00『“別れ”……だったんだよな?』
「“ ”」
新幹線の東京駅。大きなトランクをそばに置いた理子さんはそう言って、駅の奥へと歩いて行った。
見送りにきたはずの俺は、何一つ声を発することなく、呆然とそれを見送ることになる。彼女の姿はすでに階段の先、ホームの上へと消えていく。
まもなく、けたたましく電子音がなり、十七時四十分発大阪行きのぞみ247号の出発が告げられた。それには理子さんが乗っているはずで――
――気がつけば俺は、東京メトロ銀座線に乗り換えていた、列車は虎ノ門を通り過ぎたところだ。夕方の帰宅ラッシュが始まるぎりぎり前なのか、電車の中はまだ空いている。渋谷を目指すのか、同年代の姿も目立っていた。
日が沈み、完全に夜がくる直前、薄い紫色の空を窓からぼんやり眺めつつ、俺は自問した。
(“別れ”……だったんだよな?)
別れ際、理子さんはどんな顔をしていたか、俺は思い出すことができなかった。ただ、最後の“別れの挨拶”。その声の響きだけが脳にこびりついて離れない。
俺の寂寥感にも似た感傷とは何の関連もなく列車は進む。
『次は溜池山王ぉ、溜池山王です。お降りの際はお忘れ物のないよう――』