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アラクネさんは大好きな彼を見守りたい  作者: 石橋いも
三章 並木陽太と青山霞
25/34

――⑬――


 遊園地の正門前には既に長蛇の列が出来ていて、大勢の人達でごった返していた。至る所から話し声が聞こえてくるだけでなく、園内からは悲鳴とも歓声とも取れる声が発せられる。

 列の最後尾に並び、十分程待った所で、入場受付にまでたどり着いた。列は長いが、受付事態はチケットを見せるだけなので長く待たされはしない。問題は、アトラクションに並ぶ時だろうな。そう思った僕は、受付で貰ったパンフレットを開いて目を通す。

 さてと、ジエットコースターの場所は……?

「並木、こんな場所で止まっちゃ駄目だよ。後ろの人の邪魔になるから」

「あっ、ごめん」

 青山さんは僕の背中に手を当て、押すようにして園内へと入場する。

 後ろに並んでいた行列以上に、大勢の人が居た。楽しそうに笑い合う若い男女のグループや、小さな子供を連れた家族達。それぞれの目指すアトラクションへと向かい、行き交う様子が見える。

「それで、ジェットコースター見つかった?」

 歩きながら聞かれて、僕はパンフレットを見ながら答えた。

「うん、全部で2つあるみたいだよ。オーソドックスな物と――超上級者向けの物」

「よし、それじゃ超上級者向けに行くよ」

「いきなり?」

「当然でしょ。あたし達は今日、何のために来たのよ。それが分からない並木じゃないでしょ?」

 青山さんは呆れたように言う。だが、ちょっと待ってほしい。僕はパンフレットから目を離し、この園内で最も背の高いアトラクションへと視線を移す。

 ここからでもバッチリと見えるそのジェットコースターは、まるで太陽を目指して建造された塔のようだった。目眩がする程高い頂上から、赤くて細いレーンが真下に落ちるような角度で延びており、地面すれすれまで落ちてから急上昇しては急降下を繰り返す。そんな分かりやすい構造をしていた。

 さっと血の気が引く。今からあれに乗るのか?

「さっ、行くよ!」

 

 超上級者向けのジェットコースターまでやってきた僕は、その高い建造物の下で立ち尽くしていた。遙か上空では、大勢の人が乗り込んだマシンが轟音を響かせながら疾走し、レーン上を何度も往復している。

 既に凄まじい長蛇の列が出来上がっており、僕等もそこに並んだ。すぐに僕の後ろにも人が並び、最後尾はあっというまに遠くになる。

「一度ハマったら病み付きになるスリルと快感だってさ、楽しみだね」

 隣の青山さんが、本当に楽しみそうに言う。

 パンフレットによると、このジェットコースターはここの遊園地で一番の目玉らしく、その人気はこれに乗る為だけに外国からやってくる人がいるくらいだとか。

 いきなり上級者向けなんて、本当に容赦が無い。心の不安を隠しながら――ふと僕は、過去にアラクネさんと話していて、遊園地の話題が上がったのを思い出した。

 確か、アラクネさんは驚かされるのが嫌いで、中でも遊園地の絶叫マシンが特に苦手なんだとか。しかしそれでも、僕の方から誘われてしまったら行くかもしれない、と言っていた気がする。

 そんなことを思い出したのは、今の僕も似たような気持ちになっているからだろう。

 僕が抵抗する術を探している間にも、大人数が並ぶ列は前へ前へと進んでいく。

 そうしていよいよ終盤に差し掛かり、ついにはマシンが出発が見える位置まで来てしまった。

 前に並ぶグループがマシンへと乗り込み、僕の手前までで丁度、座席が満員になる。

 不幸にも、僕は次に帰って来たマシンの先頭に座ることになったらしい。

「やったやったぁ! 超ラッキーだよ!」

 青山さんが胸の前で両手を合わせて歓喜の悲鳴を上げる。その隣の僕は、絶望の悲鳴をなんとか飲み込み、ごくりと喉を鳴らした。

 ガタンガタンと音を起てて、マシンはゆっくりと動き出す。

 そのままレールに沿って急上昇し、高さが最頂点に達した、瞬間。

 激しい勢いで急降下する轟音と、それに負けないくらい大きな甲高い悲鳴が、僕の耳に突き刺さった。それを何度か繰り返した後、プシュウ、と空気が漏れる音と共に、一周を終えたマシンは僕の前で停止した。

