――①――
青山霞は男性を好きになれない。
その事実を最初に知った時、私は喜んでしまいました。我ながら、最悪な人間性だと自覚しています。しかし、それでもゆるむ頬を抑えられませんでした。
何も知らない彼は、いずれ告白を行うでしょう。
そして、盛大に玉砕する。
失恋した彼は恐らく、クラスで一人になる。友人の染谷君はアレコレと気を使ってくれたかもしれませんが……あの当時、染谷君自身も彼女にフラれた所ですから、他人に気を回せる程の精神的余裕は残っていなかったでしょう。
私は「失恋の傷を癒せるのは、新しい恋しかない」という、誰が言ったのか定かではないけれどしかし有名な言葉が示す通り、そのタイミングで登場するつもりだったのです。ゲームセンターでも、本屋でも、ショッピングモールでも何でも良い。偶然を装い、初対面を演出するつもりでした。
彼の情報を調べ尽くした私なら、どんな話題でも盛り上げられる。
緊張だって勿論ありますが……それでもこの気持ちは本物なので、上手く話せなくても不格好でも、伝わりさえすればそれで良い。
そう思っていました。
ですが、そんな計画は見事に崩れてしまいました。他ならない私の手によって、携帯を操作しメールを打ち込み「ここから逃げてください」と送信してしまったからです。
今思えば、それで正解だった気がします。
私は本当にコミュ力が無いですから、以前の計画の通りに行動を起こしても、好きになって貰うことは不可能だったでしょう。「実はフラれると分かっていながら告白を止めませんでした。私が付け入るスキとして利用しました」なんて意識を隠したまま気持ちを伝えるなんて、どだい無理な話だったのです。
何より、彼に傷ついて貰いたくない。結局の所、それが一番の理由でした。
それに、性格が明るくて友達も沢山いて運動が得意な、私と正反対な女。そんな、嫉妬以外の感情が向けられない相手に彼が傷つけられるなんて、絶対に許せません。
この頃から、既に私の監視欲求は始まっていました。用意していた計画が狂ってから、私の中の気持ちも狂い始めました。彼の全てを自分の物にしたいと思うようになりました。
自分の気持ちを、自分なりのやり方で伝える。短所も長所も丸ごと見せて、私という生き物を知って貰いたい。もしそれが受け入れられれば、どれほどの幸せが得られるだろう?
そうなれば彼は、私の物だ。もう絶対に離さない。
遠く離れた場所から、私は見守り続けるだろう。
暗い部屋の中で、起動したパソコンのモニターを見つめながら、私はじっと、大好きな彼を見つめ続ける。
そんな青春もアリだと、思ってしまったのです。
「ぜ、絶対ですよ! 絶対振り向かないで下さいね!」
「分かってるって」
こんなに念押ししなくとも、並木君は私が嫌がることは絶対にしません。それはもう、本当に良い人ですから、なんせ私を平然と受け入れるくらいなんですから、ガンジーと比べても見劣りしないレヴェルです。ですが、そう分かっていても怖い物は怖いです。遊園地のお化け屋敷だって、作り物だと分かっていても怖いのと同じです。決して私が信用していない訳では無いのです。断じて。
震える両手で、並木君の頭を鷲掴むようにして、目を隠す。あぁぁ汗とか滲まないでお願い。
「それで? 一体何の用なのさ? アラクネさん」
私が内心で大騒ぎしていると、並木君がにやりと頬をゆるめながら、意地悪そうな口調でそう言いやがりました。分かっていて聞いているのだとすぐに理解した私は、ちょっとムカついたので目の圧迫を強めました。
「いででででっ」
「私の計画を壊すのが好きなんですね、並木君は」
痛がりながらも、並木君は私の手に絶対に触れようとしません。膝の上に置いたままピクリとも動かさず、痛みを受け入れています。それがほんの少し寂しいと思うのは私のワガママでしょうか? いえ、女心は複雑なので、それを見抜けない並木君が悪いですね。
少し切なくなった私は手を緩めて、ここに来た理由を話します。
「今日は一言文句を言いに来ました。……私の用意した計画に気付くだけでなく、それを破壊した並木君に……私、怒ってますからっ」
「それを言ったら僕だって同じ気持ちだよ。突然メールを送っても反応しなくなるし、ずっと返事もくれないし、本当に心配したんだからな」
「え……」
「心配してたんだよ、心の底からっ」
そんな風に言われて、嬉しくない訳がありません。だけど同時に、そんな風に想われたことが失敗だったのだと気付きました。そんな気持ちを肯定するように「遊園地に今二人で居るって、月元先輩にメールしただろ」と、並木君が言います。
「はい、私が教えました」
「だよね。見慣れないアドレスだったけど、間違いなく文面がアラクネさんだった」
「うっかりしてました……まさか、月元先輩が並木君にメールを見せてしまうなんて……」
並木君が月元先輩か得た情報の二つ目が、それでした。月元先輩は、どうやって遊園地デートについて知ったのか?
何を隠そう、そのきっかけは私のメールだったのです。
私の計画というのは、要するに青山霞の思惑を早めただけでした。
青山霞は月元先輩と別れる為に並木君を利用しようと考え、遊園地に誘ったのでしょう。並木君の好意を高めて、修羅場を作ってウヤムヤにするつもりだったのかもしれません。でもま、あの女の考えを理解するつもりは最初からありませんし、自分が傷つかない為に並木君を使うなんて許されないので、私がメチャクチャにしました。
本当に気に入りませんが、事は上手く運びました。あろうことか青山霞はキスまでしました。その結果、私は怒りや憤怒の先にある感情を知りましたが……まぁ、並木君が幸せになるなら、それでよかったのです。
それで良かった筈でした。
「僕は気付いたよ。アラクネさんが、怪我や病気じゃなく、一緒に居るのを諦めようとしているって」
それを聞いて、ほんの少しだけ青山霞に同情します。
並木君が私なんかよりも青山霞のことが好きであれば、あの状況に陥った時点で迷わず付き合っていた筈です。ですが、並木君は……その、えっと……思っていたよりも私のことを気に掛けてくれていていた。つまり、並木君が先程までの状況を「チャンス」として捕らえられなかったのが、失敗の理由であり、その原因を作ってしまったのが、私の存在だったのです。
「……ストーカーが消えるのですよ? 普通嬉しいですよね?」
「あのさ、それ本心? 割と素でイラとしたんだけど」
「ご、ごめんなさいっ」
並木君の怒りを示す反応に、私はすぐ謝った。
だけど、ほんのすこし――いえ、ものすごく嬉しかったです。私は、私が思うよりもずっと、並木君に好かれているらしいと分かったから……怒られながらも頬がにんまりと緩んでしまう。もうこればっかりは、どうしようもないです。
「別に怒ってる訳じゃないけどさ」
並木君は、まだ少しだけムッとしていました。
「本当にごめんなさい」
「いや、そんな真剣に怒ってないから」
「……心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「うん、そうだね。……これに反省したら、今度からは止めてね」
「はい」
私が力強く頷くと、並木君は微笑みました。
私の大好きな、優しい表情でした。




