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Phase7: 災厄北へ -1st day 後-

部屋割表がクラス連中に渡されてから数分。

私は彫像の様に固まるしか無かった。

雨が地面を叩きつける音がやけにはっきりと聞こえる。

茫然自失とはこの事だろうか。

知らなかった。

否、このまま知らない方が幸せだったのかも知れない。


――私は何時から苛めにあっていたのだろうか


「りゅう君、しっかりして。只のプリントミスだと思うよ」


「師匠。そうっすよ。只のプリントミスですって。

 それに、あのハーレムと相部屋にならなかっただけマシじゃないですか」


「……では代わりに野宿でもするか?」


「いやぁ、それは勘弁。流石にこの雨の中はなぁ」


「あ、そうだ。ボクで良かったら一緒の部屋に」


「廊下は使わせてくれるだろうか」


「人の話を聞いてよっ!」


朝霧の戯言は綺麗さっぱり聞き流す。

幾ら部屋が無かろうと、友達とは言え、女子の部屋に泊まる程礼節を弁えていない筈が無い。あらぬ噂や醜聞を撒き散らされて、朝霧が困惑するのは忍びない。どれだけ気丈に振舞った所で、女性である事は変わらないのだから。それならば、潔く雨中にでも廊下にでも眠る覚悟は出来ている。

己の名前が書かれていない部屋割表を片手に、玉砕覚悟で北条寺の所へと出向く。奴は既に委員長としての職務を終え、悟史の右腕に纏わりついていた。豊かな胸を押し付けるようにして。


「北条寺。済まないが話がある」


「何かしら、執事さん?」


「あ、りゅう。助けてくれよ!」


私の問い掛けに首だけをこちらに向ける北条寺。それと自身の体に三人の美女を飾り付けているハーレムツリーが一体。何かハーレムツリーが喋った様な気がするが、眼中に入れない事にしよう。まだ初日の午後なんだから頑張れと心中で密かに応援。


「部屋割表についてだが」


「ええ。何か不備でもあったかしら?」


「おいこら、りゅう! わざとらしく視線を背けるな! こっち向け……って、お願いだから、その、胸を当てないでくれませんかね、由宇さんや」


羨ましい様な羨ましくない様な微妙な環境に置かれているハーレムツリーが騒々しいのだが、きっぱりと無視しておく。


「私の名前が見当たらないのだが、これは不備か?」


「いえ、不備ではありませんわ」


「頼むから、助けてくれ! なぁ! おい! ……って、首絞めないでよ、由紀ちゃん! 誰も『まな板』なんて言ってな……い……」


何やら殺人事件の臭いが立ち込めてきたが、それでも私は初志貫徹、徹頭徹尾にして君子危うきに近寄らず。女性の身体的特徴を揶揄するような言葉を、その対象に使用すれば危険であるという良き例だと思われる。


「つまり畢竟ひっきょう嫌がらせか?」


「ひっきょう? ……生憎、卑怯でも嫌がらせでもないですわ」


「………………」


「『結局』の意味だ」


「after allね。ナルホド。貴方の名前が無いのは、私の意志では無く、生徒会長からの御達しに寄るものですわ。……ああ、言い忘れました。生徒会長からの伝言で、『貴方はここに残る事』だそうよ」


「…………」


「……了解。可能な限り、そういう大事な事は先に知らせて欲しい」


「今後は気を付けるわよ」


「……」


「最後に一つ。悟史が三途の川を遠泳中だ」


「あらあら」


チアノーゼ状態の悟史が其処には居た。口から泡を出してはいるが、三人も人手が居るのだから何とか救出出来るだろうと、私はその場を後にした。



大勢の生徒達がホテルの中へ、そして自分達の部屋へと移動していく中、私は独り玄関ロビーに佇んでいた。生徒がひしめき合い、狭い様に感じたロビーは実の所、かなりの空間を誇っていて、こうして独りで居ると広大な空間を独り占めしている様な、少し贅沢な気持ちが味わえる。今少しこの贅沢さを味わっておこうと、座り込んでいたソファに深く沈みこむ。補助席で疲れた腰が癒される様であった。

