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アラクネさんは大好きな彼を見守りたい  作者: 石橋いも
三章 並木陽太と青山霞
27/34

――⑮――

 何故あの場に月元先輩がいるのか? そして、僕の後頭部へと腕を伸ばしていたのか? 意味は分からなくても、危機感のようなものは肌身で理解していた。人混みの中に紛れたことでとっさに逃げ出せたが――僕は走りながら振り返り、追いかけてきているのであろう月元先輩を探す。

 だが、その姿は見つからなかった。人混みに紛れたのが正解だったのだろう。尤も、僕は油断せず、このまま人を壁にするようにして青山さんが待つベンチを目指す。

 そうやって進んでいる間、何が起こったのかを考えていた。

 あの時、自販機で水を買っていた僕が感じた、身の毛のよだつ気配。あれは、敵意とか攻撃意識とか、そういった類のものだ。だから、僕は相手を確認する前に逃げた。それが月元先輩から放たれていたのだと気付いたのは、十分に距離を取った後だった。

 何故、僕にそんな視線を向けてきたのか。その理由は……僕が青山さんと一緒に居ると分かっているからだ。それ以外に考えられない。

 想定しなかった訳じゃない。こうやって二人で遊びに出かけることがバレたら不味いなんてことくらい、想像は容易だった。でもまさか、遊んでいる所を直接見られることになるなんて……これでは誤魔化そうにも手段が無い。

「僕だって知ってたさ、こうなるってことくらい。でも、断らなかったのは僕じゃないか」

 つのる苛立ちが抑えられず、たまらず想いを声に出す。

 何が正しくて何が間違っているのか、そんなの僕にだって分かっている。例えば僕にも彼女が存在したとして、その子が僕以外の男と二人きりで遊びに出かけたとしたら、当然嫌な気分になる。ましてや、それを隠していたのなら尚更だ。

 それを分かっていながら……僕はやってしまったのだ。

 ふと、僕の足音がピタリと止まる。

 大勢が行き交う人混みの中で、歩むのを辞めてしまう。そんな僕を障害物でも避けるようにして、他の人達が後ろから通り過ぎて行く。

 月元先輩に謝ろう。

 凄く怒っていたから許しては貰えないだろう、だけど、それでも、頭を下げようと思った。

 僕は人混みから外れ、来た道を引き返した。もしかしたら、まだ自動販売機の近くに居るかもしれない。

 しかし戻った所で、月元先輩は既に居なくなっていた。

 少しだけホッとしてしまった自分に嫌気が刺す。

 どうせすぐに再会するというのに。

 


 月元先輩は、青山さんと一緒に居た。ベンチに二人で座っていて、あまり会話は弾んでいないようだった。青山さんは顔を俯けたまま、両手をぎゅっと握りしめて膝の上に置いている。

 月元先輩は、背もたれに全身を預ける様にして、深く座り込んでいた。なんだか疲れきっているようにも見えるが、ここからではその表情までは窺えない。僕は今、少し離れた位置からその光景を見ていた。

 近づくにつれて、二人の姿が鮮明に見える。それは向こうも同じだったようで、月元先輩は僕の存在に気付いたらしく、ベンチから立ち上がり僕の方へと歩いてきた。

 そうして、お互いが向かい合う。月元先輩が僕を見下ろし、僕が月元先輩を見上げる。

 視線が合ってから、数秒後。弱った足取りでやってこようとする青山さんを横目に見てから、僕は地面を睨んだ。

 そして反省の意識を込めたつもりで、深々と頭を下げた。

「申し訳……ありませんでした……」

「そんなこと、全く思ってないだろ。並木君」

「いえ、僕は……」

「顔を上げろよ」

 そう言われた通りに僕が頭を上げると、右手に握りこぶしを作った月元先輩が目に映った。殴られる、と思った僕は逃げ出したい衝動に駆られ、恐怖に目を細める。

「月元さん!!」

 だが、拳が僕を痛めつける前に、青山さんの声がそれを制した。

「……嫌だな、何を誤解しているのか知らないけど、僕が君の前でそんなことする訳ないだろ」

 軽い口調でそう言う月元先輩。だけどその言い方は、青山さんの見えない場所でなら躊躇なく殴っていた。と断言しているように聞こえて、ゾッとする。その予感は、恐らく正しい。月元先輩の目は座っていて、さっきから頬が痙攣するかのように震えている。尋常ではない怒りを抑えているのだ。

僕はゆっくりとした動作で膝を地面に付け、土下座をした。

「本当に申し訳ありませ――」

 そして、再び謝罪の言葉を告げようとしたが、途中で言葉が途切れてしまう。月元先輩に顔を蹴られたのだ。ブーツのつま先が額に食い込み、衝撃で首が折れ曲がりそうになる。

 月元先輩は、大声で吠えた。

「情けないなぁ並木君!」

「並木!」

 青山さんが僕に駆け寄ろうとするが、月元先輩が手を伸ばして、そうさせまいとする。

 その手を青山さんが両手で掴んだ。ぷるぷると震わせながら、爪を立てて握り締める。

「なんでそんな酷いことするの! 月元さん! 悪いのは全部あたしなのに!」

「いや、君は何も悪くないよ。悪いのは並木君だ」

「並木は悪くない! 並木はあたしの我儘に付き合ってくれただけなの! 嘘まで吐いてこっちから誘ったの! だから――」

「でも、自分から断ることも出来ただろう? それをしなかった彼を僕は許さない。……でもまぁ、それも仕方ないかもしれないね。だって彼は、青山霞のことが――」

「黙れ」

 自分でも驚くくらい、喉から冷たい声が出た。それを聞いた二人は、ピタリと口論を止めて僕の方を見た。

体をふらつかせながらも、土下座の姿勢から立ち上がろうとする。思いのほかダメージは大きく、額から血が滴り、雫となって足元に落ちた。その痛みが有難い。今からやろうとしているのは、冷静な気持ちのままではとても難しい。

