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Phase39: 災厄の夏 -集わない彼-

 あれから既に一ヶ月以上が過ぎたのか。時が経つのは随分と早いな。

 稲川は誰に言うでもなく、ぼんやりと考える。考えながらも、足元ではボールを弄くっていられるのは流石と言えるだろう。ボールが彼の足の間を行っては帰り、時には宙に浮かび、音も無く足の甲に落下する。その様を見た女子生徒達が目を輝かせていた。

 場所は体育館。

 時は一学期終業式。

 稲川の頭にあった「あれ」とは体育祭の事であり、即ちあの休日の狂騒から一月以上が経過していた。梅雨の気配を感じさせていたあの時期とは一変して、外は太陽が過剰なまでに自己主張。夏真っ盛りという言葉が適当だ。

 そうして暑く茹だる体育館の中を生徒達は忍耐の文字を背中に背負って、直立の姿勢を保っている。ただそうしているだけでも十分に辛い。現に汗っかきな生徒のシャツは汗に塗れ、絞ればコップ一杯ほどの汗が見れるぐらいだろう。それに加え、あのお騒がせ校長の長口上が降り注ぐのだ。失神する生徒が出てもおかしくは無い。

 しかし、そうした厳しい環境下にも関わらず、一人として脱落者が出ないのは何故か。

 理由は簡単だ。


「いいですか、皆さん。明日から夏休みではありますが! 火遊びには十二分に気を付けなさい。火は一度着いたら、なっかなか止まらないのでーすよっ! 私もね、一度火遊びが過ぎて、家を失った経験がありますからね。よくわかります。ついでにお金も取られてしまいました。さらに、娘も車も取られてしまいましたからね。とてもよくわかります。そして、火は消えたと思ってもくすぶっている事がありますからね。いきなり、家にこられて認知しろっていわれてもねぇ……って、先生達! まだ私が喋ってるんです! 何故、マイクをっ! あっ! ちょっ! い、いーですかっ! 皆さん! じゅ、純愛はいーですよおおおおおっ」


 そう、夏休みである。この甘美な響に生徒達は支えられているといって過言ではない。未だにアフロな、そして始業式の時と変わらず教師達に抱えられて退場する校長の演説に耐えられる程の性能を持っているのだ。

 校長の演説から解放された生徒達は背伸びをしたり、その場に座り込んだり、雑談を始めたりと、自身の自由を満喫していた。会話の内容は勿論、この夏期休暇を利用して何処かに遊びに行こうといったものが過半数を占めている。彼らの顔は一様に明るい。

 そして、明るさの影には暗さがある訳で。


「うおー、明日からヨビコーだぜ! まじ、だりぃ」


「え、何処で? 俺、カワイ。オマエ、ヨゼミー?」


「あー、スンダイだぜ」


「そーなのかー」


「そーなんだぜ、ぜ、ぜぜぜ!」


「なんだその無意味なラップー。ちょー意味わかんねーよ」


「エロい人には分からんのですのーと」


 最高学年の生徒達の顔は一様に暗い。会話自体は明るいが、心の中は墨汁の様に真っ暗だ。何しろ、高校最後の夏である。部活動の最後という事に加え、世間では「天王山」と言われるほど、この夏の勉強は重視されているからだ。迫りくる部活最終試合と受験までのカウントダウン。暗い顔をした生徒達の胸中の大方はこれで占められていた。

 そして、稲川のクラスも暗い雰囲気に包まれていた。最後の試合に向けて如何練習のスケジュールを組めばいいのか、受験合格の為に今なすべき事は何か、確かに彼らの胸の中にはそうした思いはある。だが、それだけではない。彼らの暗さは他のクラスと比較してもさらに暗い。さらに厳密に言えば、女子は他のクラス同様と言っていいが、男子の暗さが異常であった。

 いつも陽気に、偶に呪詛を吐いてる後藤も例外ではなかった。


「じゃ、教室に戻るかぁ、西原、東」


「そうだなぁ。とっころでよ、お前ら志望大学もう提出したか?」


「ああ、そりゃ当然出しただろ、提出期限先週までじゃなかったか? 俺は一応、第一志望はT大にしておいて、第二にW大とTR大にしておいたわ。まぁ、千沙子と一緒に大学行けるなら何処でもいいかなとか思ったりもするけど」


「惚気んなよ、馬鹿東。まぁ、俺も都子と一緒ならいいかなぁとは思うが」


「この色ボケさん達がぁ。 地獄に落ちろ、東西コンビめっ」


 力無く叫び、首を掻っ切るジェスチャをする後藤。惚気ていた東、西原もその返しに力無く笑う。


「で、後藤ちゃんよ。お前さんはどうするべ?」


「俺も一応はT大第一志望。そっから先は……本来なら師匠と相談でもして色々と相談に乗ってもらうかって思ってたからな。そっから先は未定って事で一つ宜しく」


「あー……りゅうかー」


「りゅうなぁ……」


「早く師匠には帰還してもらいたいけどなぁ……」


 そうして三人はちらと後ろを振り向く。そこにいるのは、何時もの様に群れるハーレム員達と稲川。そして、彼らの周囲の人間はその甘ったるい雰囲気にやられてバタバタと倒れていっている。


