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03『遊ばれた……、俺弄ばれたよ母さん』

 俺は友達がたくさんいるが、一人のときも変わらない。

 頼られはするが、頼りはしない。

 要するに一方通行なのだ、ということを理子さんは言いたかったのだろう。俺自身も気づかなかったその事実に気づいた理子さんの観察眼には恐れ入る。さかさま理論さまさまだな。


 だが、指摘されたとして、それが問題になったかというと、そんなことはまったくなかった。あれから自分の言動を省みて、やはり彼女の指摘が正しかったことを何度か再認識したくらいだ。指摘されたときには多少ショックを受けたが、今までどおりで問題ないことを確認した後は、さほど気にならなくなった。理子さんも二度と話題に出さなかった。


 何気ない日々が過ぎて行き、3月に入ってしばらくした後、理子さんが「今度の日曜日に遊びに行こう」と言い出した。


「予定空いてる?」

「ああ、暇だけど」


 部活動もしてないし、ここのところ一緒に遊ぶ彼女もいなかった。読書に勤しむか、相沢、池西、理子さんを含めた四人で遊びに行くのが最近の週末の主な過ごし方だ。

 だが、主に企画するのは相沢か池西で、理子さんが言い出すのは初めてのことだ。


 そしてその週の日曜日。

 理子さんが行こうと提案したのは浅草だった。大学のある表参道から銀座線一本でいけるのだが、いつでもいけると思っていたため、俺は今まで足を運んだことはない。特に用もなかったし。


「あ、正人君も行ったことなかったんやね。よかったー」


 電車で隣に座ってる理子さんはガイドブックを広げて、行きたいところをピックアップしている。ちなみに俺と理子さんの二人だけだ。相沢はライブをやる予定で、池西はバイトなのだという。二人ともイタズラをした子供のような含み笑いをしていたので、本当かどうかは怪しいところだが。

 しかし、俺はちょっと戸惑ってもいた。実は理子さんとこのようにデートのような形で出かけるのは初めてのことだったからだ。本人はあまり気にしてなさそうだが。


「コレも美味しそうやし、こっちも……。迷うわぁ……」


 浅草というより、浅草で売ってる食い物の方に興味あるんじゃないか。もしかして。



 浅草駅を出て少し歩くと、浅草といえば誰もが思い浮かべる雷門の大きな提灯が見えてきた。それをくぐればみやげ物や食い物屋が店を連ねている仲見世なかみせである。


「よし、食うぞー!」と、気合を入れた理子さんがまず真っ先に突撃して行ったのは、人形焼の店だった。


 こんなに食い意地張ってただろうか、この人。


「やー、こういう粋な食べ物大好きなんよ。せんべいとか。お団子とか」


 幸せそうに、人形焼にかじり付きながら理子さんは言った。


「じゃあ、あそこに売ってるジェラート最中もなかはちょっと邪道かな」

「何言うてんの! 仲間ハズレはようない!」


 イヤ、そんな力説されても。

 結局、仲見世を抜けるころには十種類もの菓子を制覇してしまった。もっとも、俺もこういう菓子は嫌いではないので、途中からどっちが先にうまそうな菓子を見つけるかという競争になっていたが。

 その道々で土産物屋も回ってみたが、冷やかし程度だ。


「さて、お昼は何にしようかな」

「まだ食べるのか……」

「お菓子類はベツバラなんですぅ」


 それなら、と理子さんのガイドブックを使って俺がチョイスしたのは浅草公園を周りを走る道沿いにあるもんじゃ焼き屋だった。


「……あたし、もんじゃ焼きってやたら薄いお好み焼きや思ってた」

「俺も初めて食うまではそう思ってたよ」


 程よく焼けてきた具で囲いを作り、スープを流し込む。熱い鉄板に触れた出汁が蒸発し、鼻をくすぐる。後はスープと具を混ぜて少し焦げるくらいまで焼けば完成だ。


「端の焦げたところからちょいちょい摘んで食うんだ」

「なるほど」


 正直あまりボリュームのある料理じゃないが、菓子で半分くらい膨れた腹にはちょうどいいだろう。

 理子さんは慣れない食い物のせいか、真剣な表情で黙ってもんじゃ焼きを食べていたが、俺の視線に気づいてふっと頭を上げた。


「……何?」

「いや、楽しそうで何よりと思ってさ」


 俺が答えると、理子さんは薄く照れ笑いを浮かべて聞き返してきた。


「正人君は?」

「楽しんでるよ、ちゃんと」

「『ちゃんと』? ほんまに? 無理やりそう思い込もうとしてない?」


 さて、どうだろう。『せっかく来たからには楽しまなければ』と気負う部分も否定できないが、それでも無理している感じはしない。


「だから、自然に楽しめている、とは思う」

「正人君ってあんまり感情が顔に出ないからなぁ。分かりにくいんよ」

「ほっといてくれ」


 内心、ちょっと古傷に触れられた気持ちだ。ポーカーフェイスは子供のころから指摘されている俺の悪癖のひとつだった。昔付き合ってた何人かの彼女も俺が感情を表に出さないことで「何をすれば喜んでくれるか分からない」と言われ、それが別れの原因になったこともあったくらいだ。



