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アラクネさんは大好きな彼を見守りたい  作者: 石橋いも
三章 並木陽太と青山霞
22/34

――⑩――

 ごちゃごちゃと思い悩んでいた思考が吹き飛び、脳内が綺麗さっぱり、真っ白になった。

 青山さんから放たれた想定外の言葉は、鋭く尖った矢の如く、僕の心臓に突き刺さる。背中にどっと冷や汗が滲み出し、喉の奥が急速に乾き始める。緊張が全身を支配し、指先が無意識に震え出した。とっさに言い訳しようとしても、何を言えばいいのか分からない。

 焼き付いた脳裏に浮かぶのは、今ここで、どこまで見られてしまったのかだ。話している僕の姿を全部見られたのか? 携帯に向かって話しかけている所を見たのか? 話し声を聞いただけなら、突然電話が来たと言って誤魔化せるか……?

「あの、さ……青山さん。変なこと聞くけど、僕が話している所、見た?」

 平然を装えない。呼吸が不規則になり、尋ねる声が震えてしまう。

「見てないよ。今来たトコだもん。声が聞こえただけ」

 セーフ!!!

 セーフだったよアラクネさん!!!

 僕は心の中で叫んだ。どうやら、電話をしていたものだと勘違いしてくれたらしい。最悪の事態を避けられ、ほっと胸をなで下ろす。

「それよりあたしの質問に答えてよ。さっき話してた相手は彼女なの?」

 緊張から解放され、気が軽くなった僕は、大きく息を吐き出した。

「違うよ、全然違う」

 そして、きっぱり否定する。

 四六時中一緒にいる間柄だが、それでもお付き合いはしていないので、嘘は言ってない。

「じゃあ、なんで隠そうとするの?」

「隠そうとなんかしてないよ」

「してるでしょ。それなら何で、あたしが聞いたときに驚いたのよ。隠してないならそんな反応するわけないじゃん」

 言っていることはもっともで、反論の余地がない。その上、ムッとした表情になって、刺すような視線を向けてくるのだから、まるで僕が悪いような錯覚を受けてしまう。正直すぎる性格であるが故に、僕の嘘がわざとらしすぎたのが癪に障ったのかもしれない。

「ねぇ、どうなの? 並木」

 ゴミ袋を投げ捨て、詰め寄ってくる青山さん。その迫力に押され、僕が無意識に数歩下がろうとすると、逃がさないと言わんばかりに両肩を捕まれる。

 そして、目が合わされた。

 真剣な表情。

 その黒い瞳に、少し怯えた僕の表情が映って見える。

「わかった、答えるよ。だから離して」

 僕がそう言うと、両肩を掴む手から力が抜けた。

 僕の事情を知ることに何の意味があるのか、それは分からないが、単なる好奇心であるならば、それに越したことはない。

 だが、この件に関しては話せるのはあくまで一部だけだ。これは、僕だけの事情じゃないから。とはいえ、難しく考える必要は無い。アラクネさんの名前と盗聴機についてだけ黙っていれば問題ないだろう。あまり深刻な表情をしていると、余計なことを勘ぐられるかもしれない。もうさっさと答えてしまおう。

 僕は両手を組み、眉間にしわを寄せ、思い悩むような仕草をする。

「さっき電話してたのは……まぁ、あの時話した女の子であってるよ。でも、まだ付き合ってはいないんだ。ちょっと、色々あって」

「色々って?」

「向こうの性格に問題があるんだよなぁ」

 呆れ声でそう言った直後、携帯が震える。しきりなしに震え続けている。多分、怒ってるのだろうな。それを無視して、頭の中で話す内容を組み立てる。

 直接会ってくれない状態に触れないまま、僕と彼女が付き合えない理由について、青山さんを納得させられる言葉を捻り出す。

「最初に告白されて、それから色々話をして、結構仲良くなってさ。それで、そろそろ僕もハッキリしないとな、と思って、僕の気持ちを伝えようとしたんだ。でも……」

「でも?」

「あなたは本心では私のことを好きじゃない。って、先に言われちゃった。でも、これまで通り仲良くしていたいんだってさ」

 自分で言って気持ちが落ち込む。喫茶店で朝食を取っていた場面を、嫌でも思い出してしまう。

 あの時のアラクネさんは、青山さんへの好意を抱いている現状では付き合えない、と言ってきたのだ。もっと正確に言えば『私に逃げようとしている!』だったか。何も言い返せなかった僕は、無言になるしかなかったんだっけ。

