――②――
昨年に行われた文化祭、体育館のステージに僕は立たされた。
自分から目立とうとしない僕からすれば、こんなのは本位では無かったのだが、文化祭というお祭りムードで皆が賑わっている時に自分だけ何もしない訳にもいかず、その上、それがクラスの連中の総意で決まったものだったのでどうしても逃げられなかったのだ。
……今思い出しても、赤面してしまうくらい恥ずかしい。
あの日、僕は女装コンテストに出場させられたのだ。
しかも、ゴスロリ娘という格好で。
黒を基調としたロリータ服を着させられ、フリルが満載のスカートを履かされ、金髪のウイッグの上から更に、白いバラを象ったヘッドドレスを乗せられた。つけまつ毛や口紅等、化粧に至るまでも入念に施し、そんな姿に変えられた僕はステージに立った。
僕はあの時、真っ赤になった顔に、潤んだ瞳を俯け、すがるように両手でスカートをぎゅっと握りしめていたらしい。
あまりにも混乱していた当の本人は何も覚えておらず、それはそれは、本当に可愛かったそうな。
主催者側の狙いも、似合わない格好の男達を見て観客に笑ってもらうのが本来の趣向で、筋肉隆々の男がスカート姿になって一発芸をやるような舞台だったらしい。
だが、僕が登場してから、空気がさっと切り替わった。
あまりにも可愛かったと、色々な人から言われた……それが僕には苦痛だった。
『な、な、並木君の女装姿!? 見たい!』
「ふーざーけーんーなーよー」
『あわわ、は、鼻血が……』
「……話さなかった方が良かったかな」
実は、あの時の衣装はまだ持っていたりする。服を貸してくれた娘から「私なんかより全然似合うから」と、無理矢理押し付ける形でプレゼントされたのだ。せっかく貰ったものを捨てるわけにもいかず、とはいえ着る機会も無いので、今もタンスの奥に仕舞われている。
『……すみません、今戻りました』
程なくして、アラクネさんからメールが来た。血を失ってテンションが落ちたのか、文面が妙に落ち着いている。僕は呆れた面持ちになって、話を続ける。
「僕はコンテストで優勝したよ。でも、文化祭なんて所詮その時だけのお祭りだし、女装なんて見に来るのは物好きな奴だけだったから、数日経てば皆忘れるだろうと思っていたんだ」
『何かあったんですか?』
「後日、写真部の人達が僕の写真を売ってたんだよ。無断で」
『それは……許せないです』
「あれ、てっきり『写真が残ってるなら欲しい』くらいは言うものかと」
『並木君を使って至福を肥やそうとするなんて、絶対に許せない。しかも並木君が出たのは本意では無かったのに、仕方ないから出ただけなのに……』
「……うん、そのせいで結構な笑いものにされたよ。教室の掲示板に貼り付けられたり、変な趣味の奴からメールを何通も送られたり、かなり辛かった。学校へ行くのも嫌になって、もういっそ不登校になろうかな――なんて思った時、青山さんが現れたんだ」
あの時のことは鮮明に覚えている。写真を持った青山さんは、もう一方の手で僕を指差し、「君が並木君?」と聞いてきた。僕は心底げんなりして、無視して逃げてしまおうと思ったんだ。からかわれたり、笑いものにされたりするのはもう沢山だったから。
でも、青山さんの要件は違った。彼女は通り過ぎようとする僕の肩を掴むと「一緒にやりかえしてやろうよ」と言って来たのだ。それに興味を持った僕は足を止め、訝しげに感じながらも、彼女の話に耳を傾けた。
なんでも、写真部の部長には女装癖があるらしく、僕を妬んでいる。という噂があるらしい。
僕の写真を高値で売りつけ、色々な人の目に触れるように仕向けたのは、可愛い並木が気に入らないのが大きな理由なのだと……あくまで『かもしれない』というだけの噂なのだが、もしそれが事実なら同じ目に合わせてやろうよ。と、青山さんは僕に説明した。
僕はその話に乗った。そんな噂があったのなら、一人でも僕はやると決めた。
結果、それは事実だった。
休日の深夜帯、女装した写真部の部長を見つけた僕等は、シャッターを切って切って切りまくってやった。号泣しながら土下座をする部長から、口止め料としてデジカメのデータを受け取り、これにて一件略着としたのだ。
『でも、既に出回った分は回収不可能ですよね。それに、とっくに並木君の女装姿は出回っているのだから、陰口や嘲笑は止められないのでは?』
「うん、それ以降も色々言われていたよ。でも、もうそんなのどうでも良くなっていたんだ」
『あぁ……』
納得するようなアラクネさん。そう、その時から僕の恋は始まったのだ。
陰口や嘲笑は、確かに嫌な気分にさせられる。だけど、学校に行けば青山さんに会える。僕にそっちの方が大事で、それ以外はどうでもよくなった。僕が何とも思わなくなると、いつしか周囲でも話題にならなくなっていった。
そして二年に進級して、同じクラスになれた僕の心中は狂喜乱舞の大騒ぎだった。
