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アラクネさんは大好きな彼を見守りたい  作者: 石橋いも
一章 並木陽太とアラクネさん
3/34

――②――

『私の名前はアラクネと言います』

 

 携帯を充電器に繋いだ瞬間だった。初期設定されていたアラームが鳴り響き、メールの到着が告げられる。

 僕は両手で頭を抱え、そして絶叫した。

「幻聴じゃなかったのか!? 僕の恐怖心が生み出した幻とか、そういうことじゃなかったのか!」

『並木君の精神状態は全く正常です。安心して下さい。これは単に私があなたを監視しながらメールを送っているだけです』

「べ、別の意味で安心できない!」

 僕は錯乱状態のまま、周囲を見回す。

 綺麗になった部屋が、監視の二文字を見た瞬間、得体の知れない空間に見える。

『並木君、上を見てください』

 送られてきたメールの通り、僕は見上げる。

 すると、蛍光灯の傍に見慣れないものが設置されているのが見えた。それは四角い箱にレンズが付いたもので、まさしく監視カメラだと気付くのに時間は要らなかった。

 あまりの衝撃に声が出ない……僕の部屋で一体何が起こってるんだ。

「ぼ、僕を見てるってことなのか……?」

 いや、見ているだけじゃない。僕の声も聞こえている。なら、どこかに盗聴器もあるはず。

 僕は制服を脱ぎ、上半身がシャツの一枚の姿になる。片手で制服を持ち、 もう一方の手でくまなく調べる。違和感に気付いたのは襟の下に指を入れた時だった。小さくて固いものがくっついているのを見つけてしまう。

 僕はそれを指先で摘み取った。

 小さな機械だった。ボタン電池のような外見をしているが、よく見ると小さな赤い光が点滅しており、それが電波を受信しているように見える。その存在にゾッとした僕は、反射的に床に投げつけていた。

 床から跳ね返り、壁に激突し、机の上に落ちる。

 僕がそっとのぞき込むと、赤い光が消えていた。壊れた、と考えていいのだろうか?

『あぁ、もったいない。せっかくの自信作だったのに』

 携帯をのぞき込んだ僕は、「自信作ってことは……自作だったのか」と小声で呟く。

『ええ、あそこまで小型化した盗聴機を作れるのは私くらいですよ』

「……って、まだあるのか!」

 会話が成立してるじゃん!

『ありますよ。ちなみに並木君がさっき潰したのは、私が二年前に作ったものです。最新作はもっと小さいです』

 制服の中をくまなく探して、見つけられたのは一つだけ。

 裸になろうにも、監視カメラがあるので服は脱げないし、部屋の中にも隠されている可能性は大いにあるのだから、脱いだ所で無駄だろう。

 僕は崩れ落ちるように膝を付き、倒れ込んだ。そんな僕の心に反して、カーペットが温かくて気持ちがいい。

 このまま寝てしまおうかと思った。

 告白の時に感じ怖さとは違う、別種の恐怖を腹の底から感じた。自分が安心できる場所を犯され、侵略される恐ろしさが生まれ、僕は両目を閉じて強く歯を食いしばる。

 着信音が鳴る。

 どうしよう、怖い。

 だけど、内容を確認しないと……カメラの向こうにいる奴が何をするのか分からない以上、相手に不都合な動きはしない方がいい。悲しいことに、どれだけ恐ろしくても、そう考えられるくらいには冷静だった。

僕は立ち上がり、携帯を見る。

『何度も言います、言わせて下さい。私はあなたの敵ではありません。むしろ、あなたを守りたいと思っています』

 この文を見た瞬間、携帯を投げつけて壊してやりたい衝動に駆られたが、そんなことをしても何も進展しないのが分かっていたので、僕は質問をぶつけた。

「あなたは……アラクネさんは、僕のストーカーなの? それとも、監視しろって誰かに頼まれたとか? ていうか、守るって言うけど、一体何から?」

 僕をつけまわすだけならまだしも、盗聴機や監視カメラを仕掛けるなんて、あまりにも徹底した行動ぶりだ。そうまでして僕の情報を収集する意味とは一体なんだ?

『その、ですね……その、まさかこう直球で来られるとは思わなかったので、まだ心の準備が……えっと、その』

「僕を陥れるとか、そういうことじゃないんだよね」

『はい、もし私があなたを裏切るようなことがあれば、証拠になる物を持って警察に行ってください。私が今やっていることは、歴とした犯罪行為ですから』

 メールを見た僕は、何も言わなかった。口を閉ざしたまま、冷めた目を液晶画面を向ける。

 僕が何も言わないのは、色んな意味でたじろいだからだ。

 普通なら、こんな風に言われた所で信用できないだろう。

 盗聴器とカメラを仕掛けた不法侵入者の言葉を聞いて、はいそうですか、と納得できるわけがない。こんなことをした目的だってまだ聞いていないし、今信じるのは早合点が過ぎる。

