乙ゲーヒロインにならないための方法
「あーちゃんあーちゃん、大変だよぅ!」
俺がリビングで優雅に紅茶を飲んでいると、ドアが大きく開かれ、ドタドタと音を立てて一人の少女が駆けよってきた。
そのまま勢いよく飛びついてくる。
とても危ない行為だけど割といつものことだから、俺は左手で抱きかかえるようにして衝撃を吸収する。
ちゃぽん、と右手に持ったカップの紅茶が音を立てた。
「どうした凛、そんなに慌てて。落ち着きなさい」
「大変なんだよ、あーちゃん! 落ち着いてなんていられないよっ」
少女――俺の幼馴染である間島 凛は腰に抱き着いたままパシパシと太ももを叩き、ボディーランゲージで自分の焦り具合を表現している。
その顔を見ると、少し息が乱れており、髪もバサバサで走ってきたことが分かる。瞳が大きく揺れていることを見ると、どうやら相当大変なことが起こったらしい。
「分かった分かった。でも落ち着きなさい。ほら、息を整えて」
「うー」
カップをテーブルに置き、よしよしと頭を撫でる。
彼女の特徴ともいうべき緩くウェーブのかかった髪はふわふわとしてとてもさわり心地がいい。これでほとんど手入れもせず放置していると言うのだから、格差はひどいものだ。これだけ上質なさわり心地の髪にするには、相当な苦労が必要なはずなのに。
そんな髪をしばらく撫でていると、凛は心地よさそうに頭を擦り付けてくる。お前は猫か。
まぁ落ち着いてきたみたいなので良しとしよう。
「それで、何があったんだ」
「……はっ! そ、そうだ。大変なんだよ、あーちゃん」
「それはさっき聞いた」
「あ、うん。えっとね、えっとね、今日入学式だったじゃん? そこでさ、生徒会長のあいさつがあって、それでその人を見てね、また“思い出した”の」
「……前世の記憶を、か?」
「うん!」
この間島 凛には前世の記憶、と言うものが存在する。
思い出したのは幼稚園の時。突如高熱を出してぶっ倒れたことが始まりだ。
それ以来凛の性格が少し変わり、周りとの付き合いが疎遠になりだしたりと色々環境が変わってきた。俺は凛の家とかなり近いと言うか同じマンションなので仕方なく色々連れまわしたりなんなりするようになり、結果的に幼馴染になったんだよね。
で、小学生のいつだったかに前世の記憶があることを離され、それ以来凛の秘密を知る唯一の人間として色々相談に乗っている。
「で、今度は何が問題なんだ?」
「うんとね……ちょっと信じがたいことかもしれないけど」
「そもそも前世の記憶からして信じられないんだから、今更だ。明日地球が滅ぶと言われても信じてやる」
前世、なんていきなり言われても普通は信じないだろう。
俺がそれを信じたのは凛の奇行、というか尋常じゃなく大人びた行動が合ったゆえだ。あと、頭も滅茶苦茶よく、少なくとも小学校の時はほぼすべてのテストで満点を取っていた。
凛以外に言われたら信じなかっただろうし、多分俺以外だったら前世云々と言っても信じてもらえなかっただろうな。俺たちはそういう意味じゃ唯一無二の関係。
だから恐ろしく突拍子もないことを言っても信じてやるつもりだ。
「地球は滅びないよ!? そうじゃなくて、ここ、乙ゲーの世界だったんだよ!」
「乙ゲー?」
「うん、乙女ゲーム! それで、私、ヒロインみたいなんだよね……」
乙女ゲーム……たしか恋愛シミュレーションだったか。女性が男性を攻略するタイプのゲーム。システム的にはギャルゲーとほぼ同じ。
この世界が、その乙女ゲームの世界だと? それで凛がヒロイン?
「……って言うかお前、乙女ゲームなんかしてたのか」
「うっ。前世の趣味だったんだよ。友達いなかったし、彼氏もいなかったし」
「寂しい人生だったのは知ってるよ」
「ぐはっ」
凛は倒れた。
でも、お前が色々と前世のことを教えてくれたんじゃないか。結局処女のままだったと言うのも知ってるんだぞ。今更だ。
「んで、凛はどうしたいんだ? 乙女ゲームの世界だとか言うなら、イケメンがいっぱいいるんだろ、攻略者に。しかもお前はヒロイン、選び放題じゃないか。ハーレムでもやりたいの?」
「む、無理だよっ! あんな面倒臭いイケメンたち! 緊張して正しい選択を選べる気がしない。っていうかどいつを選んでも執拗な虐めとかあるし、下手したら死亡エンドもあるし、私耐え切れないよ」
「つまり?」
「私攻略したくない! 逃げたい!」
なるほどね。確かに凛の性格ならそうなるだろう。
女のいじめは陰険だと言うし、ひ弱な凛では耐え切れないだろうな。心が折れておしまいだ。
それに死亡エンドはいただけない。俺の大切な幼馴染がこの歳で死ぬのはダメだ。それはなんとしても避けたいところ。
「じゃ、ひっそりとした高校生活を送るか?」
「そ、それもちょっと……いろいろ楽しみたいよ。せっかくだから彼氏もほしいし、楽しみたい。イケメンたちと関わりないところで」
「ふむ、なるほど」
なるほどなるほど。
凛は面倒臭いイケメンたちを彼氏にするんじゃなくて、普通の男を彼氏にして普通に楽しみたいわけね。確かにその方が充実してそうだし、凛にはあっているだろう。
……。
「いくつか質問していいかな?」
「う? うん」
「まず一つ。その乙女ゲームで凛の幼馴染は出てきた? 端的に言うと俺のことだけど」
