Phase4: 災厄はいたる所に
精神修行と一口に言っても、その修行方法は多岐に渡り、
修験道を例に取れば、不眠不動や断食、木食がそれにあたる。
とは言え、修験道の場合は、苦行であればあるほど、験徳は積まれ、
分け入った峰々から霊力を己に蓄える事が出来るとされている為、時に己の命をも投げ打つ、
所謂『即身成仏』――捨身や土中入定――等、行過ぎる感はある。
しかし、そう言った過剰な面はあるものの、精神修行は確かに必要なのではないかと思う。
修験道の様に山岳仏教を信仰すべきだと言う訳ではなく、只そういう経験がもしかしたら行過ぎた本能的欲求を抑える際に有用かも知れない、絶望に立たされた瀬戸際にあっても揺ぎ無い己を保持し続けられるかも知れない、と思っているのだ。
そして、いざ修行するにはそれなりの覚悟が必要だ。
修行は得てして苦行であり、日常の心構えでは肉体的にも精神的にも損傷を負う危険がある。危険が『ある』という事を心構えとして、前以て持っているのと持っていないのとでは、危険の度合いが雲泥の差であることは言うまでもない。
では、かく言う私は心構えが出来ているのかと問われれば、多少惑いながらも『応』と言える。それは私が育った環境上、あるいはそもそもの性格上、そういう機能を有しているからであって、一般的ではないだろうが。
従って、私は何時でも精神修行の荒行に備えられている訳で
「そう。これは精神修行の一環なんだ」
「何か言ったか、りゅう? あ、うん、有難う、由宇ちゃん……あ、あーん」
「うーーーーー」
目の前で繰り広げられる、糖度メータが振り切れて一周してくる程度の甘甘な馬鹿恋人未満同士の所業と、私の横に座る美少女から発せられる、赤子が見れば発作を起こしてしまいそうな嫉妬高純度な瘴気の板挟みに耐えているのである。並の人間では失禁するのは確実ではなかろうか。
対角線上に居る娘が、私の横に居る娘を横目で見ながら、悟史といちゃついていて、どう見ても机という障害に手を拱いている娘を挑発しているこの状況。そろそろ隣の娘が爆発しそうだなと、傍観者視点な自分が漠然と思っていると、案の定机を飛び越えてバカップル行為を阻止しにかかった。
ぎゃあぎゃあと姦しい美少女のキャットファイトとそれを何とかして宥めようとしている悟史を傍観しつつ、何故こんな事態に私が巻き込まれなければならないのかと真剣に悩む私であった。
事の次第は悟史の『お願い』であり、我が高校の行事にあった。
始業式から既に一週間が経ったその日、修学旅行の詳細な説明がHRの時間を使って行われた。
我が高校の修学旅行は5月の頭に行われる。三年生はこの修学旅行、中間試験、そして六月に行われる体育祭を終えて、本格的に受験モードへと移行する。修羅場に向う前に発破をかけようとの学校側の配慮だろう。
行き先は海外旅行も視野に入れられていたが、今回は北海道に決められたそうだ。生徒達は圧倒的に海外、しかもハワイを推していた筈だが、北海道に決められたと言う事は裏で何らかの意図が働いたのか、と勘繰るのはあまりにも懐疑的だろうか。私としては、北海道の方が自分の趣味に合っているので嬉しい。
そして、修学旅行と言えば、班行動を行うのはお約束である。お約束は外されないからこそ、お約束であるので、我がクラスも班決めをしていたのだが、ここで問題が発生する。そう、男子の大部分が三年アイドルトリオの誰かと組みたい、この機会に仲良くなりたいと獣染みた欲求を迸らせていたのだ。私はその騒動に巻き込まれない様に、さっさと後藤と西原と東――後ろ二人は彼女持ち――のアイドルに興味を持たない面子でユニットを組んで、教室の後でのんびりとセブンブリッチに興じていた。
すったもんだの末、結局この騒動に嫌気の差した担任の一喝により、悟史とアイドル三人のグループに仮決めされたが、本決定は後日にというのが日が暮れた教室での結論であった。