 昼食後は浅草公園をぐるりと回り、浅草寺や五重塔を軽く見て周り、仁王像に再び睨まれつつ宝蔵門をくぐって仲見世を逆行する。


「次はどうする予定?」


 まだ日も高く、帰るにはまだ早かったが、もう理子さんには浅草に留まる様子はなかった。


「んとね、お台場行って遊ぼうと思うんよ」


 お台場に行くにはまず新橋に行ってゆりかもめに乗り換えるのが一番早い。雷門を抜けて駅に向かうところで、理子さんはあるものに目を留めた。


「あっ! 正人君、あれってもしかして東京スカイツリー?」

「ああ、そうだな。へえ、意外に浅草に近いんだな」


 ガイドブックでは別エリア扱いして分かりにくいが、地図を見れば一目瞭然で、浅草のそばを流れる隅田川の向こうに確かに『東京スカイツリー』というスポット表記があった。


「……上るか? 歩いてだって行ける距離だけど」

「ううん。まだ未完成やし。またの機会にする」



 俺たちは浅草駅に戻ると、新橋まで移動し、ゆりかもめに乗り換えた。ゆりかもめは東京湾を渡り、お台場海浜公園駅に到着した。

 駅を降りると、左手に見えるのはフジテレビの本社ビル。天辺に球体展望室頂いたその独特なフォルムはテレビで見慣れすぎていた。


「あの中でゲーノー人が今日も仕事してるんやね」

「売れれば年中忙殺。売れなければ暇だが儲からない。因果な商売だよな」


 だが俺たちの目的地はこのフジテレビではなかった。その隣にあるデックス東京ビーチという施設に入った東京ジョイポリスである。



『問題。浅草の雷門の両側にある像は?』


 ぴんぽーん


「風神雷神!」

『……正解です!』


 機械のアナウンサーの声が正解を告げ、理子さんの席の電飾がチカチカと瞬いた。

 

「な、なかなかやるな、理子さんよ」

「ふふーん、今日通ってきたもんね、雷門。これで同点。勝負は最後の一問やね」

「問題。当施設の最寄り駅であるお台場海浜公園も通っている路線は……ゆりかもめですが、その正式名称は何でしょう?」

「「分かるかぁ!?」」


 後に調べたことだが、ゆりかもめの正式名称は東京臨海新交通臨海線というものだった。



 東京ジョイポリスは室内に作られたアミューズメント施設だ。三フロアに二十以上のアトラクションがひしめいている。

 アトラクションの種類も豊富で、クイズ番組を模して、参加者になれる参加型アトラクションや、閉じ込められた状況から知恵を絞って脱走する脱出ゲーム、室内だというのに絶叫マシンのレーンは走っているし、映像と座席のゆれで擬似的にそれを実現しているものもある。

 たかがテーマパークと侮っていたのだがなかなかどうして大変遊べる場所だった。


 二人乗りのコースターから降りた俺は、よろよろと歩く。


「し、室内だと思って舐めてた……」

「苦手やったんやなぁ、ごめんなー」


 実のところこういう絶叫マシンは苦手だったのだ。怖くはないのだが、極端な重心移動が続く感覚が生理的に受け付けない。しかもさっきのは走行している途中でスピンまでしやがった。


「今度はもっと優しいやつにしようなー」

「ちょっと待った理子さん。何でそんな満面の笑顔なんだ」

「すーぐ終わるからなー。泣かんとこうなー」


 注射を嫌がる子供をあやすように俺を引っ張る理子さんの歩いていく先には、スノーボードのハーフパイプをモチーフにしたアトラクションが待っていた。

 俺は、その先を、覚えていない。



「あっはっはっは、ごめんなー。正人君あんまり怖がらないからつい遊んじゃった」

「遊ばれた……、俺弄ばれたよ母さん」


 回りきってはいなかったが、いい加減遊び疲れたのと腹が減ったのとで、俺たちは東京ジョイポリスを出て、同じデックス東京ビーチ内にあるイタリア料理屋に入った。イタメシというと、パスタやピザを想像するが、ここは海の幸たっぷりのブイヤベースがメインの店らしい。


「んー、海老って殻むいて入れてたら駄目なんかなぁ」


 理子さんは、つまみ上げた海老の殻をむきながら言った。


「汁物に入れられると行儀よく食べられないんで困るんよ。カニとかもそうやけど」


「海老って調理する前だと殻が剥けないからじゃないか。ダシのためでもある」と、俺は再度メニューで頼んでいた生牡蠣にスコッチを垂らして口の中に放り込む。


 生牡蠣なんてレモンをかけるくらい食い方くらいしか知らなかったが、コイツは旨い。牡蠣の持つ自然そのままの塩味にスコッチの酒精とスモーキーフレーバーが絶妙に合っている。