 ……そう、自分でも分かっているのに、僕は少しだけ安心していた。体の震えが収まり、恐怖心が薄らぎつつあるのが自覚できる。

犯罪行為と自覚しているかどうか、それを知れたのが大きな収穫だのかもしれない。

 僕は言う。

「今すぐ監視カメラを外してよ」

 返信が来る。

『今すぐは無理です』

「なんでさ」

『あなたが部屋にいるからです』

「それのどこに問題が?」

 やっぱり、ちゃんと話が通じる。

 このアラクネという人は、相手に一方的な押し付けをする人じゃないんだ。だから、決して頭がおかしいわけじゃない。なら普通に嫌がれば分かってくれる筈だ。

「あのさ、ほんっとうに頼むよ。僕がこうして困ってるの分かるだろ? ずっと見られてちゃ落ち着かないんだよ」

『……ごめんなさい、でも、私、人前に出るのが本当に苦手なんです。明日、並木君が学校に行っている間に全部外しますから、それで許してくれませんか』

 人前に出るのが恥ずかしい? ……いや、今それはいい。

 僕に姿を見られたくないのが理由なら、つまり、外す事そのものに異論は無い訳だ。

「じゃあ今から僕が自力で外すから、設置場所を教えてよ」

『かなり多いですよ?』

「……いいから、ちゃんと全部、教えろ」

僕の提案の後、少しだけ間を空けてから、またメールが届く。

『わかりました。ではドライバーを用意してください』



 最初に教えられたのは本棚の上、次は本棚に並べられた辞書と辞書の隙間、というように、次々とカメラは発見され、それを見つける度に僕は苦い顔になる。

 カメラも自家製なのだろう。掌くらいサイズのものが露骨に置かれていたり、本と全く同じ形をしたものが本棚に挟まれていたりと、見つからない為の工夫が施されている物もあった。

 僕は工具箱を片手に、部屋の中を右往左往する。

『次、ゴミ箱の底です』

「そんな所に必要かなぁ?」

 ゴミ箱をのぞき込む。中には、使われてない新品のティッシュ箱が捨てられている。これだな、と僕は瞬時に理解すると、確認を取るまでもなく拾い上げた。

「偽装タイプは楽でいいね。でも問題は設置タイプなんだよなぁ。工具で取り外すのが面倒ったらもう」

『次、ベッドの下です』

「はいはい……って、ベッドの下!」

『えっちな本は処分しておきましたから』

 結構なダメージが来る。勝手に捨てられた怒りよりも、女の子に隠していたエロ本を見られた事実が恥ずかしい。

『お姉さんが系が好きなんですね』

「……」

 僕は隠れるようにして、ベッドの下へと潜り込んだ。と言っても、正面にはカメラが設置されているのだから、僕の表情などお見通しなのだろうけど……。

 綺麗になってしまったベッド下には、怪しく光るレンズが見えた。何の偽装も無いところから設置系だと判断した僕は、寝そべった姿勢のまま工具箱を開き、中からドライバーとレンチを掴む。暗くてねじ穴が見つけ辛いが、ここまでにいくつも取り外しているので、なんとなくの感覚で外せるだろう。

 僕はカメラに手を伸ばし、手触りでねじ山の位置を確認すると、そこにドライバーをあてがった。くるくると回して、手際よくねじを取ると固定が弱まる。後はレンチで固く閉じられたボルトを外してしまえば完全に取り外せる。

 僕は手の動きを休ませないまま、アラクネさんに訪ねた。

「そういえばさ、まだ聞いてなかったよね? こんなことをする理由」

 しかし、アラクネさんからは返信が無い。

「アラクネさん? 聞こえてる?」

 呼んでみても、返事がない。どうしたんだろう。

 そうこうしている間にボルトが外れ、カメラの取り外しが完了する。それを掴んでベッドから出ると、部屋の中央にカメラを置いた。

「アラクネさん、次は?」

『もう、これで最後です』

「そっか、ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう……全部で六個か。あー疲れた、頑張った頑張った」

『お手を煩わせて、本当にごめんなさい』

「いいよ、僕はもう気にしない。実はまだあった、なんてオチが無い限りは」

 そんなオチ無いよな? 

 軽い口調でそう言った僕だが、内心では祈るような気持ちだった。とはいえ、カメラの場所を教え、外し方を教えてくれたのは事実で、本当に悪質なストーカーなら隠し場所を教えるような真似はしないだろう。

 僕はなんとなくだが、この子の言う事は信用してもいい気がしてきたのだ。そして何をトチ狂ってしまったのか、とんでもないを言ってしまう。

「盗聴機くらいなら許しておいてあげるよ」

『え?』

「エロ本捨てたのも許す、掃除してくれたのは感謝する、君を通報することもしない。カメラは僕が学校に行っている間に回収しておくこと、いいね?」

『……え、えぇと、怒ってないんですか? こんなことをした私を許してくれるんですか?』

「怒ってる、でも許す。悪気がないのは何となく伝わってきたから」

『そんな……』

 僕は携帯を再び充電器に繋ぎ直す。充電が中途半端なまま外していたので、このまま手に持っていてはすぐに電源が切れてしまう。電源が切れてしまっては、アラクネさんとの会話が続けられない。

 そんな僕の気持ちを読みとったのか、アラクネさんの返信は素早かった。

『私、あなたのことが……並木君のことが好きなんです!』

 告白を遮り、僕を逃げさせた意味。

 部屋を掃除し、盗聴気と監視カメラを仕掛けた理由。

 僕を守りたい、という彼女の発言の真意。

 その一文には、それらの謎を一瞬で理解させる、揺るぎ無い核心が書かれていた。


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