第7話 もう一人の自分
……鳴き声がきこえます。
はて、周りを見渡してみると――白い。
ふむ、これはアレですね。
精神の世界とかなんとか、ありていに言って夢ですか。
感覚がないのは変な気分ですね。
暑くもないし、寒くもない。
なんというか――大気の圧力が喪失している。
普段は空気の重さなど気にも留めませんが、いざ無くなると妙にふわふわする。
さて、実を言えば死にかけていましたが――
痛みがない、ということは現実世界の体とリンクしているわけではない?
少なくとも今現在はあちらの痛みが響いてくることはありませんか。
第3階位を暴走させてしまいましたからね……起きたら筋肉痛が酷いことになっているでしょう。
ま、意識があるということは死んでいないということでメデタシといったところですかね。
さて、四方を見渡してみても――果ては見えません。
けど、鳴き声のもとはわかる。
いったい、どなたが泣いているのでしょう?
とても寂しそう。
この、嗚咽に混ざる聞きなれた音――鎖がこすれる音。
それは向こうから聞こえてきます。
なら、行かなくてはならないでしょう。
なぜだかはわかりませんが、自然にそう思える。
“彼女”を悲しませたくないと思う。
数分、いえ――数十分ですか。
時間の感覚が捉えづらい。
それに、どうやら歩いたという事実よりも……歩くという意識のほうが重要みたいですね。
慣れれば歩かなくても移動できそうですね。
身体こそ小さい子供のままですが、歩幅は青年の…….それも男のもの。
歩いたという認識で歩いている。
けっこう歩きましたね。
さて、目の前にあるのは鎖の山。
「こんにちは」
鎖の山に向かって話しかけてみました。
けれど、微動だにしない。
いえ――それも少し違いますね。
鎖は動いている……脈動するように。
しゃりしゃりとこすれる音がずっと続いている。
そして、中の子は相変わらず泣いている。
「――還りなさい」
目の前に広がる鎖。
これは|俺≪私≫の魂。
そして|彼女≪自分≫の魂。
なら、しまうこともできる。
鎖が消えていく。
「あなたは?」
俺と同じ顔が頭を上げた。
眼は泣き腫らして真っ赤になっている。
気弱な小動物じみた目が俺を見つめてきます。
違いは――服ですね。
自分はかなりふわふわした服を着ていると自覚していますが、彼女はぶかぶかという表現が当てはまるのでしょうかね。
まるで重ねた布による拘束です。
スカートに至っては絶対に足より長いでしょう、アレ。
しかも見た限り6重くらいにはなっている。
ただ、これは彼女が望んだものではない。
きっと好みを聞かれたことさえもないのでしょうね。
人形のように好き勝手に飾り付けられた。
――ええ、彼女のことは“知っている”。
自分のことを知るのと同様に。
だって、彼女は私で――俺の妹。
「俺はあなた。そして、あなたは私。――わかるでしょう? かわいい妹」
「――お姉ちゃん?」
「そうですね。魂は同一でも、人格は違う。だから体を共有していても、あなたは家族です。俺の唯一の家族――血どころか体を分け合った妹」
「お姉ちゃんは、私を傷つけない?」
「ええ、大切な妹を傷つけたりなんてしませんよ。だって、家族でしょう? 姉は妹を傷つけたりしないのですよ」
「――でも、みんな私のことを無視するの。お父様も、お母様も――私のことなんてどうでもいいと思ってるの。私はただの道具でしかないから」
「あなたは道具ではありませんよ。それに、それはあなたにはお父様もお母様もいなかったというだけの話です。ただの他人をそんな風に呼ばなくてもいいんですよ。お姉ちゃんがいますから」
震えているかわいそうな妹。
あなたは寂しいのですね。
人のぬくもりが欲しいのですね。
なら抱きしめてあげます。
抱きしめてほしい欲しいのは自分も同じ。
魔女さんの温もりを失ってしまった。
――っ!?
すりぬけた。
まるで、幽霊同士が触れ合おうとしたみたいに。
「――あ」
彼女が涙目になる。
今にも決壊しそう。
泣きたいのはこちらも同じなのに。
触れないのは、彼女と俺が同一人物だから?
「泣かないで」
この子を前にして何ができるかというと――
おろおろとするしかないのです。
一人の女の子をなぐさめることすらできないのですね。
「…….ふえ」
ああ、泣き出してしまった。
近くで見守ることしかできないこの身が恨めしい。
なら、せめてこのままそばに――
――あ。
身体が消えていく。
ここにはもう留まれないと言うこと?
だめ。
あの子のそばにいなきゃならないのに。
寂しくて泣いている妹がいるのに。
そう思っても、消えていく意志はどうしようもない。