表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アラクネさんは大好きな彼を見守りたい  作者: 石橋いも
終章 並木陽太と荒久根糸子
32/34

――②――

 まさか並木君と直接話をする日が来るなんて、夢にも思いませんでした。

 私は、自分の性格がとても臆病だと自覚していたので、自ら接触するなんて絶対に無理だと思っていたのです。

 なのに、こうして動いてしまったのは、回りくどい裏工作では彼を止められないと分かったからでしょう。とはいえ、ここまで覚悟を決めたというのに、目隠しをして未だに自分を見せられないのは、我ながら筋金入りの臆病者だからだと認めざるを得ません。

 家族以外の人間と会話を交わすのは、実に三年ぶりです。私が引き篭もるようになったのは、中学一年生の頃でした。

 私は以前から内向的で、コミュニケーション能力が低かったです。

 自分から話しかける勇気も無く、当然友達も少なかったです。背丈も小柄で、常に下ばかり見て俯いている女子でした。

 幸いにも、いじめや無視等、酷い扱いは受けていません。私は勉強が出来たので、宿題を見せたり勉強を教えることで、なんとかクラスに馴染めていました。楽しい会話をしたことはありませんが、特別不幸な訳でもない、地味な女子。私はそんな立ち位置に居ました。

 とある男子からの、告白を受けるまでは。



「それって、僕が青山さんにやろうとしたみたいな?」

「そうです、その告白です」

 いつしか私は、並木君に自分の話をしていました。並木君なら馬鹿にせず聞いてくれると思ったのでしょう。そんなつもりは全く無かったのに、これも並木君の人徳みたいなものかもしれません。気付けば私は、自分でも全く意識していない間に、聞いて貰いたい言葉を口からこぼしていました。

「私に告白をしてきたのは、当時のサッカー部のエースでした。背が高くて格好良くて運動神経も抜群で、男女問わず全ての生徒から一目置かれる存在。……そんな彼が、告白してきたのです」

「へええ、なんだか染谷みたいだね」

「いえ、染谷君に月元さんを混ぜたくらいです」

「それは――女々しさ二倍だな」

「じゃあ、その部分を切り取って省いて下さい。それで完成です」

「超人だね」

「はい。そんな人でした」

「それで、返事はどうしたの?」

「断りました」

 並木君の目が、私の手の中で見開かれました。まつげが擦れて少しくすぐったい。続いて口を開いて何かを言い掛けましたが、最後まで聞こうと思ったのでしょうか? 結局何も言わずに口を閉ざしました。

「すごく、怖かったです。クラスで全く目立たない私が突然告白を受けるなんて。しかも、学園で一番人気の男子からですよ? 今まで一度も話した事も無いのに。……これはもう、絶対に罰ゲームだと確信しました。告白に応じた瞬間、物陰から沢山の人が出てきて、私を馬鹿にする。と思っていました。だから……断ったんです。 するとですよ! 本当に悲しそうな顔をして! それは演技なんかじゃなくて! 私は!」

「いでででで! 目が! 目が!」

 並木君の悲鳴を聞いて、慌てた私はとっさに手を離してしまいました。ですが、並木君は決して振り返ろうとせず、両目を閉じたまま佇んでいました。

「私は……自分の勝手な思い込みで、彼を傷つけてしまいました。断った事実はすぐに学校中のウワザになり、反感を受け居場所を失った私は、不登校になりました」

「……」

「そんな顔しないで下さい。私は、後悔していませんよ? 学校に行かなくても勉強くらい余裕です。私は頭が良いですから。それに、煩わしい人間関係から解放された喜びもありますからね。本当は高校に行くつもりもありませんでした。ママがどうしても行って欲しいと言うから、仕方なく通ってますけど」

「でも、ちゃんと行ってないんだよね?」

「………………良いんです。卒業して資格さえ貰えれば。テストは楽勝ですし、出席日数の計算もしています。問題はありません」

「本当にそうかな?」

 そう言って突如、並木君は立ち上がりました。ゆっくりとした動きですが、私はすくみあがるくらい驚きました。

「ね、アラクネさん」

「な、な、なんですかっ!?」

「後悔してないって言うなら、そんなに驚いてちゃ駄目だよ」

「驚いてなんかいません!」

「じゃ、振り向いていい?」

「絶対駄目です!」

「わかった」

 並木君は素直に応じると、またベンチに座り直しました。ゴスロリのスカートがふわりと揺れて、それを手で押さえる。そんな何気ない仕草がとても女の子らしい。間違いなく男の子なのに。こういう所がとても並木君らしいです。私は堪えきれずに吹き出してしまいました。

