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アラクネさんは大好きな彼を見守りたい  作者: 石橋いも
終章 並木陽太と荒久根糸子
31/34

――①――

 青山霞は男性を好きになれない。

 その事実を最初に知った時、私は喜んでしまいました。我ながら、最悪な人間性だと自覚しています。しかし、それでもゆるむ頬を抑えられませんでした。

 何も知らない彼は、いずれ告白を行うでしょう。

 そして、盛大に玉砕する。

 失恋した彼は恐らく、クラスで一人になる。友人の染谷君はアレコレと気を使ってくれたかもしれませんが……あの当時、染谷君自身も彼女にフラれた所ですから、他人に気を回せる程の精神的余裕は残っていなかったでしょう。

 私は「失恋の傷を癒せるのは、新しい恋しかない」という、誰が言ったのか定かではないけれどしかし有名な言葉が示す通り、そのタイミングで登場するつもりだったのです。ゲームセンターでも、本屋でも、ショッピングモールでも何でも良い。偶然を装い、初対面を演出するつもりでした。

 彼の情報を調べ尽くした私なら、どんな話題でも盛り上げられる。

 緊張だって勿論ありますが……それでもこの気持ちは本物なので、上手く話せなくても不格好でも、伝わりさえすればそれで良い。

 そう思っていました。

 ですが、そんな計画は見事に崩れてしまいました。他ならない私の手によって、携帯を操作しメールを打ち込み「ここから逃げてください」と送信してしまったからです。

 今思えば、それで正解だった気がします。

 私は本当にコミュ力が無いですから、以前の計画の通りに行動を起こしても、好きになって貰うことは不可能だったでしょう。「実はフラれると分かっていながら告白を止めませんでした。私が付け入るスキとして利用しました」なんて意識を隠したまま気持ちを伝えるなんて、どだい無理な話だったのです。

 何より、彼に傷ついて貰いたくない。結局の所、それが一番の理由でした。

 それに、性格が明るくて友達も沢山いて運動が得意な、私と正反対な女。そんな、嫉妬以外の感情が向けられない相手に彼が傷つけられるなんて、絶対に許せません。

 この頃から、既に私の監視欲求は始まっていました。用意していた計画が狂ってから、私の中の気持ちも狂い始めました。彼の全てを自分の物にしたいと思うようになりました。

 自分の気持ちを、自分なりのやり方で伝える。短所も長所も丸ごと見せて、私という生き物を知って貰いたい。もしそれが受け入れられれば、どれほどの幸せが得られるだろう?

 そうなれば彼は、私の物だ。もう絶対に離さない。

 遠く離れた場所から、私は見守り続けるだろう。

 暗い部屋の中で、起動したパソコンのモニターを見つめながら、私はじっと、大好きな彼を見つめ続ける。

 そんな青春もアリだと、思ってしまったのです。



「ぜ、絶対ですよ! 絶対振り向かないで下さいね!」

「分かってるって」

 こんなに念押ししなくとも、並木君は私が嫌がることは絶対にしません。それはもう、本当に良い人ですから、なんせ私を平然と受け入れるくらいなんですから、ガンジーと比べても見劣りしないレヴェルです。ですが、そう分かっていても怖い物は怖いです。遊園地のお化け屋敷だって、作り物だと分かっていても怖いのと同じです。決して私が信用していない訳では無いのです。断じて。

 震える両手で、並木君の頭を鷲掴むようにして、目を隠す。あぁぁ汗とか滲まないでお願い。

「それで? 一体何の用なのさ? アラクネさん」

 私が内心で大騒ぎしていると、並木君がにやりと頬をゆるめながら、意地悪そうな口調でそう言いやがりました。分かっていて聞いているのだとすぐに理解した私は、ちょっとムカついたので目の圧迫を強めました。

「いででででっ」

「私の計画を壊すのが好きなんですね、並木君は」

 痛がりながらも、並木君は私の手に絶対に触れようとしません。膝の上に置いたままピクリとも動かさず、痛みを受け入れています。それがほんの少し寂しいと思うのは私のワガママでしょうか? いえ、女心は複雑なので、それを見抜けない並木君が悪いですね。

 少し切なくなった私は手を緩めて、ここに来た理由を話します。

「今日は一言文句を言いに来ました。……私の用意した計画に気付くだけでなく、それを破壊した並木君に……私、怒ってますからっ」

「それを言ったら僕だって同じ気持ちだよ。突然メールを送っても反応しなくなるし、ずっと返事もくれないし、本当に心配したんだからな」

「え……」

「心配してたんだよ、心の底からっ」

 そんな風に言われて、嬉しくない訳がありません。だけど同時に、そんな風に想われたことが失敗だったのだと気付きました。そんな気持ちを肯定するように「遊園地に今二人で居るって、月元先輩にメールしただろ」と、並木君が言います。

「はい、私が教えました」

「だよね。見慣れないアドレスだったけど、間違いなく文面がアラクネさんだった」

「うっかりしてました……まさか、月元先輩が並木君にメールを見せてしまうなんて……」

 並木君が月元先輩か得た情報の二つ目が、それでした。月元先輩は、どうやって遊園地デートについて知ったのか?

 何を隠そう、そのきっかけは私のメールだったのです。

 私の計画というのは、要するに青山霞の思惑を早めただけでした。

 青山霞は月元先輩と別れる為に並木君を利用しようと考え、遊園地に誘ったのでしょう。並木君の好意を高めて、修羅場を作ってウヤムヤにするつもりだったのかもしれません。でもま、あの女の考えを理解するつもりは最初からありませんし、自分が傷つかない為に並木君を使うなんて許されないので、私がメチャクチャにしました。

 本当に気に入りませんが、事は上手く運びました。あろうことか青山霞はキスまでしました。その結果、私は怒りや憤怒の先にある感情を知りましたが……まぁ、並木君が幸せになるなら、それでよかったのです。

 それで良かった筈でした。

「僕は気付いたよ。アラクネさんが、怪我や病気じゃなく、一緒に居るのを諦めようとしているって」

 それを聞いて、ほんの少しだけ青山霞に同情します。

 並木君が私なんかよりも青山霞のことが好きであれば、あの状況に陥った時点で迷わず付き合っていた筈です。ですが、並木君は……その、えっと……思っていたよりも私のことを気に掛けてくれていていた。つまり、並木君が先程までの状況を「チャンス」として捕らえられなかったのが、失敗の理由であり、その原因を作ってしまったのが、私の存在だったのです。

「……ストーカーが消えるのですよ? 普通嬉しいですよね?」

「あのさ、それ本心? 割と素でイラとしたんだけど」

「ご、ごめんなさいっ」

 並木君の怒りを示す反応に、私はすぐ謝った。

 だけど、ほんのすこし――いえ、ものすごく嬉しかったです。私は、私が思うよりもずっと、並木君に好かれているらしいと分かったから……怒られながらも頬がにんまりと緩んでしまう。もうこればっかりは、どうしようもないです。

「別に怒ってる訳じゃないけどさ」

 並木君は、まだ少しだけムッとしていました。

「本当にごめんなさい」

「いや、そんな真剣に怒ってないから」

「……心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

「うん、そうだね。……これに反省したら、今度からは止めてね」

「はい」

 私が力強く頷くと、並木君は微笑みました。

 私の大好きな、優しい表情でした。



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