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アラクネさんは大好きな彼を見守りたい  作者: 石橋いも
三章 並木陽太と青山霞
30/34

――⑱――

 青山さんは、突然やってきた僕をあっさりと家に入れた。青山さんの部屋は二階にあるらしく、二人で並んで階段を登ると、その重みに耐えかねるようにして軋む音が聞こえてくる。

 前を歩く青山さんは、目だけを動かして僕の方を見てくる。

 僕は今、ゴスロリ服を着ていた。

 黒を基調とした至る所にフリルの付いた服に、悪魔の羽を象ったカチューシャ、両目には紫色のカラーコンタクトを入れている。この小悪魔をイメージした姿は、一年前の文化祭で着たのと同じものだ。その格好が気になって仕方ないのだろう。部屋の扉の前にたどり着くまで、ずっと僕を見ていた。

 だが、格好に驚かされたのは僕も同じだった。

 どうやら、青山さんは今日一日ずっと家に引きこもっていたらしく、栗色の髪はボサボサで、可愛い動物のマスコットがプリントされたパジャマを着ていた。間違っても、同年代の男子に見せるべき姿ではない。なのに平然と家に招き入れた辺り、この異常事態に思考がマヒしているのかもしれない。

 部屋の前までたどり着くと、青山さんが扉を開ける。

「どうぞ、入って」

 招かれた僕は、少し緊張しながら足を踏み入れた。

僕の部屋よりずっと広く、白色で汚れの一つもない本棚と衣装タンスに、敷かれたクリーム色のカーペットの中央には折り畳み式のテーブルが置かれており、その上には薄い緑色のノートパソコンがある。

 とてもお洒落な部屋に見えた。機能性を重視しつつも、どことなく可愛いげがある。と、そんな感想を抱いていた僕の後ろで、ガチャリと、扉の締まる音がする。

 そして、背中からずしりと重みを感じた。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 後ろに立つ青山さんは、僕に全身を押しつけるようにして、密着してきたのだ。そのまま両腕を前に回して、がっしりと捕まえられてしまう。

「あたし、並木の匂い……そんなに嫌いじゃない……」

 首筋に顔を押しつけ、すんすんと呼吸をしてくる。

ゾクリと鳥肌が立った。僕は腕をつかんで無理矢理振り解くと、更に数歩奥へと進んで距離を取ってから、振り返った。

 青山さんは、まだ興奮が冷めきらないらしく、顔が赤く染まっている。だが、僕が冷静な視線で見つめ返すと、表情からは少しずつ熱さが抜けていった。

「ごめん……」

 すっかり大人しくなった青山さんが、しょんぼりとうなだれる。

「まぁ、後で写真撮るくらいならいいよ」

 見かねた僕がそう言うと、ぱっと花が咲くように笑顔になった。

「ホント!?」

「うん、でも、後でだからね。まずは、僕の話を聞いて貰いたいんだ」

「話って何?」

「この前のデートについて」

 僕が話を切り出すと、青山さんは黙った。表情から明るさが消えて、少しだけ鋭くなった目つきで僕を見る。

 それに対し、僕は堂々と青山さんの目を見つめ返した。こんな所で気圧される訳にはいかない。

「これ以上こじれて面倒臭くなるのは嫌だから、ハッキリ言うね」

 そう言って、僕は心の中で覚悟を決める。

「青山さん、君は、女の子が好きなんだろ?」

 そして、思い至った答えを口にした。自分でも驚くくらい、あっさりと言葉が出てきて意外だった。僕がそう言った直後、ほんの一瞬だけ青山さんがピクリと体を震わせる。

「ま、まって! 突然何言ってるの? 意味わかんないんだけど!」

 話を続けようとする僕を遮ったものの、何か言い返してくる訳でもなく、青山さんは僕を黙らせただけで、口を噤んだまま足下をじっと見つめている。その態度はまるでしかられた子供みたいだ。