クラスが違う時よりも話しやすくなり、ある日の僕は聞いてみた。
なんであの時、初対面で友達でもない僕を助けてくれたのか? と。
青山さんは少しだけ罰が悪そうな笑みを浮かべて、「実はね、あの時は噂って言ったけど、本当は噂なんか無かったんだ」と言った。
「噂じゃないってどういうこと?」
「最初から事実だって知ってたんだ。あいつが女装して深夜徘徊していた辺りって、実はあたしの家の近所だったのよね。だから、結構な頻度で見かけていたの。で、あんなのが周囲で彷徨いているのが嫌だったから、並木に協力して貰ったの」
「それじゃ、何でそんな嘘を?」
「だってほら、『噂を一緒に確かめに行こう』って言った方が自然に誘えるじゃん。少なくとも『復讐のお手伝いをしてあげる』よりはさ」
「……そうかもしれないけど、でも、実際僕等がやった事と言えば、デジカメで写真を撮っただけだよ? そんなのに二人も要らないと思うんだけど」
僕に疑問に、青山さんは照れくさそうに頬を掻く。
「えっとね……その、こう言う事を言うのはちょっと恥ずかしいんだけど……一人じゃ怖かったんだよ」
青山さんの遠回しな言い方に、僕は思考を巡らせる。
……つまり、誰か一緒に行動してくれる人を探していて、それで僕を選んだ。僕なら十分な恨みも持っているから協力してくれるだろうと考え、こうしてお互いの利害が一致した。ということか。
――なるほど、大きな恨みという点で、僕は大いに納得した。
でも、こんなチビで弱そうな奴を選んで良かったのだろうか? 万が一の事態を考えれば、もっと強くてたくましい男の方がボディガード役には相応しいに決まってる。
僕がそう言うと、青山さんは首を横に振る。
「並木が本当に弱かったら、最初に誘った時に断っていたよ。でも並木は、ちゃんと戦おうとした。この現状を変えようとした。だから、並木は十分男らしいよ」
それを聞いた瞬間、胸がトクンと音を経てて、僕の体を芯から震わせた。青山さんは、僕が欲しいと願っていた言葉は、こんなにも容易く言ってくれる。
したくもない女装をさせられ、可愛い、という聞きたくもない言葉を耳にねじ込まれ、学校に来るだけで苦しくて、何もかもが嫌になっていたのに。
青山さんは、にこりと、屈託のない笑みを作る。頬が赤くなっているのは、照れ隠しだろうか? それがとても可愛い。
そう思った瞬間、また心臓がひときわ大きく跳ねる。
もうその時から、青山さんが好きで好きで仕方なかったのだ。
話を終えた僕は、ベッドに横になって、まくらに顔を埋めた。
なんだか、凄く恥ずかしい。好きな異性について語ったことが生まれて初めてで、今まで話していた内容を思い返しては赤面し、言葉にならない唸り声を上げてしまう。両足をばたばたと動かし、興奮した心はどうしても落ち着かない。
やっぱり僕は、青山さんが好きだ。どうしても好きなものは好きなんだ。
例え、向こうが僕のことを好きじゃないとしても――。
ぱたりと、足の動きが止まった。
冷静さを取り戻した僕は、枕から顔をひっぺがす。
「アラクネさん、あの時僕を止めたのは間違いだったみたいだよ」
あの時とは、僕が青山さんに告白を思い立った瞬間のことだ。あのまま僕が告白して、当然のように振られていれば、諦めが付いていた。深く傷つき、どうしようもないくらい後悔もするだろう。だけど、その結果に仕方ないと納得していたと思う。
『でも、私は、並木君に傷ついて欲しくなかった。なので、これが正しいのだと胸を張って断言します。例え、私の方を見てくれないとしても、それでいいのです』
「……分かった。僕ももうこれ以上は何も言わない。この話題はこれで終わり」
『はい』
そう言ったっきり、アラクネさんからメールは止まってしまった。
宿題をする時間になっても反応は無く、今日は珍しく一人で取り掛かった。問題は難しく、改めて自分がアラクネさんにいつも助けてもらっているのだと実感する。
いつもより一時間遅れてようやく終わらせると、力尽きた僕はベッドに横たわった。
しかし、なかなか寝付けず、電気の消えた部屋の天井を見つめ続ける。
ふと、僕はアラクネさんを呼んでみた。
「ねぇ、アラクネさん、起きてる?」
……返ってくるのは沈黙だけ。もう寝てしまったのだろうか?
だけど、僕は再び口を開く。
「アラクネさん、いつもありがとう。感謝しているよ」
だったら好きになってやれよ、と思う。
しかし、僕の恋心を無様にも生きながらえさせたのは、他ならない彼女なのだ。しかも、延命した所で何の意味も無い、ただ生きているだけで邪魔な存在。いっそのこと自分で殺してしまいたくなるが、そんなこと怖くて出来やしない。
僕は、男らしくなんかない、ただの臆病者だ。
いつしか、天井を見つめていた視界がぼやけ、眠りの世界へと落ちていく。




