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第4話 現代っ子は怖いもの

「さて、今日はあんたに戦い方を教えてやる」

「なぜです?」


さて、拾われてから3日が経ちました。

なんでしょうかね、ここの暮らしには早々に慣れました。

元の世界に帰りたいとも思わないんですよね――

そして、口調が変わってしまったことについても。

精々が俺という程度しか残っていないでしょうね……忘れましたが。

そういうものをひっくるめて、全然思い出さないから怖くもないのでしょうかね。

それとも、自分が冷たい人間だから?

そういえば、一人暮らしを始めてからもホームシックを全く感じなくて以外に思った覚えが……

何も思い出せない、ということは脳にでも厳重なロックでもかかっているのでしょうか。


「言うと思ったよ。どうせあんたのことだから、その体にけっこうな事情があるってことはわかってんだろ? むしろ、地球だっけか――そこから来た魂に乗っ取られたのが幸せと思えるほどに」

「そうですね。この子も色々と不穏な気配を感じていたようです。ご飯もあまり喉を通らなくて……」


ふむ、戦い方。

この体で戦うのはそこはかとなく不安を感じますね。

だって、魔女さんが言うようにガリガリですもの。

ストレスで全然食べ物が喉を通らなかったのでしょうね。

今もそんな量は入りませんし。

まあ、そんなんだから楽に消えられたのは幸せだったのかもしれません。

実は元の持ち主の魂は無限の牢獄に繋がれているとかないですよね?

ま、それは考え過ぎというものでしょう。

いつでも怯えてびくびくと、さぞ生きるのが辛かったでしょうからそれも本望だと思うことにします。


「……メシを口にしての第一声を覚えているかい?」

「はい、おいしかったですよ」


あらら、意外な反撃です。

メシといえば、魔女さんが直々に窯で煮込んでくれた料理。

煮込み料理しか知らないということはないでしょう。

……ないといいなぁ。

ともかくサラリと言います。

今度ばかりはポーカーフェイスをつらぬけたでしょう。


「サラリと嘘をつく子だね。まずっ、つったのを聞き逃すとでも?」

「美味しいと言って欲しければ、化学調味料でもぶちこんでください」


おやおや、顔はどうにかできても事実はどうにもなりませんか。

異世界の料理と言っても、こんなものです。

化学調味料がなければ味が薄すぎるんですよ。

素材にしたって、けっこうエグかったりしますしね。

まあ、現代では野菜にしたってキメラレベルのものがたくさんありますしね。

遺伝子改良とかなんでそんなものを怖がるんだろう、程度には。

カリフラワーとキャベツはオリジナルが同じことをどれだけの人が知っているのでしょう。

ただ――遺伝子改良を騒ぐ人は知っていても、そういうのを騒ぐ人は知りませんね。


「なんだいそりゃ? どこかで買えるのかい」

「無理でしょうね。昆布を煮だして取れるとも思えません」


そういえば、舌が慣れると言う表現がありますね。

けれど、それは多分大間違い。

だって味が薄すぎると感じたのはこの子の舌。

前の世界に居た俺の舌じゃない。

脳でもない。

それを魂と呼ぶのなら、魂とは何なのでしょう?


「いや、話がそれちまったね。とにかく始めるよ――まずは【顕現】を覚えなきゃどうしようもない」

「顕現? 魔法具の扱いではなく。そもそも何を形作れと」


さて、顕現というのは何を言ってるのか知りません。

魔法具もそこまで知りません。

まあ、生活に便利なアイテムといったところでしょうか。

それの扱いには魔力が必要だそうですが、俺(この子?)にもあったようです。

言ってしまえば面倒くさい操作手順を要求する代わりにコンセントが要らない――いえ、自分がコンセントと表現したほうが良いのでしょうか。

要するに操作が面倒な家電です。


「なんだい、顕現って言葉は知ってるんだね。まあ、念の為に言っておくと自らの魂を顕し、世界に表すのが顕現だ。簡単に言うと自分の魂を武器にする。原理的には別に武器に限られちゃいないんだけどね――武器以外を顕現したものはいない」

「なるほど。では、具体的にどうするのです? まさか顕現と叫べば現れるわけではないでしょう」


【顕現】ですか。

まあ、ファンタジーものにはよくあります。

王道的な異世界モノよりモダン傾向のストーリーに多い気がしますが。

さて、何を作れと言うのでしょう?

