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Phase5: 閑話休題

悟史のハーレムに巻き込まれ、彼女達が奏でる不協和音キャットファイトを傍で観賞し、クラスの連中の『悟史殺害計画』に少々加担し、委員会の仕事にそこそこ精を出すといった日常生活を淡々と送っていると、修学旅行出発まであと一週間と迫っている事に気が付いた。

今日も今日とて、ハーレムの織成す喧騒と多少刺激のある授業に時間を潰され、既に放課後を迎えていた。人材派遣委員会に割り当てられた部屋で一人ノンビリと過ごしていると、スピーカから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「人材派遣委員会委員長、即刻生徒会長室に来て下さい。繰り返しません、以上です」


「普通繰り返すだろう、常識的に考えて……」


思わず、突っ込んでしまう。私の溜息がやけに大きく、部屋に響いた。




『生徒会長室』というのは、実際公式な部屋ではない。

本来は『生徒会室』だったものを、あの二代前の高慢ちきな生徒会長の発した鶴の一声で『生徒会長室』へと私的に変更してしまったらしい。今更だが、あの生徒会長を選出した生徒の頭をじっくりと、それこそ穴が開く程に、否寧ろ切り開いて見てみたいものである。あんな女が権力を持ってしまったら、どういう事態が起こるのか程度予測して欲しかった。

それでは、失われた『生徒会室』は何処へ消えたのかというと、実は職員室内部に設置してある。公的な会議には教師サイドの意見も必要であり、より教師の生の声が聞こえるのは職員室ではないか。従って、会議は職員室、若しくはそれに準ずる場で行われなければならない云々。完全に詭弁で、論理に筋が立ってないのだが、当時の教師はこれで納得してしまったらしい。情けない。

そんな訳で名称こそ『生徒会室』な、実質『生徒会長室』に私は出向いてきたのであるが。正直な所、あまり独りでこの部屋に入りたくない。とは言え、生徒会長に呼び出されているので、断る訳にもいかない。意を決して、溜息をこっそり吐きつつ扉を叩いた。


「人材派遣委員会委員長、入ります」


「……早く入って。ドアを閉めて。鍵も」


「御意」


ドアを薄く開け、体をそこに滑り込ませ、すぐさま施錠する。もっと堂々と入室してもいいのだが、癖でこういう入り方になってしまう。

施錠を確認して、生徒会長の定位置である豪奢な席に目を向ける。そこに座る、組んだ手に顎を乗せている華奢な女子。カラスの濡れ羽然とした艶のある長髪と釣り目がちな顔。我らの高校に君臨する『氷の女』こと、生徒会長様である。


「もっと近くに来なさい。それじゃ話がし辛いわ」


私の立ち位置が気に食わなかったようで、そう命令してくる。渋々ながら二、三歩前に進むが、それでももっと前へと指摘される。結局、生徒会長専用机まであと一歩の距離まで移動させられる。




『氷の女』の異名は就任後直に付けられた。一見すれば可愛い小柄の女の子であり、選挙の時も愛想を振り撒いて、選挙参謀が前生徒副会長だった事もあり、高校のマスコットとしての傀儡政権か、とも言われていた。ところがどっこい、会長に当選し、その就任演説で不正を働いていたその前副会長をばっさりと斬り捨て、規律違反の際の罰則の強化を宣言した。さらには、幽霊部員ばかりの部や同好会を『資金の無駄』といって取り潰したり、それに対する批判をぴしゃりと撥ね付けたりと強硬姿勢を貫いている。反面、本当に必要だと思われる設備に対しての投資は積極的であるので、生徒にも教師にも受け入れられているのだろう。

その冷徹にして冷静な、可愛らしい出で立ちとのギャップも皮肉って『氷の女』と呼ばれているのだ。




私の立ち位置に満足した生徒会長様は席を立ち、私の隣へとやってくる。

私もそれ程背が高くは無いが、彼女は私の胸の高さしか身長が無い。小柄な生徒会長様は上目遣いで私を一瞥して。


「会いたかったわ、りゅうちゃん! 嗚呼、りゅうちゃんの匂い……」


「何がしたいんだ会長殿」


思い切り私に抱き付いて来た。しかも私の体臭を思う存分吸引して、精神が別の世界へと飛び立ってしまっている。弛緩しきった幸福そうな顔が非常に気持ちが悪い。ヒトの体臭を嗅いで、トリップするような奴の思考など分かりたくも無い。