「青山さん……僕は」

「辞めとけよ並木君。今更そんなことをしても自分が傷つくだけだ」

 まるで壁になるかのように、月元先輩が僕の前に立ちはだかる。

ムードもへったくれもない状況でそれをやるのは、僕も本意では無かった。ロマンティックな空気や、落ち着いた雰囲気のある場所の方が良かった。だけど、元から負けの決まった戦だ。体面を取り繕った所で意味は無い。

 青山霞。

 僕が好きになった女の子。

 彼女は、仲の良い友人として僕を認めてくれた。

 一緒に遊んだり、話をするのはとても楽しく、そんな関係を壊したくなかったから、僕は告白する機会をずっと待った。

成就する核心が持てるまで、ずっとずっと待とうとした。

だけど、そんな風に思える日がやってくる訳もなく、耐えきれなくなった僕はついに告白を決意して――逃げ出した。その後悔がずっと心を蝕んでいた。

 あの時告白していても振られていた。と後から理解したのにも関わらず、胸を締め付けるような苦しみは強まっていた。いつもの日常を崩さずに済み、ホッとしている傍らで……痛みは決して消えなかった。

 それを口に出さなかったのは、アラクネさんが傍に居たからだ。罪悪感を抱きながらも、それとは別に、僕はアラクネさんに心から感謝していたから。

 ――だけど、消えた。

 僕がいくら会いたいと思っても、また話がしたいと願っても、アラクネさんは一方的に、僕の気持なんかお構いなしに消えてしまった。

 だから言える。

 恐らく、これはそういうメッセージなのだ。

 アラクネさんは、僕の幸せを心から願っていたのだから。

「僕は、青山さんのことが好きです」

 それは、自分でも意外なくらい普段通りの声だった。まるで、緊張や不安が全く無いような、自然すぎる言葉。

 ようやく言えた……。

 やってしまった、という後悔と――もういいか、という満足感。その二つが、想いを吐きだして空っぽになった心を、満たそうとする。なんだか、生まれ変わったような気分だった。これまでの自分を構成していた、青山さんへの恋心。青山さんに好かれようとして、気を使い、行動していたこれまでの自分。が、消える。これからは不必要になる。

 なら、今までの僕はこれから死ぬ。

 アラクネさんが助けてくれた、シニゾコナイの僕が。

 あっけないもんだと思う。こんな風に一瞬で終わってしまうなら、これまでの苦悩は何だったんだろう。

 僕は青山さんの返事を待つ。トドメになるであろう、拒絶の言葉に期待して。

 しかし青山さんは、頬をほんのりと赤らめて、にこりと頬笑みながら――僕の方へと歩み寄ろうとする。ほとんど力が入っていないのであろう、月元先輩の伸ばした手を容易く避け……そうして、僕の目前にまでやってくると、両目を閉じて。

 唇に、キスをした。

 屈んだ姿勢で目を閉じた青山さんが見える。

まるで、全身に電流が流れたみたいだった。生温かい感触がある、と意識した瞬間、その感覚に体中が支配されてしまったように、動かない。

きっちり二秒後、唇は離された。

 青山さんが、閉じた目を開く。熱っぽい瞳で、僕の表情を見下ろす。

その直後だった。

「ごめん……ごめんなさい……」

 青山さんは俯くと、垂れた前髪で顔が見えなくなった。その足元に雫が落ちて、小さな染みが広がっていく。

 何が悲しくて泣いているのだろう。

 何もかもが唐突で、僕はこの状況に全く付いていけない。

「青山さん……」

 それでも、なんとか慰めようとして声を掛ける。

 ふと、ジェットコースターに乗った時、手を握ってくれたのを思い出した。あれで僕は心を保てた。だから、同じことをやれば気持が落ち着くんじゃないか、と考えて手を伸ばす。

 だが、払いのけられてしまった。手の甲で弾かれて小気味の良い音が鳴る。

 そして、僕が驚くより先に、突き飛ばされた。肩に衝撃を受けて後方によろける。その隙を突くように、青山さんは走った。

 僕と月元先輩を置いて、何処かへと行ってしまった。

 立ち尽くす以外に、何も思い浮かばなかった。まるで魂が抜けてしまったみたいに呆けていると、いつまにか正面に立っていた月元先輩が、心底げんなりしたように言う。

「なんて顔してるんだ。並木君」

「え?」

「……この世の終わりみたいな顔になってるよ。気付いてないのかい」



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