胸から剣でも引き出せばよいのでしょうか。


「いや、それで合っておる。ただ武器の銘を知らねばならんがな」

「ええ……」


合ってるんだ……

呼べば来るってロボットですか。

まあ、今更恥ずかしくもありません。

こんな体になったのですから、はっちゃけても問題ないでしょう。

よく言いますしね――恥はかき捨て。


「不満でもあるのか?」

「いえ、別に」


つつ、と目をそらします。

ええ、安直すぎてつまらないとか思ってませんよ。

で、ここは伝説の聖剣でも引き出して驚かせるシーンですね。

わかります。


「では――顕現【灰の縛鎖】」


じゃら、と鎖が現れました。

なにげなくやったら成功しましたね。

ちゃっかり剣じゃなくて鎖です、びっくりしました。

しかし、これは何なのでしょう?

知らないはずのものを知っている。

さっきまでは形すらわからなかったのに、つぶやいた瞬間に多くのことがわかっていた。

情報が流れこむような不快な感触もありませんね。

思い出した記憶すらなく、なぜ知らなかったのかわからない。

不思議ですね。


「……あんたは100人に一人の天才かい?」

「いえ――そういうことではないですね。出してみてわかりましたが、これは願望を動力とするのですね。乞い願い、飽きはてるほど望むことで真の力を発揮する――ならば、私がいた乾いた世界の住人にとっては願うことはさほど難しいことではない」


というか、100人に一人ってたくさんいると思うのは自分だけでしょうか。

魔力は、まあ補助ですね。

横文字で言うならサブエンジン。

たぶん上級者ならサブだけで使える。

まあ、俺に限っては願望が本当のメインです。

そして、それはむしろ現代人の領分。

抑圧され、法律や世間――あらゆるものに縛られた私たちはひどく乾いている。

買いたいものが買えても、食べたいものを食べても、本当に欲しいものは全然手に入らない。


「さあ――階位を一つ上がりましょう」


ここからが本番。

ただ名前を呼べばできるのは、それが最初の位階だから。

それは階段をのぼる必要すらない。

足を踏み出せばいいのだから、苦労する道理などどこにもない。

たとえそれが断崖に向かって踏み出すものであったとしても。

捨てられるよりはよほどいい。


――?

なぜ、こんなことを。

魔女さんの方へ振り向いてみます。

なにやら驚いていますね。


でも、その顔に悪意はありません、

やれやれ、この子は……とでも言い出しそうです。

むしろ微笑ましげなものを見る目に変わってきました。


ええ、魔女さんは自分を捨てません。

そんな人ではないのです。

自分は邪魔かと聞いた時、本気で殴ってくれたのに。

自分は、そんなに疑り深い人間なのでしょうか。


『|I dance with ash. You must be removed from me.《灰は渦巻き、舞い上がる。灰よ、舞うがいい――誰かに抱きしめてもらうために》』


「発動――【灰の縛鎖・傷の結界】」


鎖に不可視の力がまとわりつく。

鎖に触れるもの全てを傷つける――拒絶の鎖。

誰にも傷つけられないために、近づくもの全てを傷つける。

悲しい鎖。

わかってもなお……これを手放すことなどできはしない。


「……っ!?」


魔女さんの息を呑む声が聞こえました。

これほどとまでは思わなかった、と魔女さんにしては珍しく顔に書いてあります。

まあ、驚きはするでしょう。

【顕現】と【発動】では難易度が違う。

狂うような願望がなければ、こうはいかない。

現代人は病んでいる、よくいわれますね。

ええ――それは正解なのですよ。


「ふふ――傷の結界は攻防一体。私が傷付けられることがない。大人たちの悪意に囲まれて、震えるだけだったこの子にふさわしい」

「なぜ…...? 確かに――前例ならある。戦争なんかじゃよく見られる光景だよ――村を襲われて家族に仲間、知っている人間もよく知らない人間も一緒くたに地獄のるつぼに落とされる。そんな光景を見て、壊れてしまった人間が“なる”。でも、あんたは――狂ってなんかいないじゃないか」


狂っていない?