「ちょっと長くなるかもしれないから、座っていい?」

 僕が訪ねると、無言のままコクリと頷いたので、僕らはテーブルを挟む形で腰を下ろした。

「月元先輩から話を聞いて、違和感を覚えたんだ」

 そう言って、僕は話を再会する。

「月元先輩が告白する直前まで、青山さんは僕の画像を携帯で見ていたんだよね。おそらく、あのとき写真部から押収したものだと思うんだけど」

「……怒ってる?」

「まさか、全然」

「でも、嫌な気分になったよね。ごめん」

「別に良いって。……ていうか、この件が無ければ僕は延々と間違い続けるところだったんだから、むしろ感謝してるよ」

「間違いって?」

「青山さんは僕のこと、まんざらでも無いんじゃないかって、そう思い込んでいただろうな――ってこと」

「…………」

「僕の女装は完璧だった。外見だけを見れば、誰だって女の子と見間違うくらいにはね」

 僕が困ったように笑いながら言う。場の空気が少しでも和らいでくれれば嬉しいのだが、残念ながら、青山さんの表情は、依然険しい。

 仕方ないので、僕は続きを話す。

「この格好だけを見て、正体が男だと分かる人間は居ない。あえて断言するけど、それが事実。……だけどね、青山さん」

 小さく息を吐き出し、テーブルへと目を伏せた。

 これを伝えるのは酷かもしれない。だけど、覚悟してここまで来たのだ。

迷ったのは一瞬だけで、僕はすぐに顔を上げて、不安そうな青山さんの目を見つめる。

「月元先輩は、僕だと分かっていたよ。あの少女が僕だって、最初から」

「えっ」

 青山さんの表情が、完全に固まる。まるで、時間が止まってしまったみたいに。

 しばらくそうしていると、まるで受け止めきれない不安を前にしたように、体を振るわせた。自分を抱きしめるようにして両肩を押さえるものの、震えは増すばかりか、顔色までもが青く染まっている。

 それを気の毒に思いつつも、僕の言葉が止まることは無い。

「あの人は去年の文化祭、女装コンテストを見ていたんだよ」

「嫌!!」

 青山さんは悲鳴を上げた。この家に他の家族が居れば心配して飛んでくるであろう。それくらい響く声だった。が、僕等の他には誰も居なかったらしい。しん、と静まり返った静寂だけが、この空間を支配していた。

 その悲鳴が、僕の考えが正しいのだと証明してしまった。

 僕にはどうしても違和感が拭えなかった。遊園地で月元先輩から『青山は並木の女装写真を大量に持っている』という話を聞いて、月元先輩は『その理由は並木が好きだから』と思い込んで納得していたが、常日頃からクラスメイトとして関わる僕からすれば、そんなことはアリエナイと分かってしまうのだ。

 悲しいことに、青山さんのことがずっと好きだった僕だから、ハッキリとそう断言できてしまう。

 では何故、僕の写真を持っていたのか? 

 まず考えたのは、青山さんは可愛いものが好きだった、という可能性。

 自分で言っちゃうのもアレだけど……僕の女装のレベルはデタラメに高く、相当可愛いのだと思う。元からそういう物が好きだった青山さんは、その魅力に惹かれてしまったのではないだろうか? 

 そう考えれば、僕の写真を持っている理由としては自然かもしれない。

 しかし、青山さんの場合、月元先輩と付き合った。

 その意味を考えた時、ピンと来たのだ。

 青山さんは、女の子好きがバレるのを恐れたのだと。

 可愛い女の子を見てニヤニヤしている姿を見られて、違和感を持たれたかもしれない。異常だと思われたかもしれない。だから告白を受けとめて、自分が正常だと証明しようとした。のではないか? もし断れば、腹いせに暴露されるかもしれない。そういう想いもあっただろう。