「つまり、その娘は並木の事が好きなのに、並木から告白しようとしたら断られたってこと?」

「まぁ、概ねあってる」

「面倒臭すぎでしょ、その娘」

「そう言わないであげてよ」

「……ごめん」

 僕が目を細めると、青山さんは小さく頭を下げた。

 事実、アラクネさんはかなり面倒臭いのだが、それを他人が指摘するのは間違っている気がした。

 彼女が面倒臭いのは、あくまで僕に対してだけだ。監視カメラの設置に盗聴機による盗み聞き、ストーカーに部屋への不法侵入。面倒臭がる資格があるのは、それらの被害を一身に受けた僕にしかない。それを勘違いされては困る。――って、我ながらどういうプライドなんだ。

「まぁ、ここまで語っておきながら、こういう言い方するのもアレだけどさ」

 僕は小さく苦笑して、この話題を打ち切ろうとする。

 これ以上、僕の方から語れることは何も無い。

「青山さんとは関係ないことだから、あんまり気にされても、かえって困っちゃうよ」

「あ、え、えっと、違うの!!」

 突然大声を出されて、僕の肩がビクリと震える。

 その大きさに、出した本人ですらも驚いているようだった。

 青山さんは顔を赤くすると手で口元を覆い、罰が悪そうに両目を逸らす。

「あたしが知りたかったのは、そうじゃなくって……」

 消え入りそうな言葉が、隠された口から紡ぎ出される。

 何を伝えようとしているのだろう。察することの出来ない僕は何も言わず、ただ続きが話されるのを待っていた。

 校舎裏のゴミ捨て場。自分たち以外誰も居ないこの場所は、とても静かだ。時折流れる風が、足下に短い草を撫でながら通り抜ける。さらさらと草木がたなびく静かな音が聞こえる。それ以外、なにも聞こえない。目の前に立つ彼女は、なにも言ってくれない。

 しかし、僕の方からしびれを切らすことは無いだろう。言いたくないならそれでいい。とすら思っている。

 青山さんには、男友達よりも大切な彼氏がいるのだから、悩み事ならそっちに話せばいい。雑談なら僕より上手く相づちを打ってくれるだろうし、相談なら、適当な僕より真面目に聞いてくれるだろう。

「ほんとはもっと、スマートに誘うつもりだったんだけどなぁ」

 口元から手を離した青山さんは、か細い溜息を吐いた。そして、スカートのポケットの中に手を入れ、そこから何かを取り出す。

 それは、一枚の紙切れだった。灰色の紙面に細かい字で、注意事項がびっしりと書かれている。裏面を上にした状態で、青山さんはそれを僕に差し出してくる。

「今日は手伝ってくれてありがとう。これはそのお礼だから、受け取って」

 そう言われては、拒む理由も見つからない。

 手に取った僕が、くるりと手首を回す。まず目に入ったのは、リスを模した可愛らしいキャラクターが、観覧車から手を振っているイラスト。そして大きく印字された、『遊園地』という単語が、凄まじい衝撃と共に眼球へと飛び込んでくる。

 己の目を疑い、制服の袖でごしごしと擦る。だが、目の前の字面は依然として変わらない。僕はチケットから目を離し、恐る恐る、青山さんの方へ視線を向ける。

 そんな僕の反応を楽しむようにして、青山さんが小さく吹き出す。そして、

「今度の日曜、一緒にデートしよ?」

 なんてことのないように言われた。

 僕は無意識のうちに、首を縦に振っていた。

「ありがと。それじゃ、楽しみにしてるね」

 笑顔でそう言うなり、青山さんはくるりと僕に背を向けて歩いていく。その姿が遠ざかり、校舎の壁を曲がる。

 そこでようやく、完全に停止していた意識を取り戻した。

 ハッとした僕は急いで追いかけたのだが、周囲に見えるのは薄く光る電灯と、それに照らされた誰も居ないグラウンドだけで、肝心の青山さんの姿は見あたらない。

「ど、どういう事なんだ……?」

 指で摘んだチケットに力が籠もる。

 状況が飲み込めずに、ただ呆然と立ち尽していた。


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