――⑧――
「一年生相手に言いたい放題言われちゃってさぁ……全く、情けないぞっ」
「……面目ない」
「並木はさぁ、もっと自分の意志を見せるべきだと思うのよ、あたし」
両手で握った竹箒で落ち葉を集めながら、青山さんはそんなことを言う。
あまりの正論に何も言い返せない僕は、たまらず苦笑いを浮かべた。
「あの子達だって、あたしが「練習の邪魔になるから向こうに行きなさい」って言ったら、素直に離れていったでしょ。そういう一言が言えるかどうかが大切なのよ。わかった?」
青山さんの、母親が子供を諭すような口調に気恥ずかしさを感じた僕は、ぼそりと、小声で反論する。
「……それは、青山さんが単純に怖かっただけじゃ――」
「なんか言った?」
竹箒の動きをピタリと止め、こちらを向いた青山さんが、にっこりと微笑む。
しかし、目が全く笑っていないので、すんごく怖い。
押し寄せる無言の圧力に耐えられず「そ、そ、そうだよね、青山さんの言う通りだ。つ、次から頑張るよ」と言って、僕は右手でガッツポーズを作った。
「分かればいいのよ、分かれば」
青山さんは満足そうに鼻を鳴らし、掃除を再会する。さっさっさ、と竹箒の先端で地面を削りながら、落ち葉を集めていく。
言葉には気を付けよう。心底そう実感した僕は、習うように、同じく手に持った竹箒で落ち葉をせっせと集めた。
お互い無言になると、手を動かすペースも早くなる。
僕は掃除に意識を集中させながらも、青山さんが掃除をすることになった原因について、考えを巡らしていた。
掃除をすることになったきっかけは、その紅白試合にあったらしい。僕が覗いた時に見たのは、次の大会のレギュラーを決める審査を兼ねた試合だったようだ。
背が高く、運動神経の良い青山さんは、バレー部の中で相当の実力者だった。一年生の頃から試合では当然のようにレギュラーで、他校の生徒からも注目を集める存在だったとか。そんな賞賛を浴びながらも、慢心することなく真面目に練習をする彼女は、部内でもかなりの信頼を集めていた。
それと同じくらい嫉妬もあったようだが、そんなことを気にする程ヤワなメンタルは持ち合わせていない。好き放題言ってくる周囲なんか、実力で黙らせてやればいい。
と、普段からそう考えていた青山さんなのだが、今日だけは、少し調子が違ったらしく。
「殴られたって、マジ?」
「……」
信じられない思いで聞くと、青山さんは赤くなった頬に指先で触れる。
今の時期は秋だ。三年の先輩達は、次の大会が最後の試合になる。そして、二年生の自分が試合に出るには、先輩を押し退けるしかない。
当然、それを快く思わない部員は確実に存在する。とはいえ、実力があるから仕方がない。しかし、そう頭では分かっていても、納得できない感情を抱いてしまうのは仕方のないことだろう。本気で努力すれば、努力するほど、負けた時の衝撃は大きい。それが最後の機会となれば、尚更だ。
それを知りながら――青山さんは、やってはいけないことをした。
「あたしは、レギュラーを決める紅白試合で、わざと手を抜いたの」
「どうしてそんなことを?」
「だってさ、先輩は本気で頑張ってたんだもん。それなのに試合に出れないなんて、可哀想じゃない?」
僕は絶句する。口を開いて何かを言おうとして、それが全く通じなかったらどうしよう。と思えるくらいには怖い。が、それでも言うしかないと思った。
「それは、その考え方は……言っちゃ悪いけど、殴られても仕方ないよ」
「だよね、あたしもそう思う」
青山さんは、伏せていた表情を持ち上げ、あっけらかんと笑う。それがかえって痛々しく見えるのは、目の錯覚なんかじゃない。
僕は声を低くして言う。
「分かってるなら、辞めとけよ。そんなこと」
「なんで並木が怒るのよ。部活のゴタゴタなんて、並木とは全く関係ないじゃん」
明るい調子を崩そうとしない青山さんに、僕は少しムッとする。そして、
「悪かったね、関係無い僕が勝手なことを言って。でも友達だから、手伝わせて貰うからな」