「よし、帰る」

 くるりと振り返った僕の手を、青山さんが掴んだ。

「何言ってるのここまで来て。しかも先頭なんだよ!」

 もの凄い握力で握りしめられては叶わない。強引に引っ張られ、座席に押し込まれてしまった。体を固定するバーが下ろされ、もう脱出が不可能だと悟ると、両目を閉じて静かになる。

「いつ落ちるか分からない方が怖いよ」

 耳元でぽそりと囁かれて、確かにその通りだと思った僕はたまらず目を見開いた。

 そんな反応を見て、青山さんはくすくす笑う。

「楽しいね、並木」

「そ、そう?」

「うん。ジェットコースターも楽しいし、頑張ってる並木を見るのも楽しいよ」

 青山さんがそう口にした直後、僕等の体を乗せたマシンが大きく揺れて、ついに発進した。僕の気持なんかお構いなしに、レーンに沿って進んでいく。しっかりと固定された体が空の方向へと傾き、視界に映るのは広い青空と、輝く太陽だけになる。

 ガタンガタンと鳴る不吉な音は、僕の精神を徐々に追い込んでいく。

「並木ってば、ひっどい顔してる」

 隣に座る青山さんが困ったような笑顔を作った。まさかここまでビビるとは思わなかったのだろう。なんだか申し訳なく思ってしまう。

 楽しいね、と言いながら笑い合えるのなら、僕だってそうしたいけど、でも無理に笑顔を作ろうとすると、どうしても引きつってしまうのだ。

「ホントに怖いんだ?」

「……」

 無視した訳ではなく、歯を食いしばりすぎて声が出ない。

そろそろ高さが頂点に達してしまう。心の中で必死になりながら、安全バーを掴んだ。ギリリと音がするくらい、力強く握り締める。

――そんな強張った手の上から、青山さんの手が被せられた。

 暖かくて冷たい人肌独特の感触がして、それに驚いた僕は隣を見た。

「まだ怖い?」

 青山さんが、僕と目を合わせながら言う。とても優しい笑顔だった。それに見惚れてしまった僕は、つい返事をすることも忘れて、自分だけに向けられた表情を見つめてしまっていた。

 可愛い。とてつもなく可愛い。それだけでなく、優しい。

 頭の中を埋め尽くしていた恐怖が、一気に押し出されていくのが分かった。いまや、僕の頭の中には青山さんの優しい笑顔と、握られた手の感触しか存在しない。

 だって好きなんだもん。

 大好きなんだもん。

 好きで好きで仕方ないんだから仕方ない。

 しばらく無言だった僕は、ふと、僕の心を助けてくれた礼をしたくなって、口を開く。

「もう、だいじょおおおぉぉぉぉぉぉーーーー!!!!」

 それと同時に、体が真下に落下した。



「強く握りすぎだから、超痛かったよ!」

「め、面目ない……」

 出口の扉を開き、僕等は外へ出た。前を歩く青山さんは赤くなった手をパタパタさせると、唇をすぼめて息を吹きかけている。どうやら、とんでもなく痛かったらしい。

 ジェットコースターが一周するまで握りしめていた僕だけど、そんな自覚は全く無く、ただただ落下に耐えるのに必死でそれ以外は何も考えられなかった。

 でも、その甲斐あって克服には成功した。

「本当にごめん。でも、さっきのでもう慣れたからさ、もう一回乗りに行く?」

「……慣れたって、ホントにぃ?」

 軽い口調で言う僕に、青山さんは訝しげな顔になる。

 全く怖くないと言えば嘘になるけど、でも決して強がりではない。

 実際に慣れている感覚はあった。こういう物は落下する感覚が分からないから怖いのであって、高所恐怖症でもなんでもない僕は、一度でも経験してしまえば楽しめるようになる――ということを説明した所で、恰好悪い所しっかり見ていた青山さんは信じてくれないだろうなぁ。