それは大間違い。

傍から見て分かる程度の狂気なんてまだ甘い。

濁りもしない、ただ表面で煮立っているだけの薄闇。

しょせんは表層に過ぎない。


「いいえ……それなら俺は狂っているのでしょう」

「そんなふうにはとても見えないね」


けれど俺は違うのです。

表面は静かでも奥底では濁って、腐って、滞っている。

海の底から発狂するような渦巻く闇。

密度が違う。


「それも否定しますよ。これはきっとそうですね――言うなれば現代人の特性。この世界では現代人と呼べないのなら、SF世界のとでも言いますかね。私がいた国の特性かも」

「お前の国の人間は全員【発動】を使えるのか?」


――まさか。


「よほどの幸福馬鹿でなければ使えないわけがありません。でも渇望があったとしても、向こうの世界ではそれこそ動機にしかならないのですよね。言い換えればモチベーションです。だから、別に日常的に殺し合いが起きたりはしない」

「なぜ言い換える? それにしても、そう簡単に使えるものでもないはずだがな。お前の世界はどうなっている?」


「そうですね。では労働をどう思いますか?」

「うん、人として当然だろう」


「朝の6時に起きて、そのまま電車に飛び乗って2時間かけて通勤して――20時を超えるほどに働いて、帰る頃にはもう深夜。それが当たり前だと思います?」

「いや、それはもはや奴隷であろう。どんな人間がそんな生活をしたいと思うのだ」


「私のいた国ではほとんど全員ですかね。勝ち組と呼ばれる人間は皆そんなものですよ。そして、勝ち組になりたいと思わない人間はいない。もしも、そんなことをしたくないと言う人がいたなら、責任感がないとか家庭を養えないだとかとにかく酷い言われようになりますよ」

「つうか、成人しておったのか。そのナリで」


「どうでしょうね。この子と俺は全くの別人です。性別すら違っていたのだと思いますよ。成人はしていた気もしますが、まだ学生だった気もします」

「なに? もういい――お前は常識が違いすぎる。確かにこの世界の人間ではないな」


「――本能が壊れている。よくそういうことが言われていますが、俺は違うと思うのですよ。欲望のタガが外れたと言うのこそが正しい。生きるのだけならとても簡単にできるようになってしまった世界で、欲望はさらに煮詰まった。願望が心の奥底にたまり、煮詰まり、腐っている。それを狂気と呼ばずになんと呼びましょう」

「……お前の話を聞いていると疲れるな。まったく、なんて拾いものだ」


「そうですか」

「まあ、私も貴様に驚くばかりが能ではないことを見せてやろう。どれ、少し貴様の【発動】を見てやろう――顕現【魔女の箒】」


「……武器じゃない?」

「いいや、人の魂は皆武器だ――例外はない」


魔女さんが手にした箒を向けてきます。

この距離じゃ届かない。

虫でも追い払うように振り回します。

なんだか良い気はしませんが――


「私の鎖は抜けられません」


出現させてあったのは2本。

所在なさげにぷらぷらさせておきましたが、こんなのは限界ではないのです。

5本の鎖で自分の周りに鎖の台風を作る。


箒の先っぽがいきなり伸びて。

ガギィン、と耳障りな音がしました。

なるほど、これは。


「……っ暗器、ですか。それ一つだけとは考えにくい――つまりはその箒、暗器の塊ですね?」


魔女さんの箒から放たれた月に糸をつけたみたいな暗器はバラバラに砕け散っています。

これが俺の【発動】。

鎖にふれたものをズタズタにする効果を付与する。

けれど、この状況では悪手でしたか。


「――ふむ。攻防一体とはそういうことか」


やっぱり、見逃してくれるほど甘くはないですね。

いくら暗器がもろくても、ぶつかっただけではあそこまでバラバラにならない。

だから、これは発動の効果だと見抜かれてしまう。


「ええ、でも――対策する時間なんてあげません」


5本の鎖。

それを全て投擲する。

いえ、鎖には自分でもふれられませんが。

発動段階に達した今、鎖を自在に操ることができる。

そして――階位は絶対です!


「【発動】は【顕現】では止められません。私の勝ちです」


口では強気に云います。

けれど、やっぱり――


「いいかい? 教えてやるよ――世の中には戦術ってものがあるのさ」


箒をくるりと回して。

魔女さんは鎖の群れに突っ込みます。

当たらない……!

最高速で放ったから、今更横にも動かせない。

それでも――


「ええ――知っていますとも」


この程度で魔女さんを倒せるとは微塵も思ってませんでしたよ。

6本目、7本目をクロスさせて押し出す。

スピードは落ちるけれど、これが本来の使い方。

攻撃と防御一体のこの攻撃、それも最初の攻撃のような隙間もありません。


「余力を隠しておくのはとりあえずよくやった、と褒めてやろうかね」


……っ!?

魔女さんが消えた?


そして、首元にざらざらとした感触。

負けですね。

だから――


「箒を首から離してください」


ちょっと痛いです。


「ああ、すまんね。でも、ま――鍛えがいはありそうか」

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