 海老を一口で平らげたのか、今度は見たときには理子さんははまぐりと格闘を始めていた。

 その無防備さは、一番初め、合コンに参加したときに、か細い声で自己紹介した姿とは似ても似つかない。

 見られていたのに気がついたのか、フォークでタラをつつくのをやめる。


「ん、何?」

「や、理子さん最初会った時と全然違うなぁ、と思って。もともと素はこんな感じ?」

「んー、多分。昔は、いいたいことあっても言わないことが多かったから、今はそれが言えるようになっただけや思う」


 それにしても、今日の理子さんは特別はしゃいでいる感じだ。さっきの絶叫マシンの件だって、わざわざ俺の嫌がることをしてイジるなんて今までにないテンションの高まりようだ。何か理由でもあるのかな。

 ブイヤベースの残り汁を使ったリゾットも平らげたところで八時を回っていた。

 デザートのアイスを食べた理子さんは、伝票を持って言った。


「さて、次が今日の“シメ”行きましょか」



 理子さんの言う今日の“シメ”とは、お台場の南側にある青海駅のそばにある、特に夜間は虹色に輝いて存在感が増すパレットタウンの大観覧車だった。


「次の方どうぞー」と、案内されたのはラッキーなことに六十四台の中でも四台だけしかないシースルーゴンドラだった。塗装がされていないので、上下左右が見放題、ということだ。反対に言うと見られ放題なのだが、理子さんはロングスカートのワンピースにカーディガンという格好なので、問題はない。というか、結構これを見越しての格好だったのかもしれない。もっとも、普段からあまり露出の多い格好はしない人だが。

 ゴンドラが地上を離れる。


「今日は付き合ってもらってありがとなぁ」

「いや、俺も暇だったし、楽しかったよ。本当に」


 素直な気持ちだった。こんなに大きな声で笑ったり、叫んだりしたことなんて、振り返ってもちょっと思い出せない。理子さんが今日はハイテンションだと感じたが、振り返ってみれば、俺も相当ハイテンションだった。


「ならよかった。どこなら楽しめるかなぁって一生懸命考えたんよ」


 ゴンドラは、お台場の夜を登っていく。ゆっくりと高くなっていく。視界を大きく遮っていたパレットタウンの建物の上に出ると、一気に視界は広がった。


「理子さん、卒業式っていつだっけ?」

「来週の水曜日」

「就職するんだよな。どこの会社なの?」


 言葉を捜しているらしい、理子さんは、少しだけ間をおいて答えた。


「……京都の、アパレル関連会社」


 一瞬俺はどきっとした。


「だから卒業式終わったら、下宿引き払って京都に帰るんよ」


 何というか、心にズシッとくる言葉だった。考えてみれば当たり前の話だ。理子さんは京都出身だし、地元で仕事を探すことも十分にあった。

 でも、なぜか俺は、理子さんはずっと東京にいると思っていた。そして、ずっと付き合いは続くと思っていたんだ。いや、そう信じて疑っていなかったと言ったほうが正確か。


「ごめんなぁ。なんか言い出せなくて。今日、誘ったんもね。最後の思い出作りっていう意味合いもあるんよ」


 俺の動揺とはよそに、観覧車はすでに4分の1を回っていた。見える景色がだんだん広くなる。フジテレビの本社ビル、球体展望台の向こうに東京の光がちらちら見えてきた。


「どう……だった? 俺と友達やってみて」

「うん、楽しかったよ。気を使ってやっぱり一人のほうが楽だけど。楽やから楽しいっていうわけじゃないし。だから、正人君にはほんまに感謝してる」

「いや、友達を作ったのは、理子さんが勇気出して合コンに出てきたからで……そういえば、あの時言ってた答えは出たの?」


 一人になると寂しいのか、という命題に対する答えだ。


「うん」と、頷いて答えたが、どうやらその内容について、俺に教える気はないようだった。


 ゴンドラは頂上に達していた、夜空はほとんど見えない。だが、眼下に広がる東京都の中心部は夜空の代わりにとばかりにまばゆい光を発している。

 けど、俺は正直、この景観よりも、


「……きれいやね、月並みやけど」


 と、控えめに笑った理子さんの表情のほうがよほど印象に残った。


 ゴンドラの十六分間は、長いようで短かった。理子さんの京都行き発言から、お別れ会のような雰囲気になったこともあり、思い出話に終始していたと思う。話は観覧車から降りて、帰りの電車に乗るまで続いた。

 赤坂見附を過ぎるころ、俺は言った。


「京都に帰るの、何日?」

「十七日。卒業式終わったら、次の日にもう帰ってしまうんよ」

「見送りに行ってもいいか?」


 我ながら俺らしくない、と思いながら言った。

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