 だけど、それは勘違いだった。

 最初から僕の女装を知っていた月元先輩は、それを女の子だと誤解しなかった。だからせいぜい、友人の可愛い姿を見て笑っていたくらいにしか思わなかっただろう。まさか、青山さんがレズピアンだなんて発想を抱きはしなかった筈だ。

 つまり、全ては取り越し苦労だったのだ。

 最初から素直に断ってさえいれば、これほど面倒な事態に陥らずに済んだのに。

「僕が青山さんにメールを送った日、月元先輩が言うには、とても寂しそうな目をしたんだってね。あれは、仕込みだったんだろ? 月元先輩と僕を戦わせる為の」

 さっきから僕が語る内容は、あくまで憶測にすぎない。証拠なんて物は無いし、ただの妄想だと言われてしまえば、何も言い返せなくなる。

 だから、これ以上はもう言わない。

 僕の好意に最初から気付いていて、それを利用しようと考えた、とか……。

 どうやって、僕と月元先輩をぶつけようとしたのか、だとか……。

 それらの思惑について、言及するのは辞めておく。

 これらはただの憶測でしかないのだから。自分勝手な妄想で青山さんを嫌いになるなんて、馬鹿げている。例えそれが、限りなく正解に近かったとしても、本人がそう告げてこない限り、それは正解から程遠い。

 青山さんは、涙をこぼしていた。しゃくりあげながら、体を小さく上下させる。それはもう、号泣に近かった。声を掛けようか、と考えて、すぐに思い直す。泣かせたのは僕なのだから、気持ちの整理がつくまで黙っていようと思った。

 そうして、十分程経った頃だろうか。

 壁に立て掛けられた時計の針をぼんやりと眺めていた僕に、青山さんが言った。

「最初にさ……」

「ん?」

「並木に貰ったラブレター、実はちょっと、嬉しかったんだよ?」

 ぽつりと漏らされた声を聞いて、そう来たか、と思った。

 僕が顔をしかめて「どうして分かったの?」と聞くと、青山さんは薄く笑って一言。

「筆跡」

「あー……」

 まぁ、そうだよね。クラスも一緒だから、日常の中で宿題を見せたり、ノートを貸したりする機会はよくある。ただ、それすらも予測した上で、アラクネさんは逃げて下さいと言っていたような気もする。

 僕が苦い顔をして視線を逸らすと、それで少し満足したのか、青山さんは意地悪な笑みを浮かべた。

「まぁ、それでも断ってたけどね」

「分かってるよ、男とは付き合えないでしょ」

「でも、月元さんと並木なら、あたしは並木を選ぶよ」

「なんだその言い方……」

 不満そうな声を漏らすと、青山さんはケラケラと笑った。手で口を押さえることもせず、大声で笑う。

 もう、そうする以外に、自分の思惑を話す方法が無いのだ。重苦しい声で、深く頭を下げながら謝罪するよりは、お互い様だと罵り笑う方がずっと良い。

 例え、心の中が傷だらけだったとしても。

それを理解し合える相手と殴りあうのは、きっと耐えられない。

「だからあのとき、キスしたのか?」

「違う違う。まさか月元さんが来るとは思わなかったもん。あれはその場の勢い。っていうかホントはもっと手順を踏んで、実は好きだったんだよ。と並木に想わせておいて、月元先輩からあたしを奪って貰おうと思ったの。酷い女でしょ」

 僕が意図的に避けた内容を語ろうとするから、咄嗟に耳を塞ぎそうになって、なんとか我慢した。その代わりに「ホントだよ、最低最悪の悪女だよ」と、茶化す様な言い方をして、場の空気が深刻化するのを防ごうとする。