 冷静になってしまうと、なんだか無性に恥ずかしくなってきた。我ながらあのビビり方は酷い。

 でも、手を握ってくれたのは嬉しかったな……。

 優しくて暖かくて、ほんのり冷たくて、それが心地よくて……。

「顔真っ赤になってるよ?」

 はっとした僕は、思わず頬を両手で叩いた。浮ついた気持ちを吹き飛ばす。

「もう一回乗ろうよ。僕は平気だからさ」

「……ホントに大丈夫?」

「うん」

 心配そうな青山さんに自信満々な態度で答えた。

 だが、青山さんは悩ましそうに眉をひそめ、

「やっぱり、やめとく」

 そう言ってしまう。

 僕は肩を落とした。青山さんに気を使わせてしまい、やりきれない気持になる。

「違うのよ。並木に気を使ってるんじゃなくて、もっと色々周りたいと思っただけ。だって、せっかくの遊園地なんだよ? 並木の行きたい場所にも行こうよ!」

「僕の行きたい場所……」

 さて、どうしたものか。僕はパンフレットを開き、園内にあるアトラクションを確認する。

 一番の目玉を堪能してしまったからだろうか、それ以外のどれもが楽しそうに見えず――コーヒーカップやメリーゴーランド、普通のジェットコースターに目を落としたものの、そこに行きたいとはどうしても思えず、僕は無言のまま頭を悩ませる。果たして、超上級者向けジェットコースター以上にスリルのあるアトラクションが存在するのか……? 

 だが、そんな悩みはあっさりと解決した。

 パンフレットには園内を回るガイドが掲載されており、そこには、最初に超上級者向けのジェットコースターに乗ってしまった人に向けて、次に行くべきオススメのアトラクションが紹介されていたのだ。

「ここにしよう」

 僕はパンフレットの一点を指差し、青山さんに提案した。確かにここなら、さっきのジェットコースターに負けないスリルを楽しめるだろう。

 だが、そんな僕の想いとは裏腹に、青山さんは表情を思いっきり引きつらせると、

「お、おばけ……やしき……」

今にも消え入りそうな、か細い声を出した。



 そのお化け屋敷は、楽しげなアトラクションが点在する遊園地の中で、かなり異様な存在だった。古い病院をモデルにした外観は不気味としか言いようがなく、黒く薄汚れた建物は至る所が崩れ落ちており、まるで太陽の光を完全に遮断しているかのように暗い。

 リアルすぎる雰囲気は、周囲のお客さんまでも遠ざけてしまっているらしい。遠巻きに見る人達は居ても、中に入ろうとする人は居ない。なんとなくの気持で足を踏み入れられる程、この場所は生易しくは無いだろう。

 ここが、この遊園地の第二の目玉――に、なる予定だった場所。

 パンフレットの解説によると、建設した当初は人気だったらしいが、あまりの恐ろしさにリピーターが付かなかった。と……確かに納得だ。度を過ぎた恐怖は人を遠ざける。

 こんなに面白そうなのに勿体無い。

 僕は手に持ったパンフレットを折りたたみ、ジーンズのポケットに突っ込んだ。空いた両手で握りこぶしを作り、まるで喧嘩を前にした番町の如くポキポキと指を鳴らす。

 よし、気合は十分。行こう。

「ま、待って!」

 進もうとする僕の肩を、後ろに居た青山さんが掴む。振り返ると、青ざめた顔をして、今にも泣き出しそうな目を僕に向けていた。

「並木は……怖くないの?」

「怖くないお化け屋敷なんて意味無いじゃん」

「そ、そうじゃなくて! あたしが言いたいのは、怖いのが嫌じゃないのかってこと!」

「???」

 青山さんの抗議じみた言葉に、僕は心底訳のわからない顔をしてしまう。嫌だったらそもそも、こんな場所に行こうだなんて提案はしない。それに青山さんの事だから、お化け屋敷が嫌なら拒否してくれるものだと思っていた。