「ホント、早く戻ってきて欲しいよなぁ」


 りゅうの不在。それが一組男子達の暗さの原因であった。





 りゅうが突然姿を消したのは終業式より数週間前。

 下の学年よりも早めに始まった一学期期末考査を終了した直後の週。休日に猛烈な勢いで採点を済ました教師陣の頑張りにより、始業時間前には成績順位が貼り出され、生徒達が一喜一憂していた。

 当然、稲川や後藤、朝霧もその中の一人であった。一通り、自分の順位を確認した後に、示し合わせなくとも自然と集まってしまうのは気心知れたメンバだからか。


「ういっす。今回はどーだったよ、二人とも」


「ボクは総合十七位だったよ」


「俺は九位だった。昭の方はどうだったんだよ?」


「ちっ。俺は二十八位だ! くそっ、また負けた」


「昭君がボクに勝とうだなんて、十年早いよっ!」


「なら、俺には二十年だな」


「くそおおお! どちくしょおおおお!」


 二人の口撃に吼える後藤。だんだんと地面を片足で叩き、むきぃと鼻を鳴らせる姿に、周りからも笑いが起きる。後藤がお笑い担当だという事は周知の事実である。


「おぉぉぉ……とまぁそれは置いておいて。師匠は見かけなかったん? まだ始業時間じゃねーから、別に居なくてもおかしくないんだけどよ?」


「や、まだ見てねーけど」


「でも、ちょっと遅いかなって思うかな。りゅう君、この時間ならいつもいるでしょ? ボク、電話してみようか」


「そこまでするこたぁないだろ。師匠だって、偶には腹壊して下痢ピーだってするわ……ぐふっ」


「下品だよ、昭君」


 にっこり笑って水月にエルボーを加える女、朝霧。周囲で後藤の愚行に笑っていた生徒達も一斉に顔を蒼くする。その思いは一つ。朝霧映子、なんて恐ろしい子!

 朝霧の視覚的にも恐ろしい攻撃から立ち直った生徒達はそそくさと移動する。誰だってあのような目には会いたくは無い。距離を取る事が最善の対応策だった。


「んじゃ、まぁ。教室に帰るとするか」


「そーだな。あ、そういや、お前の取り巻きは何処いったんよ?」


 後藤は稲川を訝しげに見る。今の今まで気にしていなかったが、何時も何時でも稲川に纏わり付いているハーレム員達が今日に限っては誰一人として付いていない。

 そこに違和感を感じ、後藤は問うてみるが。

 稲川はその問に曖昧な笑みを浮かべるのみ。


「先行くよー」


「ああ」


 後藤が稲川の傍を通り過ぎるその刹那、


「お前には負けない」


という言葉が交わされる。果たして、どちらの言葉だったのか、どちらの言葉でもあったのか。真相は喧騒にまぎれてしまっていた。




 何時もの様に始まるだろう朝のショートホームルーム。

 担任のアイザワが何時もの様にやる気無く諸連絡を伝え、出欠を確認するだろう。それが済めば、皆が皆自分の勉強の準備を始め、ある者は図書館に、ある者は授業へと向かうのだろう。高校三年ともなれば、授業は選択制になり、生徒の好きな様に授業が選べるからだ。

 その朝だって、そうなる筈だった。

 りゅうの欠席と少し慌てた表情で駆けて来た担任の姿を見るまでは。


「席に着けー! 全員居るなー! 今日は連絡は無い以上だ!」


 早口に捲くし立てて、担任はすぐさま駆けて行こうとする。その姿に生徒達は唖然として動きが止まってしまった。そして、教室から出て行くときに爆弾を落としていくのだった。


「あ、言い忘れたが。今日から柳は公欠だからな」


「は?」


 教室内の生徒全員、無意識でのユニゾンだった。



社会の窓からコンニチハ、瀬戸です。

予定よりも一日程遅れてしまいました。ネットワーク環境にトラブルがあった為です。期待されていた方には申し訳御座いませんでした。


えー、ここまで見ていただいた方はもうご承知でしょうが、今回より『りゅう』は不在となります。『りゅう』だけが楽しみだったのにー、という方には申し訳ありませんが。

今後をお楽しみいただければと思います。



※以下蛇足

スピンオフとして、校長その他の話を書きたくて仕方が無かったりします。

その名も『シームレスな変人』(しかも短編集予定で)

時間があったら、掲載するかもしれません。「その前に完結しろよ」という突っ込みは尤もです。精進します。

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