「あ、酷い。並木もさっさと他の女に乗り換えた癖に」

「乗り換えって言うな。最初から付き合う気なんか無いって、さっき言ったじゃんか」

「そうだね。でもやっぱり並木が悪い」

「なんでさ」

「だって、もしあたしの本性に気付かないままだったら、あたし達付き合えてたんだよ? 分かるよね?」

 にこりと笑顔で言うものの、その言葉には責める気持ちが籠っているように思えた。青山さんは冗談ではなく本気で、並木が悪い。と言っているのかもしれない。

 確かに、僕が余計な真似さえしなければ、交際は始まっていただろう。月元先輩は潔く身を引き、青山さんの受け入れる準備は万全だったのだから、障害になる物は何も無い。そうなった日々を想像すると、ちょっとだけ惜しい気分にもなった。

 だけど思う、こんな恋愛に何の意味があるのかと。

 僕は女の子の格好が可能だが、いずれ時間が経てば年相応のオッサンになる。こんなゴスロリ服だって似合わなくなる。そうなれば、もう一緒には居られない。僕が男を好きになれないように、青山さんは女しか好きになれないのだから。

 そんな、始まる前から終わりが見える関係なんて、絶対に嫌だった。

「……よく言うよ」

 そんな気持ちを隠そうとして、僕は鼻で笑う。

「ふーん、なんか悔しいな。並木はずっと、あたしの事が好きなんだと思ってた。本性を知って、幻滅した?」

「いや、そんなことは」

「じゃあさ」

 ふいに、青山さんが立ち上がった。そして、僕の方へ歩み寄ってくると、隣に腰を下ろす。そして、息が掛かりそうなくらい、顔を近づけてくる

「もっかい、キスしない?」

「はぁ?」

「さっき、月元さんと並木なら並木を選ぶ。って言ったけど、あれ嘘。今は結構、並木のこと好きになってるの」

「……」

「ホントに付き合っちゃおうよ、あたし達」

「嫌だ」

「並木のしたいこと、全部させてあげるよ?」

「…………嫌だ」

「そっか、それじゃ仕方ないね」

 これでお互い、全てを話し終えた。

 確認を取った訳ではないが、なんとなくそう察した僕は、その場から立ち上がり、帰ろうとする。

 扉まで向かい、ドアノブに手を掛けてから、振り返る。青山さんは座った姿勢のまま、こちらを見上げている。

「青山さん、明日はちゃんと学校来なよ」

 必要は無いと思うが、一応、そう言っておく。

「行くよ。心配しすぎだから」

「そっか、ごめん」

「ねぇ、並木」

「ん?」

「やっぱりもう一回だけキスしない!? もう一口だけ!!」

「………………絶対、嫌だ」

 ほとんど逃げるようにして、僕は部屋から出た。



 こうして、僕の恋はようやく終わった。自分でずるずる長引かせたと思う。

 でもこれで、今後はうじうじと悩む必要は無くなる。我ながら、後腐れの無い結末を迎えられた。クラスで気まずい思いをすることなく、普通の友達として接していられるだろう。

 ……なのになんだ、この孤独感は。

 僕は青山さんの家から出て、帰路に着いている間、何故だかずっと不安だった。見知らぬ土地を歩いているのが原因だろう。日も落ちて辺りがよく見えないのも要因の一つに違いない。それに、慣れないゴスロリの格好が落ち着かないというのもある。と、そんな風に思い込んで自分を納得させようと試みたものの、真の原因は嫌でも頭に思い浮かんでくる。

 あれで本当に良かったんだろうか?

 もっと他に伝えるべきことがあったのでは?

 要するに僕は、未だに青山さんのことを考えていたのだ。過去に染谷に対し、女々しいと言った自分に呆れてしまうくらい、僕自身が女々しい。しかし、どうしても考えてしまう。無駄だと分かっていながら、思考の堂々巡りを続けてしまう。

 そんなことをしていたからだろうか。

「…………あれ?」

 僕は道に迷っていた。

 住宅街は迷路のように入り組んでいて、今自分がどちらに行けばいいのかも分からない。人に聞こうにも誰も見あたらないし、そもそもこの格好で話しかける勇気なんて僕には無かった。

