――④――
更にその翌日、月曜日。
どれだけ寝ても気力が回復せず、いっそ学校を休んでしまいたい衝動に駆られたが、むしろこのまま寝続けていては気が滅入ってしまうだろう。ふらふらと、まるでゾンビを思い起こさせるような足取りで、僕は学校へと歩いた。
この週末は、食事と睡眠とトイレ以外、何もしなかった。
そうして、学校に着くなり机にうつ伏せになる。
これだけ眠っても動く気にならないんだから、この苦痛は自分自身が思っている以上に根深いものだと改めて痛感させられた。
「おい並木」
声を掛けられ、うつ伏せの姿勢のまま顔だけを上に向ける。
「昨日あれからまた電話したのに、どーして出てくれなかったんだよ」
染谷が僕を見下ろしていた。不機嫌そうな口ぶりで、形の良い眉を潜めた表情からは、若干の怒りが感じられる。
それを見た僕は、はぁぁと露骨な溜息を吐いた。疲れが更に増した気分だ。どうせこれから、土曜日の電話の件でねちねちと小言を聞かされるのだろう。いや、悪いのは電話に出なかった僕なんだから仕方ないのだけど。
「体調悪いのか?」
だが、そんな予想は大きく外れた。
労りの言葉を投げかけられ、僕は体をゆっくりと起こす。心配されるくらいなら、鬱陶しい小言の方がまだマシだった。
「いや、病気とかじゃないから大丈夫。それより、土曜日はごめん」
「くっそー、並木がこんなんじゃ八つ当たりできねぇじゃん」
「その言い分じゃ、上手く行かなかったみたいだな」
「そーだよちくしょう」
悔しがる染谷の顔を見て、僕は小さく笑う。
「すまんな」
「ちっ……まぁでも、あっちはあっちで、おかしな事になってるらしいな」
染谷に顎でうながされ、目だけでそちらを見る。視線の先では、ぼんやりとした表情で天井を見上げる青山さんに、何か話しかけてい里田さんと大塚さん。話の内容までは聞こえてこないが、友人二人の顔には深刻そうな陰があった。
「あの時……並木から連絡が来なかったから、結局自分で電話したんだ。そしたら、なんか慌てた様子だったんだよ、それで空気が読める俺は、さっさと話を終えて電話を切ったんだが……それと関係あるのかねぇ」
「知らない」
僕のそっけない返事に、また不機嫌そうになる染谷。
「なんだよ並木、お前は全く興味ないわけ?」
「関係のない問題に首を突っ込むなんて、野暮極まりないだろ」
「ふーん、感じ悪り」
「うるせ。もう殴られるのは勘弁なんだよ」
僕は吐き捨てるように言う。だが、本心では真逆の思いだった。知りたくて知りたくて仕方がない。今すぐにでも話しかけにいきたい。
染谷は一瞬、不愉快そうに口元をへの字に歪めたが、すぐにははっと声を出して笑い、「並木、貧乏揺すり、はんぱねぇぞ」と言って、せわしなく音を立てる僕の足を指さした。
僕は何も言わず、ただ視線を反対側へと向けた。
この態度の通り、僕は今回のいざこざには無視を決め込むつもりだった。
本心は言わずもがなだが、ここで何らかの行動を取れば、アラクネさんに対する信用を裏切ってしまうような気がして……元より、自分に何かが出来るとも思えなかったのだが――とにかく、進んで関わらないように勤めるつもりだった。
だが、僕のそんな想いは、昼休みに入ってすぐに無駄になってしまう。
いつものように染谷と昼食を取ろうとしていると、ふいに大塚さんが話しかけてきたのだ。
「並木ィ、三年の先輩があんたに用事だってェ」
「え、僕に?」
椅子に座ったまま顔を上げると、大塚さんの巨体が僕を見下ろしてくる。
「なんかさっきねェ、あんたについて色々聞いてきたのよォ。それでェ、結構イケメンだったから答えてやったんだけどォ、なんだか面倒になってきちゃってェ、そんなに気になるなら本人と話せばァ? って言ってやったワケェ」
「おいおい、それじゃあ俺は一人になっちまうじゃねぇか」
染谷の抗議の声に、大塚さんはにんまりとした笑みを浮かべる。
「仕方ないわねェ、なんだったらァ、一緒に居てやってもいいけどォ」
染谷の目が、まさかの展開にカッと見開かれた。その視線が、大塚さんの熱っぽい瞳と重なり合う。
僕は椅子を引いてすぐさま立ち上がった。ここは若い二人に任せよう。
「ま、まて並木! 後生だ、俺を見捨てないでくれ!」
「染谷、ピンチはチャンスって言うだろ? 後一人、頑張って誘うんだ」
染谷をいじめるのは、言ってしまえばただの八つ当たりだ。
普段ならこんな物言いは絶対にしないのだが、僕が精神的に疲れているからか、今日に限っては攻撃的な言葉が増えている。でも、そんな不調に染谷は気付いているから、本気で怒鳴り返したりはしてこない。
そんな友人とのくだらない会話は、僕の心を軽くしてくれていた。
どこにでもある他愛のない話題が、体の疲れをほぐしてくれているのを実感し、心の中で感謝する。
ありがとう。
まぁ、明日には元気になってるから、今だけは許してくれよ、友人。
こうして僕は、教室の外から呼び出しを受けた。
その相手がまさか、青山さんの彼氏だとは知らずに。