言うと同時に青山さんに近寄った僕は、持っていた竹箒を奪い取った。
僕の突然の行動に、目を丸くするのを後目に、地面に散らばった落ち葉をせっせとかき集める。
「この掃除は、手を抜いた罰なんだろ? ならさっさと終わらせよう。それで、また紅白試合に参加させて貰おう。このままじゃ他の部員達が納得しないよ。青山さんは絶対に参加すべきだ。自分勝手なワガママでも、先輩達が気持ちよく最後の大会に出る為に」
「ごめん、並木」
僕は無言のまま、掃き掃除を続ける。
涙声を背に受けてしまっては、返事をすることも、振り返ることも出来なかった。
こうして、湿っぽく始まったかと思った掃除なのだが、青山さんは僕が思った以上に攻撃的だった。一人で泣くよりも、何かに八つ当たりをする方がすっきりする性分なのだろう。さっきの説教のお返しだと言わんばかりに、青山さんは僕の欠点をづかづかと「並木は小さくて男らしくない」とか「並木は顔が可愛くても性格が悪い」とか、好き放題言って下さる。
まるで、言葉の暴力を受け止めるサンドバックになった気分だった。でも、それに適当な返事を返していると、次第に青山さんの機嫌が回復しているのに気付く。それが分かってしまうと、もう辞めてくれとは言えなかった。
体育館の周囲の掃除があらかた終わり、集めた落ち葉をゴミ袋に押し込んでいく。それが一袋、二袋と、限界まで詰まってパンパンになったゴミ袋が次々と出来上がる。
しかし、それで終わりでは無い。青山さんが受けた罰は、学校中の落ち葉を掃除しろ、というものだったらしく、それを後になって聞かされた僕は、げんなりとした気持ちでこの場所を後にした。
そうして向かったのは、今も運動部の連中が利用しているグラウンド。
野球や陸上等、それぞれの目標に向かって努力をする生徒達を横目に、己の目的地へと進む。
グラウンドの外周には、全体を取り囲むようにして並び立つ、枯れた木の群れがあった。当然、それらの目下には絨毯のように広がる落ち葉が存在していて、今から全て綺麗にしなければならない。
「これ、今日中に終わるのか……?」
唖然とした僕がひとりごちる。精神的にも肉体的にも、既にヘトヘトだった。
その一方で、隣に立つ青山さんは、ほがらかな笑顔だった。
「でも、下校時間ギリギリまで頑張れば、終わるかもよ?」
「なんでそんなにやる気あるの? この膨大な量を見たら普通、気が滅入るでしょ」
「それは……だってほら、並木が手伝ってくれるから!」
そう言うなり、僕の頭に掌を乗せ、わしゃわしゃと髪を撫でる。
その手つきはまるで飼い主が子犬を可愛がるようで、嬉しいのやら気恥ずかしいのやら……でもまぁ、軍手のままは辞めて欲しい。汚いから。
気を取り直して、お掃除、再開。
「でもそれが、並木らしさなんだよね。そういうトコが好きなんだと思うの、あたし」
「……ん。どういうこと?」
掃除を続けていると、機嫌をすっかり取り戻した青山さんが言う。
突然言われて、意味の分からない僕は首を傾げる。
「ほら、さっきあたしが言ったじゃない『もっと自分の意志を見せるべきだと思うのよ』って。でも、あれは取り消すね」
「突然どうしたの?」
「言いたいことを全部言って、喧嘩が始まってしまうと、相手を倒すまで止まれなくなっちゃう。ってことが、分かったから。今日の一件で、あたしも反省しないとね」
「……」
それに僕は無言で返す。怒っているからではなく、何を言えばいいのか分からなかったからだ。
レギュラーを決める紅白試合で手を抜くというのは、これまで真剣に努力をしていた先輩を侮辱するにも等しい行為だ。だから、殴られても当然だと思う。だが、手を抜いたのはあくまで青山さんの優しさによるもので、その気持ちを否定するつもりはない。
反省を聞いた僕の心の中には、両方の気持があった。
青山さんは、自問自答に似た言葉を続ける。