「何笑ってるんだよ」

「いえ、やっぱり私は、並木君が好きなんだなぁ。と思って」

「あのさ、僕やっぱり、振り向いて良い?」

「駄目です」

「ずるいなあ。僕だって、アラクネさんが好きなのに」

 ぼやくように呟かれたその言葉。

 並木君は、なにげない口調で、とんでもない発言をしてくれました。

 あまりにも衝撃的すぎて、返事の言葉が何も思い浮かびません。そのくせ、心臓の鼓動は早鐘を打ち鳴らさんばかりに増していきます。

 呼吸が荒くなり、思考が乱れてどうしようもない。喜びの感情が限界を遙かに越えて、私はショック死してしまうんじゃないかと、逆に恐怖すら感じてしまいそう。

「あ、あ、あ、あああああのっっ!」

「僕とアラクネさん、両想いだね」 

「や、止めてくださいっ、これ以上はっ!」

 これ以上聞き続けると、ホントに死んでしまう! 

 私にとってそれは言葉の暴力と何ら変わらない。例えるなら、冷たすぎるドライアイスに触れて火傷をするのと同じです。嬉しくて、嬉しくて嬉しくて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて仕方ないのが逆に辛いです。 

 並木君は私の顔を知りません。姿形を、全く把握していないのです。

 そんな状態で、好きになって貰えたのは奇跡のような物でしょう。ですが、その奇跡には限界があります。本人を見てしまうと、効果は無惨に消えてしまう。並木君は、自分のイメージによって形成された私を好きになっている。

 それは当然です。今までずっと隠れていたのは私の方ですから。

 並木君が好きになっているのは、あくまで可愛いと思い込んでいる想像上の『アラクネさん』であって、今ここに存在する「荒久根糸子」では無い。

 だから、振り向いて欲しくない。

 好きだと言ってくれても、振り返った瞬間に、気持ちが変わってしまうかもしれないから。

 それだけは嫌です。……絶対に嫌っ!

「ねぇ、アラクネさん」

「嫌です!!」

 振り返ろうとする並木君の肩を掴み、全力で押し返しました。だけど、私の力では男の子には叶いません。並木君がその気になれば、たやすく払われてしまう。だけど、並木君は優しい人です。そんなことする訳がありません。私が嫌がることを、並木君が、するわけ――。

「僕ももう、そろそろね、限界なんだよ」

 並木君らしからぬ、低いトーンの声が発せられて、私は体をビクリと振るわせました。

明らかに、先程までとは雰囲気が変わっている。

「ねぇ、なんであの時、僕は自分の携帯を壊したと思う?」

「そ、それは……私の指図を受けないという、意思表示では……?」

「うん、半分正解。だけど、もう半分は」

 言いながら並木君は、肩を掴む私の手に触れました。

 そして――

「君をおびき出す。為だったりして」

 私の手を、力強く掴みました。

 手の感触から、絶対に離さない。という意志が、ものすごく伝わって来ます。

「君が一方的に会話に応じなくなったみたいに、僕だって無視を決め込んでみたんだ。そんな状態で計画と違うことをやれば、アラクネさんはなんとかして接触してくるだろう。その予感は的中した」

 振り返ろうとする並木君を、渾身の力で何とか押さえ込もうとします。

 だけど、同年代と比べても体力の無い私では、そう長くは持ちません。

「ごめんね、アラクネさん。僕は、君が思っているような優しい人間じゃ無いんだ」

 並木君は、私の手を掴んだまま、強引に振り返りました。

 そして、目と目が合わされそうになる瞬間、私は、並木君の胸へと、飛び込んだ。

 まるで、ラグビー選手のタックルのように――とは、非力な私ではそう上手くはいきませんでしたが、それでも十分な体当たりでした。

 私達は密着したまま吹き飛び、ベンチから少し離れた位置へと落ちました。私は無傷でしたが、盾にされて背中から落ちた並木君は、痛みに悶絶しています。

「ごめんなさい。でも、こんなことになるなんて、私は全く予想していませんでした」

 苦痛に歪んだ目を夜空へ向けている間に、私はポケットから自家製護身用スタンガンを取り出し、それを並木君の腹部へとあてがう。

「あなたには幻滅しました。さようなら、並木君」

「待って、アラクネさ――」

 スイッチを入れた瞬間、心から何かが抜け落ちていくのが分かった。

 好きな人を自分の都合で傷つけた私には、喪失感を覚える資格すら無いというのに、我ながらどうしようもなく身勝手だと思う。

 並木君は、小さな悲鳴を上げて意識を失った。

 私の体をぎゅっと強く、抱きしめたまま。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