「りゅうちゃん、りゅうちゃん、りゅうちゃんりゅうちゃん」


これが『氷の女』と称されている生徒会長様の本性かと思うと、頭を抱えたくもなる。

以前、私が家業の手伝いをしている時に、偶々ゲストとして、このアホ女を接客用の丁重な態度で接したことがあった。私もまさか己と同じ高校で、しかも同学年だとは思わず、どちらかと言うと幼い子をあやす様に接していたのだが、数日後に高校の廊下でばったりと再会してしまい、いたく気に入られ、何かと懐かれてしまった。彼女曰く、私の匂いが昔可愛がって飼っていた大型犬の匂いに似ているらしく、抱き付いて匂いを嗅ぐと幸せに気分になるとか。人目が在る所では決して甘えない癖に、一度ひとたび人の目が無い、二人きりになってしまうと、途端に甘えてくる。しかし、生徒会長になってからは、委員会の仕事の関係上二人きりになる機会はあったものの、甘える事が無くなっていたので安心していたのだが……否、それよりも、私は犬の代わりではないと声高に主張するべきか。


「いい加減にしてくれ、四条生徒会長」


「嫌よ。最近我慢してたんだから、少しくらいいいでしょ?」


「却下だ」


「んー幸せー」


「話を聞きなさい」


「却下ぁ。りゅうちゃんが私の事、ちゃんと『美代』って名前で呼んでくれなきゃ、話は聞きませんー」


「はぁ。最近君はお姉さん達に似てきたと思う。そういう自分勝手の所が特に」


と私が言えば、彼女は抱き付いていた体をばっと離して、こちらを睨んだ。釣り目の部分は多少迫力があるが、顔全体としての迫力は皆無に等しい。生徒会長をこなしている時のオーラが抜けているせいだろうか。

ちなみに彼女の二人の姉、初音と亜実つぐみは前々生徒会長、前生徒会長である。つまり四条家は三代続けて生徒会長職の座に君臨している事になる。流石に美代に妹は居ないので、四代続けてと言う訳にはいかないが。

四条美代は姉二人があまり好きではない。特に長女の初音は家庭においても高慢な性格を控えようともせず、学校に居た時よりももっと態度が尊大らしい。その皺寄せが三女の美代に降りかかっていたと言うのだから、好きにはなれないのだろう。初音に似ていると言うのは、美代にとっては屈辱に近しい言葉なのである。


「むぅ。そんな事言わないでよぉ。私は絶対初姉みたいにはなりたくないんだがら!」


「了解だ。なら、さっさと委員会委員長としての私に話をして欲しい」


私の言葉に、もうせっかちなんだから、と不貞腐れつつも、自分の椅子に戻っていく辺り、彼女が分をわきまえている事をうかがわせる。彼女は組んだ手を顔の前に持ってくる、どこぞの司令の様な格好で話し始めた。


「私を拒絶するつもりか!」


「……ネタはいい」


「ごめんねぇ。この格好で一回言ってみたかったんだよ! でね、今回の修学旅行の事なんだけど、行き先がどうして国内になったのかはりゅうちゃん分かる?」


「ある程度の想像はつく。恐らくは想定の範囲内だろう」


「ならいいや。大体りゅうちゃんの憶測って外れないから。でさ、こっからが本題。生徒会長として、人材派遣委員会委員長である貴方にお願いがあります。内容は」


「……あいつの護衛か」


ハーレムの住人を思い出す。生徒会長が、要は学校の代表としてのお願いの種類なんて高が知れている上に、護衛を付けなければならない生徒なんてそうそう居て堪るもんじゃない。


「流石りゅうちゃん、察しがいいね。……で、引き受けて貰えるかな?」


「密着マークは出来ない。今回は悟史達とは離れて行動する予定なんだ。それでも私が見張れる範囲で良いと言うのなら引き受けよう」


「それで良いと思う。ガチガチに張り付いてたら逆にオカシイしね。ま、いざとなったら王子様に助けて貰えるかもね! それが一番面白いかな!」


にはは、と笑う四条。確かにそれがベストではあるが、果たしてどこまで悟史が頑張れるだろうか。少々不安ではあるものの、王子様は王子様らしく颯爽としていて貰いたいところだ。


「と言う訳で、りゅうちゃん。話も終わったから、抱き付いて良い?」


「用事がある。さらばだ」


「少しぐらい良いでしょおぉ!」


背中に引っ付いてくる美代を引きづり、剥がしてから『生徒会長室』を脱出する。

何も知らずにただ純粋に旅行を楽しみたかったが、どうやら私には許されないようである。

修学旅行まであと一週間。




何時の間にかに総読者数1500人を超えていました。

皆様、こんな駄文にお付き合い頂き有難う御座います。

これからもご贔屓に。

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