 ……口数が減ってるなぁ、とは思ったけれど。

 もしかしたら、現物を生で見て怖気づいたのかもしれない。確かに、パンフレットでは伝わらない不気味な威圧感が、このお化け屋敷からは発せられている。

 だからこそ、尚更楽しそうだと思ったのだけど――青山さんの心には逆効果だったらしい。

「無理することは無いよ。辞めとこうか」

「や! 違うの。ちょっと待って! 心の準備だけさせて、お願い!」

 そう言うなり、青山さんは頭を抱えながらその場にしゃがみこんだ。もうなんか、中に入る前から限界って感じだ。ここまで怯える青山さんを見たのは初めてかもしれない。

 別に嫌なら嫌だと言ってくれればいいのに。……そりゃ、少しだけ残念な気分にはなるけど、そんなことで機嫌を損ねたりはしない。

「ほら、向こうに楽しそうな乗り物があるよ。あっちに行こう?」

 向かいにあるアトラクションを指差しながら言ってみたものの、青山さんは頑なにその場から動こうとしない。しゃがみ込んだまま何も言わず、ただ小さな呼吸の音だけが聞こえてくる。

 そんな時間が数秒流れた辺りで、ぽつりと声を漏らした。

「だって、並木は、あたしの為に頑張ってくれたもん。……ジェットコースター、乗ってくれたもん」

 それを聞いて、納得してしまう。

 要するに、ここで断ってしまうのは僕に申し訳ない。ということらしい。そもそも、僕の行きたい場所に行こうと提案したのも青山さんなので、自分勝手だと思われたくない気持ちもあるのだろう。

 そうなると、僕には待つ以外に選択肢は無い。

青山さんは僕に気を使わせない為に、こうして恐怖を抑え込もうとしているのだから。

「……ごめんね、もう大丈夫」

 ゆったりとした動作で、青山さんは立ち上がると、自分の頬を掌で叩いた。パシンと、小気味の良い音がする。もはや見慣れた、青山さんの気合を入れる光景に、いよいよか……と、僕は生唾を飲み込んだ。

 僕は無言のまま頷くと、まるで鉄格子のような門に手を掛けた。

 さぁ、出発だ。僕自身、なんだかんだで結構楽しみだったらしい。

正面の門を空けると、演出なのかそれとも本当に錆びているのか、ギィィと古びた鉄の擦れる音がする。それだけで、後ろに立つ青山さんがビクリと震えたが、僕は気付かないフリをした。

 本人が大丈夫と言ったんだ。これ以上気遣った所で無意味だろう。

 扉の向こうは中庭に繋がっており、そこには伸びっ放しになった雑草が生い茂り、それに隠すようにして、庭のあちこちに人骨が置かれている。それを横目に見ながら真っ直ぐ進むと、病院の出入り口に辿り着く。

 骨が飛び出してくるかな……と、期待していた僕にしてみれば、少しだけ肩透かしだった。これらはあくまで雰囲気を演出する為の小道具にすぎず、本当に怖いのはここから先になるのだろう。