「この前さ、並木と染谷が喧嘩したじゃない? あの時あたしは、本当に心の底から後悔したのよ。並木が殴られて、血を流して倒れたのを見て、『あ、この二人はもう二度と友達には戻れない』って……あたしが並木に頼らなければ、自分でなんとか対処していればって、後悔した」
「……」
「でも、そんなあたしの後悔なんて最初から無かったみたいに、並木と染谷の友達関係は続いてる。それは、並木が染谷を許したから。もしあたしが同じ立場にいたら、許せないかもしれないのに……並木はそれを、簡単にやってのけたの」
「買いかぶりすぎだから」
僕は首を振って、青山さんの言葉を否定する。
そもそも、あの一件はややこしそうに見えてその実、単純な内容だった。染谷を許すとか許さない以前に、事情があることを予め察していたのだから「よう染谷、なんかあったのか?」とかなんとか言って、話を聞いてやればそれで済むことだったのだ。
あいつのことだ、どうせ最初は渋っていても、少しずつ話していく間に堰を切ったように全部ぶっちゃけて、最後はスッキリとした気分になって満足していたことだろう。
それが分かっていながらそうしなかったのは、アラクネさんに気を取られていた僕の失敗でもある。が、今思えばあの出来事は所詮、その程度のことに過ぎないのだ。
それが分かっているから、僕は否定する。凄い人だと勘違いされるなんてまっぴらだ。
「いや、そんなことあるから! 並木は凄いの!」
しかし、青山さんは僕の気持ちを分かってくれない。
「そんなことないって」
即座に否定。
「あるって!」
また肯定。
「ない!」
「絶対にあるの!!」
「ないったらない!!!」
「あるったらあるの!!!!」
「ないったらないったらない!!!!」
「あるったらあるったらあるったらありゅったりゃ!」
「噛んだな、僕の勝ちだ」
「そ、そういう勝負じゃないでしょ!」
「いーや、今のはそういう勝負だった。だから僕の勝ち」
僕は強引に話を打ち切ると、掃除に意識を集中させる。
青山さんは、あはははは!と声を出して笑っていた。ちょっとだけ恥ずかしいが、僕だってムキになることくらいある。謂われのない賞賛なんて要らないのだ。
並木陽太は、誰に何をされても許してしまう人間なんかじゃない。
それを、僕が大好きな君が勘違いしないで欲しい。
理解されたいからこそ、そう願ってしまう。好きだからこそ分かって貰いたい。情けない部分も、格好悪い部分も、知った上で嫌いにならないでいてくれれば、それ以上の喜びは無い。
だから僕は受け入れる。
他人の情けない部分も、格好悪い部分も、知った上で友達で居続ける。
それが僕の願いだから。
ねぇ、青山さん。
僕が、本当はとんでもなく情けなくて弱い人間だって話、今からしようか?
実は――青山さんのげた箱の中にラブレターを入れたの、僕なんだ。そこまでやっておきながら、怖くなって逃げたんだ。
なんて、言うわけないんだけど。
そんな僕の本心なんか最初から存在しないみたいに、青山さんは言葉を続ける。
「あたしも並木みたいに旨くやれればなぁ、って、今日ほど思ったことは無いよ。言いたいことを何でも言うんじゃなくて、相手の気持ちを察せれば、こんなことにはならなかったのに」
「でもさ」
がっくりと肩を落としながら話す青山さん。その途中で、僕は思わず口を挟んでしまった。そろそろ限界だ。これ以上聞き続けるのは辛い。今の青山さんは、自分から話そうとすればすれほど、落ち込んでしまう状態らしい。まだまだ引きずっているのだろう。
だが、自己嫌悪を延々と繰り返すのは、君の性分では無いはずだ。
それに、好きな女の子が落ち込んでいる姿なんて、目の毒だから長く見ていたくない。
だから、たった一つの励ましの言葉を贈る。
「僕は、言いたいことを全部言っちゃう青山さんのこと、嫌いじゃないから」
青山さんを正面から見据えて、目を合わせながら、ハッキリとした口調で告げる。
不思議と落ち着いた気分だった。
「並木はズルイよ」
言葉では、僕を非難していたが。
それを聞いた青山さんは、頬をほんのりと赤らめて、照れたような笑みを浮かべていた。