そのささやかな私の幸福を壊しそうな視線が頭に突き刺さっていた。しかも至近距離で、だ。敢えて視線は無視していたのだが、どうやら相手方は我慢の限界らしく、直接的な行動に打って出た。私の頭を両手で掴み、無理矢理上を向かしたのである。


「何故、私の泊まる場所が無い?」


「りゅうちゃん。少しは驚いてくれるとかリアクションが無いと困るんだけど」


非・生徒会長モードな四条美代が私の顔を覗き込んでいた。私がリアクションを取らなかった事がご不満な様子で、少し釣り上がった釣り目と膨れっ面が印象的である。私が安易に感情を揺らさない事を十分承知しているのだから、期待しないで欲しいのだけれども。それよりも早々に質問に答えて貰いたい。今夜、雨の中で過ごすか、廊下で寂しく過ごすのか、それとも単なるドッキリなのかで、憂鬱さ加減が決まるのだから。


「質問に回答してくれ」


「えーとね、その、申し訳無いんだけど」


「前置きは良い」


「じゃあ、ズバッと言いますと、私と同室」


日本語が分からなくなった。すわ、言語障害か。

何が楽しいのか、ニコニコと満面の笑みを浮かべている四条。先程の『申し訳無い』という言葉を発した、舌の根の乾かぬうちに全然『申し訳無』さそうではないのはどういう了見か。

今の発言は何かのバグが四条の中で発生した上での弊害だと仮定して、最初から順に話を聞いていこう。


「申し訳無いが、前置きから話してくれないか」


「どっちなのよ。じゃ、最初から言うとね。えーとね、その、申し訳」


「そこは繰り返さなくても良いのではないか?」


「注文が多いよ、もうっ! んで、順を追って話すと、元々は別々に泊まる筈だったんだけどね、この間委員会の方に依頼した様に少し込み入った状態になってて、なるべくりゅうちゃんとは密に連絡を取りたかったのよ。その事を――といっても多少歪曲してだけど――りゅうちゃんとこの担任さんに話を通したらさ、委員会役員として別個部屋を用意すればいいって」


担任あれに話したのか……厄介な」


「と言う訳で、委員会役員である私とりゅうちゃんは別室、二人きりぃ二人きりぃ」


何ということか。

つまりは四条と二人きりというのは学校側が認めていると言う事か。否、COOLになれ、私。何も委員会役員は私と四条だけではないはず。そう、同学年には他の委員会委員長がいるではないか。

学校側公認と言う事で半ば放棄しつつあった思考を奮い立たし、絶賛妄想中の四条に問い掛ける。


「四条。他の委員会はどうした?」


「ふたり……うん? 他の委員会と言っても、今回関係している委員会って人材派遣くらいでしょ?」


「否。風紀実行委員会委員長のたいら、防衛委員会委員長の源はどうした?」


「え?」


そんな名前初めて聞きました、という表情をする四条。風紀実行委員も防衛委員会も学園の安全を護る大事な役職だと思うのだが、その頂点に立つ生徒会長様はすっかり忘れいるご様子。


「そ、そんな。流石に三人相手じゃ辛いよ。りゅうちゃんだけでも」


「お前は何を言っている」


「それに私の体はりゅうちゃんだけの、痛っ!」


とりあえず、額にデコピンを食らわせ、阿呆の口を黙らせる。

一体、何を考えているのだ、最近の女子高生は。もう少し、節操を持った方が良いと思われるのだが、どうだろう。それとも、私の考え方は前時代なのだろうか。


「冗談だよぅ。平君や源君も勿論忘れてなんかないけど、今回の事は校外の任務だし、それに一応秘密裏に、出来れば何事も無く旅行が終わればいいんだから」


それは正論だ。依頼された内容はそういう種類のものであるのだから、可能な限り内容を知る人間は少ない方が良い。

彼女は真剣な口調で続ける。


「それにね、不測の事態が起きても直にりゅうちゃんが動ける様、情報が集まってくる私の傍に居るのがいいの。皆で行動している時は流石に傍には居れないけど、待機中は出来るだけね。だから、我慢して下さい、人材派遣委員会委員長」


真剣な表情で、そして最後だけ垣間見せた生徒会長としての四条美代。公的な任務の為であり、上司からのお願いであり、私のわだかまりはこの際大事の前の小事として流しておかねばならない。だから私はこう応える、


「了解した」


と。

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