「どうしようか……」

 とりあえず、来た道を引き返すのが正解なのだろう。ここに来るまでに僕はまっすぐ歩いていただけなので、少し戻るだけで見覚えのある道は見つかる筈だ。

 だけど、そうするには僕の体は疲れきっていた。

 精神的なものも含めて、疲労が限界に達しつつあるのが分かる。ほんの少しで良いから休憩したい。そう願った僕の目が見つけたのは、ここから数メートル先に進んだ位置にある、小さな公園だった。この辺りに住む子供達が遊ぶのだろう。滑り台とブランコがあるだけの簡易なものだが、そこには小さなベンチが備え付けられていて、その隣には自販機も設置されている。

 光に吸い寄せられる虫のように、僕はふらふらと体をよろめかせながら公園へと向った。中に入り、ベンチに倒れ込むようにして、腰を下ろす。そして、やってしまったと深く後悔。先に座ったのは間違いだった。疲れすぎていて立ち上がれない。これでは自販機で飲み物を買うことすら難しい。

 僕は溜息を吐く。寒さで白くなった息が、空気中に溶けて消える。日が落ちて、同時に気温も下がっているようだ。あまり長居しすぎると風邪を引くかもしれない。しかし、依然として立ち上がる気分にはなれない。

 

「寒いですね」

 

 ふと、どこからか声が聞こえてきた。穏やかなようでどこか低く、それでいて小さな女の子のようにも聞こえて、不思議な響きがする。

 僕は首だけを動かして左右を見渡すが、目に映るのは誰も遊んでいない遊具だけで、人なんか見当たらない。もしかすると、近隣の家の会話が聞こえただけなのかもしれない。でも、それにしては近い距離からの声に聞こえたような………?

 そう思った瞬間だった。

 突如、ブランコの鎖から凄まじい音がして、揺れていた鎖が捻るように曲がった。

 これまで周囲は全くの無音だったこともあり、その驚きは強烈な不意打ちの如く僕を驚かせる。何事かとそちらを凝視すると、次は隣から小さな電子音が聞こえてきた。続いて、ガタン、と何かが落ちてくる音。

 どうやら自販機が使われたらしく、当たり付きのルレットがけたたましい音を鳴らして回転していた。

 しかしそこにも、人影は無い。

 僕はぞっと背筋を振るわせた。遊園地のお化け屋敷なんかとは比べものにならないくらい、恐怖感がある。

 どうしよう。とにかく立ち上がってここから離れるべきか。

 そう判断した僕は、疲れなんか忘れて立ち上がろうとした、次の瞬間。

 両方の視界が、真っ暗になった。目を閉じたわけでもないのに、何も見えない。

「大丈夫ですよ」

 驚き声を上げる前にそう言われて、不思議と気持ちが落ち着いた。何故だか僕は、この声をずっと前から知っていたような気がする。体から緊張が抜けてくると、僕は指で、自分の目に触れようとした。

 すると、誰かの小さな手が、僕の両目を後ろから覆っているらしい事が分かった。僕の指がその手に触れると、大げさに思えるくらいビクリと震えた。

「さ、触らないで下さい!」

 そっちから触れてきた癖に、自分勝手だなあ。だけど、この身勝手な感じ、なんだか懐かしい気がする。僕は言われるがままに手を離すと、両膝の上に置いた。

「い、い、いいですか。今から片目だけ開けます。でも、絶対に振り返ったりしないで下さいね。信じてますからね」

「そんなこと、しないよ」

 手が離れると、半分だけになった視界に、先ほど買ったのであろう缶コーヒーが差し出される。白くて細い指先から、僕は無言で受け取ると、また視界は真っ暗になった。

 ふう、と小さな吐息が、後頭部の側から聞こえてくる。そして、意を決するような気配の後、

「こんばんは……並木君。驚かないで欲しいのですけど、私は」

「アラクネさん。だよね」

 未だにバレていないと思っていたのだろうか? 

さっきよりも大げさに手が震えて、僕は思わず笑ってしまった。


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