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アラクネさんは大好きな彼を見守りたい  作者: 石橋いも
二章 並木陽太と染谷亮介
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――①――

「よぉ、今日は元気そうだな」

 翌朝、学校へ向かっている途中、染谷が声を掛けてきた。後ろから勢いよく背中を叩かれ、げほげほと咳き込む。

 むせかえった僕が睨みつけると、

「おぉ、いい感じに入っちまったな、すまんすまん」

 悪びれた様子を見せず、ただ声だけで謝った染谷は、僕の隣に並んだ。

 僕よりも歩幅が大きい染谷は、一緒に歩くときはいつも僕の速さに合わせてくれる。イケメンで背が高いだけでなく、こうした小さな気配りまで得意なのだから、女子からモテるのも当然だ。

 僕は染谷が女子から告白されている場面を何度も何度も何度も見ていて、それと同じだけ「今は彼女がいるから」と言って断っているのを知っている。

 染谷は見かけほど軽薄な男ではない。そういう奴だと分かっているから、アラクネさんについて相談した際、実はかなり期待していた。

 アラクネさんが内心でどう考えているのか、経験豊富な染谷なら分かってくれるかもしれない、と思ったからだ。そして、そんな僕の期待通り、アラクネさんの気持ちを見事に言い当てるだけでなく、確実で分かりやすいアドバイスまでも返してくれた。

 隠し事がバレるような形での相談だったが、結果的には話せて良かったと思える。

「……ところで並木、昨日の件なんだが」

 染谷はじっと食い入るような目を僕に向けていた。その目からは「早く経過を話せ」と言っているのが見て取れた。モテる男でも、他人の恋の行方が気になるものらしい。

 僕は呼吸を整え終えると、「もう少し考えさせてと言ったよ」という、何とも曖昧な報告をした。

 つまらない返事だとガッカリされるかもしれないと思ったが、そんな僕の想像と反して、染谷は満足そうに頷く。

「怒らないのか? せっかく相談に乗ってくれたのに、答えが出せなかったんだぞ」

「確かに俺好みの答えではない。だけど、良くも悪くも並木らしいと思う」

「そう言ってくれるなら助かるけどさ」

「実際の所、昨日の俺は好き放題言い過ぎた。相手の女の子なんか全く知らないくせに勝手なこと言って、それにそそのかされた並木が早まった判断をするんじゃないかって、ちょっとビビってたんだ」

「……ふぅん」

 その慎重な物言いは、なんだかいつもと様子が違うように思えた。

 僕はちらりと、高い位置にある染谷の顔を見上げる。その表情は物憂げなようで、いつもの元気が見当たらないように見える。

 なんとなくだが、今日の染谷は覇気がない。

 昨日、ぼんやしした僕を見た染谷は、何も言っていないにも関わらず『何らかの悩みを抱えている』と気付き、話を聞こうとしてきた。それと同じで、僕にだって友人が不調そうにしていれば、気になって話を聞きたくなってしまう。

「なぁ並木、今日暇か?」

 だが、僕が話しかけるよりも前に、染谷が口を開いた。

「用事は無いけど、金も無い」

「何なら奢ってやってもいいぜ」

「奢りか……どうしようかな」

 僕が悩んでいると、ズボンのポケットが震えた。中に入っている携帯を取り出し、画面を見る。メールの着信が一件。

『辞めた方が良いです』

 もしかして、自分と話す時間が減ってしまうのが嫌だから? メールの内容を確認した僕は、首をかしげた。

 そして、咄嗟に声に出して「意味が分からないよ」と言ってしまう。

 染谷がいる前で答えてしまったことに気付いてハッとしたが、

「奢る意味ってことか?」

 どうやら染谷は勘違いしてくれたらしい。

「ええと、ほら、染谷も彼女とデートするのに金が掛かったりするだろ? それに、僕の悩みはもう自分で何とかするから、そこまで気遣ってくれなくてもいいよ」

「……それも、そうだな。……なんだか、並木が遠くに行っちまった気がする」

「なんだそれ」

 一瞬、染谷の目が寂しげなものに変わる。僕はその変化を見逃さなかった。

 やっぱり、今日の染谷は変だ。

「なんとなく思ったことに深い意味なんてねぇよバーカ!」

 何かを振り払うかのように、染谷は大声を上げた。そして、また僕の背中を叩いた。さっきよりも力が入っていて、痛みが骨まで響く。

 僕は一発殴り返してやろうと拳を振るったが、染谷は難なく避けると、さっさと走って行ってしまった。

「なんだあいつ……」

 小さくなっていく背中を見つめながら、小さく呟いた。


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