱい。

それは作り慣れないリンクスが塩を振り過ぎたからでは無く、涙を吸ってるから。


悔しいけど、今の私は今の自分が好きで大嫌いだ。

リンクスが必要で、でも離れたくて、でも出来ない。

魔法使いになったのも、本当は嫌だったのに、どこか嬉しくて。


そういう嫌な事をリンクスはたまにこうして無理矢理思い出させる。

そうやって自分が欲する言葉を私から引き出そうとするんだ。

それに私はいつも負けてしまう。

リンクスはずるい。

飴と鞭をよく使い分けている。


自分の中でいろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って心が苦しくなってこうして涙が出る。

声を上げて泣きたいのを我慢する。

そんなみっともない真似なんて出来ない。


「リンクス」


涙で前がぼやけ彼がどんな顔をしているのか見えない。

けれどきっと笑ってるだろう、嬉しそうにニヤニヤと。


「側へ」


涙声のまま顔を下げ地面を見つめてそう命じる。

彼が立ち上がり私の前に立ち上がる。


「もっと」


リンクスが私の目線に合うように身を屈める。

口元が食べ終わったスイカのように曲がってる。


「もっとっ!」


強くそう言い、『願って』しまった。

リンクスが満面の笑みを浮かべ地面に膝を着き私の事を優しく抱きしめる。顔の横から彼の顔が近づいてきて涙を柔らかな舌で拭い取り、彼の口からも肌からも全身から甘い香りがする。

悪魔が誘惑する時にだけ使う甘い香り。

それにカラカラに乾いてる心が満たされていく。

また悪魔の誘惑に負けてしまった。

けれど私がリンクスに何かを与える事は決してない。

彼もそれをよく分かっている。


昨晩の死闘を思い出して今更体が震えてくる。

傷は魔法で治せても心は治せない。

リンクスの背に手を回し彼が私を抱きしめる腕の力が強まる。


「サクラ、もっともっとオレを必要としてくれ」


リンクスの声が耳元で響く。

手から落ちたおにぎりは地面に転がっていく。

声を上げて泣くのもこうしてリンクスに慰められるのも、同じくらいみっともない。

涙が止まりどっと疲れが押し寄せて睡魔が私に手招きをし、段々と意識が遠のく中、チャイムの音が小さく聞いた。

私と彼の新しい生活が終わってないのですが、こちらも投稿したいのでちょびちょび進める事に致しました。

ただあちらが完結するまでは比重として、こちらは軽めになりますので、ご了承くださいませ。

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