その翌日の事。
本日の授業も全て消化されて、本日の委員会活動も無しとお達しが来た為、私は早々に退却しようと忍者さながらの敏捷さで教室を出ようすると、悟史が私の制服を掴んで引き止めた。
「りゅう、話があるんだけど」
「此処で話せる事か? 部活は?」
「正直に言うとあまり此処では話したくないな。だから、外で話がしたい。あと、部活の方は、今日はサボり。話の方が優先って事で」
精力的に部活に参加する悟史にしては珍しい。普段、ハーレムの主として認識され、部活人間としてはあまり認識されてはいないのだが、ハーレム体質に目をつむれば、非常に真面目なサッカー青年だったりする。ハーレム太郎だが。
そんな奴が深刻な顔で、しかも部活よりも優先してくる話。私はそれに興味を持った。勿論、素直に親友として心配であるのも事実であった。何だかんだで、ハーレム体質を考慮しなければ、かけがいの無い親友と言ってもいいのである。ハーレム野郎だが。
私は承諾し、駅前のジャンクフード店で話し合う事になった。その道中、部活よりも優先した話は話題には出なかった。その代り、私に話が出来るというので気が楽になったのだろう、割と機嫌は良かった様であった。
ジャンクフードの店に着くなり、悟史は話を切り出してきた。
「頼む! 俺の班に来てくれ!」
「……すまん。上手く聞き取れなかったんだが」
「何度でも言う! 頼む! 修学旅行の班、一緒になってくれ!」
「断る」
「そこを何とか! お前が一緒じゃないと拙い、色々拙いと思うんだ」
「何が拙いと言うんだ? あの娘達は皆お前に好意を持っている。そして、お前も特に拒否する気も無いのだろう? ならば、それで万々歳ではないか。付け加えるとすれば、あの娘達と一緒に春休みに何度も出掛けていた事の方が拙いと思うが」
「春休みはお前と映子が一緒に居てくれただろ! だから、皆ある程度慎みある行動してたんだと思うんだ! これでお前も映子も居ないとなると、何が起こるか分かったもんじゃない!」
「起こっても拙い事はなかろう?」
「ある!」
「何故?」
「いや、えーと……」
途端に曖昧になる。
実の所、私は悟史がこういう態度になる理由を、このハーレム太郎がハーレムの住人とある一定以上の仲になるのを恐れている理由を知っている。否、『知っている』というのは正確ではないが、十中八九『こうであろう』と直感的に理解している。
だが、敢えてここで言う事も無かろう。苦虫を潰したような顔をしている悟史に私は止めを刺しにかかる。
「悪いが、今回ばかりは却下だ」
「マジかよー」
「偶には自分の力だけで抑えてみたらどうだ? それともお前はそんなに弱い男だったか」
「ち、違ぇよ」
悟史を少々焚きつけておく。この男が『弱い男』に反応する事を知っての事。
「ならば、今回は私は傍観に徹する。映子も同様だろう。頑張れよ」
「ああ、分かったよ」
「……では、私はこれ」
「あ、悟史くーん! それに『執事』さんも!」
最悪のタイミングだった。せめて、悟史だけでもここに残して、私は早々に退散しなくてはと腰を浮かすのと同時に、悟史の手が私の腕をがっちりとホールドした。その速さと必死さは、スルーパスに反応して飛び出すFWのユニフォームを、必死で掴んで食い止めようとするDFに匹敵していた。しかも一流のDF。私が驚愕して悟史の顔を見れば、悟史は口を歪めて一言。
「今日は付き合って貰うよ」
二人のキャットファイトを未だに止められない悟史を眺めて思う。あと一人このキャットファイトに加わるのは必然であり、その時こいつはこうやって慌てふためくだけなんだろうかと。
修学旅行まであと2週間強。北海道では災厄に巻き込まれない事を今から祈っておこうか。
可能ならば感想下さい。
宜しくお願い致しますー。