sweet edge ~ それでも恋は
好きな人には、彼女がいて。
本人から「あきらめて」とまで言われてしまったというのに。
それでも。
まだ、好き。
ハルくんだけを、見つめて。
季節が、巡り、また秋が来た。
「美緒、今度の土曜日、開いてる?」
最近、彼と別れた明日菜。しょっちゅう私を誘ってくる。
「予定は、ないけど」
「じゃあ、都香駅に10時ね」
強引に時間と場所を決められ、土曜日を埋められてしまった。
なにもないから、いいんだけどね。
そして、土曜日、都香駅に行ってみたら。
明日菜と知らない男の子が二人。
……やられた。
「明日菜、どういうこと?」
「まあ、いいじゃない。私だって新しい出会いが欲しいし。助けると思って、つきあってよ」
明日菜によると、一人は中国語クラスで知り合った杉本くん。潔い短髪で、たれ気味の細目がすごくいい人そうな印象。
もう一人は、明るい茶髪の岡野くん。
「長谷川さん、去年、法制史一緒だったんだけど」
あー、記憶にないです。
「その様子じゃ覚えてないよね?」
……ごめんなさい。
「今年は、刑法概論とか一緒だから、よろしく」
岡野くんは、これから覚えてね、と明るく言ってくれた。
それから、四人でボーリング行ってカラオケして、ご飯食べて。その間に、岡野くんにメルアドを聞かれ。断るのも変かなとアドレス交換し、その日は解散した。
その夜。
岡野くんから、メールが来て。
『今日は楽しかった。来週の週末、時間ある?』
……どう返せばいいか、わからず。月曜まで、なんだかもやもやして過ごした。
「明日菜、どういうこと?」
この質問をするのは二回目だ。
月曜日に集まったいつものメンバーでのランチタイム。明日菜は、知らん顔で親子丼を食べている。
「まあまあ、美緒。明日菜は明日菜で、いろいろ考えたんだとは思うよ?」
さっちーが横目で明日菜を見ながら言った。
「だぁって。振り向きもしないのを、いつまでも思ってたって不毛じゃない。岡野っち、前から美緒のこと気にしてたみたいだしさ、この際、前向きに考えてみたら?」
前向きって。うさんくさい政治家みたいなことを。
土曜日のセッテイングは、私と岡野くんを引き合わせるための、明日菜と杉本くんの計画で。
明日菜の暇つぶしに付き合うだけのつもりだった私は、ただ戸惑うばかりだった。
そのうえ、すぐに、メールまで来るなんて。
「別に無理してまで付き合うこともないよ」
千裕は、淡々と言った。
「でも、どうやって返事するの?」
「思ったまんまでいいんじゃない? 嫌だったら、断ればいいんだし」
……そうは言うけど。経験値の低い私には、断ることも難しい。
誘われたこととかもないし。
「美緒は、基本的にガード固いからねー。こうでもしないと、男子も声もかけらんないでしょ」
明日菜は、もぐもぐしながら言う。
「可愛いのに、みんな指加えて見てるんだから。もったいない」
はあ?
「明日菜、行儀悪い。飲み込んでからしゃべりな」
「美緒は、今までずっと、ハルくんしか見てないからね。他は全然目に入ってない」
「ほかの人に目を向けるいい時期かもね」
……という友人たちの勧めに負け、私は、岡野くんに日曜日なら空いてますと、返事したのだった。
時折、学内でハルくんを見かける。
その横には、彼女の芹さんがいて。
去年のクリスマス、上手くいったのかな。四回生になった芹さん、就活がうまくいったら時間もとれるんだろうな。なんて。
ハルくんが、好きになりたいと願った人。
ずっとそばにいるってことは、願いがかなったの、かな。
だったら、それは、ハルくんにとって、よかった、んだろう。
とても、おめでとうは言えないけど。
この気持ちに、線を引くためには。
……違う人を、見るようにしていかないといけないのかな。
日曜日は、嵐山まで出かけた。
また都香駅で待ち合わせして、私より先に来ていた岡野くんは、
「来てくれると思わなかった」
とまぶしそうに私を見た。
……なんだか申し訳ないような気持ちになった。
岡野くんも、ちゃんと切符まで用意してくれていた。こういうの、男の子は当たり前にするんだろうか。
目的地に向かう電車の中では、どう会話していいかわからず、岡野くんの質問に答えるばかり。
「長谷川さん、たいてい女子のカタマリでいるから、話しかけづらかったんだよね」
「そう、かな?」
「あ、でも、去年の学祭の時は、楽しそうにたこ焼き焼いてたよね」
「頼まれて、手伝うことになったから」
「うん、あれで、長谷川さんも男としゃべったりするんだなーなんて」
岡野くんは、ちょっと顔を赤くして、
「やべ。去年から長谷川さんチェックしてたの、バレバレ……」
とつぶやいた。
……なんか、こっちの方が恥ずかしいんですけど。
嵐山で、きれいな紅葉を見ながら歩いて。
岡野くんは、猿の出現に驚いた私をかばうように立ってくれて。
その後は、手を引かれた。
びっくり、したけど。
「嫌?」
「ううん」
いやじゃない。だけど。
安心したように岡野くんは、そのまま私と手をつないでいた。
でも。つないだ手が、違う。
そんなの、当たり前のことなのに。
もう、ずいぶん前のことなのに。覚えているのは、その手そのものじゃなく、私の気持ち、なのかもしれない。
「このまま、付き合わない?」
そう言われたのは、帰り道。もうすぐ、都香駅に着くかなという頃だった。
「……ごめんなさい」
「即答? なんで?」
「好きな人がいるから」
「……付き合ってないんだろ?」
そのあたりは、もしかしたら明日菜から聞き取り済みなのかもしれない。私は黙ってうなずいた。
「だったら。えーと、付き合うってことじゃなくて、また会って、もうちょっと俺のこと知ってから返事くれない?」
無理、だと思う。
岡野くんは―――こんな言い方は失礼かもしれないけど、じゅうぶん、付き合ってもいい人。私には、もったいないくらいかも。
黙っていたら、
「どうしても、無理?」
「うん」
「……そっか」
岡野くんは、ふうと揺れる列車の天井を見上げた。
「なんとなく、わかってたけどね。けど、今日来てくれたから、ちょっとは望みあるかな、って先走った」
岡野くんは、笑って、できれば今後は気にせず友達でいてください、と言ってくれた。
その気持ちが、切なくて、うつむくしかできなかった。
思いがけず、自分に寄せられた好意。
答えられない痛みだってあると知った。
ハルくんは、どうだったんだろう?
……少しは、痛かった?
ハルくん。
私は、いつまで、あなたのことだけを、こうして思っているんだろう?
この痛みに終わりはあるのかな。
いつか、時が自然に消していくのかな。
そうだとしても、今は。
まだ、
胸の奥に、ずっと燻りつづける ――― sweet pein.