「えっと、出てこないよ。凛は一人っ子だし幼馴染も特にいなかったはず。藤沢 歩って言うキャラクターも出てきてないよ」
「まぁきっかけは君が前世を思い出したことだから当然か。次、凛は好きな男の子とかいる? 攻略対象でもそれ以外でも。あと好みとか」
「え、いないよ。そりゃ彼氏はほしいけどさ、イケメン目の前にしたらまともに喋れる気がしないし。んと、できれば一緒にいて幸せな気持ちになれる人がいいって思ってるな。あと、あんまケンカとかしたくない。私のことをよく分かってくれてる人がいいな」
「なるほどなるほど。ありがとう、凛。これで解決方法が思い浮かんだよ」
「ほ、ホント!?」
ああ、本当だ。これなら全部解決する。
この世界が本当に乙女ゲームの世界で、凛がヒロインなら、これで全部解決。イケメンもよってこない、よってきても凛を好きになることはないだろうし、平和に高校生活が送れるはずだ。
勿論、凛の望んだ普通の彼氏も手に入れることができるよ。
「ああ。教えてほしい?」
「う、うん! ぜひっ」
凛はバッと起き上がって顔を寄せてくる。
改めて見ると、確かに凛の顔はかなり可愛く、ヒロインの資格があるように思える。
割と小柄で笑顔が可愛く、小動物みたいなところも乙女ゲームのヒロインの性格としてはなかなかに適したものなのだろう。
……ま、どこの誰とも知らないイケメンにあげるつもりはないんだけど。
「そうかそうか。じゃ、移動しようか」
「えっ?」
俺は凛の体に腕を回し、引き寄せると抱きかかえる。
いわゆるお姫様抱っこという形で持ち上げた。あ、口には出せないけどそれなりに重いわ、これ。凛の体重は平均よりも軽いはずだけど、まぁ人間を持ち上げるのは容易なことじゃないしね。
そのまま歩いて移動する。流石にリビングじゃ、ちょっとね。
「あ、あの、あーちゃん?」
「ん?」
「ど、どこいくのかなーって」
ビクビクと体を震わせながら、凛は慌てている。
ふふ、可愛いね。確かに何もしなければ、イケメンたちも魅了されるんだろうな、この可愛さに。
幼馴染で、ずっと一緒にいたからあまり気づかなかったけど、これ以上の女はなかなかいないだろうな。どおりで、俺が女に興味を持たないはずだ。上質な女が傍にいて、それ以上を基準にしてたら興味なんて出ないよね。
「さぁ、どこだろうね」
「私の記憶が正しければ、その、あーちゃんの部屋に向かってる気が」
「ふふふ」
せいかーい。俺の部屋ですよ。
扉を開けて、男らしくシンプルな部屋に入る。あ、これでも凛がよく来るから綺麗に片付けていますよ。
そのまま凛を俺のベッドに下す。
「あ、あーちゃん?」
「乙女ゲーのヒロインって言うのは綺麗な体でいなきゃいけないんだ」
「えっ」
「なおかつ、これまでに付き合った彼氏とかはいない。恋愛初心者で、まずは攻略対象を人として見ていて、恋愛対象として見ていないことが重要」
乙女ゲーはほとんどやったことがないけど、概念くらいは知っている。
その上で乙女ゲームのヒロインに相応しい資格を述べた。
「何より――処女で、ファーストキスは攻略対象。これは、重要だよね?」
「……う、うん、多分。大体、そうだと思う。乙女ゲームで中学時代に彼氏がいたとか、そういう子はあんまいないかも。と、当然私もそういう設定だったよ」
「だよね。男って言うのは大体初めてを好むから。真剣に恋をしたいなら、余計に。それは攻略対象も同じ。だから、さ」
俺は凛に覆いかぶさり、小さな唇に唇を重ねる。
「あ……」
「凛の初めて、全部俺に頂戴。ファーストキスも、初カレも、処女も」
プツリプツリとシャツのボタンを外していく。
手馴れてるって? まぁ初めてではないからね。
「えっ……えっ!?」
「ダメかな。俺は攻略対象ではないし、イケメンってほどイケメンじゃないから妬まれることはないよ。彼氏がいれば男が言い寄ってくることもあんまりないし、処女じゃないならなおさら」
「た、確かに」
「それに俺は凛のことをよくよく知っている。前世のことだって知ってるし、幼稚園の頃からの付き合いだから分からないことはほとんどない。気を許せる中だし、ケンカだってしたことないよね、互いの限度が分かってるから。どう? 凛の言った通りの、理想じゃないかな?」
うぬぼれるつもりはないけど、凛も心の底で俺に対する恋心があるんじゃないかな、と思ってる。多分そういう対象として見たことはないんだろうけど、理想がそのまま俺に繋がっているし。
「な、納得はできないけど、実にその通りだと思います……」
「じゃ、いいよね」
もう一度、唇を落とす。
今度は、一方的ではない。凛もきちんと答えてくれた、優しいキス。言葉ではないけれど、その行動が立派な答えだ。
「ありがとう、凛。ずっと、ずっと愛してあげるね」
「……あれ。今私、とてつもない失敗をしちゃったような気が」
乙女ゲームのヒロインが一度結ばれれば、分かれることはない。
これも乙女ゲームの定番の一つだよね?
乙女ゲームの鉄則と言うか恋愛するゲームの鉄則としてまず彼氏がいないことが前提になりますよね。
それを壊してみよう、というものです。これで攻略対象には見向きもされないよ、やったね!
なんかうまくまとまった感があったので書き上げたままの勢いで投稿してみました。