「お客さん。えらく長い間、悩んでたねぇ」

 ふと、横から声を掛けられる。すると、そこにはカーテンに隠された受付があり、隙間から誰とも分からない手が伸ばされていた。

「ねぇ、やっぱりここって怖いのかな?」

 僕が聞くと、カーテンの向こうから声だけが返って来る。

「ああ、そうだよ。おかげで今はもう取り壊し寸前さ。だからお前さん達は運が良い。……さて、雰囲気を壊すようで悪いが、チケットを確認させとくれ」

 言われた通り、僕は伸ばされた手にチケットを渡す。手は一瞬引っ込み、すぐにまたチケットを返してくれる。

 受け取った僕が中に入ろうとするが、「ちょい待ちな」と、カーテンの声は僕を呼びとめた。「彼女さんの方が固まっちゃってるよ」

「青山さん?」

 足を止めて振り返ると、青山さんは微動だにしていなかった。カーテンの手が手招きをするような仕草でチケットの確認を求めるが、それすら視界に入っていないようだ。

 僕は引き返し、青山さんの傍へと向かう。

「青山さん」

「はうぅっ……」

 自分の名前を大声で呼ばれて、ようやく意識を取り戻したらしい。もしかして、カーテンから伸びた手で驚いたのだろうか? 

「だ、だだだ大丈夫だからね、並木。気にしないでね!」

 引きつった笑みを浮かべながら、親指をグッと上げて見せる。そして、手を震わせながらチケットを掴み、恐る恐るカーテンの手へと差し出した。引っ込んだ手は確認をすぐに終えると、すぐさまひったくる様にして、青山さんはチケットを受け取った。

「なぁ少年。君の彼女、大丈夫かい? 本当はお客さんを逃がすようなこと言いたか無いんだけどさ、辞めた方が良くないかい? ここは真剣に怖いよ?」

「だってさ、青山さん」

「怖がってないって言ってるでしょう! あたしは平気なの!!」

「……やれやれ、それじゃあエスケープゾーンの説明はしておこうかね」

「エスケープゾーン?」

 僕が首をかしげると「こんな物、いらないと思うんだがねぇ」と、前置きをして、カーテンの声は説明を始めた。

「このお化け屋敷は、この入口から屋上まで進み、また一階まで戻って来るのが順路になっているのさ。その道のりはかなり険しくて、その上、ここの幽霊共はあまりにも怖くてね。精神に不調をきたす客がらクレームが入るようになったのよ。そんで、どの地点からでも外に出られるよう、後から抜け道が作られたのさ」

「なるほど、それなら安心……ていうか、精神に影響が出るレベルの怖さって、とんでもないですね」

「過去に一度、あまりの恐怖に過呼吸を起した客が居てね。あの時はヤバかったねぇ。救急車まで呼んで大騒動になったもんだよ」

 そう言った後で、くっくっく、と気味の悪い声で笑う。恐怖心をくすぐる話を聞かされ、僕も少しだけゾッとした。

 だが、完走する必要が無いのは有難かった。どれだけ怖くても途中で逃げられるのなら問題ないだろう。なんだったら、最初に幽霊が飛び出した時点で帰っても良い。僕がビビった振りをして逃げてしまえば、青山さんのプライドを守ったままお化け屋敷を終えられる。

「な、並木! あたし、頑張るから! 一緒に最後まで行こうね!」

 肩をぷるぷると震わせながら、青山さんは両腕で小さなガッツポーズを作る。精一杯の虚勢なのが見て取れて、これはさっさと逃げるのが正解だな。と改めて実感する。

「まぁ、その、肩の力を抜いて行こう、青山さん」

「うん、頑張る!」

 まぁ、いきなり力を抜けって言われても無理か。

 僕は気を引き締めて正面を向いた。そして、入り口からお化け屋敷に足を踏み入れ、落ち着いた気持ちのまま進んでいく。その僕の背中にくっつくようにして、青山さんも中へと入った

 建物内は薄暗く、緑色の薄い光が建物内を照らしている。ひびの入った白い壁に、辺りに散乱した薬品や医療器具からは、鼻に付く独特の匂いが発せられ、本物の病院さながらの雰囲気を醸し出している。

 ふと、背中から引っ張られる感触があった。首を強烈な圧迫感が襲う。僕が振り向こうとすると、青山さんは僕の襟首を掴み、姿勢を前に向かせたまま強引に動きを止めていた。

「あ、青山さん?」

 大丈夫? と僕が聞く前に、しゃくりあげながら涙の混じった声で

「ごめ……並木、ホント……もう、無理」

 そう、己の限界を告げていた。



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